三十一話「絶命の拳③」
「話すのは嫌いか?」
「いまは気分じゃない」
回避の直後イグニスは、ゾラの腕に向かい十字に切りかかる。
ゾラはそれ回避することなく受けるがその顔が苦悶に満ちることはなかった。
イグニスはよけなかったことを疑問におもうが、それはそれとして都合がいいと考える。
回復に体力を使えば時間が立つにつれ判断が鈍くなる。
この先を有利にすることができると考えた。
しかし、ゾラはそんなことお構いなしに殴りかかってきたのだった。
イグニスは拳を剣で受け止める。
「お前,痛覚ないのかよ」
「いいや、あるぞ。しかし高ぶったいままでは傷も気にならん。しかしどうやって拙僧の肌を切ったのだ?見当もつかん」
「教えるかよ」
イグニスは、剣に風の魔法を纏わせることで殺傷能力を高めている。
技術としては、それの応用で体に纏わせることが可能だが、
負傷している現在それは多用したくはない。
しかし多用しなければ、身体能力の性能差で負けることになる。
ゾラはもう一度拳で殴りかかってくるが、それを回避する。
痛みにここまで鈍いのは予想外だ。
この様子では、総合的な耐久は、通常の獣人より高いだろう。
「いいな、楽しい。亜人でここまで躱せる友には初めて会った」
「友ってなんだよ。俺とお前は友達ではない」
「いいや、友だ。戦場にいるものは一様に皆友だ。そして拙僧が浄土へと誘うのだ」
「浄土というと天国か……お前は殺すことで救っているとでも?」
「そうだ、すべての罪を払わなければならない。この拳で」
ゾラの速度がまた一段階上がった。
回避しようとするが疲労感で足がうごかなかった。
しかしその一瞬の隙は、ゾラという獣人との戦闘では致命的だった。
神速の一撃は、イグニスの腹に向かうこととなる。
その一撃が直撃するのは容易だった。
四肢に痛みが広がる。
全身の骨が砕けるようなそんな感覚に陥る。
獣人の一撃とはそれほどまでに重いものなのだと体が実感する。
さすがに舐めすぎていたかとイグニスは心のなかで舌打ちをする。
万全の状態であれば勝てない相手ではない。
しかし昨日の骨折りとの戦闘で使い切った体力がまだ回復していない。
「万全の状態で死合いたいものだが、これもまた必然か。さらばだ友よ」
痛恨の二打目がイグニスに入ろうとした。
しかしそこにはまだもう一人の男がいる。
尊敬する人物の死を受け入れた一人の男が。
「魔法詠唱。氷の刃よ。グラキエース・ラミーナ」
「なに……!」
ゾラは油断していたようで、その魔法の攻撃を意識を割かれる。
獣人の手は魔法によってはじかれた。
その魔法は、拳と上腕を凍らせ不動のものとする。
その瞬間、ゾラの背中には悪寒が走る。
まさに鬼。そう呼ぶべき者が目のまえに存在していた。
鬼気迫るその表情は、決して釜底游魚がだせるものではない。
二つのものが与えた猶予はイグニスの一撃が入るのは十分だった。
その剣の流れは可憐で美しかった。
見とれるほどきれいな線によって、獣人の腹は切り裂かれる。
それによって、大地が吸い込めないほどに血が地面に落ちるのだった。
「流石に腹は弱点だったか獣人よ」
「そうだな……これはよい一撃だ。友よ」
「セーリスク助かったよ」
「いえ、僕はなにもできませんでした。イグニスさんに無茶させてしまうことになって」
「まだ戦場は終わっていないぞ友よ」
イグニスは、その力強い尻尾にはじかれる。
完全に倒したものと錯覚していた。
再び、全身を強打したことでイグニスの体には痛みがほとばしる。
ゾラは、腹を抑えながらも強く大地を踏みしめ尚もたっていた。
血は止まってはいないが、明らかに再生速度がおかしい。
致命傷を受けたとは思えないほどだった。
「これほどの致命傷を受けたのは、久しぶりだ。なかなか得難い経験。実に身に染みる」
「くっ……」
「友よ。決死の一撃実に見事。だがこの体はそう簡単に死にせん。しかしその若き友の成長を見たくもなった。ここは引かせてもらうぞ。拙僧を求める戦場はまだある」
「待て!」
「本当にそれでいいのか?まだその友は救えるぞ……それにこれ以上拳で語るのなら、手段は選ばん。二人とも浄土に送るだろう。若き友よ。お前はそれほどに弱い」
先ほどまでの戦闘を楽しんでいた様子の中に殺意が混じっていた。
本能の中で悟った。
この獣人は殺すことを手段に選んだ。
れっきとした狂人なのだと。




