三十話「絶命の拳②」
「剣の流れでわかる。長き友だったのだな。組み合わせとしては付け焼刃の精度ではない」
二人の剣を拳で受け止め、かわしその過程でゾラは気付いたようだ。
しかし二人の剣を見抜くことができるのは、獣故の異常な動体視力からだろうか。
時間がたてばたつほど、慣れてきているような気がする。
そのうえ、トカゲの硬い肌と、かわされたときに飛んでくる尻尾が想像以上に邪魔だ。
まるで鞭のように柔らかに襲ってくる。
だんだんと、獣人の顔には嫌悪感が浮かんでくる。
「だが、眼鏡の友よ。貴様は若き友の邪魔をしている。経験で補おうとしている技量不足が垣間見えるぞ」
自身がセーリスクに実力で劣っているなんて自分がいやでも気付いている。
しかしここで引いたら自分は一生後悔することになる。
獣人は明らかな苛立ちを吐露した。
「この死合いに、貴様はもう不要だ。友よさらばだ」
その顔は、怒りとも哀しみともとれないような複雑な顔であった。
ゾラが宙返りをし、尻尾そしてかかと落としによる二連撃で二人は分断される。
かなりの高威力だ。喰らったらひとたまりもないだろう。
分断されたカウェアにゾラは、強く踏み込み拳を向ける。
「我が境地、友の最後にお見せしよう」
その時セーリスクには時が止まったように見えた。
ゾラの筋肉の一つ一つが盛り上がる。
その時察する。この獣人は必殺の一撃を繰り出そうとしていると。
カウェアは、こちらをみてこういったようにみえた。
「あとは頼みます」と。
何かの果物のような甘い香りが鼻腔を擽る。
しかしそれは死へと誘う毒の香りだった。
その毒は、死を迎え入れようとしている暴力から発せられているものだった。
それはダメだ。駄目だと。セーリスクの心臓が鼓動をうつ。
体の毛の先が一本一本震えてるような気がした。
それほどまでに受け入れがたい光景だった。
その武人は、大きく息を吸い、大地が砕けるほど地面を踏みしめた。
そして目前の敵に向かい傲然たる強打を可憐にぶつけたのだ。
「毒鼓一打……その毒は浸透する」
毒と強烈な一打によるゾラの必殺。
それは一人の命を奪うに足るものだった。
吹き飛ばされたカウェアは、腹が抉れその向こう側が見えていた。
頭からも血がながれでて、その体はもう限界だ。
カウェアの肉体から飛び出た紅血は、セーリスクにかかることとなった。
「友に感謝を。では次は貴様だ。新たな友よ」
震えが止まらなかった。
数十分前まで、笑っていた先輩はああなることを想像できなかった。
現実が受け入れられない。
頭がその事実を否定する。
駄目だ、動いてくれと脳に指示しても体が動いてくれない。
次は自分が死んでしまう。
あの人の仇を取らなくては‥…だが体が拒んでしまう。
「あ……」
反応ができない。
先ほどとは違い体が石のようだ。
「なんだ……俗物だったか。所詮凡夫だったな」
残念そうに、その男はため息をつく。
拳についた血を手ではらいセーリスクに近づく。
よほどセーリスクには期待をしていたようだ。
その目には哀しみが映っていた。
「境地を見せるまでもない。早急に消え去ってくれ」
「セーリスク!」
「くっ……」
ゾラに一撃を与えるものが現れた。
それはイグニスであった。
なんとかセーリスクの危機には間に合ったようだ。
一撃がはいったゾラの腕には、すこしばかり亀裂が走っており血が出ていた。
二人がかりでも傷を与えることができなかったゾラにたいし
イグニスは単体で明確なダメージを与えていたのだ。
「イグニスさん‥‥‥?」
「ほう、新手か。だが手負いだな」
自身の怪我を抑えふき取った後既にその血は止まっていた。
獣人特有の高い回復能力によるものかとイグニスは舌打ちをする。
現在持っている剣も、急遽借りてきたものだ。
高い耐久性は見込めない。
そのうえ自身には骨折りとの戦闘でついた傷がまだ残っている。
だからこそ早く決着をつけたいがあの耐久性と回復力では短期決戦は見込めないだろう。
「セーリスク……仇をとるぞ」
イグニスは、カウェアを救い出すことができなかったことを認識していた。
悔やむばかりだ。
もし自身がもっとはやく来ることができていれば、
もし数十秒でも猶予があったならばと自責の念が思い浮かぶ。
しかし悔やんでも、カウェアの致命傷は変わらない。
しかし今ここで救護に専念することもできない。
イグニスは明確な殺意を目の前の獣人へと向けるのだった。
「よい、よい。傷だらけのなか戦場へと向かうこの心意気。強き友は垂涎ものだ」
「前口上はいい。早くやろうか」
「よい!」
ゾラは、イグニスへとその強大な脚力を用い跳躍する。