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ヒューマンヘイトワンダーランド  作者: L
最終章 ヒューマンヘイトワンダーランド
231/231

エピローグ


イグニスは、ある墓の前に立っていた。

目立たない素朴な墓。

ただ静かに花を置く。


「骨折り。お前の名前を調べるのに時間をかけたよ。流石に墓に名無しっていうのはかわいそうだからな」


墓には、【ハル】と刻まれていた。


「法王国の古い本に、お前らの名前が書いてあったんだ」


すぐ傍に、【シオン】という名前の墓もあった。


「初めて法王国に所属していたことを嬉しく思ったよ」


機兵大国に、シオンの姿はなかった。

そもそも、あの空間自体がなくなっていた。

あったのは、ただの部屋。

普通のどこにでもあるような部屋の一部。

そこにぽつんとシオンの身に着けていた服と炭が、落ちていた。


「シオンっていう確証はなかったけど、それぐらいしかなかったからな。……すぐ傍に置いてやったんだからそれで許せよ」


なぜだが、ふっと笑う骨折りの声が聞こえた気がした。

いや、思い出がそう感じさせるのだ。


「アダムとの決着……お前が死んでから1年がたった」


本来だったら、一年なんかあっという間だろう。

だが、この一年は濃くいろいろなことがあった。


「お前が知ったら、びっくりするだろうな」


セーリスクは、結局無事だった。

凍結の魔法を使いすぎて死ぬ直前。

豊穣の力を受け取ったペトラにより、蘇生された。


「有難う……ペトラ」

「気にするなよ。その分僕に尽くせ」

「ああ、勿論だ」


そのせいか、セーリスクは凍結の力を殆ど失った。

ペトラ曰く、豊穣の力と【凍結】の力は相性が悪いようだ。

それに、セーリスク自身の器の力が弱まっていた。


「いいんですよ。これから先あの力は不要だ」


セーリスクは、それを素直に受け入れていた。

今の彼なら大丈夫だろう。

剣技だけでも、この国を守ることはできる。

それにまだある。


「あいつ、一児のパパになったんだよ。女の子だってさ」


ライラックは妊娠していた。

生まれるとき、セーリスクはすさまじく焦っていたがエリーダさんに怒鳴られて落ち込んでいたことを思い出す。

抱っこしたときの感触は、不思議だ。

忘れることはできないだろう。

憧れを持ったのも、少しある。


「やっぱ貫禄あるよな。エリーダさん。全員が何も言えなくなってた。お前があの場所にいたらどんな反応していたのかな」


子供が生まれるときというのは、不思議だ。

子供が、幸せになれるといいな。

ただ、イグニスはそう願った。


「他にもあるぞ」


フォルトゥナの蘇生は、間に合った。

一度死んだが、豊穣の力は蘇生を可能にした。

あのときは、自分もすさまじく涙を流した思いしかない。

抱き着いた自分に、驚いて唖然とするフォルの顔が忘れられない。


「お前のせいで、感覚麻痺してるよ。あ!それと!お前の鎧は、破壊したからな!怒るなよ!!」


フォルトゥナは、獣王国に帰ることはなく完全に豊穣国に所属している。

王城警備者の最高の地位にいるそうだ。

出世したようで、なによりだ。


「私は、私のできることを頑張ろうと思います。……あの世の兄に、胸を張れるように」


技や魔法を磨いて、ペトラの警備を張り切っている。

あの子なら立派に務めを果たすだろう。


「ペトラは、豊穣国の女王になったよ。ま、当たり前か」


アーティオの植物によって、破壊された街を取り戻すのは想像より楽だった。

まず、周囲の国が比較的協力的だったこと。

特に獣王国。

プラードの一声で、数千人規模の人材が集まった。

それに植物の撤去も、法王国や海洋国の人材で楽に行うことができた。

なにより大きかったのは、ペトラが豊穣の力を持っていたことだ。


「アーティオの力で起きたことは、ペトラの力で操作することができた。……引き継いで数か月で扱いこなすあたりやっぱりあいつは凄いよ」


アダムの影響は、殆ど消えた。

きっとこのままこの国は、良い形に向かうのだろう。


「プラードも、アーテや父親の意思を少しでも継ごうと頑張っている。あいつならきっと最高の国をつくるさ」


豊穣国と獣王国は、合併の形でことは進んでいる。

アンデットにより崩壊寸前までいった両国には、これが都合がよかった。

形は変わり、様々な部分で不都合はあるだろうがあの二人ならなんとかうまくいくだろう。


「お前が一番知りたいのは、アラギか」


アラギは、そのまま豊穣国の王城に住んでいる。

ペトラがそれを認めた。

正直そのまま世間にでることは、まだ厳しい。

だからこそ、王城で知恵や力をつけて最後の人間という存在が受け入れられる日まで頑張るのだそうだ。


「あいつは、強いよ」


アラギは、努力している。

この一年間で、魔法の扱いや体術の腕は向上していた。

この世界で、一人生きるための力を身に着けようとしているのだ。


「あいつは、お前の足跡を追うだろう。お前を探すように」


きっとアラギの中には、骨折りの存在は消えない。

死ぬまで、骨折りという存在を探し続けるのだろう。

それが、幸福なのか不幸なのか。

誰にも決めることはできない。

アラギ自身で納得し、最後に答えを出すものだ。


「でも……きっとアラギなら幸せになれるさ」


骨折りもそれを信じていた。


「ふ……」


だから自分も信じよう。


「お前ってぶっきらぼうで言葉足らずだったけどいいやつだったな」


アラギという少女が、この世界を切り開くことを。


「正直話たりないけど、そろそろいくよ」


骨折りの墓から、離れる。


「またくる」


墓から背を向けた。

イグニスは、ある店へと向かった。


「あ!!イグニスさん!」

「ライラック。久しぶり」

「ううん!あえて嬉しい!」


ライラックが、働いていた店。

そこで、2人と待ち合わせをしていた。


「子供は大丈夫?」

「うん、セーリスク君がみているから。長時間は無理でも、少し働いているんだ」

「そうか。ならよかった」


ライラックとセーリスクの仲は、順調なようだ。

少し安心した。

周囲を見渡す。

やはり人が多い。

どこにいるかわからなかった。


「みんなは、来ているか?」

「うん、イグニスさんの知り合いだよね」

「せんぱーーーい」


背後から、知っている声が抱き着いてくる。


「はは……ラミエル痛いよ」

「ふふっ。ごめんね。会えたのがうれしくて」

「ねぇさんは?」

「ミカエルなら……」

「ここだよ」


車椅子に座った女性が、話しかける。

ミカエルが、すぐそこにいた。


「イグニス」

「ねぇさん。体は大丈夫?」

「うん。少しずつ良くなっているよ」


待ち合わせしていたのは、二人。

ラミエルとミカエルだった。


「二人の生活はうまくいってる?」

「うん、なんとか。ラミエルに世話をしてもらってるよ」

「ふふ、先輩にお願いされちゃったからね。いくらでも頼ってよ」


ミカエルの体は、豊穣の力でも治しきれなかった。

【業火】の力というものは、そういうものらしい。

最後まで体に残り続ける。

セーリスクの凍結の魔法と近いのだろう。


「前より体は動くようになったのですが……やはりだめですね。迷惑をかけています」

「そんなことないのに」


結果的に、完全に治療が終わるまではラミエルに手伝ってもらうことにした。

ラミエルもイグニスの頼みならと快諾した。

二人の生活は、順調に進んでいるようだ。


「無理しないでよ。焦らないでいいんだよ」

「……イグニス。有難う」


ミカエルとは、仲直りできた。

以前より姉妹として近い形になった。

イグニスは、この関係を好ましく思っていた。


「フラーグムは?」

「やっぱり駄目だった。忙しいって」

「天使として法王国に残ったのは、ウリエルだけだしなぁ……」


【法王国天使】は、解散した。

アンデットの脅威が消え、対抗する手段を必要としなくなったからだ。

天使の中で、ウリエルだけがその地位を捨てなかった。

ウリエルだけは、法王国に最後まで尽くすそうだ。

彼なりになにか思うことがあったようだ。


「……フラーグムがあんなことを言うなんて意外でした」

「あの子が……一番変わった。私たちの中で一番前に進もうとしたのはフラーグムだったのかもしれない」

「そうですね……」


フラーグムは、ウリエルについていった。

彼を支えるそうだ。

最終的に結婚までいかなくてもそれでいい。

彼女はそういっていた。

それに、リリィのことは彼女の中で深く残っているようだ。

きっとリリィなら法王国の変革のために動く。

だからこそ、彼女は法王国に残ることを選んだ。


「いろんなことがあったねぇ……」

「ああ、そうだ。きっとこれからも……多くのことが変わっていく」


そのあとも会話を続けた。

久しぶりの邂逅は、イグニスの心にゆとりを与えた。

だが、イグニスには離れなければい毛ない理由があった。


「もうそろそろいくよ」

「あれ?もう?」

「ああ、あの子が待ってるから」


大事な宝物。

そんな存在が、帰るべき場所で待っているから。


「……そうですね。大事にしてあげて」

「……うん」

「先輩またね!!」

「ああ」


自宅を目指して、駆け足で帰る。

あの子が待っていた。


「マール!!!」

「お帰り。おねぇさん!」


いつもと変わらない笑顔。

マールがそこにいた。


「マール。大好きだよ」

「ふふっ……どうしたの?」


マールと抱き合った。

優しい柔らかい感触。


「私もだよ。おねぇさんとまた一緒に居られてうれしい」

「有難う、マール」


この平穏な日々が、何よりも愛おしかった。

手を繋ぎなら、自宅に入る。


「今日の夜ご飯は何にする?」

「えーとねぇ?」


いつまでも、この優しい日々が続きますように。

イグニスはそう願った。

扉が閉まる。

長いようで、短い物語が終わった。


私はこの世界を愛している。

酷く汚れた過去があっても、否定したい現実があっても。

前に進む。

それでも前に進む。


私は、この世界を旅する。

青い空を真っすぐ見据え、高く首を上げる。

その空は、何よりも綺麗だった。

戦いの記憶。

一歩一本歩いた感覚を、私は忘れない。


イグニス・アービルは、そのあと紀行文の作家として名をはせた。

彼女の彩る文章は、多くのものを魅了し記憶に残した。

マールが育った後。

35歳になった年。

素朴な笑顔の男性と結婚し、2人の娘を、授かった。

没83歳。

イグニス・アービルは、多くの者に囲われ幸福にこの世を去った。


ご愛読ありがとうございました。

私の作品を呼んでくれた皆様に感謝いたします。

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