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ヒューマンヘイトワンダーランド  作者: L
最終章 ヒューマンヘイトワンダーランド
227/231

九話「青い空、私は一人で①」


「マール……」


淡い夢から、醒めた後。

イグニスは、あの少女の名前を呼んだ。

薄く目を開ける。

視界は霞んでいた。

しっかりと目を開けた。

自分は、地面の上に転がっていた。


「……ここは?」


イグニスは、転移の魔道具により皆とは別の場所に移動していた。

周囲を見渡した。


「……っ!」


少し頭痛がする。

けど大したものではない。


「大丈夫……」


自分にそう言い聞かせた。

魔道具で、転移させられたところまでは覚えている。

恐らくだが、アダムの作戦だろう。


「あれは、ペトラのものではないんだろう」


ペトラの驚く顔がみえた。

彼女の作成した魔道具ではなかったのだ。

セーリスクたちは、大丈夫だろうか。


「……あ」


一人になったと考えた途端、一気に疲労が押し寄せた。

右足が、立てないほどに震える。

細かく揺れていた。

全身が、痛い。

関節や節々に鈍い痛みが走る。

眼が痙攣している感覚がした。

ひくひくっと、右唇が動く。


「ちぃ……っ」


足で抑えても、その震えは収まらなかった。


「ただの震えだ」


ふとすぐ傍にあるガラスで、自身の顔をみた。


「……ふ」


酷い顔だ。

こんなところまできてしまった。

マールを探し求めて、ここまできたのだ。

あの夢の中の自分は。

こんな顔をしていなかっただろう。

髪もぼさぼさで、肌はくすんで。

その眼はあの頃とまるで違っていた。

マールに何も言えなくなってしまうな。

心の中に、虚しさが残る。


「ははっ……」


何も出ないような笑い。

このまま努力しても、意味はないのではないか。

そんな虚無だった。

そう思うと途端に、脚が鉛に変わったようだった。

ただ君に会いたいだけなのに。

なぜこんなにも苦難は襲う。


「いい気にするな」


涙をぬぐった。

あと少しだ。

あと少しであの子に会える。

そんなことを思えば、こんな疲労だって。

前に進んだ。


「……!」


そこには、アラギが倒れていた。


「大丈夫か!アラギ!」

「……う、ううん?」


アラギは目を覚ました。

転移の衝撃で、気を失っていたようだ。

幼い体であるアラギにとっては負担が大きかったようだ。


「……そこまで移動した気はしない。どこだここは」


王城からそれほど離れているとは思えない。

豊穣国内部なのは、確実だ。

ツタで覆われている。


「おねぇさん?」

「……っ。……意識がはっきりしたか?……水でも飲むかな?」

「うん……」


アラギは頷く。

イグニスも、それに応じて水筒を手渡した。

アラギは、素直にその水を飲んでいく。

じっと、アラギを観察する。

症状はそれほど重くなさそうだ。

体温も異常を感じない。

直ぐに徒歩で移動できるだろう。

自身の体も、触診する。

痛みはない。

意識の混濁も、自覚できるものではない。

外部の精神汚染はないと考えていいだろう。

まぁ、もっとも自覚できないほど悪化していたら意味はないのだが。


「……おかしいな」


なんとなく見慣れて居そうで、やはりどこか違和感がある。

どんな感覚を味わった。


「見たことがあるはずなんだけどなぁ……」


頭のなかで、突っかかったような。

最後の最後が、うまく出ない。


「ツタが多すぎてわからない」


記憶力は、そんな悪いとは思ってないんだけど。

中々思い出せない。


「ま、いいか」


王城という大体の目安は、ついている。

あれだけでかいのだ。

嫌でも目立つ。


「アラギ、動けるか」

「うん、大丈夫」

「そうか、よかった。つらくなったらすぐいえよ。骨折りの元へ向かわなきゃ」

「骨折りさんの……!うん!」


やはりこの子にとって、骨折りの存在は大きいものだ。

骨折りという単語を出したら、明らかに元気になった。

少しその道を歩いた。


「……」


敵の気配を感じない。

気配を消しているからというわけでもなさそうだ。


「アダムの配下が、あの獣人と亜人だけなら話は早いんだが……」

「おねぇさん……」

「どうしたんだい?アラギ」

「また声が聞こえる……」

「声が……?」


神造兵器の時と同じだ。


「【マコト】か!」


アラギに、【アラギ・マコト】の意思が入り込もうとしている。

だが、彼女と話して悪意はないことは知っている。

マコトは、何を伝えようとしているのか。

それが知りたかった。


「……彼女は、なんて言っている?」

「おねぇさんに伝えたいことがあるみたい」


海洋国のように、身体の紋章が青く光っている。

入れ替わりたいのだろう。

イグニス自身も、マコトの話を聞きたいと考えていた。

ちょうどいいタイミングだろう。

アラギに頼む。


「……変わることはできるか。頼む」

「うん……」


アラギから、完全に目の光が消えた。


「……」


そして一瞬で、知性ある瞳に変わる。

これだけで、人格の変容が感じ取れた。

イグニスは、彼女に確認する。


「……【マコト】か?」

「うん、時間がない」

「え?」


彼女は、焦っていた。


「あの子がきた。警戒を」

「!」


その一言で、理解できた。

あの子とは、マールのことだと。


「マール!!!」



振り返ると、その女性はそこに立っていた。

髪は、短く中性的。

ただ鋭い切れ目で、穏やかな雰囲気はなかった。

ただ顔のつくりは、マールそのものだった。

マールをそのまま成長させたような。

綺麗な美しい女性だった。


「あ……」


マールだ。

マールが、すぐ目の前にいる。

その感動で、何も言えなくなった。

姿かたちが変容していても、近しいそれに涙を堪えることはできなかった。


「イグニスさん……あの子は……」


【違う】。

そういいたいんだろう。

肉体の入れ物は、マールでも。

中に入っている魂は、数百年前のアラギと争った半獣だ。

でも違う。

私にとっては、あの子のままなのだ。


「マール……お家に帰ろう。私は、それだけで……」


声を零した。

それしか出なかった。

君と一緒にあの場所に戻りたいんだ。


「……」


あの光景を、また見たいんだよ。


「こっちにこないで」


彼女は、拒否をする。


「……あ……ああ」


心の中をぐさぐさ刺されているような気持ちだ。

マールの顔で、そういったことを言われると酷く胸が痛い。


「イグニスさん、まともに受け止めないで。あの子の顔をみてショックを受ける気持ちはわかるけれど……」

「……ごめん……」


マコトから忠告されてしまった。

なんかこっちも複雑だ。

大人なマールと、大人なアラギ。

実にややこしい。


「なんなの貴方は?」


不愉快そうに、マールはイグニスに尋ねた。

ごくりと息を呑んだ。

ここで伝える言葉を間違えたら、マールと一生会えない。

そんな気がした。


「マール。私は君のことをこの世界で一番大事に思ってる。君を取り戻しにきたんだ。一緒に帰ろう」

「……」


マールは、じっとイグニスの顔を見つめた。

なにか思案しているようすだった。


「そう……不愉快」


突風が、吹き荒れる。

地面が、砕かれた。

だが、イグニスとマコトの二人には命中しなかった。

わざと外したのだ。

自分たちに向けられた不快感。

マールは、イグニスのことを激しく嫌っていた。


「この子のことを大事に思うというくせに。……そんな貴方は。いままでなにをしていたの?」

「……っ」


何も言えない。

彼女の言う通りだ。

今までの時間。

マールを助けようとするなかで、かなりの時間をかけてしまっていた。

中に入っている半獣からすると、そんな感想にもなるだろう。


「イグニスさんは、その子のために頑張ってきたんだ。決して助ける意志がなかったわけじゃあ……」

「マコト」

「!」


半獣は、マコトの名前を呼ぶ。

目の前の少女に入っているのが、数百年前の人物と同一だと理解していたのだ。


「マコト。貴方も人のことをいえるの?」

「……」

「数百年もたって、やっていることがそれ?私と変わらない」


じっと睨み、半獣はマコトを睨みつける。


「私に説教するつもり?この数百年で何を学んだの?」

「はっきり言うけど、君とは違う」

「そう?同じ体を使って。私より悪質に感じるけれど」

「それでも、この子の意思を尊重しているよ」

「言ってなよ」


半獣の魔力が高まる。

筋肉が怒張した。

重心を低くし、太ももを力強く踏ん張る。


「私が勝つことで、アダムは半獣の未来を約束するといった」

「アダムの言うことをまともに受け取るのか?」

「……もちろんやつは信用できない」


マールは、槍を強く握る。

その手は震えていた。


「私は、一度死んだ。もう手段は選んでられない」


その眼は、決意であふれていた。

過去の敗北者。

骨折りたちと同一の歪みを抱えていた。


「【世界の意志】は、働いていないんだよ!?」

「なに?まだ世界の意志を信じているの?あれは、別に願望器ではない」

「!」


別に願望器ではない。

その言葉がやけにひっかかった。

目の前にいるこの彼女は、世界の意志の存在を明確に理解しているのか。


「会話もめんどくさい……っ」

「私は、もう一度君と話したいんだよ。ヴィティス!!」

「貴方が私の名を呼ぶな!!!!」


激昂を、マコトにぶつける。


「もう一遍死になよ!そしたらその頭も柔らかくなるんじゃない!?」

「やめて!」


鋭く槍の一撃が、放たれる。

その閃光は鋭く。

音速に近しい速度を持っていた。

激しい衝撃波と共に、その点はマコトの首元を狙っていた。


「!!」


だが、イグニスはその攻撃を受け止めた。

もういい。

マールの顔でも、こいつは敵だ。


「マコト。下がってろ」


イグニスの眼光が鋭くなる。

明確な敵意を半獣に向けた。


「……っ!ちぃ!」

「こいつは、私が倒すべきなんだ」


覚悟は決まっている。

覚悟が揺らいだ自分が情けない。

マールを奪ったこいつを許すわけにはいかない。


「最初からわかってただろ」


後ろに下がったアラギが、あることをつたえる。


「イグニスさん。この子の体はまだ未成熟。私の能力も、万全には使えない」


それは理解している。

アラギの【拒絶】の能力が目覚めたのも偶然だったのだろう。

なにより、アラギ本体の体が十歳にも満たない子供なのは事実だ。

いくらマコトの意思が入ってるからといって、ここで戦わせるわけにはいかない。


「……ああ。理解している。下がってろ」


元から戦わせるつもりはなかった。


「だけど一度だけ。一度だけ全力で【拒絶】の力を使う。その一度で、マールちゃんを引き戻して」

「……!わかった」


まず、この敵を弱らせること。

それが先だ。

体力が万全の状態で、マールがこの女性に抗えるとは思えない。

勝機は二つ。

ひとつは、マコトの【拒絶】の力。

そして二つ目は。


「なに?貴方から先に死にたいの?」

「……死ぬつもりはない。マールを取り戻すまでな」

「しつこいね。その名前の子は、私が奪った。もう戻ることはない」

「……これをみても、同じことはいえるか?」


イグニスは、剣を取り出した。

紅く、焔のような揺らぎを持つ。

その剣を。

半獣は知っていた。


「その剣は……っ」

「力を貸せ。【フランベルグ】」

「【フランベルグ】!なぜ貴方が持っている!?」


神剣【フランベルグ】。

ミカエルの使っていた剣。

その能力は火炎の発生と、記憶の改ざん。

こいつなら、マールの記憶を再び思い出せる。

機兵大国では、こいつには嫌な思いをさせられた。

自分だって記憶を焼き尽くされたのだから。

だが、今なら利用できる。

マールの記憶を取り戻せるのでは。

そう思いついた。


「私にやったことを、もう一度やってみせろ」


イグニスの周囲から、焔があふれていた。

【フランベルグ】は、イグニスを一時的な主として認めていた。


「【裂空】!!!!」


イグニスがフランベルグを振る。

炎と共に、旋風が巻き起こる。


「……!」


熱風をものともせず、半獣はイグニスに突進する。

その皮膚は焦げ付いていた。


「少しは痛がれよ」


フランベルグの能力を開放する。

半獣の皮膚が、熱線によりさらに刻まれた。


「痛くないこんなの」


剣と槍が交差する。

その場に金属音が響いた。

剣から熱が伝播する。

しかしそのことにも、半獣は動じなかった。

イグニスには当然半獣との戦闘経験はない。

だが理解する。

耐久力が獣人以上であること。

亜人とは別の括りであることを。


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