八話「蝋の翼②」
あの光景は忘れられない。
眼に焼き付いて、こびりついた。
何度も何度もはがそうとしたが。
俺の記憶は、焦げ付いたようだった。
シオンと、ミカ。
あの時も、殺し合った。
血が弾け、足元が濡れた。
楽しくて楽しくて。
夢中になったんだ。
あの時だけは、思想や理想を忘れていた気がする。
「骨喰っ!!!!」
「こいよぉ!ミカぁ!!!!」
夢を忘れられない。
満足したんだ。
俺は、満足したんだ。
あの時だけは、渇望をわすれることができたんだ。
「もう一度だ。骨喰。世界を変えよう」
アダム。
なんで邪魔した。
俺は、あのとき燃え尽きることができたのに。
なぜあの時に戦いは、終わらなかった。
俺には、物語の結末が欠けている。
最後までその場面にいられなかったから。
「ああああああああ!!!!!」
背骨から、骨が隆起する。
より強く太い骨。
身体の強度は、より向上していた。
人の姿などいらない。
地面に腕を突き立てる。
血管のように、骨は広がっていった。
「【骨樹】」
標的を狙う。
獣人も、小柄な天使も、毒で汚染した。
あとは、第四位だけ。
骨は、ウリエルに突き刺さる。
枝のように、それはさらに展開した。
肉を確かに穿った。
これで確実だ。
とどめはさした。
「なんだよ。これで終わりか」
あっけなかった。
やはりこいつらでは、満たされない。
俺を満たしてくれるのは、あいつだけ。
「……アダムのとこへいくか」
作戦では、そう決まっていた。
アダムも、骨折りに対する執着を持っていた。
だからこそ、アダムは骨折りとの対決を望んでいた。
骨折りは、アダムの場所にいるはずだ。
いま相対している敵も、じき死ぬ。
退屈だなと心の中で思った。
「まだこれからだろう」
「!」
その声で振り返る。
足元は、水のようなものが広がっていた。
「いや……これは……」
水ではない。
混濁している。
それに熱い。
その液体には、熱を感じた。
「俺の……骨っ?」
骨喰の骨は、溶解されていた。
熱い。
燃えるような熱が、伝播する。
「お前……それ……」
ウリエルの体は、燃えていた。
その炎で、溶かされていた。
体そのものが、液体のようにぼとりぼとりと地面に零れる。
「これは、戒めだ。【太陽】に近づくための罰だ」
【罰剣】は、その炎を広げた。
周囲のツタが、その熱で燃えていく。
草で覆われていたはずのその地形は、発火し激しく燃えていく。
彼の翼も、また同様だった。
眩く輝く陽をもち、燦然と熱を放っていた。
炎は、消えない。
徐々に、周囲を囲っていた。
「これでここからはでれないな。私を殺さない限り」
「……」
崩れていく。
その穏やかな風景は、苛烈なものへと変化した。
「あー」
骨喰の剣が、変形していく。
より凶悪に、より攻撃的なものへと変わっていた。
「俺は、お前のこと見くびっていたみたいだ」
その声は、確かな喜びを孕んでいた。
「殺し合おう」
「いいさ」
ウリエルは、その言葉を受け止めた。
罰剣と、骨剣がぶつかりあう。
骨の剣は、熱に負け簡単に溶解した。
折れ、地面に落ちる。
白い骨は、溶けていった。
「初めてだよ。こんな簡単に壊されたのは!」
あばら骨から、骨を射出する。
ウリエルに突き刺さった。
しかしそれらも同じように融けてしまう。
ウリエルは、罰剣を骨喰の胴体にたたきつけた。
「……っ」
だが重い。
溶かすことができない。
確かな質量を感じた。
ウリエルの剣によって、内部の肉は斬られた。
血が零れ落ちる。
修復できない。
再生する度に、内部の肉が焦げていくのが体感する。
「その剣……【ミカエル】の持つ炎と同じか」
アンデットである自身の体が、浸食されていくことを感じる。
そしてそれは、骨折りの持つ【業火】と同じであった。
ウリエルの表皮が、溶けていく。
更にその速度は増していた。
「由来は知らん。お前を殺せるならそれでいい」
罰の剣。
これは、己への罰だ。
蝋のように溶けるこの体は、未熟な自分への戒めだと。
ウリエルは、そう解釈していた。
「お前を打破する。お前もアダムと同じだ。この時代に居てはいけない」
「だろうな」
ウリエルが、焔を纏って突進する。
その炎を出力とし、高速で推進した。
骨喰は、壁にたたきつけられる。
その全身の外骨格に、ヒビがはいる。
熱の影響で耐久力が下がっていた。
「……っ」
ウリエルの体に、無数の棘が突き刺さる。
その棘は、それぞれが一メートル近くあり槍といえるものであった。
ウリエルの胴体を貫通する。
しかし重要な部位は、その熱で防御していた。
骨喰の腕力に対して、火の推進力で対応する。
「随分と男らしいじゃないか!だが、殴り合う趣味はねぇ!!!」
地面から骨を生やす。
その隆起は、範囲が広かった。
ウリエルは後退する。
頭から、血が漏れる。
いつの間にかに、不意を突かれたらしい。
視界の半分を失った。
「……はっ……はっ……は」
息切れが、激しい。
体力の消費が尋常じゃない。
通常の戦いなら耐えきれただろう。
だがすべての攻撃が致命傷の骨喰との戦いでは、精神も摩耗していた。
「ウリエル……」
「はっ……」
フラーグムの状態が、不味い。
身体に毒が回り切りそうだ。
足を引きずり、出血が止まっていない。
目の赤みも先ほどより増している。
「【リリィ】の力を使え。自分のことだけを考えろ」
「……それ以上やったら君は……」
「……」
わかっている。
ミカエルの状態は、もうすでにみた。
これ以上【罰剣】の能力を使い続けたら近しい状態には至るだろう。
だが、そうでもしなきゃかてない。
「わかってる……だが【罰剣】の力を借りているだけだ。どうとでもなる……」
ウリエルにはひとつ打算があった。
それは、【罰剣】の力だ。
最後のリソースとして、まだ【罰剣】そのものに込められている魔力がある。
それが最後のライン。
それを超えたら。
「ううん」
「グム……?」
「私も一緒」
フラーグムは、【リリィ】の能力を自身ではなくウリエルに付与する。
ウリエルの傷が徐々に癒えていく。
フラーグムは、ウリエルの手を握った。
「フラーグムっ!やめろっ」
ウリエルは、フラーグムの手を振り払おうとした。
だが、フラーグムはその手を離さない。
「……君ならあんなやつ倒してくれるでしょ?」
「……っ!」
「がんばって、君なら大丈夫だよ。ウリエル」
いつも不思議なんだ。
君の声をきくと、力が湧くような心地がする。
「最後の話し合いは終わったか?」
骨喰は、その光景を最後までみていた。
「邪魔はしないんだな」
「無粋だろ」
お互い、ここで最大をぶつける。
そう理解できた。
骨喰の魔力が高まっていく。
骨が溢れ出す。
「【我落苦多・歪】」
多重の骨が、周囲を囲い覆う。
狙いはひとつ、ウリエルのみ。
高速で伸縮した。
ウリエルは、羽根を広げそれらを回避する。
骨を打ち砕いた。
「まだまだぁ!!!」
茨と、枝がさらに伸びていく。
ウリエルへと追従していく。
「……」
ウリエルは、脳内でさらにイメージする。
想像するべきは、薪や炉ではない。
全てを融かすような陽光だと。
「もっと……!」
燃やせ。
「もっと!もっと!!!熱く!!!!!」
焦がせ。
燃えろ。
そんなとき、君の声がきこえた。
君なら大丈夫だよと。
手を繋いでくれた感触がよみがえる。
「君がいるから私は……」
救われた。
自分を犠牲にすることはない。
きみとなら、勝てる。
「フラーグム!!!」
「うん!!」
「私を弾け!!!!」
剣に炎を集中させる。
前に進むのは、君の力があれば十分だ。
フラーグムは、水の力で足場をつくる。
ウリエルは、それを踏んだ。
そして押し出された。
「!!」
速度が、向上した。
骨喰は、それを視認して自身の前方に骨を集中させる。
「無駄だ」
骨が崩壊していく。
液体のように、零れていく。
骨喰の首に剣が突き刺さった。
首は、宙を舞い飛んでいく。
「……よし」
ウリエルは安堵した。
途端に体の力が一気に抜けるのを感じ取った。
「ウリエル……っ!」
「グム。終わったよ」
「うん……」
頭を失った男は、地面に膝をつく。
「これが俺の終わりなのか」
「!?」
その男は、平然と声を発した。
その男には、首がない。
だが平然と動いている。
さまようように、遅く歩いていた。
「そんな……こんな終わり方なのか?」
「……」
骨喰の体は、灰のように消えていった。




