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ヒューマンヘイトワンダーランド  作者: L
最終章 ヒューマンヘイトワンダーランド
223/231

六話「盲目の獣人④」


地面を蹴り、走る。

地面は凍り付き、何かが軋む音がきこえる。

今までの代償。

そんな言葉が、頭に浮かぶ。


「……っ」


神経を感じない。

痛みもない。

当然のように、腹の穴はふさがっていた。

自分は、一体なにをしたのだろう。

息が切れる。

だが、もうどうでもいい。

全身から血流が、脳味噌に溢れるように。

頭から何かが湧きたっていた。

ただ気持ちよかった。

鼻から血が零れる。


「はぁ……はは!!!!」


全神経が走る。

止まらない。

止まりたくない。


「なんだこれ……っ」


全身が、そう叫んでいた。

気持ちいい。


「氷よ……っ」


それは、剣の形を成していなかった。

鋭く尖った氷塊。

詠唱などもはや不要だった。

数秒ごとに、自身の魔法が一体化していく感覚。

それは、亜人ではない何かに変貌していくものだった。

脳が興奮している。

でもなぜか頭の中は透き通っている。

氷の形を整えることなく、ただ標的にたたきつける。


「……っ!」


【王者の咆哮】は、先ほど通用しなかった。

もはやそれに、頼ることはしない。

盲目の獣人は、思案する。

氷の魔法。

凍結の能力。

空気そのものを凍らせられた。

見えない氷の膜があるような感覚を、獣人は味わっていた。

【王者の咆哮】は、それと衝突したのだ。


「なら……」


まずは、それを吹き飛ばす。


「【周破】!」


鎖を振り廻す。

空気そのものには、殺傷能力はない。

空気を振り回せば、先ほどの冷気は吹き飛ぶはずだ。

獣人はそう判断した。

鎖がすべてを破壊する。

空気中の凝結した水分が甲高い音を立てて壊されていく。


「……!」


狙い撃つは一点。

氷の魔法を扱う亜人だった。

セーリスクの首に、真っすぐ鎖がとびかかる。


「させるかっ!」


プラードが、その鎖を弾き飛ばす。


「助かります」

「いまはいいっ」

「その意地。どこまで続く?」

「っ……!」


無数の鎖が、二人を包囲する。


「セーリスク。耳を抑えろ」

「……はいっ」


おおきく息を吸う。

肺を膨張させ、あばら骨が大きく膨らんだ。


「【王者の咆哮】っ!!!!!」


大気が振動する。

鎖は、空中での移動を困難にした。

盲目の獣人は、それを感じ取り前に出る。

大きく腕を、地面に獣人は叩きつけた。

セーリスクはそれを回避する。

氷の剣により、腕を斬りつけた。


「……!」


しかし氷の剣は、欠けていた。

鎖は、獣人の腕に巻き付いていたのだ。

次の瞬間、体が弾き飛ばされた。

片手で、ただ張り手を喰らったのだ。


「ちっ……!」


空中で体勢を整える。

顔の一部が、砕けた。

地面に氷の剣を突き刺し、なんとか着地をする。

そこへ、獣人は更なる追撃を与えていた。


「は?」


爪で、地面を突き刺す。

そのままひっくり返した。

獣人は、岩石を投げつける。

その巨岩は、セーリスクの全身と同じ大きさがあった。


「【飛来】」


攻撃に重なる攻撃。

数十の鎖が、セーリスクを包む。

連動した動きはない。

それぞれ無秩序にセーリスクの命を狙う。


「氷の剣よ!」


剣身から冷気が溢れ出す。

冷気と共に、剣を振るう。

岩石は、一瞬で凍りつき崩壊した。

だが。

直ぐ頭上に敵はいた。


「お前が氷なら、粉々に砕けばどうなる?」

「!」


頭上から鉄槌の一撃。

腕が破裂する。


「……ぐっ!」


痛覚はない。

それでも、衝撃は感じ取れる。



「まずは、頭から潰そうか」


更なる一撃が、セーリスクを襲う。


「悪いが、そうはさせない」

「!?」


光線のような攻撃が、獣人を狙う。

獣人は、宙を跳ね。

それを回避した。


「誰だ?」


プラードでも、セーリスクでもない。

男性の声だ。

しかも変調したような違和感を感じる。

様々な要素が警戒心を高める。

この場にそのような人物はいなかったはず。

しかも足音が妙だと獣人は感じ取った。

物体がそのまま動いているようだと思った。

警戒心から、セーリスクへの攻撃を停止する。


「ソムニウムさん……!」


それは、海洋国であったソムニウムであった。

ソムニウムは、セーリスクに視線を向ける。


「やぁ。セーリスクくん。……体調は芳しくないようだね」

「……ええ」

「まあ、きにするな」


ゴーレムの背中から、さらに二本腕が生えた。


「妹のためだ。まずは脅威を取り払おう」


ソムニウムは、四本の腕からそれぞれ魔法を放出する。


「【サピエンティア】」

「!」


それは、複数の属性を内包する魔法だった。

右手からは、火。

左手からは、水。

背中右上部からは、風。

左上部からは、土。

基本的な属性。

それらすべてを同時に放出する。


「複数属性の魔法?」


セーリスクは、その行動に驚く。

今まで、複数属性を使えていたのは天使であるサリエルのみ。

それも二つまでだった。

ソムニウムは、四つの魔法を同時に展開したのだ。

盲目の獣人は、冷静にそれに対処した。


「確かに、驚くべきことだが、出力が足りない」


鎖を、自身の前方で振り回しかき消す。


「だろうね」


当然だ。

一つに使うべき蛇口を、四つに広げているのだ。

扉が、四つもあれば魔力の出口はそれぞればらける。

ソムニウム自身も理解していた。

だが、ソムニウムはこれに改良を施していった。

ソムニウムは、さらに腕を増やす。

そして、右腕と左腕を重ねた。


「だからこそのミックスだ」


右腕を、地面に突き立てる。


「【泥化】」


ソムニウムの言葉に呼応し、地面は泥のように崩れていく。

盲目の獣人は、脚を拘束された。


「早い」


速度においては、一流と遜色ない。

足りないのは、範囲か。


「物は使いようだ」


空気中の水分が凝結された。

空中には氷の槍が、固定される。


「僕は、天才だからね」


風の魔法で、それを一気に放出する。

同時に、火炎の魔法を盲目の獣人に放った。


「……惜しいな」


盲目の獣人は、鎖を使い一気に泥から脱出する。

そして地面を駆り、一気に氷を砕いた。


「戦闘が本職ではないのが、見える」


鎖をたたきつけ、焔を裂く。


「知恵は見える。だが、それは戦闘で培われたものではない」

「……獣人のスペックではないな……」


ソムニウムの間近まで、彼は接近する。


獣人は、高速で移動する。

鎖を使うことによって、身体能力以上の移動速度を手に入れているのだ。


「盾を張れ!!」

「はいっ」


セーリスクと、ソムニウムは固まる。

セーリスクは氷の壁。

ソムニウムは、風による障壁を展開した。


「二人ともそこを動くな!」


プラードが、援護に加わる。

盲目の獣人は、それを感知していた。

背後に鎖を飛ばす。

プラードはそれを拳で撃ち落とした。

更に盲目の獣人へと接近する。

獣人は周囲に、鎖を振り回す。


「【周破】っ!」


攻撃を防御する。

プラードの腕や腹の肉が抉れた。

血が宙に舞う。

体毛が、乱れた。


「……っ!」

「……お前にもつきあってやろう」


暴風のように、風が吹き荒れる。

敵意や、殺意が突き刺さる。

鎖の攻撃が、プラードに向けられた。


「プラードさんっ」

「大丈夫だ!!!」


落ち着き、ていねいにひとつひとつ処理をする。

半身をずらし、鎖をかわす。

胴体を狙う鎖を、破壊した。

しかし最大の攻撃は、まだこれからだった。


「【一打】」


敵の拳

その一撃。

たったそれだけなのに、死を想起させる。

心臓が止まるような。

そんな恐怖心が、頭によぎる。

だが、それに抗った。


「ああああああ!」


叫んだ。

その恐怖を消すために。

この攻撃は、耐えることはできない。

だからこそ、前に進んだ。

眼に掠る。

圧力で、右目がつぶれた。


「【天恵】っ!!!」


渾身の力を、その拳に込めた。

衝撃が、拳に伝達する。

確かな感触。

内臓に確実に損傷を与えた。

獣人が揺れた。

更なる追撃を与える。

顔面に一撃。

回し蹴りにより、腕。

敵の腕が、だらりと垂れる。


「……!」


与えていたはずだった。


「いい」


獣人はそれをこらえた。

損傷は与えている。

骨は折れ、内臓を揺らしたはず。

なのに。

なぜ笑顔を見せる。


「……すぅう……」


敵は、大きく息を吸う。


「もっとだ。もっと……」


その衝撃に、感嘆を漏らしていた。

故に、嗤う。


「……まだ足りん」


目の前にあるのは、壁だった。

分厚く。

矛では貫くことのできない盾だった。


「闘争が足りない!!!!」


それは、自分の中の何かが瓦解する音だった。


鎖で宙に投げつけられる。

顎に、肘の一撃。

鳩尾に掌底。

全身の中身が、全て浮いたような感覚を与えられた。



「ぐ……ぉう……」


内臓がひっくり返ったような感覚がする。

いや確実に何か所か潰れた。


「終わりだ」


足に鎖を巻きつけられる。

空中からの高く飛び上がって、地面にたたきつけられた。

陥没する。

地面に血が滴り落ちる。


「お前は弱くない」

「くそっ……!」

「衰えたのは、獣人という種族そのものか」


急ぎ立ち上がろうとした。

鎖が胸を貫いた。

金属音が、身体を通じて耳まで聞こえる。

その不快感は、得体がしれなかった。


「明らかに劣化した。闘争に敗北したからか。だからこそお前に期待した。だが、おろかだったのは私だった。お前に……お前らに獣王の素質などない」


血があふれる。

動悸と共に、それは早まった。


「プラードさん!」

「今のは、不味い!」


辛うじて、プラードは息をしていた。

呼吸は浅く、命を維持するので必死だった。


「まだやるか。獣王」

「……」


脳内に空気が運ばれていないのを、感じる。

欠如している。

体力も、血も、精神も。

なにもかも。

このまま眠りたい。

アーテ。

私は、どうしたら君にまた会える。

そんなとき、脳内に声が響いた。

この世界を変えたいかと。


「……ああ」


変えたいさ。

変えたいが。

どうすればいい。

なら、力を与えましょう。

世界はそう囁いた。

力を貸してくれるのか。

こいつを倒すための。

ええ、そうです。

声は、そう答えた。


「アーテは……どう思うだろうか」


そんなとき、愛する人の顔が浮かんだ。

虚ろ気にそう呟いた。

声は何も返さなかった。


「……くだらない。最後は女のことか」


力があったところで。

この不甲斐ない己は変わらない。

くだらないだろう。

好きな女一人に会えない男など。

ただ腹がたつのだ。


「プラードさん?」


己に腹がたつのだ。

世界など恨む暇がないほどに。

鎖を掴む。


「……!」

「やめろ。獣王。それを抜けばお前の命はないぞ」

「命などとっくにどうでもいい」


鎖を肉体から離した。

血が、噴出する。


「……ただお前を殺したい」

「……ははっ…」


ああ、アーテ。

私は、どうしようもなく君を愛していた!


「邪魔をするなら、どけ!!」


節々は痛み。

体は、痛みに悶えていた。

だが、それでも。

それより大事なものがあった。

渇望が、獣に力を与えた。


「それを待っていた!」


強く獣人の顔を、プラードは殴打した。

獣人の顔面が軋む。


「……っ!!!!」


先ほどの一撃とは、まるで違う。

恐れがない。

強く前に進んでいる。


「流石だ!獣王!」


プラードの腹に、獣人の爪が突き刺さる。

プラードはそれを即座に膝で叩き折る。

そして、鋭い蹴りにより獣人の足を逆方向に曲げた。


「……っ」


獣人は膝を折る。


「躊躇はもうしない」


拳を構え、獣人の腹を見据える。


「【天恵】!!!!」


獣人が血を吐いた。

今度こそは、確実に内臓を破壊した。


「……ぐうぅう」


鎖が、プラードを拘束する。

地面を引きずりまわす。


「再び地面にたたきつけるつもりだ!」


ソムニウムは、即座にその行動の意図を理解した。

セーリスクはそれを妨害する。


「【グラキエース】」


氷の剣を、放出する。

獣人本体ではなく、鎖を破壊した。

宙で、プラードは拘束を解除され開放された。


「セーリスク!私に放て!」

「っ!はい!」


セーリスクは、プラードの意図を理解する。

特別大きい氷の塊を、プラードに放つ。

プラードは、それを拳で打ち込んだ。

獣人に、氷塊は向かう。

回避しなくては、危険だ。

獣人は、その場から離れようとする。


「わかりきった動きをするなよ」

「……!」


ソムニウムは、既に地面に魔法を使用していた。

地面は、泥化して固定された。

これでは回避はできない。

破壊に集中する。


「【撃一打】!!!」


氷塊を破壊する。

獣人は、確かに余裕を失っていた。


「【周破】!!!」


鎖を振り回し、辺りを警戒する。

攻撃は、被弾しない。

そしてセーリスクはそれを見失わなかった。


「やっと僕に対する警戒が薄れたな」

「……はっ……」

「フォルの借りだ」


氷剣は、腹に鋭く突き刺さった。

その一撃は、獣人の腹に穴をあけた。


「終わらない……まだ」

「終われ!!!!」


背後から、セーリスクの冷気が獣人を包む。


「凍れ!【オムニス・ゲロ】!!!」

「ううううう!!」


四肢が凍りついた。

体が、動かない。

神経の奥まで凍り付いていた。


「がっ……」


口を動かすことすら獣人はままならなかった。


「いいとこもらうよ」


四属性の、魔法が獣人の身体を穿つ。

氷に包まれた肉体は、崩壊に近づいていた。


「……あ」

「さらばだ、名もなき獣人」


プラードが、拳をぶつける。

獣人の肉体は崩れていった。

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