四話「盲目の獣人②」
「………っ!!!!」
盲目の獣人の首元に、フォルトゥナは剣を突き刺した。
突き刺したはずだった。
「これは流石に初めてだ。賞賛するぞ。亜人よ」
薄皮一枚。
首に突き刺さるまであとわずかで、鎖によって止められていた。
金属音が耳をつんざく。
「く……っうぅ」
力をいれても、それ以上前に進まない。
「気配を感じなかった。何もない。そう感じられた」
鎖は、まるで生命のように渦巻いていた。
「だが」
盲目の獣人は、ため息をつく。
「奇襲は、刹那だからこそ意味がある。それから先は屑同然だ」
「あ……」
嫌な感覚が、セーリスクの神経を通る。
背筋が凍るような嫌な気持ち。
「下がれ!フォル!!!」
セーリスクが、警告をする。
奇襲が止められてしまっては、無謀だ。
今のフォルトゥナの居場所は、最大級の危険地帯だった。
「遅い」
「は……っ!」
フォルトゥナの全身に鎖が絡まる。
彼は、視界が一気に回転する様を体感した。
天地が返され、その圧は四肢が砕け散るように感じた。
鎖が、フォルトゥナの全身を投げつける。
「あっ」
死ぬ。
そう思った。
脳内に、四肢が爆散する様子が思い浮かぶ。
「少しこらえろ!!!!!」
プラードが全身で、その力を受け止める。
フォルトゥナが地面に叩きつけられることはなんとか回避した。
しかしその力はあまりに強すぎた。
「がっ!!!」
プラードであっても、その威力は耐えきれなかった。
地面は陥没する。
後ろには氷塊が設置されていた。
土台となるよう、セーリスクが生成する。
「うっ!!!」
フォルトゥナの身体にも、衝撃が走る。
「大丈夫か?」
「は……はい」
視覚がふらつく。
まるで玩具のように振り回され投げられたので当然だろう。
だが、まだ攻撃は終了していなかった。
「プラード!!!」
ペトラの声で、それに気が付く。
「離れろっ!」
「え」
プラードが、フォルトゥナを突き飛ばす。
「まだいけるだろう?」
盲目の獣人は、左腕を伸ばし全速力で走る。
右足を踏み込み、体重を乗せ。
プラードの首にたたきつけた。
ひっくり返るように、プラードは地面にぶつかる。
その衝撃は、地面を更に崩壊させた。
「不甲斐ないな。獣王よ。これが、獣人の代表か」
「……っ!」
盲目の獣人は、プラードの顔を強く踏む。
「ほう……」
「この程度……っ。きくかっ!!!」
獣人の足を、プラードは掴んでいた。
まだ耐えられる。
まだ戦える。
この程度なんでもない。
心にそう言い聞かせた。
「……なるほど」
プラードには確かに損傷は通っていた。
だが、それ以上に上回る何かがあった。
「【豊穣】の力……。デア・アーティオはお前に託していたか」
プラードの肉体は、回復力を高めていく。
肉体の傷はふさがり、出血は止まっていた。
それはアンデットの力ではない。
デア・アーティオに起因する豊穣の恵み。
「その力。危険だ」
鎖が、プラードの腕に纏わりつく。
「ぐぅ……!」
拘束を感じ、思わず盲目の獣人の足を離してしまった。
より一層その拘束は強まっていく。
これだ。
前回自分は、この力に対応できなくて負けてしまった。
「プラードさん!」
だが今回のプラードには仲間がいる。
セーリスクが剣で、それらの鎖を切り払う。
数回の斬撃で、それらの鎖はなくなった。
「助かった」
「いいえ、気にしないでください」
切断された鎖は、数秒後蒸発するように消えた。
「……」
ペトラがそれを視認し、観察する。
その鎖は、通常の金属で作られた鎖とはまるで違うようであった。
「あの鎖、大元以外は魔力で構成されているようだね」
素直に、金属ではない。
そう感じる。
この武器は、魔力で作られたものだ。
だからこそ、固くともセーリスクの剣で切断することができた。
「……確かに切ったときの感触に違和感を持った」
セーリスクも、ペトラのその言葉に納得する。
まるで泥に剣を突っ込んだような感触だった。
纏わりつくような金属。
体感としては、そのような感じだ。
「異常な硬さは持っていないと思う。捕まったときにプラードですら破壊できないのはこれが理由か」
「鎖は僕が切ります。プラードさんは、前にでてください」
「了解だ」
鎖が宙に舞う。
まるで生きているかのように、それは動きだした。
「下らん」
数百の鎖が、一気に飛来する。
「ここで仕留める」
「!」
盲目の獣人は、その大きな体を肺活量によって含まらせていく。
通常時より大きく膨れたその肺は、ある動作の予兆を感じさせた。
「くるぞ!」
それと同時に襲い掛かったのは、大きな咆哮だった。
【王者の咆哮】。
プラードも同じタイミングで、発生させる。
二人の咆哮が、衝突する。
ペトラは、耳を抑える。
周囲には、自身の生成した土人形を配置した。
セーリスクは、ペトラの正面にたち鎖を切り落とす。
「ぐるるるるぅううう」
盲目の獣人は、獣のような威嚇をする。
プラードもその声をきき、毛を逆立てる。
「ああああ!!」
プラードが大地を踏みしめ、敵へと接近した。
盲目の獣人は、大地を砕く。
そして周囲に落ちている瓦礫のひとつひとつを鎖で包んだ。
それらすべてをこちらに投げつける。
「今さらきくか!そんなもの!!!」
プラードは、岩石を拳で砕く。
いくつかの瓦礫を足場にしてさらに盲目の獣人へと接近していく。
「はああああ!!!」
拳を振るう。
高速の拳は、残像だけを残し次の攻撃へとうつる。
「っ!」
視認できないはずだ。
それなのに、数ミリにも満たないわずかな隙間でその攻撃を回避する。
だが、それで終わらない。
全身に、豊穣の力を巡らせる。
血脈が、徐々に速度をあげていくように。
そして拳に最後の力を込め。
「【天恵】!!!」
「っ!」
盲目の獣人の顔面に、その拳が入った。
「がっ……」
流石に、この一撃には怯みを感じた。
この隙をつくしかない。
太ももに一撃、腹に一撃を与える。
「!!!」
「これで……っ」
必殺の右の拳。
獣人の顔に、確実に入った。
「【万里鎖】」
背後に、鎖の群れが迫る。
「!!!……ちぃ!」
「……」
盲目の獣人は、笑みを浮かべる。
「素晴らしい……よい闘気。よき技。それだからこそ、獣たちの長にあれる」
「おまえは……一体」
「……憂うものだよ」
「は?」
「獣人は弱くなった。お前の父も同じことをいっていなかったか?」
「……」
「この世界は変えなくてはいけない。獣こそ万物を従えるもの」
盲目の獣人の肉体が、怒張していく。
「あ……っ」
体格はより大きくなり、牙は増え爪はより鋭くなっていく。
眼光はより、細く。
肩は大きく広がり、より太く。
それは、獣人やアンデットとはかけ離れたものであった。
「獣だ……」
「原初に帰るべきだ。われらは」
盲目の獣人は、一瞬でプラードへと接近する。
「は……」
「耐えろ」
腹から大きく、その爪で切り裂かれる。
「グぅ……」
そして蹴りの一撃。
プラードは壁に激突する。
「ぐっ……あ……」
そのまま、地面に倒れこむ。
膝が震える。
体力は回復したはず。
それなのに、たった一撃でここまでひっくり返されるか。
そんなはずはない。
「そうだ。立て。お前には意義がある。お前にはやるべきことがあるだろう?立て」
頭上に圧を感じる。
生き物として、何かが違う。
獣人の枠に彼はいない。
「【グラキエース】!!!」
【王者の咆哮】が響く。
氷の刃たちは、衝撃によって打ち消された。
「お前は例外だ。私の相手ではない。かまう暇もない」
「……っ」
「相手をするとしても最後だ。お前は。そっちの方が、都合がいいだろう?」
いま、広範囲の冷気は放てない。
威力の高い氷の魔法を放っては、プラードを巻き込む。
「ああああ!」
ペトラが高速で、土の人形たちを生み出す。
ゴーレムと呼ばれるそれは、盲目の獣人に突撃をする。
「はぁ……」
獣人は退屈そうに、ため息をついた。
一蹴。
その言葉がぴったりなほどに、ゴレームたちは崩れ去った。
視認できない速度で、彼が粉々に砕いたのだ。
「お前の本領は、戦闘ではない。余計なことをするな」
獣人の敵意が、ペトラに向けられる。
その棘に、ペトラは怯んだ。
「……な、なにを」
「手をだすな。邪魔をするな。これは戦士の決闘だ」
「……【オブリーディオ・レウス・コル】」
今度こそ、確実に盲目の獣人の胴体にフォルトゥナの剣は刺さった。
「や……っ」
フォルトゥナの顔にわずかな笑みが浮かぶ。
しかしそれは、彼にとって推測できることであった。
「……蚊が」
ずっと気配を消していた。
ずっといないことに気が付かなかった。
だが、なにもいないからこそその獣人は気づいていた。
だから待った。
その蚊が刺しに来る瞬間を。
「あ……ゥ……」
フォルトゥナが、その鎖の先にいた。
鎖は、フォルトゥナの首を激しく絞めた。
「……っ……ぁ……ぅ」
「いい加減鬱陶しい」
「フォルトゥナ!!!!」
「何もないはずの空間。【認識できない何か】。それだけで違和に足る。お前の攻撃は、奇襲足り得ない」
鎖は、さらにきつくしまっていく。
嫌な音が、その場に広がる。
「やめろっ……やめろ!」
「失せろ」
「……っあ」
砕けた。
物のように、簡単に。
フォルトゥナの眼から光が消える。
「……え」
フォルトゥナはその場に倒れこんだ。
糸が切れたかのように、パタリと倒れた。
「ああああああああ!!!!!!」
フォルトゥナが死亡した。
それは確かに命の消える瞬間だった。




