「現状確認」
「端的に報告します」
「……」
ステラは、集まっている面々に対して複雑な顔をしていた。
彼らは息を呑み、その言葉を待った。
それは絶望的な現実だった。
「豊穣国は壊滅しました。女王デア・アーティオ自身の手によって」
「……それは本当なのか?」
「ええ。嘘偽りはありません。事実です」
セーリスクたちは、蝗のアンデットへと変化した法王との戦闘を終えた。
その戦闘の終了直後。
ペトラからの救援要請があったのだ。
当然、即座にステラの元へと向かった。
一番の情報を持つのは、ステラだからだ。
だが彼女のもとで得ることができたのは、ただの悲報であった。
「獣王様は……っ。プラード様は!どうなった!」
「落ち着いてください」
アーガイルが、角牛を制する。
ステラの前に立っていた。
耳を疑った。
自分たちが海洋国に赴いた時間で何が起こったのだろうか。
明らかにアダムが原因だということは理解できるが、それでも早すぎる。
「わかりません。ただ豊穣国は原型を失っていることは確実です」
特に、香豚と角牛は動揺していた。
獣王であるプラードの安否を心配しているのだろうか。
「それより、アーティオがやったということは本当なのか?」
「ええ、ありえません。あの人自身がやっただなんて」
豊穣国はデア・アーティオが生み出した国だ。
彼女自身で滅ぼすなんてありえない。
それに彼女は、自身の国を愛していた。
関わった時間が少なくても、それだけは本当のことだと自分たちでも理解できた。
しかし彼女は、自らの国を滅ぼしたのだ。
アーガイルが、報告書を骨折りに手渡す。
「一面が植物に覆われている。これを可能なのは、アーティオ様以外ありえません。住民たちの生存は確認できていないとのことだ。申し訳ない。私たちの調査ではこれ以上踏み込むことはできなかった」
アーガイルは、頭を下げる。
彼は、骨折り達が海洋国を救ったということを理解している。
調査を諦めるしかなかったのだ。
確認するまでもなく被害は甚大だということ。
彼から渡された文書には、そう記されていた。
「セーリスク……」
「……」
セーリスクの思考が止まった。
住民の生存は確認できていないと、ステラは言った。
それは、ライラックも決して無事ではないと。
そう言っているのか。
息が乱れた。
脳が混乱する。
「落ち着け。焦るな」
「はい……すみません」
イグニスは、セーリスクの手を握る。
感情が乱れたせいか、彼の手からは冷気が漏れていた。
精神的に負担がかかったのだろう。
「ペトラからの連絡は来ていた。安全を確保できる場所があるかもしれない」
苦し紛れに、先ほどあった連絡を思い返す。
少なくともペトラは無事だった。
彼女は、アーティオのすぐそばにいたはずだ。
それでも助かっているのだから他の人たちだって。
そんな思考をフォルトゥナは否定した。
「セーリスクさん。それはあくまで希望的観測です。ペトラさんの能力があったからできたかもしれないことであって……それを他の人物に当てはめるのは違いますよ」
「……わかっている」
何も言えない。
ペトラの頭脳や能力があったからこそ助かったかもしれない。
そう言われてしまえばおしまいではないか。
ライラックは無事ではない。
そう考える度に、何かが痛かった。
骨折りはため息をつきながら、その様子を見る。
「まぁ、あんま落ち込むなよ。気落ちするにはまだ早い」
「……」
「助けにいくのか……?あの場所に?」
アーガイルは目を見開いて、こちらをみていた。
正気かといわんばかりだ。
「反対しますか?」
セーリスクが、ステラに問う。
「貴方がたの能力を判断したうえで、反対します」
ステラはそう断言した。
「正直命を捨てるようなものだと思います。あなた方が赴く場所は、それほど危険です」
ステラの評価は、間違っていない。
かえるべき場所は、既にアンデットの巣窟になっていてもおかしくない。
植物に覆われているということは、国全てがデア・アーティオの攻撃範囲であってもおかしくないのだ。
「情報を纏めると、アダムは豊穣国にいることは確実です。加えて、デア・アーティオの暴走。それにアダムの配下はまだ複数人いるはず。消耗しきったこちらの戦力では到底勝てるとは思えない」
「正論だな。なにも間違っていない」
骨折りは、ステラの意見に反論しなかった。
「貴方がたが、蝗のアンデットから海洋国を救ったことは事実です。ですがそれでも、あまりに危険すぎる。今は状況を整えるべきだと私は思います」
「私もそれに賛成です。イグニスさん、貴方もミカエル様との戦闘で消耗しているはず。私は、貴方に体を休めてほしいと思っている」
ウリエルはその意見に、頷く。
ラミエルも苦い顔をしていた。
「……もう諦めたほうがよくない?」
その場に沈黙が訪れる。
蝗の王以上の脅威。
それに加えたアダムとの戦い。
そして現時点で確実に住民に多大な被害がでている。
現実は、苦しい。
戦力は既に消耗しきっているというのに、敵の力は増すばかりだ。
「いや、アダムはここで倒すべきだ」
「焦る理由は?」
「アーティオをアンデットに変化させたのであれば、あいつの力は相当弱まっているはず。アンデット化も無限ではない。必ず底がある。いま、アダムの状態は限りなく底に近い」
「……」
「討つべきは、今なんだ。今しかないんだ」
骨折りは、アダムとの戦いを望んでいる。
勿論その気持ちはわかっている。
だが、ここで追撃するべきという合理的な理由が彼には有った。
その言葉を聞き、ステラは困惑する。
「……成程。回復の猶予を与えたくないのですね」
「油断するつもりはない。だが、またアンデットを生み出されてしまっては不利になるだけだ」
「……」
「俺も、行くべきだと思う」
「イグニスさん?」
イグニスは、セーリスクをちらりと見る。
「俺たちには助けたい人がいる。いまここで豊穣国に行かなければその人たちは必ず死ぬ。可能性がわずかにあるのであれば俺は行きたい」
「……わかりました。そこまでの決意があるのであれば止めることはしません」
「エスプランドルの嬢さん」
「……はい?なんでしょうか」
「海洋国からの支援は期待できるか?」
ステラは苦い顔をする。
言葉を選んでいた。
「……正直苦しいですね。ロホは、致命傷。アーガイルも防衛では外せません。そのほかの戦力も蝗との戦いで削られてしまいました」
「角牛、香豚。お前らは?」
援護にきた獣王国からの二人も、戦力としては有難い。
だが、角牛の身体は既に損傷していた。
「私は無理です。正直戦いについていけるとは思えない」
「いや、それでいい。冷静な判断ができるだけありがたい」
戦力は確かに欲しい。
だが、死者を増やしたいわけでもない。
覚悟がない、力が足りないと感じているものを無理に連れていくことはない。
「ですが、香豚なら」
「ああ、大丈夫だ。お前らの力になってみせよう」
「わかった」
「私もお願いします」
その会話に、フォルトゥナは割って入った。
セーリスクは苦い顔をする。
正直彼には、この戦いに参戦してほしくなかった。
「……フォル」
フォルトゥナは、セーリスクにわずかに視線を向けた。
だが彼の言葉を、フォルトゥナは無視した。
「私なら突入の際に、誤魔化せるかもしれない。偵察でもなんでもします。連れて行ってください」
一般的な戦力では、確実に足手纏いだ。
天使と同格及び、幹部級の戦力がなければ厳しいだろう。
「……」
フォルトゥナが天使と同等だとは思えない。
だが、アダムはどんな手段を使うかわからない。
対抗手段は残しておくべきか。
「ああ……お前にも頼む」
「はいっ」
獣王国から出させる戦力は、フォルトゥナと香豚で決まった。
法王国からは正直全員欲しいといいたいところだが。
「法王国からの戦力だが……」
じっとイグニス達を見る。
「無事なのは、そのちびっこだけか……」
「……わ、私のこと……?」
回復と範囲攻撃を持つフラーグム。
無傷なのは、彼女ぐらいだ。
「イグニスだけでも負傷が回復できたらよかったんだが」
「魔法でも疲労はとり切れない。仕方ないさ」
「私のこと……?」
下でなにかわめいている気がするが、無視だ。
イグニスも決して無事ではない。
神造兵器での戦いや、ミカエルとの戦闘での傷はまだ残っている。
それに、懸念点はもう一つある。
「イグニス。ミカエルの様子は」
「……」
イグニスは静かに首を振る。
頭の中に、彼女の様子が思い浮かぶ。
「無理だ。一生まともに歩けない。数日は目を覚まさないだろう」
ミカエルは、法王との戦いの後気絶してしまった。
四肢のほとんどは炭化していた。
顔の皮膚も火傷が酷い。
特に片目は、失明してしまっただろう。
見るに堪えない。
その言葉が当てはまるような酷さだった。
「……だな。命があるだけよかったとしよう」
本来であれば、自分がやるべき役割だった。
骨折りはそう考える。
しかし彼女は、現在の法王国第一位としての責務を務めたのだ。
これ以上何かを言及しては、彼女の誇りを穢すことになってしまう。
「ミカエル様の代わりは、私が。フラーグムも私が援護しよう」
「ウリエル……!」
「君は私が守る。頼ってくれ」
「……うん!」
ウリエルが前にでる。
だが、彼も損傷が激しい一人だった。
特に皮膚の切り傷が激しい。
出血も、魔法で完全に回復することはできない。
万全とは程遠い状態だろう。
「大丈夫か?その体で」
「大丈夫さ。元々体は頑丈なんだ」
次にラミエルに骨折りは話した。
「ラミエルはどうする?勿論来るよな」
こいつはそもそも贖罪の為に、戦っているようなものだ。
イグニスとの相性も悪いわけではないし、連れて行った方が便利だろう。
「うん、先輩のためならどこまで……」
「ごめんな、骨折り。ラミエルは海洋国に居てほしい」
「え?」
イグニスのその言葉に、ラミエルは驚いた。
当然ついていくつもりだったし、いかない気持ちはなかった。
だが、イグニスはそれを否定した。
「……一応理由を聞いていいか?」
イグニスが思っていることは大体わかる。
だが、冷静に一度話を聞こう。
「ラミエルが最大限活躍できるのは、広範囲の探知とその速度だ。そんな状態の豊穣国で、役に立てるとは思えない。海洋国で救助するべき人を探すために、ラミエルは残した方がいいと思う」
「……確かにその能力であれば、助かりますね」
「……はぁ……」
骨折りは深いため息をつく。
お前が本当に言いたいことはわかってるよ。
だが、骨折りはそれを口に出さなかった。
いつの間にかに自分はイグニスに甘くなっていたようだ。
「わかったよ。わかった。ラミエル。お前は海洋国に残れ」
「ラミエル、海洋国はお願いしてもいいか?」
「う、うん。先輩がいうなら……?」
イグニスの言葉にラミエルは困惑しながら頷く。
ラミエルは、少し落ち込んでいた。
当然イグニスの傍にいられないからだ。
しかし、イグニスはラミエルが傍にいることを望まなかった。
もしもマールとの戦闘になったとき。
自分がマールへの攻撃をためらって、彼女が危険に晒されたとき。
そんなことを考えるのが怖かった。
ラミエルは自分のためなら何でもするだろう。
命をかけてでも。
自分はそんなこと望んでいない。
だからこれでいいのだ。
「とりあえず、戦力は決まったな」
現状確認できるのは、これだけだ。
しかし今行かなければ、状況は悪化するだけだ。
なるべく最短で行かなければ。
「船はどうしますか?」
「神造兵器がある。あれなら、一番早い」
豊穣国と、海洋国は海を通していくことができる。
尚且つ、神造兵器の能力では通常より早い速度で到達できるだろう。
「アダムは俺らがくることなんてとっくにわかっている」
「だと思います」
「それなら目立とうが早い方がいいに決まってる」
その場の一同は、その言葉に同意する。
移動手段は、確保した。
「行動は一時間後、準備ができ次第豊穣国に乗り込む」
最後の戦いが始まる。




