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ヒューマンヘイトワンダーランド  作者: L
最終章 ヒューマンヘイトワンダーランド
217/231

「現状確認」


「端的に報告します」

「……」


ステラは、集まっている面々に対して複雑な顔をしていた。

彼らは息を呑み、その言葉を待った。

それは絶望的な現実だった。


「豊穣国は壊滅しました。女王デア・アーティオ自身の手によって」

「……それは本当なのか?」

「ええ。嘘偽りはありません。事実です」


セーリスクたちは、蝗のアンデットへと変化した法王との戦闘を終えた。

その戦闘の終了直後。

ペトラからの救援要請があったのだ。

当然、即座にステラの元へと向かった。

一番の情報を持つのは、ステラだからだ。

だが彼女のもとで得ることができたのは、ただの悲報であった。


「獣王様は……っ。プラード様は!どうなった!」

「落ち着いてください」


アーガイルが、角牛を制する。

ステラの前に立っていた。

耳を疑った。

自分たちが海洋国に赴いた時間で何が起こったのだろうか。

明らかにアダムが原因だということは理解できるが、それでも早すぎる。


「わかりません。ただ豊穣国は原型を失っていることは確実です」


特に、香豚と角牛は動揺していた。

獣王であるプラードの安否を心配しているのだろうか。


「それより、アーティオがやったということは本当なのか?」

「ええ、ありえません。あの人自身がやっただなんて」


豊穣国はデア・アーティオが生み出した国だ。

彼女自身で滅ぼすなんてありえない。

それに彼女は、自身の国を愛していた。

関わった時間が少なくても、それだけは本当のことだと自分たちでも理解できた。

しかし彼女は、自らの国を滅ぼしたのだ。

アーガイルが、報告書を骨折りに手渡す。


「一面が植物に覆われている。これを可能なのは、アーティオ様以外ありえません。住民たちの生存は確認できていないとのことだ。申し訳ない。私たちの調査ではこれ以上踏み込むことはできなかった」


アーガイルは、頭を下げる。

彼は、骨折り達が海洋国を救ったということを理解している。

調査を諦めるしかなかったのだ。

確認するまでもなく被害は甚大だということ。

彼から渡された文書には、そう記されていた。


「セーリスク……」

「……」


セーリスクの思考が止まった。

住民の生存は確認できていないと、ステラは言った。

それは、ライラックも決して無事ではないと。

そう言っているのか。

息が乱れた。

脳が混乱する。


「落ち着け。焦るな」

「はい……すみません」


イグニスは、セーリスクの手を握る。

感情が乱れたせいか、彼の手からは冷気が漏れていた。

精神的に負担がかかったのだろう。


「ペトラからの連絡は来ていた。安全を確保できる場所があるかもしれない」


苦し紛れに、先ほどあった連絡を思い返す。

少なくともペトラは無事だった。

彼女は、アーティオのすぐそばにいたはずだ。

それでも助かっているのだから他の人たちだって。

そんな思考をフォルトゥナは否定した。


「セーリスクさん。それはあくまで希望的観測です。ペトラさんの能力があったからできたかもしれないことであって……それを他の人物に当てはめるのは違いますよ」

「……わかっている」


何も言えない。

ペトラの頭脳や能力があったからこそ助かったかもしれない。

そう言われてしまえばおしまいではないか。

ライラックは無事ではない。

そう考える度に、何かが痛かった。


骨折りはため息をつきながら、その様子を見る。


「まぁ、あんま落ち込むなよ。気落ちするにはまだ早い」

「……」

「助けにいくのか……?あの場所に?」


アーガイルは目を見開いて、こちらをみていた。

正気かといわんばかりだ。


「反対しますか?」


セーリスクが、ステラに問う。


「貴方がたの能力を判断したうえで、反対します」


ステラはそう断言した。


「正直命を捨てるようなものだと思います。あなた方が赴く場所は、それほど危険です」


ステラの評価は、間違っていない。

かえるべき場所は、既にアンデットの巣窟になっていてもおかしくない。

植物に覆われているということは、国全てがデア・アーティオの攻撃範囲であってもおかしくないのだ。


「情報を纏めると、アダムは豊穣国にいることは確実です。加えて、デア・アーティオの暴走。それにアダムの配下はまだ複数人いるはず。消耗しきったこちらの戦力では到底勝てるとは思えない」

「正論だな。なにも間違っていない」


骨折りは、ステラの意見に反論しなかった。


「貴方がたが、蝗のアンデットから海洋国を救ったことは事実です。ですがそれでも、あまりに危険すぎる。今は状況を整えるべきだと私は思います」

「私もそれに賛成です。イグニスさん、貴方もミカエル様との戦闘で消耗しているはず。私は、貴方に体を休めてほしいと思っている」


ウリエルはその意見に、頷く。

ラミエルも苦い顔をしていた。


「……もう諦めたほうがよくない?」


その場に沈黙が訪れる。

蝗の王以上の脅威。

それに加えたアダムとの戦い。

そして現時点で確実に住民に多大な被害がでている。

現実は、苦しい。

戦力は既に消耗しきっているというのに、敵の力は増すばかりだ。


「いや、アダムはここで倒すべきだ」

「焦る理由は?」

「アーティオをアンデットに変化させたのであれば、あいつの力は相当弱まっているはず。アンデット化も無限ではない。必ず底がある。いま、アダムの状態は限りなく底に近い」

「……」

「討つべきは、今なんだ。今しかないんだ」


骨折りは、アダムとの戦いを望んでいる。

勿論その気持ちはわかっている。

だが、ここで追撃するべきという合理的な理由が彼には有った。

その言葉を聞き、ステラは困惑する。


「……成程。回復の猶予を与えたくないのですね」

「油断するつもりはない。だが、またアンデットを生み出されてしまっては不利になるだけだ」

「……」

「俺も、行くべきだと思う」

「イグニスさん?」


イグニスは、セーリスクをちらりと見る。


「俺たちには助けたい人がいる。いまここで豊穣国に行かなければその人たちは必ず死ぬ。可能性がわずかにあるのであれば俺は行きたい」

「……わかりました。そこまでの決意があるのであれば止めることはしません」

「エスプランドルの嬢さん」

「……はい?なんでしょうか」

「海洋国からの支援は期待できるか?」


ステラは苦い顔をする。

言葉を選んでいた。


「……正直苦しいですね。ロホは、致命傷。アーガイルも防衛では外せません。そのほかの戦力も蝗との戦いで削られてしまいました」

「角牛、香豚。お前らは?」


援護にきた獣王国からの二人も、戦力としては有難い。

だが、角牛の身体は既に損傷していた。


「私は無理です。正直戦いについていけるとは思えない」

「いや、それでいい。冷静な判断ができるだけありがたい」


戦力は確かに欲しい。

だが、死者を増やしたいわけでもない。

覚悟がない、力が足りないと感じているものを無理に連れていくことはない。


「ですが、香豚なら」

「ああ、大丈夫だ。お前らの力になってみせよう」

「わかった」

「私もお願いします」


その会話に、フォルトゥナは割って入った。

セーリスクは苦い顔をする。

正直彼には、この戦いに参戦してほしくなかった。


「……フォル」


フォルトゥナは、セーリスクにわずかに視線を向けた。

だが彼の言葉を、フォルトゥナは無視した。


「私なら突入の際に、誤魔化せるかもしれない。偵察でもなんでもします。連れて行ってください」


一般的な戦力では、確実に足手纏いだ。

天使と同格及び、幹部級の戦力がなければ厳しいだろう。


「……」


フォルトゥナが天使と同等だとは思えない。

だが、アダムはどんな手段を使うかわからない。

対抗手段は残しておくべきか。


「ああ……お前にも頼む」

「はいっ」


獣王国から出させる戦力は、フォルトゥナと香豚で決まった。

法王国からは正直全員欲しいといいたいところだが。


「法王国からの戦力だが……」


じっとイグニス達を見る。


「無事なのは、そのちびっこだけか……」

「……わ、私のこと……?」


回復と範囲攻撃を持つフラーグム。

無傷なのは、彼女ぐらいだ。


「イグニスだけでも負傷が回復できたらよかったんだが」

「魔法でも疲労はとり切れない。仕方ないさ」

「私のこと……?」


下でなにかわめいている気がするが、無視だ。

イグニスも決して無事ではない。

神造兵器での戦いや、ミカエルとの戦闘での傷はまだ残っている。

それに、懸念点はもう一つある。


「イグニス。ミカエルの様子は」

「……」


イグニスは静かに首を振る。

頭の中に、彼女の様子が思い浮かぶ。


「無理だ。一生まともに歩けない。数日は目を覚まさないだろう」


ミカエルは、法王との戦いの後気絶してしまった。

四肢のほとんどは炭化していた。

顔の皮膚も火傷が酷い。

特に片目は、失明してしまっただろう。

見るに堪えない。

その言葉が当てはまるような酷さだった。


「……だな。命があるだけよかったとしよう」


本来であれば、自分がやるべき役割だった。

骨折りはそう考える。

しかし彼女は、現在の法王国第一位としての責務を務めたのだ。

これ以上何かを言及しては、彼女の誇りを穢すことになってしまう。


「ミカエル様の代わりは、私が。フラーグムも私が援護しよう」

「ウリエル……!」

「君は私が守る。頼ってくれ」

「……うん!」


ウリエルが前にでる。

だが、彼も損傷が激しい一人だった。

特に皮膚の切り傷が激しい。

出血も、魔法で完全に回復することはできない。

万全とは程遠い状態だろう。


「大丈夫か?その体で」

「大丈夫さ。元々体は頑丈なんだ」


次にラミエルに骨折りは話した。


「ラミエルはどうする?勿論来るよな」


こいつはそもそも贖罪の為に、戦っているようなものだ。

イグニスとの相性も悪いわけではないし、連れて行った方が便利だろう。


「うん、先輩のためならどこまで……」

「ごめんな、骨折り。ラミエルは海洋国に居てほしい」

「え?」


イグニスのその言葉に、ラミエルは驚いた。

当然ついていくつもりだったし、いかない気持ちはなかった。

だが、イグニスはそれを否定した。


「……一応理由を聞いていいか?」


イグニスが思っていることは大体わかる。

だが、冷静に一度話を聞こう。


「ラミエルが最大限活躍できるのは、広範囲の探知とその速度だ。そんな状態の豊穣国で、役に立てるとは思えない。海洋国で救助するべき人を探すために、ラミエルは残した方がいいと思う」

「……確かにその能力であれば、助かりますね」

「……はぁ……」


骨折りは深いため息をつく。

お前が本当に言いたいことはわかってるよ。

だが、骨折りはそれを口に出さなかった。

いつの間にかに自分はイグニスに甘くなっていたようだ。


「わかったよ。わかった。ラミエル。お前は海洋国に残れ」

「ラミエル、海洋国はお願いしてもいいか?」

「う、うん。先輩がいうなら……?」


イグニスの言葉にラミエルは困惑しながら頷く。


ラミエルは、少し落ち込んでいた。

当然イグニスの傍にいられないからだ。

しかし、イグニスはラミエルが傍にいることを望まなかった。

もしもマールとの戦闘になったとき。

自分がマールへの攻撃をためらって、彼女が危険に晒されたとき。

そんなことを考えるのが怖かった。

ラミエルは自分のためなら何でもするだろう。

命をかけてでも。

自分はそんなこと望んでいない。

だからこれでいいのだ。


「とりあえず、戦力は決まったな」


現状確認できるのは、これだけだ。

しかし今行かなければ、状況は悪化するだけだ。

なるべく最短で行かなければ。



「船はどうしますか?」

「神造兵器がある。あれなら、一番早い」


豊穣国と、海洋国は海を通していくことができる。

尚且つ、神造兵器の能力では通常より早い速度で到達できるだろう。


「アダムは俺らがくることなんてとっくにわかっている」

「だと思います」

「それなら目立とうが早い方がいいに決まってる」


その場の一同は、その言葉に同意する。

移動手段は、確保した。


「行動は一時間後、準備ができ次第豊穣国に乗り込む」


最後の戦いが始まる。

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