「終幕へ」
盲目の獣人は語る。
自らの纏う鎖を揺らしながら。
「この数百年で、獣人は弱くなった」
はぁと深いため息を彼はついた。
その溜息には、怒りも込められていた。
「なぜかわかるか?」
「……がぁ……」
「獣王よ」
プラードは、盲目の獣人により拘束されている。
プラードは全身に力を入れる。
しかしその拘束は解除できなかった。
鎖を持つその獣人の力がそれ以上だったからだ。
「あはは、無駄だよ」
アダムは笑いながらその光景をみていた。
手をたたき、プラードを侮辱する。
「足掻くのもいいけど、現実をみなよ。チェックメイトだ。君たちの手番はもうない」
アダムは、ある人物の肩に腕を乗せる。
その人物は、デア・アーティオだった。
「アダム……」
「ん?」
「なぜだ。骨折りとの決着はついていないではないか。なぜこちらにきた」
「そうなんだよね。残念ながら、僕とあいつの決着はついていない。でもようやくつきそうなんだ。あいつは過去も力も取り戻した。今なんだ。今ならあの時の仕返しをできる。あいつを苦しめられる」
「……」
まるで子供のようなその幼稚な言動に、アーティオは何も言わなかった。
ただ力を持った子供。
そんな愚かな存在が目の前にいる。
それだけなのに、彼は圧倒的な威圧感を持っている。
それが異様だった。
「ばかばかしいな。数百年それだけを思い、執着し。この世界を乱したと」
「そうだよ?」
「……片思いも程々にしろ」
言葉がでなかった。
それを本人に断言されたことに。
「そんなに怒ることないじゃん。僕は僕のやりたいようにさ。やってるだけだぜ?君らもそう思うだろ」
その場には、ペトラとエリーダもいた。
「その人は私の大事な人だ!離せ!!」
「やめなさい!ペトラ!!」
ペトラは、アダムに攻撃を与えようとする。
しかしエリーダは、ペトラを全力でとめた。
いま、アダムが自分たちに危害を加えていないのはただ自分たちがなんでもないからだ。
今彼の意識をこちらに向けたくない。
なにもできないのだから。
ただ無意味に死ぬだけだ。
「うんうん。そのままみてなよ」
「……っ!!!!!!」
「うける。面白くない?あの顔」
歯が砕けるほどに、奥歯をかみしめた。
「最高だよ、その顔」
血が口から零れた。
割れた奥歯は、ざらざらとして嫌で呑み込んだ。
アダムは、ぐるぐると周り踊りだす。
まるで演者が、観客に示すように。
その部屋から、外の景色を眺める。
穏やかで平穏で、愚かで惨めなほどに馬鹿馬鹿しい。
「舞台を整えなきゃいけない。でもさ、勝ちを取ったときに最も邪魔するのは誰だ?デア・アーティオ」
「……そうじゃな。わかりきったことだった」
アダムが来ることはわかり切っていた。
むしろ来るのが遅いと言いたかった。
でも彼の目的は、常に一定だった。
「だよね。僕は正攻法じゃお前には勝てない。馬鹿らしいじゃん。まともに勝負するのも。お前には勝てない。僕はそれでいいよ」
彼は勝ちに執着していない。
ただ執着するのは、勝ちが確定した場面を邪魔されたこと。
やり直しを命じた世界の意志に対する怒りだった。
「……」
「でも彼らは?」
「……アーテっ……!」
「彼らは、僕に勝てないどころじゃない。憂さ晴らしは彼らでするよ」
「……っ」
アンデットの瘴気を、手のひらに纏う。
触れるだけで、その場にいる全員をアダムはアンデットにすることが可能だった。
アーティオは、息を呑む。
プラードやペトラたちをアンデットにさせるわけにはいかない。
アダムの力で、アンデットになってしまえば自分の力でもそれを打ち消すことはできない。
「何が目的なのじゃ?」
「……うーん。取引?」
「取引だと?お前が今さら?」
なにを取引するというのだ。
プラードは相手の獣人に拘束され。
ペトラとエリーダは戦力にすらならない。
それに相手の戦力にはもう一人いる。
この場面で彼は何を要求する。
「いまさ、君がこの場面で全力を出せば僕を含めた全員殺せる」
「……!」
「うん?やるという発想自体はあったのかな?でも君はできないでしょ?」
プラード、それにペトラとエリーダを指さす。
「やってみなよ。ねぇねぇ、やってみなよ―」
「ふざけるな。こんなときまでもてあそぶ気か」
「うん、煽って馬鹿にするのは楽しいからね」
指の爪を眺めながら、彼は口笛を吹く。
「命で遊ぶのはいけません。みんな仲良く素敵に手を繋いで遊びましょう」
「……」
「面白いね。だからこうして遊ばれるんだ。僕みたいな悪者に」
アーティオに彼は中指をたてた。
いま自分を殺すことはできないだろ。
彼はそういいたげだ。
「お前はどこまで人を馬鹿にするんだ」
「いいじゃん、命のやり取りしようよ。馬鹿みたいに重りを載せてさ、均等にはかろうよ。その選択を僕は尊重するよ」
「……ふざけるな!!」
「ふざけるな?ふざけてなんかいないよ。命は尊く価値あるものだと僕は知っている。だからこそ踏みにじるんだ。その方が面白いからね」
「……」
アーティオは諦めた。
この子供のような怪物と会話することを。
「取引の内容をいえ」
彼は悩まし気に、言葉を選ぶ。
「うーん。そうだな。その前に、いいことがあるんだよ」
「なんだ?」
「なんだって。まぁいいや。なんで君のところにいくのにここまで時間をかけたと思う?」
「骨折りとの決着がついていないからではないのか?」
「違う違う。流石にさ、僕もこの広い大地を汚染をするのは時間がかかるんだ。いままで豊穣国ではない場所で戦いを起こし続けたのはなぜだと思う?」
「……っ!まさか!」
「既に種は撒き終えた。汚染は、豊穣国とそれ以外の国。僕はアンデットを増やし続ける。勿論この場所もだ。それか君自身がアンデットになるか。選べよ」
「……!!!!!!」
それは究極の決断。
唯一無二の一を取るか、それ以外の他を取るか。
「やめて!アーテ!そいつの話なんて聞かなくていい!」
ペトラは、そう言葉を発する。
しかし心の底ではわかっていた。
彼女がどのような選択をとるのか。
彼女は一切の怯みを持たなかった。
ただ臆することなく彼に告げる。
「わらわだ。とっととやれ」
その返答に、アダムは大きく口を歪ませる。
それはアダムにとって望んでいた答えだった。
「力をためておいた甲斐があったよ」
「アーティオ!!!!!!!!」
その輝きにアダムは笑う。
心の底から喜んでいた。
この輝きを消せることを。
プラードは絶望に包まれた。
彼女が死に近づいているのに、何もできない自分に。
精一杯足掻いた。
でもその時の気持ちは蛆虫のようであった。
なにもできず、ただそこにくるまっている。
そんな気持ちだった。
「……っ」
アーティオは、そんな彼の顔をみてしまった。
ただそれが後悔だった。
大好きな彼をそんな顔にしてしまったことを。
アーティオの胸にアダムの手が突き刺さる。
黒く淀んだ瘴気がその場に広がる。
「取引は終わりだ。とっとと下がれ」
アーティオの体から植物があふれる。
その強大な力にアダムは後ろに下がった。
それはアダムにとって初めての経験であった。
気圧されたのだ。
アンデットになっても、彼女の敵意は強く剝き出していた。
「これを抑え込むか……!」
比喩なしに、全力を彼女に注ぎ込んだ。
それでもまだ、彼女は自身の力を押さえつけていた。
このままここにいたら、無事ではすまないだろう。
盲目の獣人が、アダムに声をかける。
「アダム。下がるぞ」
「うんうん、上出来。とりあえず満足だ」
「仕込みは万全か?」
「もちろん」
「ならいい」
城が崩壊していく。
植物は、城を圧縮していこうとしていた。
アダム達は、脱出する。
しかしまだペトラたちはその城に残っていた。
「アーテ!アーテ!!!」
ペトラがアーティオに駆け寄る。
だが近づけない。
今の彼女は、植物の中に埋もれていたからだ。
でも話したい。
この体が細切れにされてでも、彼女と最後に会話したい。
そんな思いを、植物たちが阻んだ。
「私たちも脱出しなくては!ペトラ!やめなさい!」
「いやだ!私は……!あの人と……!」
後ろに気配を感じる。
それは懐かしいものであった。
「いまはやめるんだ。ペトラ」
そこにはゴーレムが、たっていた。
でも自分の操るゴーレムではない。
でも自分はそれを知っていた。
「彼らに助けを求めよう」
城は崩壊していく。
アダムはそれを眺めていく。
笑みを浮かべて、これからの戦いを想像しながら。
「最後の抵抗か。いいね、精々足掻きなよ」




