四十話「それは私の愛した花」
太陽のような火の塊は、敵に衝突する。
法王は、それを受け止めた。
「燃え尽きろ!!!!」
「私は……私はぁぁぁあ!!!!!」
業火に身が焼かれる。
熱く。
酷く熱く。
太陽に焦がれたものに罰を与えた。
その陽は、なによりもまぶしかった。
法王は、全身を焼かれていた。
「……これで……終わり……」
身が崩れていく。
業火の代償。
その身は、既に崩壊しかけていた。
半身はほぼ消滅する、視界も半分みえなくなっていた。
命の燈火が、あと少しで消えることを自身で理解していた。
ただミカエルはそれでも足を止めなかった。
「いや……まだ…………!」
油断は持たない。
全てが火に包まれていても。
原型が残っているのであれば最後までケリをつける。
「私が!!!終わらせる!!!!」
それが私の役割だから。
そう思い、前に進む。
「セーリスク!!!合わせろ!!!」
「はい!!!」
ミカエルの最後の攻撃を、骨折りは理解した。
出力の落ちた今なら、ミカエルの邪魔をすることなく援護できる。
セーリスクと共に、前に進んだ。
法王の体は、焔に包まれていた。
しかしアンデットの体だ。
ここからの再生もあり得る。
アダムからの干渉を受けてアンデットに成ったのであれば、猶更警戒が必要だ。
「【グラキエース】!!!」
「【ぺルド・フランマ】!!」
「神剣【フランベルグ】!」
その炎の塊に、三者が今出せる最大の魔法を撃ちだす。
再生の猶予は与えない。
いまここで終わらせる。
三人に油断はなかった。
「……!!」
だが、魔法ははじけ飛んだ。
骨折りの片腕が、宙に舞っていく。
「ちっ……」
やはりまだあいつは生きている。
透明な蝗を周囲に一気に放出したのだ。
だが、攻撃はこない。
防御だけに集中したのだろう。
「骨折りさん!」
「俺は治る!!壁をつくれ!ミカエルと一緒に退避!」
セーリスクは、氷壁を即座に生成する。
ミカエルが、その場所に退避する。
「……はっ……はぁぁ」
「……っ!」
熱すぎる。
とても人体が耐えきれる温度ではない。
ミカエルの体は、異常な熱源となっていた。
呼吸すらままなっていない。
到底戦える状態ではない。
この人物はどうやって生命を維持しているのか。
セーリスクにはそれがわからなかった。
ミカエルは、セーリスクにお願いをする。
「私を冷やしてください……」
「え?」
「これ以上温度を上げれば、私は燃焼しきってしまう。一度冷やしてほしい……」
「……」
治るのか。
これが。
一度冷やした程度では、改善できるとは思えない。
だが、状況は悪化する。
氷の壁を、蝗たちが捕食し始めたのだ。
「早く!!!!」
「……っ!」
その声に、セーリスクは応じる。
「【オムニス・ゲロ】」
ミカエルの身体を冷やしたのだ。
冷気と、業火が反発しあう。
蒸気が、ミカエルの体から漏れていく。
これで正しいのかセーリスクはわからなかった。
だが、ミカエルの指示に従い彼女の体を冷やし続けた。
「……はっ…はっ……もう一度!」
ミカエルの体から、激しい業火が燃え盛る。
勢いを失い炭のようになった体は、再び炎を燃やしていた。
蝗たちは、高熱を伴った剣戟により切り裂かれる。
「セーリスク!そのままミカエルの援護を!前線は俺が張る!!」
法王は、異形の姿へと変化していた。
その腕は、蝗のように細長く。
顔の半分は蝗のようになっていた。
だが、脚は液状のよう崩れている。
強烈な火の影響で変化が歪になったのだ。
「わ、わわわわ、わたしが……!!」
「うるせぇよ」
骨折りは法王の腹に剣をたたきつける。
法王は宙を舞う。
背中に羽根を広げた。
「あああああああ」
高速で、骨折りに突進する。
「こいよ…!!!!」
骨折りの体が吹き飛ばされた。
遥か後方、神造兵器の船首に激突する。
「……ぐっ……!!」
骨折りは全身の骨が折れたことを認識する。
身体が再生していく。
法王は、まだ骨折りを狙っている。
歪に変化した彼の腕は、骨折りの首を刎ねようと振り下ろす。
「糞がっ……!!」
その時、後ろから不思議な感覚を感じた。
「……なっ」
それは物語のような一瞬。
天使が大きな羽根を広げ。
自らの意志で、前に進む。
手を組み、自らの敬う神に祈る。
第五の天使は、笛を吹く。
祈りを込め、全てが救われるように願った。
あまねくすべてに届くように。
その音色は広がっていく。
空は晴れていた。
「私は祝福する。私は祈る。私は願う。それは、私の愛した花」
光が差す。
雷は止み、雹は終わっていた。
蝗の王に、彼女は相対する。
「友に捧げるただひとつの花」
私は、貴方を忘れない。
こんな私の手を引っ張って。
私と共に歩いてくれた貴方のことを。
せめていまだけは、希望を捨てないように。
思い出を胸にしまおう。
「【ベネディクト・リリウム】」
花が咲き誇る。
純白の花が、海に広がっていく。
鐘の音が、空に響いていく。
第五の天使がラッパを吹く。
笛はどこまでも音を広げていく。
フラーグムの背中の羽根は、彼女の体を大きく包むように広がっていた。
「フラーグム……?」
ミカエルが、彼女の姿を見る。
彼女は、魔法を覚えていなかった。
いや使用できなかった。
だからこそ国宝級に戦闘能力を依存することとなっていた。
でも今芽吹いたのだ。
それは、彼女だけの特異な魔法だった。
「……!!!」
法王の腕と腹部が破裂する。
いや衝撃波により破壊された。
衝撃波は、さらに法王の肉体を破壊していく。
それは【破壊】の魔法。
終末笛の能力だった。
「終末笛の魔法……」
だが効果はそれだけでは終わらなかった。
「傷が……」
ミカエルとセーリスクが衝撃波に触れたとき。
ミカエルとセーリスクの傷が癒えていく。
出血は収まり、多くあった傷は閉じていく。
「敵と味方を判別しているのか」
敵には衝撃波による攻撃を。
味方には回復の魔法を。
フラーグムの魔法は、二つの効果を持っていた。
法王の身体は、さらに破壊された。
法王が絶叫する。
「あああああああ」
更に法王の体に雷が降りそそいだ。
「私もいるからねーー」
「ラミエル!」
衝撃波と雷撃の二重の攻撃。
法王の身体はさらに損傷を負った。
「ミカエル!」
後ろから声がした。
イグニスだった。
彼女は船からミカエルを呼ぶ。
ああ、いつも君は変わらない。
ずっと泣き虫な女の子のまま。
私が傍にいないとすぐ泣いてしまうんだから。
いつだって君は私の妹だった。
意地を張るのももうやめよう。
「……ふっ」
死にたがりもいい加減諦めよう。
自分の役割はこれからも続いていくのだ。
彼女の姉として、この先も生きていくのだから。
「貴方は許してくれますか」
心の中に、一人の女性が思い浮かぶ。
彼女は不思議と笑っている気がした。
これで最後にしよう。
「引導を渡す。法王よ」
剣に、業火を纏わせる。
「私はこの先の道を切り開く」
氷の上を走る。
既にボロボロになった羽は、焔に包まれる。
前に進んだ。
「私は、法王国天使第一位【ミカエル】。貴方の命をいま終わらせます」
だが法王は抵抗しなかった。
法王の胸に、剣が刺さった。
深く深く心臓を穿つ。
血は溢れなかった。
ただ単調に、その剣は肉を断っていく。
「……」
「……え」
法王はただ茫然と、胸に刺さった剣を見つめる。
「貴方は……これを望んで」
ミカエルは理解した。
彼の望んだことを。
彼は自ら踏み台になろうとしたのだ。
新たな亜人たちの時代の。
「そうか。終わりか」
「……」
彼は正気を取り戻していた。
彼はさらに口を開く。
「素晴らしい。この先を見れないことが悔しいが、敗者は去るさ」
肉体は崩れ去っていく。
アンデットの力は失われていた。
周囲に滞空していた蝗たちは消えていく。
「蝗が……っ」
「これで完全にやったな」
骨折りが、ミカエルに近づいていく。
セーリスクも息をついて、その場に座り込んだ。
「きっと君たちなら乗り越えられる。アダムを倒せるさ」
「……お前にいわれなくてもやるさ」
「ふ……そうだな」
肉体は灰になっていた。
風が運び、それは海の彼方に飛んでいく。
その行き先を知るものは誰もいなかった。
「終わったぁぁ!」
ラミエルが歓喜の声をあげる。
彼女の周囲には、空気がパチパチと音を鳴らしていた。
「お前が真っ先に喜ぶなよ」
セーリスクは、しかめっ面で彼女をみる。
ラミエルはその言葉を一切気にしていなかった。
「いいジャン別に。終わったのは、いいことだしさー。小さいこと気にしてるともてないよ?」
「お前には言われたくない。イグニスさんにまともに相手されていないくせに」
「え?なんかいった?もっぺんいってみなよ?焼くから?」
「痛いからやめろ」
ミカエルがその場に倒れこむ。
骨折りが真っ先に近づいた。
「長く持ったほうだ。お前ら喧嘩やめろ」
「は、はい」
骨折りはミカエルの様子を観察する。
その体は生きているのが不思議なぐらいだった。
だが、明らかに回復した瞬間がある。
そのおかげで、今も命を保てているのだ。
骨折りはフラーグムを呼ぶ。
「おい、フラーグム。こっちこい」
「うん!」
フラーグムはミカエルをみる。
そしてその様子に驚いた。
「酷いっ……なにこれ」
「これでもマシだ。……もう一度さっきの魔法をかけられるか?俺が神造兵器に運ぶ」
「うん」
骨折りはミカエルを抱きかかえる。
氷の上ではまともな処置もできない。
「撤収だ。海洋国に帰るぞ」
「了解です」
「はーい。りょうかーい」
神造兵器に全員が乗る。
途中でウリエルを回収しなくては。
「海洋国も、蝗がいなくなったかな」
「そうだろうさ」」
そんなとき、セーリスクの胸元で何かが鳴る。
「ん?」
「なんだよ?なんか持ってたっけ?お前」
「いやペトラが……」
それはペトラに渡されていた魔道具だった。
よくわからないが、光っている部品を押す。
「セーリスク……」
「ペトラ!?」
「お願い……助けて」
豊穣国に危機が訪れていた。




