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ヒューマンヘイトワンダーランド  作者: L
六章海洋国編
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三十九話「その背中は」


イグニスはただ茫然と立っていた。

目の前の事実が、現実ではないと理解できたからだ。

ただその光景に、哀しみが募った。


「リリィ……フラーグム」


目の前には、涙を流しながら抱き合っている二人がいた。

イグニスは胸が張り裂けるような思いでそれをみていた。


「あ……っ」


思わず手を伸ばしていた。

彼女たちの方へ足を運んでいく。


「……ダメだよな」


だが彼女たちはこちらに気が付いていなかった。

まるで隔たれた壁があるようだ。

諦めて手を下ろす。

行き場のない腕を、もう片方で抑えた。


「彼女たちは貴方のことを認識できませんよ」


そうか、認識できないのか。

それなら悲しいが、仕方がないと納得した。

だが、自分に話しかけるその声はなんだ。


「……」


後ろには女性が立っていた。

その女性は、黄金の髪を揺らす。


「なんのつもりだ?」


自分はいつの間にかに気を失っていた。

目の前にあった光景は、現実ではないものだった。

そして誰が、ここに連れてきたのかそれを知っていた。


「【アラギ】」


少女であるアラギをそのまま大きくしたような女性がその場に立っていた。


「私になにか用でもあったのか?」

「悪意がないことをまず理解してほしい……かな」


困ったように彼女は笑う。

まずは落ち着いて話をするべきか。


「なんで私にこの光景をみせたんだ……」


何も干渉することができないのであれば、意味がないじゃないか。

まるで手には要らない宝物をずっと見せられているような気持ちだ。


「嫌だった?」

「……嫌じゃない。けど」


二人は、自分と【アラギ】に気が付いていなかった。

一方的に自分だけがそれをみることができていた。

二人が、再会できていることは嬉しい。


「……【アラギ】。俺に、この光景をみせてお前は何がしたいんだ」


だが、それでもこの光景は自分にとって理解しがたいものであった。

リリィは既に死んだのだ。

その事実だけは変わらない。

慰めのつもりか。


「マコトでいいよ」

「マコト?」

「うん、【アラギ・マコト】。それが私の名前。アラギちゃんとは被っちゃうしね。私のことは、マコトって呼んで。お願い」

「わかった」


【アラギ】は、改めて名前をつたえる。

これからは、マコトと呼ぼう。

それは、家名なのだろうか。

疑問に思ったが、聞かないことにした。


「神造兵器を通してこの国での戦いは、大体みんなと一緒にみていた。その中で、親しい存在だったってことも知れたしね。君だけにはみせたかったんだ」

「……いやなんで?」


イグニスにとって、確かにこの二人は大切な存在だ。

二人の会話を見れて嬉しい気持ちもある。

だが、だからこそ理解できなかった。

只の善意で、ここまでのことをしたのか。


「まぁ……一応の誠意かな。貴方たちには迷惑をたくさんかけてしまったし」

「迷惑ね……」


アダムのことだろうか。

神造兵器の件も含めれば、確かに多くの迷惑を貰っている。


「それに貴方は、天使さんの仲間。私が協力しないわけにはいかないよ」


天使さん。

ああ、骨折りのことかと思い返す。

過去の【ミカエル】であった骨折りと、この女性は深い仲だったのだろうか。

いやシオンがいるのに、どんな関係だったのだろう。

聞きたいことがいろいろ湧いてくるが、それは端に置いておこう。


「……」


彼女は、嘘はついていなそうだ。

アダムのように、悪意で接するタイプとも思えない。

借りを作っているわけでもないだろう。

素直に感謝を伝えよう。

彼女は善意で、この光景を見せてくれたのだと理解した。


「……有難う。関われないのは悲しいけど、触れることができて嬉しい」

「そういってもらえて安心した。正直焦ったよ。ただ辛い思いだけさせたかなって」


自分がしたことは間違っていなかったのだと、マコトは安堵していた。


「フラーグムはどうやって、リリィと話をしているんだ?」


そもそもこの空間はなんだろうか。

現世とは隔絶されたような場所。

そんな印象を受ける。


「この空間は、泡沫の夢。指でついてしまったら消えてしまうほどに脆い夢。願いという意志が、この場所を作っているんだ」

「泡沫の夢……」

「まぁ、複数で見ることのできる夢だとでも思えばいいよ。神造兵器には、多くの意思が残っている。私は彼らの力を借りたんだ」


マコトの周囲には、ふわふわと綿毛のように光が浮いていた。

彼ら。

まさかと思ったが、その正体を聞いておく。


「それは?」

「私のかつての仲間たち」

「……」


その答えはあっていた。


「そんな顔しないで、彼らの記憶はそれほど残っていないから。私ぐらいだよ。あの時の戦いから今も残っているのは」


イグニスは、正直どんな顔をすればいいのかわからなかった。

光のようなそれは、人の形をしていない。

ただの光なのだ。

目の前の女性はどんな気持ちで、この数百年間意志を保っていたのだろうか。


「フラーグム……さんは大丈夫。もう私の仲間たちが彼女の体を再生させている。命の危険はないよ」

「……そうか。それは安心した」


自分が気を失ったことで、回復魔法をかけられなかったらどうしようと思った。

だがそんな心配は無用だったようだ。

そういえば、ひとつ聞きたいことがあったことを思い出す。


「アラギに、神造兵器は反応していた。どういう原理なんだ?」

「今の時代にも、意志を持つ武器はあるでしょ?あれと同じだよ。神造兵器の意志に、アラギが応じた。それだけだよ。まぁ、私と同じ体を持つってことも理由なんだけど」


アラギの体には紋様が走っていた。

アラギと神造兵器には深いつながりがあるのだろう。

人間にだけ呼応するものは、この世界に他に残っているのかもしれない。


「他にも同じようなものはあるのか?」

「探せばあるだろうけど、ここまでの大きさを持つのは、神造兵器だけだろうね。今回私が出現したのも稀な例だと思った方がいいよ」


神造兵器だからこその現象だと考えたほうがいいか。

それともう一つ、二人に関することで聞くべきことがある。


「なんで、アラギは【拒絶】の魔法が使えるんだ?」

「あー、私も使えるよ」


手のひらに、四角い透明な箱を出す。

確かに、シェヘラザードが使っていた魔法と酷似していた。

拒絶の力は、マコトからの由来のようだ。


「お」


確か人間は魔法が使えないはず。

なぜ使えるのだろうか。


「なんで使えるんだ?人間に、魔法と魔力の適性はないはずだろう」

「そもそも人間と半獣が魔力に適応できなかったのが、変化の原因だからね。私は世界の意志に【拒絶】の力を与えられたんだ。半獣の子も似たような力を与えられているはずだよ」

「なるほど、アラギが使えるのは?」

「アラギちゃんは私と同じ体だからかな。力が引き継がれたんだろうね。神造兵器と同じだよ。彼女の不思議な力は、私に由来している。答えはそれでいい?」

「ああ」


なるほど、アラギが神造兵器と反応したり【拒絶】の力を持っていたことは驚いたが納得できた。


「私からつたえたいことがあるんだけどいいかな?」

「なんだ?」


こんなところに呼び出してまでつたえたいことだ。

重要なことなのだろう。


「私が伝えたいことはただ一つ。今回は、【世界の意志】による選択は行われていないよ」

「……は?」


それは唐突な言葉だった。

世界の意志による選択が行われていない。

その意味がわからなかった。


「前回は、半獣か人間か。どちらかの種族の生存をかけたもの。そもそも今回はアダムが一方的に起こした争い。世界の意志による争いじゃないんだ」

「……」


言われてみればそうだ。

だが、シオンはそんなこと言っていなかった。


「シオンちゃんは仕方ないよ。多眼の竜も全てを教えてくれるわけではないし。アダムを倒すという結果は変わらない。イグニスさんもアダムを倒すことに反対しているわけではないでしょう?」

「それはもちろんだ」


アダムが倒すべき存在というのは変わらない。

いちいち気にするべきではなかったか。


「それに世界の意志の選別ではないっていうのは、イグニスさんにとっては理想的だと思うよ」

「どういうことだ」


なぜ、選別ではないほうが理想的なのだろうか。

マコトに問う。


「マールちゃんかアラギちゃん。どちらかの命を奪わないで済む。アダムを殺すことでこの戦いはおしまいだ」

「……っ!」


それはイグニスにとって一番聞きたいことであった。

マールを殺さないで済む。

それだけでどれだけ心が楽になったか。


「マールは……いまどんな状態なんだ?」


マコトならマールの状態を知っているかもしれない。

詳細に話してくれることをイグニスは期待した。


「うーん、言葉にするのが難しいね。私たちが戦った半獣の子。その子の魂の入れ物になっている」

「魂が……?」

「うん、マールちゃんは、私とアラギちゃんみたいに身体が同一というわけでもないんだ。でも少しでも適合するように無理やり身体を成長させている。相当負担はすごいんじゃないかな。今でも不安定だと思うよ」

「どうすれば戻る!?大丈夫なのか!?」


不安定。

その言葉を聞いて、不安を持つ。

マールは耐えきれるのだろうか。

最後にマールの自我は残るのだろうか。


「マールちゃんの魂については大丈夫だよ。マールを守ろうとする国宝級を、彼女は持っている」

「……国宝級?」

「うん、私もよくわからないんだけど。国法級は、獣人の子の魂じゃなくてマールちゃんに力を貸してるみたいなんだよね。そのおかげか、自我が消えていないんだ」

「……少なくともいい傾向なんだよな?」

「うん、今すぐって状態にはなっていない」

「よかった……」


どういった因果かわからないが、マールを守ろうとする何かが働いているようだ。

意志を持つ国宝級に感謝したい。


「で、どうすればマールちゃんが戻るかだけど」

「……」


息を呑んで、その答えを待つ。


「……あの子が諦めるまでかな」

「諦める……?」

「私たちの戦いは、種族そのものの命運を分けるものだった。当然私も必死だった。でもあの子の想いはそれはくらべものにならないほど重かった。すべてを憎み、破壊したい。自分を苦しめた周囲を全て破滅に導きたい。そんな気持ちでいっぱいだった。彼女はね」

「……」

「イグニスさんにお願いしたいのは、そんな彼女を止めてほしいんだ。彼女の夢を終わらせて。きっとそれが、マールちゃんを救う道になる」


マールを救う道が確実なったというだけで、自信がでた。

なんとか彼女を止めよう。


「わかった」


そう返事をしたとき。

周囲の風景が大きく揺れた。


「あ、もう限界みたいだ」

「限界?」

「君とここで話せるのはこれで終わり」

「……そうか」

「天使さんのことお願いね。そしてアラギちゃんのことも」

「ああ。色々教えてくれてありがとう。必ずやり遂げて見せる」

「うん、楽しみにしているよ」


アラギが手を振る。

段々と視界が薄れていく。


「先輩……っ!?」

「ラミエル……っっ?」


ラミエルに体を揺らされていた。

幸い、体が地面に倒れていたわけではなさそうだ。

自分がどれだけ気を失っていたのか、わからない。

だがラミエルの反応的にはそこまで長くはなさそうだったが。


「え?大丈夫?酸欠?人工呼吸しようか?するね。うん、しよう。これ私の義務だよね。しなきゃいけないよね。絶対息止めないでね。んんんんーーーーーー」


今はやめろ。

そう思い、彼女の顔をどける。


「どけ」

「……ぇぇん」


いま、ふざけてる余裕ないんだって。


「私はどうなってた?」

「えっ……えーと、なんか数秒ぐらい別の意識に持っていかれていたというか。魔力が尽きたのかなって思ったけど」

「……そうか」


話している時間と、現実の時間が一致しない。

そういうものと納得するしかないか。


「フラーグムは?」

「大丈夫!明らかに電気が強まってる!回復もさっきより進んでいるし、もうすぐ起きると思うよ!」

「わかった」


ラミエルの言うことは信頼していいだろう。

フラーグムの体に触れる。

確かに、先ほどより遥かに状態がいい。

回復速度も早まっている。

そのことに安堵した。

その数秒後。

背後から猛烈な魔力を感じる。

船の外をみた。


「……あ」


それはミカエルからあふれ出す業火の魔力だった。

思わず言葉を失う。

それは、明らかに身を焦がすほどの大火だったからだ。

ラミエルは、イグニスに聞く。


「……先輩。あれ大丈夫なの?」


ミカエルは激しく燃えている。

命の光は、神々しく燦爛と輝いている。


「……いい……わけないだろ」


あと少しで燃え尽きるように。

今更気が付いた。

ミカエルはここで死ぬつもりだ。

リリィを殺した責任を取るために。

少しでもこの先の負担を減らすために。


「なんで……みんなして……そうやって死に突っ込むんだ……」


自分の無力が恨めしい。

いつもそうだ。

自分は何の役にも立てない。

なんでみんな私を置いていこうとするんだ。

そう思い悩んだとき。

フラーグムの声が聞こえた。


「イ……グ……ニス?」

「!!!!」


フラーグムが目を開けていた。

彼女は、震えた声でイグニスの名前を呼ぶ。


「フラーグム……!よかった!!」

「ごめんね。心配かけちゃった……」


彼女はイグニスに謝罪をする。

しかしそんなこと気にしなくていい。

イグニスはフラーグムが生きていたことがただ嬉しかった。


「そんなことないよ。生きてくれて本当にうれしい」


フラーグムは、話すことを戸惑いながら口を開く。


「ね。イグニス。私不思議な夢をみたんだ」

「……なにか教えてくれる?」


その不思議な夢の内容が、イグニスには理解できた。

だが今は、彼女の口からききたいとそう思えた。


「う……ん」


その思い出を宝物を開くように彼女は語る。


「リリィと会ったんだ。彼女は私のことを親友だって言ってくれた。大好きだよって抱きしめてくれた」

「……うん」


リリィならきっとそうする。


「私ね。リリィのこと凄い大好きだった」


知ってる。

リリィもフラーグムのことがとても大好きだった。

フラーグムのその言葉を聞いて、ただそれだけなのに涙が零れた。

イグニスは、その言葉に優しく相槌を打つ。


「うん」

「だからね。私、リリィみたいになれるようにいっぱい頑張るんだ」

「……うん……っ」


フラーグム。

君は本当に強いよ。

私なんかよりずっと。

フラーグムは起き上がる。


「大丈夫なのか?」

「うん、私はもう充分休んだよ。みんなの力にならなくちゃ。それに……」

「?」

「ウリエルも戦ってる。わかるんだ」

「……そうか」

「私も行ってくるね。リリィならきっとこうするから」

「……ああ」


私はそれを止めることができなかった。

その後ろ姿に、リリィをみてしまったから。

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