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ヒューマンヘイトワンダーランド  作者: L
六章海洋国編
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三十八話「それは全てを照らすもの」

「君らが意思を持ち、私に抗うというのであれば私はそれを受け入れよう。この戦いに間違いはない。ただ勝者のみが思想を語れる。だからこそ、私も全力で君らを殺す」

「……っ」


そこに憎しみはなかった。

恨みや怒りといった負の感情はなかった。

ただ義務として、敵対者を滅ぼす。

それは使命に近しいものだった。

彼はこの戦闘を、崇高なものに解釈していた。


「アダムの味方になった時点で、てめぇの負けだ」

「やってみなければわからないじゃないか」

「人の命で、賭け事やってんじゃねぇ。そういうとこが気に入らねぇんだ」

「なに……?」

「お前みたいに、何かに選ばれたと勘違い起こして行動するやつは一番厄介だ」

「……ならどうすればいい?このまま亜人の滅びを傍観しろと?そもそも、アダムとの因縁をここまで長引かせたのは君ではないのか」

「……だから決着をつかせる」

「平行線だな。話にならない」


法王は、骨折りを鋭く睨みつける。

骨折りは、それに対して薄く笑う。


「そこに関しては俺も同意見」


思考や判断基準がそもそも違いすぎる。

法王と骨折りは会話を放棄した。

法王は、ミカエルと向かい合う。


「ミカエル。最後に問う。力を貸してくれないか」

「今のあなたに尽くすことはできません。お許し下さい」


しかしミカエルは再びそれを拒絶した。

驚きを持ちつつ、法王は改めて質問する。


「なぜだ?世界の意志に触れたのだろう?なら思想は違くても、この世界を変えたいということは変わらないはず」

「えっ……」


法王は、ミカエルが世界の意志に触れたことを知っていた。

骨折りは、舌打ちをした。


「なんだよ、やっぱりお前も噛んでたんじゃねぇか」


やはりミカエルの精神の崩壊には、法王も関わっていたようだ。


「この子なら今ではなくてもいずれ【世界の意志】にたどり着いていた」

「身勝手だな。大義のためなら、手段を選ばないってことか」

「そうだ」

「……そこまで言えるなら大層なもんだ」


彼には理想がある。

だが言い換えれば理想しかない。

足元や周囲が一切見えていない。

ただ光しか見えておらず、足元のなにかを踏みつぶしている。

彼はそれに気が付いていないのだ。


それがアダムの影響なのか、元来持つ気性なのか。

それはわからない。

だが、こいつは。


「ここで倒す。お前らの野望は無意味だ」


骨折りの体内から業火が溢れ出す。

怒りを燃料に変え、その火は勢いを増す。

法王に対して真っすぐと前に進む。


「全て無意味だ。すべて喰らいつくす」


蝗が骨折りにとびかかる。

骨折りはそれらすべてを切り落とした。


「今さら雑魚をよこしたってつまらねぇぞ!!」


骨折りは魔法を詠唱する。


「【ぺルド・フランマ】!」


爆炎が炸裂する。

しかしそれは法王に直撃しなかった。


「無駄だ」


蝗たちを盾にし、法王は攻撃を防ぐ。

攻撃を防いだ法王の首元に、ミカエルの剣が近づく。


「私が与えられた力はそのようなものだ」


蝗の牙が、ミカエルの剣に噛みつく。

剣が軋む音が聞こえる。


「!」

「【グラキエース】!!!」


氷剣が、法王に発射される。

次の瞬間、セーリスクの背後に法王はいた。

振り返るとき、背後に寒気が走る。


「私は、飢え。飢えは、群れとなり襲う。私が群れであり、群れが私なのだ」


濁流のような蝗の大軍が、セーリスクに群がる。


「セーリスク!!」


セーリスクは、全身から冷気を放出する。

群れとなり襲い掛かった蝗たちは、冷気により活動を停止する。

しかし全身の肉は、細かく齧り取られていた。


「……っ!気にしないでください!」


出血はない。

たがセーリスクは一瞬で察する。

次はない。

今の攻撃は本気ではなかった。

こちらの冷気の攻撃をみるための様子見だ。


「まずはひとり」

「させるかよ!」


これ以上セーリスクに追撃を与えるわけにはいかない。

体勢を整えさせる時間を作らなくては。

骨折りは、剣を法王にたたきつける。


「種は割れてんだよ!」

「そうでないと困る」


蝗たちの肉壁は、業火によって燃えていく。

残りかすさえ残さない。

彼らは消滅していった。


「……!」


だが攻撃はまだ通らない。

剣になにかが干渉している。

なにか金属のようなものにぶつかっている感覚。

見えない何かがいる。

一度下がるべきだ。


「ミカエル!業火で削るぞ!」

「はいっ!」


挟み撃ちで、ミカエルと同時に攻撃を仕掛ける。


「足元は見えているのか?」


足元となっている氷を貫通して、蝗が足元から飛び上がる。


「あぐっ……!」

「ミカエル!!」


ミカエルの頬に、鋭い切り傷が入る。

自らに傷を与えた蝗をミカエルは燃やす。

しかしそのせいで、一手遅れた。

ミカエルの腹部に、蝗が高速へ強くぶつかる。

それは蝗の特攻だった。

自らの肉体がはじけ飛ぶ速度。

ミカエルの胸骨にヒビが入る。


「ちぃ!」

「よそ見か?」


蝗は、骨折りの右腕を齧り取る。

それはまるで空間が削り取られたような瞬間だった。


「なっ……」

「これが【飢え】の力だ」


法王は、骨折りの腹に蹴りを入れる。

骨折りはその力によって吹き飛ばされた。

氷の上を転がる。

蝗は、倒れこんだ骨折りを追いかける。

骨折りは、業火を発し蝗を燃やした。

火が炸裂する。


「ふざけた力使いやがって……」


腹の鎧は破壊されていた。

いや丸ごと削られていた。

まるでなにかに食べられたかのように。


「それがお前の力か」


骨折りは、法王の力を理解する。

彼の能力は、蝗の生成だけではない。

蝗と、もうひとつ。

捕食行為だ。

例えるなら見えない蝗が、法王付近にいるような感覚。

攻撃がすべて防がれたのも、蝗による肉壁と捕食行為による妨害。


「飢え。飢餓こそが前に進む力を生む。私は全てが欲しいのだよ。亜人による発展も、【豊穣】も、【アンデット】も全てが欲しい」

「……」

「飢えこそが私の全てだ」


アンデット化による精神の汚染。

与えるなかで欠けていったなにか。

欲しい、足りないという感情が増幅していた。


「喰らいつくす何もかもも。豊穣は私のものだ」

「お前のものでもないし、もうすでに相手は決まってる」


プラードがここにいたら激怒していただろう。

アーティオの前にこいつを連れていくわけにはいかない。

豊穣の力とこいつの【飢餓】の能力は相性が悪い。


「全力をだせ。骨折り」

「……っ」

「そうではないと私には勝てない」

「くっ」


群れが、流れとなり骨折りに襲い掛かる。

鎧が一部一部削り取られていく。

しかしそれでも骨折りは、業火の力を最大にしなかった。

切り取られた体の一部は、徐々に再生していく。


「骨折りさん?」


蝗の群れが消えても、骨折りは能力を開放しない。


「……ちっ」


骨折りには能力を出し切れない理由があった。


「だせないのだろう。いままで何度その身を燃やし尽くす【業火】を使った?アンデットの力が再生においていくら万能でも限界はあるはずだ。業火との併用という異常な行為をしていてはな」

「……」

「お前は絶対にアダムとの決着を望む。ここで全力を出し切れない」


それは致命的な条件。

骨折りは、アダムとの戦いを望むというその願い。

それが足かせとなっていた。


「……ぐだぐだうるせぇな」

「……っ」

「いいぜ?そこまでいうならやってやるよ」


蠟燭の火を一つ消した。

血液が燃え滾るように熱くなる。

体が端から崩れていく。

炭のように燃えていく。

しかし肉体は再生する。

火にくべる。

薪を燃やす。

魔力が全身に巡る。


「イドラ・アドラー……」


骨折りの腕が、ミカエルによって抑えられた。


「何をする」

「やめてください。貴方の責務はここで終わらない」

「なにを……」

「これは私の役割です」


ミカエルは、一人で法王の前に立つ。

それを、法王をじっと見つめた。

それは終わりを迎えることを理解した人の目だったからだ。


「私の名は、天使第一位【ミカエル】」


剣を氷の上に突き刺す。


「今ここで、その役割を果たします」


世界の意志に触れ、骨折りの姿をみて理解した。

【業火】の極致。

本当の命の使い方。


「ラミエル。フラーグム。私の妹のことお願いね」


神造兵器にいる三人に、聞こえなくてもいい。

ぼそりと呟いた。


火が巡る。

業火は流転する。

火は身を焦がし、心を熱す。

薪のように、身は濃くなる。

手のひらは、灰のように崩れていく。

詠唱を開始する。


「それは全てを照らすもの。それは、全てを包むもの」


この魔法には、私の愛する名をつけよう。

やっと呼ぶことのできた名前を。

大切な妹の名前を。


「【イグニス・イスラフィール】」


いまここで、命を使えばあの子は少しでも許してくれるだろうか。


「!!!」


骨折りはその姿をみて驚愕する。

それは自分の扱っている技術とほぼ近しいものだった。

しかしそれは必ず喜ばしいものではなかった。


「お前その魔法を使う意味が分かっているのか!?」

「ええ」

「なら、なぜそんな平然とするんだ!」


その魔法は、【業火】の中でも危険なものだった。

己の身すら燃やし尽くす炎。

アンデットである骨折りだからこそ耐えきることのできた魔法。

だからこそ、アンデットではないミカエルでは耐えきることはできない。

魔法を使用しきったとき、彼女の身体は灰のように崩れ去るだろう。


「貴方は先に進むべきだ。アダムと渡り合うことができる貴方をここで消耗するわけにはいかない」


ミカエルはアダムの恐ろしさを知っている。

そして自分にはそれに打ち勝つ自信がないこともわかっている。

もう堂々とイグニスと共に戦うことはできない。

ならせめてこの男に託そう。

アダムを憎み、敵対し恐れを持つことのないこの男に。


「だからって……!お前が死ぬことに意味はあるのか!?」

「ええ。あります」


剣を握り、法王へ向ける。


「少なくとも、この因縁は私がケリとつけるべきだ」



全ては、イグニスが私から離れて始まった。

自分は全てを見ないふりをした。

だから全てが崩れた。

全てが手遅れになった。


「骨折り……いえ、過去の【ミカエル】様。あの子たちをお願いします」


イグニスと仲直りできなかったかもしれない。

サリエルの成り代わりにきがつけたかもしれない。

リリィを殺さないですんだかもしれない。

そんな「かもしれない」を今は忘れよう。


「これが間違いでもいい。私自身で答えを出す」


だからいまこそは、しっかり向き合おう。

そして自分の力で、変えよう。

未来というものを。


「おお……っ」


法王は歓喜していた。

その姿をみて、喜んでいた。


「素晴らしい!ミカエル!それこそが、法王国天使第一位の目指すべき魔法!」


目の前の可能性に、狂喜する。

その命の輝きは眩かった。


「いまこそ掴もう!亜人の未来を!」


この可能性を喰らえば、亜人の未来を手にすることができる。

その欲望は溢れ出した。

蝗は群体となり、ミカエルを襲う。

ミカエルはその場に立ち留まる。


「もう無理だ。ミカエルはお前の手に収まらない」


蝗は蒸発する。

燃えたのではない蒸発した。


「は」


視認できない。

ただ高速の火の塊が縦横無尽にその周囲を動き回る。


「喰いつくせ!!」


周囲の空間を、【飢餓】により捕食する。

だがそれでも捕らえられない。


「がっ……は」


蝗たちの肉壁を乗り越え、法王の胴体に真っすぐ火が通過する。

痛烈な痛みは、脳内に非常警報を鳴らす。

アンデットの肉体でも、その炎は激痛をもたらした。


「これが【業火】っ……」


その瞬間、四肢が切り取られた。

地面に叩きつけられる。


「うううう!」


蝗たちを放出する。

ミカエルは、その群れを全て切り落とした。

法王に対して、突進する。

もう守るべき身などない。

ミカエルに食いつくはずの蝗たちは、即座に焼却された。

その光景を、法王は目を離さなかった。

絶望もしなかった。


「終わらせない!この夢を!この光景を!」


ミカエルの左肩から下が崩壊する。

その瞬間、激痛が走る。


「……っ」


蝗たちは、ミカエルの全身に直撃した。

腹部が捕食される。


「貴方の夢はここで終わらせる」


片腕となったからだに、火は激しく燃えていく。

その白い羽は、散っていく。

炎は、確かにミカエルの体を燃やしていた。

視界も半分消えていく。

火が頭部にまで達していた。


「ああ。業火よ!」


右手に魔力を集中させる。

業火の火は、ミカエルの全身に力を与えてくれた。

これが最後の攻撃だと理解した。


「ああ!こい!ミカエル!私にみせてくれ!その輝きを!!!」


蝗が溢れ出す。

太陽に向かって羽ばたいていく。


「燦然と輝く陽光よ!身を焦がすほどの罪罰よ!数多を救え!!!数多を燃やせ!!!」


全てを照らす灯が確かにそこにあった。


「【インフェルノ・サルース】!!!」

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