表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ヒューマンヘイトワンダーランド  作者: L
六章海洋国編
210/231

三十五話「末路」


遠い遠い夢を見た。

それはどこかで見たことのあるような海であった。

波の音が聞こえる。

微かに聞こえる潮騒は穏やかで、心を癒した。

波は砂とぶつかり、白く泡立っていく。

砂を、歩いていくと地面は少し沈んだ。

湿気が足を包む。

淡紅色の花たちは、自分をどこかへ導くかのように立っている。


白い砂浜を、少女は駆けた。

欠けている思い出を取り戻すように。

自分の心が大事に抱えている何かに触れるために。


その花は、ラッパのようにかわいらしく咲いていた。

まるで天に演奏するかのように、その花は綺麗に咲いていた。

その花のすぐそばに彼女はいた。

女性の眼は、深い海のように綺麗に輝いていた。

その眼の瞳孔は、星のように光を持っていた。

潮風に吹かれ、女性の金の髪は揺れている。

少女はその光景をみて、おとぎ話のような人魚は彼女のことをいうのだろう。

そう思った。

女性は、脚で水を子供のようにぴちゃぴちゃと蹴って遊んでいた。


「リリィ?」


イチゴのように頬を紅くした少女は、親友と出会った。


ウリエルは、剣を振る。

怒りのままに。

殺意を込めて、敵に向ける。


「サリエルぅ!」


かつて仲間だったはずの誰かに向けて。

熱をもった刃が、空を駆る。

ノーフェイスは、サリエルの姿に変化し魔法を行使する。

その顔の一部は、蝗へと変異していた。

それは異形の姿だった。


「もうとっくに聞いているんだろう。俺はサリエルじゃない!」


手のひらに、焔と暴風を纏う。


「【デュオ・アニマ】!!!」


熱風が、ウリエルを覆う。


「お前の力も俺のものにしてやるよ!」


歪な笑顔で、彼は嗤う。

ウリエルはその熱風を剣によって割く。

ウリエルの皮膚は、焼けていた。


「……っ!」


火力が強い。

サリエルであったときより、威力が上がっている。

ラグエルを襲ったときもそうだ。

あれほどの速度は持っていなかった。

警戒心が蝗たちに向いていたとはいえ、七位やイグニスが気づけないのはおかしい。

彼の身体的能力が異常なほど上昇しているのだ。



「あははぁ……いいだろぉ。これ」


彼は、強く顔を掻く。

そこからは血が零れていた。

そして修復していく。

その姿は率直に気持ち悪かった。


「案外なれると気持ちがいいもんだよ」


腕も、虫のように変異している。

爪は鋭く、獣のようだ。


「月輪ルナ」


その腕で、サリエルの国宝級を操る。


「強制開放」


【月輪ルナ】の能力が開放される。

無数の斬撃。

視認できないほどの、数多の残影が宙を舞う。

だがその攻略法をウリエルは知っていた。


「あれ?」


その中央へ、ウリエルは飛び込んでいく。

ウリエルは、その国宝級の対処法を知っていた。


「そうか、当然だよな。お前は知っているのか」

「……っ」

「そんなに深い仲だったのに……俺には気づけなかっただなんてとんだお笑いだなぁ!第四位!!」

「……!!!!」


サリエルの腕は、獣のような剛腕に変化していく。

怒りで動きが鈍った。

その一瞬の隙を突かれた。

胴体が、その拳で撃たれる。

鎧が砕ける音がした。


「ぐっふぅ……」


内臓まで衝撃が走る。

体が弾き飛ばされた。

翼での制御は、間に合わない。

空中で、胴体が暴れる。


「まだ【月輪】の攻撃は終わっていないぞ!!!お前に耐えきれるか!?」


月輪の斬撃が、全身を切り刻む。

鎧が瓦解していく。

甲高い金属音が、その空に広がっていく。

鎧がひとつひとつ、海へと落下していく。


「……」


全身のあらゆるところから血が零れた。

額からあふれた血が目に入る。

視界が赤くなる。

ノーフェイスは、笑みを広げる。


「諦めろよ。俺の一部となれ、ウリエル」


圧勝だ。

そう思った。

ウリエルと、ラグエルの力を手に入れ。

自分はより強くなる。

そして。


「まだだ……」

「あ?」

「託された……許された……気づけなかった……!!!」


この戦いを託された。

海洋国を襲ったことを許された。

サリエルがとっくの昔に別人であることに気が付けなけなかった。

なにより自分が一番許せないのは。


「そして……彼女を傷つけたお前を絶対に許しはしない……!」


愛する愛しい存在を傷つけたお前を許せない。

情けない。

己が一番許せない。

このまま引き下がれるか。

このまま愚かにも負けていられるか。

愚かで惨めな、馬鹿な俺にはなれない。

歯を食いしばる。

ここで耐えねば、俺の生涯の価値などどこにもない。

ここに勝つことで、俺のいままで生きた価値は生まれる。


「勝負だ。ここで、お前を殺す」


何年も降り続けた相棒を、強く握り敵を見据える。

ノーフェイスの表情が変わる。


「ああ、お前らはなぜそんなに気高くいられる」

「……」

「お前らはな。世界に愛されている。常人では手に入らない強さ、立場、全てを持っているんだ。この世界でお前らに勝る強さを持つものなど数少ないだろう。アダムの強さを知っている俺が保証するよ」


彼の周囲に、黒い魔力が舞う。


「でも、だから、だからこそ。俺はそんなお前らが憎くて憎くってたまらない」


世界の意志は、彼にも力を貸していた。

それは、百の貌を持つ男。


「だから俺が奪うのも当然だろう!!!!」

「狂人の戯言に付き合うつもりはない」


ノーフェイスが熱風を放つ。

ウリエルはそれを回避した。

魔法の一撃も喰らうことはできない。

今の自分では耐えきれることはできない。

なにより一番懸念すべきは、【終末笛】の一撃。

彼が他者の国宝級を扱うことができるのなら、それだけで決着は決まる。

ウリエルの身体は破壊され、戦闘は不可能に近くなる。


「【罰剣】!!」


ウリエルの体が炎に包まれる。

高速の剣を、ノーフェイスの胴体に切りつける。


「……ふっ……」


しかしその斬撃はいとも簡単に無効化された。

斬ったはずの胴体は即座に、再生を続けていた。


「なぁ、俺の今の姿を見てどう思う?」

「……」

「とっくの昔に、元の自分など失った。誇れる自分などどこにもない。過去も、自分もないそれが俺なんだ。ノーフェイスなんだ」


それはアンデットのようであった。

他者の姿に成り代わり、その他者の姿すら歪に変えるその姿。

こいつを人といえるのか。

怪物に近しい在り様であった。


「サリエルはどうなったと思う?」

「……どうした」


ノーフェイスは喜々として、その過程を話す。

まるで勲章を誇るかのように、ウリエルにその体を見せた。


「後ろからずぶぅううと刺したさ。拘束の魔眼を扱うやつとまともにやり合う理由はない。助けて助けて縋ったらあいつはいとも簡単に後ろをみせた」


途中で、知らない女性の顔に変化をしながらサリエルを語る。

そのしぐさに対し、苛立ちが募る。

だが、ウリエルはそれを抑えた。


「サリエルを狙った理由はなんだ」

「なぁ?お前ら気が付けなかったんだよなぁ?今更そんなこときにしてどうすんだ?謝るのか?いいぜ?謝りな?その相手ぐらいにはなってやるぜ?」

「……」

「黙るの?つまんね」

「信じていたんだ。彼は私の親友だった。変化があったのも、何かしらの理由があるのだろうと。触れず。……信じて関わっていなかった」

「言いわけお疲れ様。残念ながらーー。あいつはどこかの土に、還ってる。探してみたら骨のひとつぐらいはみつかるかもね」

「言いわけなのは、理解している。果たすべき責務を私はなにも全うできていない。だからいま、ここでその罪を濯ぐ」


躊躇する理由はない。

こいつは断罪するべき悪だ。

そう理解できた。


「ここから私がするのは、天使としての立場ではない。たんなる私刑だ」

「そう?」


ノーフェイスの腕が、固く硬質化していく。


「なら、付き合ってやるよ」


拳によって、剣が払われた。

固い。

罰剣の一撃が通らない。

獣人の体毛以上だろう。


「それだけじゃない」


炎と風の槍が、ウリエルの足を焼いて貫く。


「……!」

「お前は、俺に勝てるのか」


肩に、鋭く変化した爪が突き刺さる。

それをへし折った。


「舐めるな。この程度できくか」


罰剣が、ノーフェイスの胴体を貫通する。


「それが……」

「終わると思うか」


そのまま、押す。

背から、焔を噴出する。

海に撃ち落とす。


「最大出力だ」

「は?」

「罪を燃やせ!【罰剣】!!!」


高温に変化した剣は、その身を深く燃やす。

海が、蒸発していく。

その場所の水分が全て消えていく。

肉が燃えていく音が、その場に聞こえる。


「……戻れ」


【罰剣】に命じ、手元に剣を手に入れる。

しかし、敵はまだ生きている。


「これでも死なないか」

「あああぅううううううう」


ノーフェイスの身体はより異形に近づいていく。

右腕だけが、獣のような大きさを持ち。

顔の半分は、蝗。

そのほかの身体も混ざり合ったような形をしている。

彼自身が制御しきれていないのだ。

それを補うように身体の再生は続いていく。


「神よ、なぜこれほどまでの試練を彼に与えた」


それは生命といえる形をしていない。

生命を模倣しようともがいているだけだ。

ただ生命を維持しようと苦しんでいるのだ。

これが止めることが自分の試練だということか。

それならば望むところだ。

絶対にイグニス達の元へといかせない。


「罰剣よ。力を貸してくれ」


焔を纏い、剣を振る。


「俺を哀れむな!!そんな目で見るなぁ!!!」


ノーフェイスは腕を振る。

それだけで高速の肉片が、此方に飛来してくる。

罰剣の能力により、それらを熱で溶かす。

更に接近する。

もう迷いはない。

友がよぎることはない。

ノーフェイスの腕を切り落とす。


「ううううう」


更に胴体を斬ろうと剣を振る。

だがもう切ったはずの腕の再生は終わっていた。

腕に弾かれた。


「……っ」


幸い剣での防御は間に合った。


「俺を哀れむな!馬鹿にするな!俺を見下すな!!」

「被害妄想が過ぎるな。付き合いきれん」


ノーフェイスの身体は変形していく。


「また変形か……っ」


その顔は山羊のように、肌は青黒く。

背中には蝙蝠のような漆黒の羽根が、生えていく。

それは、悪意のようだった。

本人の意志すら塗りかえて、その身体は変化を加速させていく。


「……っ!」


その漆黒の羽根を羽ばたかせて、ノーフェイスはウリエルに身体をぶつける。

爪と牙が、ウリエルの剣と重なり合う。

剛腕が、ウリエルの肩に打撃を与える。


「……はっ!?」


肩が外れた。

腕の感覚がなくなる。

半身の力がだらりとぬける。

不味い。


「俺を!!!憐れむなぁ!!!」


その拳は、ウリエルの鳩尾に深く入り込む。

意識が飛ぶ。


「あ……っ……」


全身が貫かれたような衝撃が、走った。

翼は力を失い、海に落ちていく。

大きな衝撃で、水飛沫は宙に浮く。

水面から、敵の顔が見える。

なんだ。

お前は。

何だその顔は。

ああ、腹立たしい。

ウリエルはそう感じる。

怒りと共に、全身の熱が吹き上がる。

純白の翼が大きく炎を上げていく。

意識が消えかけた。

それがなんだ。

耐えればいい。


「……なんだ……?」


周囲の海水を、全て水蒸気に変えていく。

怒りを力に変えろ。

水は、ウリエルの周りから存在しなくなっていく。


「理解してくれと願う感情とは反面に。発するその言葉はなんだ」

「は……」

「全てを突き放し、理解を拒絶したのはお前だろう?」

「やめろ」

「今までの他者のやさしさに感謝するんだな。私はお前のすべてを否定する」


ノーフェイスの爪の一撃が頭上に振る。

ウリエルはそれらすべてを切り落とした。

腹に、剣の一撃を叩き込む。

遥か空に、身体が浮いた。

天使の羽根を全て燃やす。

その火は、空を飛翔するために使われた。


「他者に執着し、おのれを貫くことができなかった時点でお前の負けだ」


罰剣に業火が宿る。

熱を集中させる。

その勢いをただ叩きつける。


「ぐぅぅぅうううう!」


ノーフェイスは、その体でその一撃を受け止めた。


「沈めぇ!!!!」


ウリエルは振り下ろす。

それは、全てを断つ一撃。

ノーフェイスの全身は半分になった。

体を再生しようとした。

燃えて、つながらない。


「……は」


空から、海へ。

海は割れた。

海底へ、その体は落ちていった。

海に飲まれていく。


「……」


ああ、まぶしいな。

なぜこんなに心地よいのだろう。

海の底に沈んでいく。

肉体が崩れていく。

今だけは、恨みも全て忘れることができる。

これで終わることができる。

これで諦めることができた。


「サリエル。仇はとったぞ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ