十八話「骨折りとの戦闘③」
炎で焼かれたことにより、服はところどころ破れていた。
そしてその背中からは、黒い翼が片方だけ大きくはえていたのだ。
骨折りの脳裏には、法皇国の天使信仰がよぎる。
なぜ法皇国の天使がここにいるかは今考えるべきではない。
気になることが二点ほどあった。
一つは口調の変化。
イグニスは、回想のなかで明らかに口調を変えた。
口調によるルーティンがあるのか。
もしくは自意識の中で、主語がキーワードなのか。
そのことを想定しながらも骨折りは疑問に思った。
過去を思いだし、同じ状態をあえて作ることで
意識的に戦闘状態にするものは少数ながらも存在する。
だがあくまで仮定だ。これはさほど重要ではない。
二つは異常なほどの魔法の圧力であった。
その傷だらけの体はどうみても限界だ。
頭からも多量に出血していた。
しかしその傷だらけの体からは想像できないほどの魔力を感じた。
きっとその一撃は自分ですら無事にはすまないだろう。
いったいこれ以上何をしようとしているのか。
イグニスは倒れこみながらも骨折りに手を向け、そうして魔法を行使する。
魔法の発動を認識し、骨折りは回避に集中する。
「抉り、穿て……【岡目八目】」
骨折りは油断していた。
まだ他の刃を持っていることを想定していなかった。
だがイグニスは風の壁を破り、音速以上の光速の一撃を骨折りに向けた。
骨折りはその魔法を、目で追えない。
いやそもそも認識することができなかった。
その強烈な一打を骨折りは、防御もできずにその身で受けてしまった。
骨折りは、驚愕した。
それはまだこんな奥の手を隠していたのかという驚きだった。
その魔法は、辛うじて肩に当たっていたがその肩の鎧は、異様なほど歪んでいた。
しかも生身の方もすこしばかり肉が捻じれ抉れていたのだ。
「まだ……こんな魔法を!」
骨折りは恐らくこの戦いでもう左腕を使用することはできない。
イグニスはそこが勝機だと考えた。
全身の細胞が歓喜している。まだ止まるなと体が躍動している。
全身の血が駆け巡り、脳に集約する。
イグニスは、自身を上回る強者と出会い一つの壁を破ったのだ。
自身の才覚は、魔法は、剣術に使うべきだと考えていた。
しかしそれは憧れの模倣に過ぎなかった。
「これが俺の本領だ……ついてこいよ」
「こっちのセリフだ。限界を見せろ」
イグニスは世界最強に。
骨折りは自身に届きうる切り札を持った強者に。
お互いを見据え動き出す。
「突風の痛みよ! ラファーガ・ドロール!」
辺りに散らばった剣に、風を纏わせる。
その剣は骨折りへと向かうのだった。
先ほどより、勢いと殺意を乗せた攻撃を骨折りは敬意をこめて真っ向から打ち返す。
突風と剣に襲われながらも、骨折りは距離を詰める。
先ほどの一撃により骨折りは、イグニスのことを強者だと認識したのだ。
「こんなものか!お前はこんなものなのか!」
骨折りはイグニスを煽る。
しかしその声は真剣だ。
明らかにイグニスに今以上の限界を引き出そうとしている。
声に惑わされず、イグニスは意識を骨折りに集中する。
チャンスは一度それを外せば次は自分は必然的に地に横たわることになる。
突風の中で、骨折りの鎧は少しずつ削れている。
距離がだんだんと近くなる。
その瞬間は近くなる。
剣がイグニスの首まで来た時。それがタイミングだった。
「今だ……抉り、穿て!【岡目八目】」
認識できない風の一撃を喰らい骨折りは吹き飛ばされることとなった。
疲労感が一気に押し寄せてくる。
きっと自身は、一歩も動くことができないだろう。
しかし骨折りはなんとか倒すことができた。
ただその結果に安堵していた。
「よかった……」
「よくねぇよ」
ふきとばされてもなお、骨折りは立ち上がっていた。
「まあ、合格だ。ここまでおれと戦えるなら文句はいえない」
「なにを……」
「強がるな、風使い。その体は限界だろ。あんな魔法が何発も打てるとは思っていない。気になることはまだあるがとりあえず運んでやるよ」
イグニスは疲労感でそのままその場に倒れこんでしまうこととなった。
薄れゆく意識の中で、骨折りの足音が近づくのを感じる。
意識を保とうとしていても、その目は閉じることとなってしまった。




