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ヒューマンヘイトワンダーランド  作者: L
六章海洋国編
208/231

三十三話「ごめんね」

白髪の女性は、市民を襲う蝗の群れを切り捨てていた。


その髪は、酷く乱れていた。

美しさなど微塵もなかった。

彼女の体には、肉片と血液が付着していた。


「嫌だ……嫌だ……嫌だ……」


茫然と。

自我を失ったように、彼女はそれを繰り返す。

亡霊のように。

なにかに縋りつくように。

彼女は歩いていた。

目は既に正気を失っていた。

恐怖がその顔にはこびりついていた。

正気を失った目で、彼女はこちらを見る。

その眼に一瞬輝きが入る。

そしてそれを認識すると同時にその光は消えた。


「……君はまたその姿に戻るんだ」

「ミカエル」

「なぁに?」


イグニスは、彼女の名前を呼ぶ。

ミカエルの前に、イグニスは立っていた。


「……先輩。ほんとに大丈夫なの?」

「……みていてくれ」


ミカエルの姿はとても痛々しい。

視認するだけで、自分の心は少し傷ついていた。


「わかってるよ。でも危なそうなら……私は……」


ラミエルは、正直ミカエルとの接触を嫌がっていた。

イグニスに少しでも危険があるのなら、それは避けるべきだ。

しかし、イグニスの意志に気おされた。

ラミエルは反論することができなかったのだ。

だからイグニスは、ここにいる。


「ラミエル、私の我儘を聞いてくれてありがとう」

「もう……ずるいんだから先輩は」


イグニスはミカエルと向きあう。

もうミカエルから逃げない。

過去から逃げない。

いま、再び相対する。


「……私はもう、過去を振り返らない。前を見続ける。貴方もそうあってほしかった」

「……」


イグニスは、ミカエルの眼を見つめる。

しかし彼女の眼には正気は宿っていなかった。

ミカエルは、イグニスの言葉には反応しなかった。

ただ茫然をイグニスのことを視認していた。


「……ああ。……そうだった」


会話をしているはずなのに、その言葉がつながっている感覚がしない。

テンポに違和感を持つ。

いやそもそもまともに聞こえているのか。

イグニスはそんな感想を持つ。


「……ねぇ、聞いて。ラファエル」


ミカエルは、イグニスに話かける。

それは、子供に話しかけるかのように優しい言葉だった。

だが今の状況においては、それが怖かった。

イグニスはそれに返答した。


「なに?」

「ガブリエルは。……二位は、死んじゃったんだ」


知っている。

彼女の遺体を、自分はこの目でみた。

酷いやけどが、リリィの体には残っていた。

焼ける体で、彼女は何を思ったのか。

そしてそんな最後を与えたのはミカエルだ。

正直どう話していいのか。

自分にはわからなかった。

強く拳を握る。

その質問は、自分にとって最も発したくないものであったからだ。


「……本当に貴方が殺したのか。リリィを……【ガブリエル】を」

「そうだよ。うん、そう。そうだよ……私が殺した」

「……っ」


ミカエルはその言葉を肯定する。

イグニスは、そんな言葉聞きたくはなかった。

嘘でもいいから違うと。

そういった言葉が聞きたかった。

だからこそイグニスはミカエルに怒りをぶつけようとした。


「なんでっ!」

「……私が殺したんだ」

「……」


彼女は深いため息をはく。

その顔には、深い絶望が刻まれていた。

限界まで追い詰められた人は、こんな顔をするのだろうか。

イグニスは、それを理解した。


「だから……だから私は、彼女を生き返らせるんだ……。彼女を生き返らせて……また」


ミカエルが次に発した言葉は、イグニスにとって否定すべきものであった。

それだけはいけない。


「馬鹿だな、ほんと」


ラミエルが溜息をもらす。

彼女の今の様子に、呆れていた。


「……先輩、限界だ。きりがないよ?」

「待って」


ミカエルはただ現実逃避をしているだけだ。

まだ話す猶予はある。


「……死んだ人はもう戻らない。わかって。ミカエル」

「いや違う。私たちはそれを知っているじゃない」


彼女が何の話をしているのか見当がつく。

アンデット化だ。

死者蘇生としての部分を用いて、彼女はリリィを復活させようとしているのだ。

しかしそれは無理だ。

自分は獣王の末路を知っている。

それに、死者の復活と同等のアンデット化はアダムしか不可能だ。


「だめだ」


イグニスはそれを否定する。


「絶対にダメだ。貴方がそれをしてはいけない」


強く強く否定する。

それを認めてしまえば、法王国の天使として生きた日々の否定だ。


「なんで?アダムを捕まえれば、それがわかるかもしれない。私は何としてでも……あの子に謝らないと……謝って……」

「許してもらうとでもいうのか?」

「ええ!そうよっ……?それの何がいけないの?」

「リリィは、そんなこと絶対許さないよ」

「……わからないじゃない。やってみないと」


断言できる。

リリィはそんなことを許さない。

なんでそんなことすら理解できない。


「貴方はもう狂ってしまったんだね」


自分だって、リリィともう二度と話ができないのはつらい。

それでもリリィという人物が、生き返りを望むとは到底思えない。

そしてアンデット化の末路がどんなものかミカエルは誰よりも知っているはずだ。

それなのに、それが理解できないほどミカエルは錯乱していた。

ミカエルは頭を掻きむしる。


「ねぇ、いい考えでしょう。ラファエルもそう思うでしょ?」


その笑顔は引きつっていた。

理解してほしい。

自分の感情に寄り添ってほしい。

そんなものがにじみ出たような笑顔だった。

ただ醜かった。


「手伝って、ラファエル。お願い。……私のこと手伝ってくれる?」


もうその手はとれない。

私は、いま貴方を否定するためにきたんだ。


「……だめだ。ミカエル。私は手伝えない。止めに来たんだ。貴方のことを」


彼女の顔が停止する。


「なんで?」

「……っ」


言葉が詰まる。

なにもでてこない。

ただ哀しみだけが押し寄せてくる。

彼女の訴えかけるような哀しみが、自分の心に迫ってくることを感じた。


「なんで……っ?なんで!なんで!!!なんで!なんで?」


ミカエルは叫ぶ。

己の心を。


「お願いしてるじゃないっ……!!」


いままでためてきた苦しみを。

思いっきり吐き出す。


「なんで私のことを手伝ってくれないの!?いつだって貴方はそう!私のことを否定する!なんで私のことを置いていったの!?なんで私のことを……っ!無視して……なにもなかったかのように扱うの……?ねぇなんで?」


そこには、法王国天使第一位はいなかった。

ただ一人の女性として。

いままで苦しんできたものを彼女は吐露していた。


「なんで……っ」


彼女はそう言葉を漏らす。

それは切実な叫びであった。

神剣【フランベルグ】に点火する。

火は、ミカエルを囲う。


「もういやだ。みんな、私から消えていく……」


【意思】が彼女に宿る。

【世界の意志】が彼女に力を貸していた。

アンデットのような黒い魔力が彼女に纏わりつく。

その世界を壊せと。

世界の意志は、ミカエルに囁いた。


「私、どうすればよかったの……」

「先輩!あれはまずいよ!」


業火が彼女を覆う。

業火と黒い魔力は、混ざり合う。

大地を照らすようなその赤は、黒く変色していく。


「法王様もおかしくなって、貴方も消えて、みんなバラバラになって、……私いっぱい頑張った。でも、みんな離れて。私が二位を殺したんだ。殺したんだ。もう嫌だ。疲れた」


彼女の中にあったはずの気高い意思は、もうすでに消え失せていた。

正気を失い、達成することのできないものにただ縋りつく。

かつてのミカエルを知っているイグニスは言葉がでなかった。


「どいて?ラファエル」

「……っ」

「どかないなら。斬る」


剣の斬撃にそって、焔が発生する。

それは【フランベルグ】のもう一つの能力。

焔の生成。

地面に、焔が走る。

イグニスの周囲には登るように火が起こった。


「……」


稲妻が大地を走り。

蝗の群れが、土地を荒らす。

空には嵐が渦巻く。

そして雹が降り注ぐ。

猶予はない。

時間もない。


「こうなることはわかってたけどさ。先輩。どうする?」


ラミエルは、イグニスがどんな答えをだしても賛成する。

イグニスを肯定し続けるものでありたいと。

自分自身でそう願っているからだ。


「仲直りする」

「ははっ。だよね」


そしてその答えは、お人よしすぎた。

ラミエルは、笑う。

そんなイグニスのことが好きだった。


「もう限界だけどさ。先輩のために頑張っちゃお!!」


手のひらに、魔力を集中させる。


「【雷霆】!!!!」

「……っ」


ミカエルはいとも簡単にそれを弾いた。

しかしその顔には苛立ちが感じ取れた。


「貴方も……っ!敵対するというのですかっ!」


イグニスが、自分と敵対することをミカエルはストレスに感じていた。

更に、ラミエルも敵対するのだ。

ミカエルは、この状況に嫌悪感を抱いていた。


「するよそりゃー。私はいつだって先輩の味方だもんー」

「貴方はいつもっ!そうやって!!」


業火と、雷の魔力はぶつかり合う。

しかし業火が打ち勝った。


「ひぇっ」


ラミエルは、雷を身に纏い業火を回避する。


「うわっ。怖っ。だから先輩に嫌われるんだよー」

「五月蠅い……!!!黙れ!!」


【世界の意志】は厄介だ。

世界を強く変えようと願ったものにだけ力を貸す。

いまは、ミカエルもその対象だ。

世界の意志に触れたものは、世界そのものから強い後押しを受ける。

この世界は、変化を受け入れる。

意志を肯定する。

それは、悪意でも善意であっても関係なく。

今のミカエルは、普段の彼女より何段階も強化されているだろう。


「【業火】よ!」


ミカエルは、周囲に纏っていた業火を剣にへと変換していく。

羽根にも、焔を纏う。

そして飛翔する。


「発射!!!」


イグニスとミカエルの剣がぶつかりあう。

地面にぶつかった業火の剣は、その周囲を融かしていく。


「熱い」


溶かされた大地は、強い熱を放っていた。

さらに、溶岩のように噴出する。

ウリエルの持つ【罰剣】のようだ。


「【世界の意志】の影響で、魔法がちょー強化されてる。身体能力も前と同じだとは思わないほうがいいよ。先輩」

「わかった」


確かに、魔法の威力があがっている。

そしてそれによって疲弊するような感じは見受けられない。

なるべく傷つけたくはないが、手加減していたらこちらが瀕死になりかねない。

魔力を全身に纏う。

久々にあれをやろう。

イグニスは、漆黒の羽根を背中に広げていく。

魔力を最大にしていく。

周囲の魔力を吸うように、体内へと吸収していく。

血液が目まぐるしく、体内を循環していく。


高速で、ミカエルに接近する。

剣を全力で振る。


「くっ……」


ミカエルはそれを辛うじて受け止める。

そしてイグニスのことを睨みつけた。


「よくもいま、その姿を出せたな!」

「いまだからこそだよ」


手のひらに、風の魔法を圧縮する。

そして開放した。


「!」

「【風穴】」


ミカエルの、右耳の一部が吹き飛んだ。

羽根の片方も削り取られる。

血液と肉片が、空中に散っていく。


「……っ!!!」


今初めて、ミカエルは怯えをみせた。

だが、イグニスはそれに対して一切の動揺をみせなかった。

冷酷な顔で、ミカエルに告げる。


「立場は捨てても、心意気は変わらない。貴方を全力で叩き潰す」


アンデットを利用するものは、例え第一位でも許さない。

かつての三位が顔をだす。


「私も忘れないでね」

「がはっ……」


ミカエルの背中に、大きく蹴りをいれる。

ラミエルだ。

雷の速度で移動したその体当たりは、ミカエルの背中に甚大な損傷を与える。

その隙を狙って、イグニスはミカエルの肩を斬る。


「っ……!」


だが骨で止まる。

それで充分だ。

これで剣は触れない。


「もうやめよう。充分だろ?」

「そうだそうだー」

「……ふふっ」

「?」


ミカエルは笑う。

その笑い方には、どこか寒気を感じる。


「【フランベルグ】っ」

「うぇ!?」


ラミエルの胴体に、大きく切り傷が入る。

服に焦げたような跡が残る。


「熱い……!痛いっ!」


ミカエルは、ふふっと笑いを漏らす。


「貴方たちの気持ちはわかりました」

「!」


ミカエルの魔力が高まっていく。

周囲に嫌な予感が漂う。

そしてそれと同時に、温度が高くなっていくことを感じる。

周囲の瓦礫を見る。

原型を崩そうとしていた。


「ラミエル!!」

「あっ……」


ミカエルは、神剣を振る。

肩から一撃。

ラミエルの胴体が剣で切られる。


「先輩……」


瞬時に、火炎はラミエルを包む。

彼女の全身が一瞬焼けた。


「あ」


火は、すぐに消えた。

だが、致命傷なのは明らかだった。

ラミエルは地面に落ちていった。

笑みを浮かべ、ミカエルはイグニスに顔を向ける。


「さぁ、次は貴方よ。ラファエル」

「ミカエル!!!!」


剣を振り、空を裂くように透明な刃を飛ばす。

しかしミカエルはそれらすべてを炎の軌跡によって打ち消した。


「【業火】よ」


イグニスの胴体に、業火の剣が突き刺さる。


「くっ……」


出血と同時に、それは蒸発していく。

温度が高すぎて、傷口がふさがっていくのだ。

業火の剣は即座に消えた。


「?」


ミカエルは、それを不思議そうにみる。


「なにか新しく対策でもしてきたの?」


突き刺さった業火の剣は、対象を全て燃やし尽くすはずだ。

しかしそれを為さない。

イグニスがなにか手段を取っていることは明らかだった。


「話なさい?」


熱線が、イグニスの腕や太ももを浅く斬る。

それだけでも、全身には激痛が走っていた。


「さぁ?リリィが守ってくれているんじゃない?」

「……話す気はないということね」


ミカエルは、業火を大きな槍に変形させる。


「これで終わり。私はリリィを生き返らせる」


その槍は、イグニスに向かって放たれた。


「【ラファーガ・ドロール】!!!!」


突風の魔法で、イグニスはそれをかき消す。

ミカエルはその様子をみて、嬉しそうに笑う。


「流石ね。私もこれであなたを完全に消せるとは思ってなかった」


神剣を強く握る。


「直接ケリをつけ……」

「【雷霆】よ!!!」

「!!!」


その瞬間、ミカエルの全身に強烈な雷の一撃が直撃する。

感電し、ミカエルの全身が細かく痙攣する。

ラミエルしかいない。

あの状態で、生きていたのか。


「なにをっ……」


動けない。

雷の威力そのものは、魔力で打ち消した。

だが生命として、強力な電気に神経がエラーを起こす。

体の正常な働きは失っていた。


「ごめんね。こんなことしたくなかった」


ミカエルの胴体には、イグニスの剣が深く突き刺さる。

イグニスは涙を零していた。

深い後悔をしているような顔だ。


「今の貴方なら、死にたくても死ねない。だからこそ手加減しなくても、殺さないで済む」


内臓が、深い損傷に陥ったことを感じ取る。

膝をつき、倒れそうになる。


「ああ……ああ!」


これでは達成できない。

二位を生き返らせることができない。

あの子にまた会うことができない。

こいつらのせいで。


「そうだよ。ミカエル。それでいいのかい?」


突然、脳内に男性の声が響く。

いやそれでいいわけがない。

視界には、イグニスの安堵した顔が目に入る。

その顔に何故か激しい激怒を感じる。

そんなこと思うはずがないのに。


「燃えろ!!芥共!!灰燼に帰せ!!」

「まだ……っ。まだ諦めないのか!」


詠唱を開始する。

なぜか体が止まらない。

声帯は勝手に声を出す。

血液に魔力が循環する。

体が勝手に動いていた。


「ああ!業火よ!燦然と輝く陽光よ!身を焦がすほどの罪罰よ!!!数多を救え!!!数多を燃やせ!!!」


ミカエルの周囲に、何本も炎の剣が生み出される。

その中心には、火球があった。

火球は、徐々に肥大していく。

おおきく成長し、それは、身を焦がすような熱を持つ。

球体は、回転しその周囲にあるものを吸いこんでいく。

風が吹く。

熱波が、瓦礫を砕いていく。


「【インフェルノ・サルース】!!!」


地獄の業火は、身を燃やす。

過大な火球は、イグニスを燃やし尽くそうとその身を飲み込もうとしていた。

だが、体に反して心はそれを否定していた。

そんなことをしたくはないのに。


「先輩!!!!」

「……」


防ぎきれるか。

リリィ。

ラグエルからもらった【リリィ】に触れる。


「……もちろん。私に任せなさいっ」


よかった。

またあの人の声がする。

その声を聴いたとたん、涙があふれていた。


「なんでっ……?貴方が……っ!」


水の魔法が、イグニスを包む。

それはとても優しい魔法だった。

体の傷は癒えていく。

熱の損傷から、イグニスのことを守っていた。


「本当に貴方は、望んでいないの!?」


ミカエルは錯乱していく。

当然だろう。

リリィの力そのものが、自分に反抗しているのだから。


「リリィはもう生き返らない。でもここに確かに在る」


金色のアンクルを触る。

手のひらを包むように、水の感触が伝わる。


「だから、私は貴方を絶対に止める。それはリリィも願うことだ」

「嘘っ……嘘だ!!」


火球を、水は飲みこんでいく。

大きな手のひらのように。

強く握りしめる。

あふれ出る水蒸気すら、全て潰す。

ミカエルの全力の魔法は消滅していた。


「……あ」

「……これで終わり」


イグニスの傷は全て癒えていた。

対して自分は満身創痍。

決着はついていた。


殺される。

とどめを刺される。

そう考えたとたん。

楽になれるとも思ってしまった。

目をつぶって、現実を受け入れる。

自分は願ってはいけないことを実行に移そうとした。

リリィの望んでいないことを強引にしようとした。

当然の末路だ。

だが、次の瞬間起こったことは想定外だった。


「ごめんね」


イグニスは、ミカエルを優しく抱く。


「え」


動揺する。

意味がわからなかった。

なんで彼女は自分に優しくするのだろう。


「ど、どうして……」


どうしてこんな自分をころしてくれないの。

彼女の次の言葉は、もっと予想外だった。


「ずっと貴方に謝りたかった。ずっと貴方とお話したかった」

「……あ」

「いっぱい話したいことがあるんだ。この数年の話や、旅の出来事。貴方に伝えたかった」

「……あああ」


ミカエルは涙を零していた。

きっとその言葉をずっと自分は聞きたかった。

でももう遅い。

自分は取り返しのつかないことをしてしまった。


「私は……なんてことを……」

「……私も一緒に背負うよ。一緒に向き合おう」

「だめ。これは私が……背負うべき」

「ずっと一人にしてしまってごめんね。私は、貴方と仲直りしたかったんだ。……おねぇちゃんみたいだってずっとそう思ってた。おねぇちゃんだってそう呼びたかったんだ」


駄目。

きっと私は一人で考えてしまう。

でも今はその言葉がうれしかった。

大切な存在に触れている今がうれしかった。


「ごめんね……ごめんね。私は貴方の今に向き合おうとしなかった。今のあなたを大事にしようと……できなかった。貴方のことが大切なのに。それを忘れていた」


たった一言。

それをつたえることができなかった。


「ごめんね。イグニス。私、今の貴方の名前を大事にできていなかったの。素敵な名前だって。ずっとそう思っていたのに。綺麗な名前だって……呼んでみたかったのに」


子供のようになきじゃくった。

あの頃に戻ったかのように。

枯れるまで泣いた。

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