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ヒューマンヘイトワンダーランド  作者: L
六章海洋国編
207/231

三十二話「虚空の再来」


セーリスクは、戦場へと足を運んでいた。

大地を踏みしめ、前に前に進む。

その先は、蝗たちに阻まれていた。


「【グラキエース】!!!」


空中の水分を凝結させる。

その固定された氷は、剣へと形を成していく。


「【ラミーナ】!!!」


そして一気に放出する。

十数本の剣は、敵に命中していく。

白い蝗たちは、地面に落ちその姿を消滅させていく。


「……」


氷の義腕へと変化した自らの左腕を凝視する。

違和感がない。

ただそれが違和感だった。

恐ろしいほどに自分に馴染んでいる。

それは元々、自分の一部だったかのように体が拒否していない。


「魔法……そのものに……」


それは骨折りの発した言葉だった。

いままでも、魔法を学ぶ機会は幾度もあった。

一番記憶に残っているものは、リリィの魔法だった。


「どうすればいいんだ。これ以上。この先に……」


彼女の魔法のイメージは、今でも脳内に鮮明に残っている。

機兵大国と海洋国の戦い。

彼女の戦い方を自分は忘れることはないだろう。


「リリィさん……」


当然、彼女が死んでしまったことは悲しい。

胸のどこかに、空白ができたようなそんな気持ちだ。

でもきっと自分はそれを心から悲しむことはできない。

あの場所が、あの時間が幸福だと感じても。

僕は心から苦しむことはできない。

自分は彼女が死んだことに哀しんでいるんじゃない。

悲しむことができていないことを苦しんでいる。

薄情だな、お前は。

結局は他人の目を気にしているだけじゃないか。


「どうしました?セーリスクさん」

「大丈夫だよ、フォル」


後ろでは、フォルが蝗の敵襲に備えていた。

獣王国からの援軍。

フォルトゥナは、それに加わっていた。


「頼りにしているよ。フォル」


そう彼に笑いかける。

しかし、いつもと違うことにフォルトゥナは気づいたようであった。


「あ……」

「?」

「リリィさんのこと……聞きました。でも自分のことを責めないでください……戦胃の中では仕方のないことです……」

「……有難う」


違うんだ。

そう言えない自分が、酷く気持ちわるかった。

なにを今更、善人ぶっているんだ。


「……それでずっと聞きたかったんです」

「ん?」

「その腕はどうしたんですか?」

「……あ」


どう誤魔化したものか。

流石に自分の命が残り僅かだなんて言うわけにもいかない。

知っているのは、神造兵器の中にいた人物だけだ。

彼にその事実をつたえることはできない。

言葉は足りないが、聞かれていることだけ答えよう。


「……強い敵がいて。そいつに……取られちゃったんだ」


そう答えるしかない。

ないものはないのだから。

部位の欠損は気になるだろうけど、誤魔化すしか方法はないだろう。


「でも気にしないでくれ。全然腕は動くからさ」


そういって、セーリスクは腕を何度も回す。

彼に、腕は心配することはないと。

そう伝える気持ちで、動かした。


「……」


その返答に、フォルトゥナはショックを受けたような顔をしていた。


「……貴方は……気にしていないんですね」

「……え」


彼の表情が徐々に変わる。

セーリスクにとっては、それは予想外だった。


「貴方はどれだけの人を、悲しませるんですか」


それは苦々しい顔だった。

セーリスクのことを理解しきれない。

彼の顔からはそんなことが読み取れた。


「どうしたんだ?フォ……」

「なんでもっと自分のことを大事にしない」

「あ……」

「なんで平然としていられるんですか?貴方は腕を丸ごと失ったんですよ!?」


自分は既にズレていた。

気にしないだろう。

そんなことを思っている時点で自分の頭は少しおかしかったのだ。


「ごめんな……フォル」

「謝らないでください」

「……っ」

「謝っても貴方の行動は、きっと変わらない」


フォルトゥナはそう断言する。

セーリスクの眼をじっと見つめて。

その視線に、セーリスクは息を呑んだ。

それは優しさと同時に鋭さを持っていた。


「貴方の眼は、また変わった」

「……あっ」


地面に落ちた砕けたガラスが目にはいる。

そこには、酷く鋭くなった自分の目が映っていた。

そしてそれと同時にとある人物が笑ってこちらをみていた。

ネイキッドだった。

それは当然幻覚だ。


「私はそれがとても悲しい」


だが、その指摘はセーリスクにネイキッドのことを思い出させた。

フォルトゥナの顔に視線を戻す。


「……フォル……」


汗が一粒滲みでていた。

それは、静かに地面に落ちる。

その沈黙は、セーリスクに更なる緊張を与えた。


「僕は間違っているのか。ただ……ただ必死に抗った。ただそれだけなのに……っ。君は僕のことを否定するのか」


いままでの戦いを必死に生き抜いた。

共に歩んできた者たちは、自分よりも戦いを生き抜いた猛者だった。

だからこそそれについていくために、抗った。

お前は間違っていると。

セーリスクは、フォルから責め立てられるような気持ちになった。


「いえ、そんなことはないです」

「え?」


それは想定とは違う言葉だった。


「私は、貴方のことが好きなんです。貴方のその意志を尊敬しています」

「なら……」


それはフォルトゥナの真正面な告白だった。

だが彼は苦しさも吐露する。


「でも。だからこそこれ以上見て居られない」

「っ……」

「今までの戦いで、どれほど傷ついてきましたか?どれほど死にかけましたか。普通だったらその時点でもう前に進めない。貴方は私の憧れです。でも今の姿は……とても励ますことはできない」


右目は、凍り付き変色した。

左腕は、欠損し氷で補っている。

皮膚は雷で火傷し、葉脈のような傷跡が這うように伸びている。

腹には縫った跡が。

他にもまだまだ傷跡がある。

魔法が万能とはいえ、完全に治しきれる治癒能力はない。

前に進めば、進むほど己の体が醜くなる。

そんな自分を、イグニス達は。

何よりライラックはどう思うのだろうか。


共に戦うことのできる仲間だと思っていた。

でもそんな仲間にそう思われるほど、自分の今の姿は見苦しかったのか。

そう思ってしまった。


「違うんだ……フォル。聞いてくれ」

「……いまは、アンデットを倒すことに集中しましょう」


フォルは、剣を構えセーリスクの前に進む。


「大丈夫です。これが終わればまた落ち着いて……」


そんな言葉を発したとき、衝撃と地響きがその場に広がる。


「きゃっ……」

「フォル!下がれ!」

「はいっ」


数歩後ろに下がる。

警戒する。

未知の敵に、武器を構えた。


「……なんだ?」


ぶちっと。

潰れる音がする。

蝗の一部がこちらに飛来した。

その生物の一歩は大地を砕いた。

欠片が、周囲に散らばる。

その生物の鼓動はセーリスクの心臓を強く揺らした。


「はっ……は」


お前は。

お前は。

二度と会えないと思っていた。

そいつは、イグニスとの戦いで死亡したはずだったから。

しかし現実は違う。

彼は目の前で、大地を闊歩する。

空気が震える。

振動が伝播する。

肌の一つ一つが繊細に揺れた。


「お前は……っ」


それは、蜥蜴の獣人。

強い腐臭と、毒の匂いをまき散らし彼は堂々と大地を踏みしめる。

その力強い足は、大地を砕き。

拳は、目の前に見える全てを破壊する。

その牙は、その爪は見るものを威圧する。


「コ・ゾラ!!!なんでお前が!!!」


毒の獣人コ・ゾラ。

かつてイグニスと殺し合いをした獣人が目の前にいた。

しかし目の中にはかつて存在した狂気はなかった。

呑み込まれるような空虚だ。

見ればわかる。

アダムによってアンデット化したのだ。


「毒の蜥蜴……?」


フォルが、警戒心を高める。

コ・ゾラは咆哮する。

それは感情がこもっているのか定かではなかった。

知性もなく、感情もなく。

ただ生物としての叫び。

その叫びで、再び空気は揺れる。


彼はこちらを認識したようだ。


「フォル!!」

「はい!!」


コ・ゾラは、表皮や口から毒の霧を放出する。

前はそんな技を使わなかった。


「!」

知らない。

以前は使う必要がなかったのか。

フォルに指示をだす。


「フォルトゥナ!!風の魔法で、毒を散らしてくれ!」

「了解です!!」


フォルトゥナが、手のひらに風の魔力を展開する。


「絶対吸う……」


そうセーリスクが、忠告しようとした瞬間。

敵の拳は、フォルトゥナの顔前に迫っていた。


「【グラキエース】!!!!」

「……えっ」


氷壁と、拳がぶつかり合う。

氷は砕け、宙に舞う。

砕氷の音は、高くその場に響いていた。

しかしまだ終わっていない。

コ・ゾラはまだフォルトゥナのことを狙っていた。


「下がれ!!」

「はっ」


鼻先に、拳がかする。

風圧で、フォルトゥナの髪が揺れた。

尻尾による追撃。

フォルトゥナの腹部に、コ・ゾラの攻撃が命中する。


「ごふっぅ……」


鳩尾が深く沈む。

歪な骨折音が、耳に響く。

瓦礫に、身体をたたきつけられた。


「フォル!!」


フォルトゥナは立ち上がっていた。


「だ、いじょうぶ……です」


気を遣う余裕はない。

視線を逸らしたその瞬間、コ・ゾラの拳はすぐ後ろに迫っていた。

氷剣で、拳を防ぐ。

その一撃で、剣は折れた。


「くっ……」


後ろに下がり、手元に剣を再び生成する。

しかしそれも再び折られた。


「ちっ……相変わらずの拳だな。嫌になる」


相変わらず破壊力は凄まじい。

でもそれは以前より劣化している。

特に攻撃の精度。

ブレが生じているせいで、威力が低下している。

本来の一撃であれば、先ほどの攻撃でフォルは戦線離脱していたはず。

幸い、フォルトゥナは立ち上がれる程度の体力は残っている。

自分は、目の前のコ・ゾラに集中するべきだ。


「【グラキエース・ラミーナ】」


空中の水分を凝結させる。

そして一気に放出する。

コ・ゾラを含め、その周囲が凍りつく。

その場所に大きな氷塊ができた。


「流石!」

「まだだ!」


氷に閉じ込められたコ・ゾラは即座に氷を砕き外へでる。

それは獣のように。

おおきく息を荒し、氷を踏む。

そこには、かつての武人の姿など欠片もなかった。


「悪趣味だな」


少なくとも見ていて気持ちのいいものではない。


「ケリをつけよう。コ・ゾラ。ここで終わらせる」


コ・ゾラは動きだす。


「っ……!」

「来ます」


強く拳を地面にたたきつける。

地面が砕ける。

岩石や、砂埃が周囲に舞う。

宙に浮いた岩石を、コ・ゾラはその拳で打ち出した。

剣で、それらを切り落とす。


「【ラファーガ】!!」


フォルトゥナが、突風の魔法により岩石を吹き飛ばした。

岩石は、周囲の瓦礫たちにぶつかっていく。


セーリスクは、自身の体の奥底にイメージする。

それは永久の冬。

終わることのない氷や、雪が訪れるような冷気。

血液を凍らせるようなそんな寒さを。

体の中に、展開する。


「全て凍れ!【オムニス・ゲロ】!」


冷気が、コ・ゾラを覆う。

コ・ゾラの表皮は凍っていく。

その鋭さを持った鱗は、先端から氷のように変化していく。

だがコ・ゾラの歩みは止まらない。

獣の叫びをあげ、前に進む。


「隙だらけですよ」


フォルトゥナは、冷気をうけ怯んだコ・ゾラの動きを見逃さない。


「狙い撃つは王の心臓。【オブリーディオ・レウス・コル】」


コ・ゾラの心臓は、フォルトゥナの剣によって貫かれる。

認識阻害の一撃。

防御は不可能だった。

だが、コ・ゾラはまだ止まらない。

腕を振り回し、暴れだす。


「ぐっ……」

「もう充分だ!フォル!!」

「……はい!」


コ・ゾラの周囲に多くの氷剣が出現する。

それは【不可視】の魔法。

解除されその剣は、コ・ゾラの心臓を狙い撃つ。

それはかつての仇敵の技。

フォルトゥナの力を借り、再現する。


「【ギムレス・パシレウス】!!」


だが怪物がそこにいた。

その剣を視認し、コ・ゾラに接近するまで十数センチも距離はなかったはず。

それなのに、意識のないはずの彼は全てに反射をする。


「化け物かよ……」


弾く。

弾く。

氷の剣は、確かに腕や胴体に突き刺さっている。

だが、それはわずか数本。

その殆どを彼は、弾いた。


表皮は、凍り付きた。

胴体や、腕には、氷の剣が突き刺さっている。

アンデットとなった彼の耐久性は、異常そのものであった。

殺すには、肉体そのものを砕くしかない。

ならば。


「もっと……もっと」


氷へと変化した左腕に魔力を集中させる。

彼を確実に倒すにはこれしかない。

冷気を凝縮した左腕で、触れる。


「……」


一歩一歩彼に近づく。

コ・ゾラも、その気配に気が付いたようだ。

セーリスクの左腕に纏わりつく死の気配に。

コ・ゾラは拳を構える。

足を踏み出す度に、彼の間合いに入っていくことを自覚する。


先に攻撃を繰り出したのは、コ・ゾラだった。

その高速の打撃は、視認できるものではなかった。

だが、セーリスクはそれを顔の間際でかわす。

左腕を、彼の胴体にぶつけようとする。


「……っ!」


彼の尾が、セーリスクの顔面に命中した。

セーリスクはその尾を冷気で粉砕する。

だが威力は消えない。

体が宙にうき、少し吹き飛ばされる。


「……はっ……【グラキエース】!!」


氷の刃を、コ・ゾラに射出する。

コ・ゾラはそれらすべてを視認し全て拳で砕いた。


「【骨折り】!!」


氷剣で繰り出したその一撃は、コ・ゾラの丸太のような剛腕により難なく防がれる。

一撃二撃。

コ・ゾラの攻撃により、セーリスクの胴体が激しく揺れる。


「ぐぅ……は」


片腕、必殺の準備は済んでいた。

毒鼓一打。

彼の致命的な一撃が、セーリスクに放たれる寸前。


「彼の邪魔はさせない」


コ・ゾラの首元に、フォルトゥナの刃が突き刺さっていた。

それは明らかな隙だった。


「離れろフォル!!!」

「はいっ」


コ・ゾラの胴体に触れる。


「【オムニス・ゲロ】!!」


全身全霊の冷気。

自らも凍らせるその氷の魔力を前面に開放する。

コ・ゾラは、凍り付いた。

氷像となったそれは、いとも簡単に崩れ落ちる。


「はっ……は」


体が灼ける。

その低温は、セーリスクの体内を再び脅威に脅かす。

コ・ゾラとの戦いによっての緊張感。

セーリスクの体は、より限界に近づいていた。

セーリスクは、地面に座る。


「セーリスクさん!また無理をしてっ」


フォルトゥナは、セーリスクを心配してかけよった。


「大丈夫だ……」

「明らかに大丈夫じゃないじゃないですか」

「ほんとだよ……」


フォルの眼からは、涙が零れていた。


「私はいつでも貴方の後ろで貴方を手伝います。だからもっと見てくださいよ……もっと私のことを……心の中にいれてくださいよ……」

「うん……」

「なんで……幸せになろうとしない?なんで私に幸せを考えさせてくれた貴方が。なんでそれを忘れてるんですか!」


アダムを倒した後の自分が想像できない。

戦いがなくなった後の自分が。

自分が死んだあと、みんながどんな顔するのか。

それを。

それを。

忘れていた。

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