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ヒューマンヘイトワンダーランド  作者: L
六章海洋国編
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三十一話「彼女の遺したもの」


「もう一度いってくれ……っ!」

「……っ。イグニスさん。落ち着いて下さい」

「嫌だっ!」


その言葉は、イグニスにとって拒絶したくなるようなものであった。

それが聞き間違いであることを強く願った。

心臓が痛かった。

鼓動が早くなるような感覚がした。

ウリエルは、そんな様子のイグニスをみて可哀そうだと思った。

これ以上、イグニスの心を傷つけるようなことはしたくない。

だが、これは絶対に彼女に知ってもらわなくてはいけない。

だからこそ何度でも伝えようと思った。


彼女の眼は、大きく広がっていた。

興奮状態だ。

まずは冷静に事実を伝えなくては。


「……わかりました。何度でもいいます」


周囲には、ラグエルやステラ達もいる。

ここは、エスプランドルの建物の中だった。

幸い、ひとつ崩壊を免れた場所があった。

いまはそこに防衛の陣地を敷いているところだ。

海の上から、蝗たちを退けなんとかここまでくることができた。

そのあとに、ウリエルから聞かされた言葉はイグニスにとって受け入れがたい言葉であった。


「第三位……いえリリィが死亡しました。痕跡から恐らく第一位ミカエルの行動でしょう」

「……っ!!!!」


嘘だ。

そう言いたかった。

ミカエルが、リリィを殺すはずがない。

そう思いたかった。

でもアダムの言葉が頭にかする。

それに、リリィを殺すことができる人物なんて限られる。

アダム以外の人物であるなら、それはミカエルだろう。



「炎の痕跡。戦闘の跡。あれほどの火の魔法を扱えるのは、第一位以外ありえません」


状況的な証拠。

それすらも犯人がミカエルであることを告げていた。

全身の血の気がひける。

呼吸すらままならない。

頭がくらくらする。

嘘だといってくれ。

きっと夢なのだろう。

そう思いたいほどに、イグニスにとってその現実はつらかった。

視界が狭まっていく。

頭痛がする。


「ははっ……」


いつからこんなことになってしまったんだろうか。

なぜミカエルは、リリィを殺したのだろうか。

それほどまでにミカエルはリリィのことを恨んでいた。

そんなはずはない。

機兵大国ではそんな様子は見られなかった。

力をなくして、イグニスはその場に座る。


「イグニスさん大丈夫ですか?」

「……ちょっと無理。一人にさせてくれ」

「先輩っ」


セーリスクがイグニスの心配をする。

しかしイグニスは、一人になりたがっていた。

ラミエルはその後ろについていこうとする。

だがイグニスはそれを拒否した。


「ラミエル」

「……う、うん」

「……ごめんね」


ラミエルは、怯えをみせる。

扉は静かに閉められた。

イグニスは部屋から退出する。

その場にいた面々は、それを静かに見送った。

イグニスのその表情に思わず黙ってしまったのだ。


「第一位ミカエルの暴走か……」


骨折りは、舌打ちをする。

骨折りは以前ミカエルと会っている。

少なくともミカエルは意味もなく殺しをするようなタイプではない。


それは会話の節々で伝わる。

だが、行動は違った。

かつての仲間をミカエルは断罪した。


「アダムによる洗脳でしょうか?」

「それはわからない。それに手段を考えていたらきりがない。ミカエルが、第二位を殺した。それが事実だ」

「……ですね」


それほどまでに追い詰められたのだ。

それは精神的な意味なのか。

アダムが手を加えたのかわからない。

だが、これでミカエルとの和解は不可能だろう。


「お前ら、いちいち面倒うまないと気がすまないのか?」


骨折りは、ウリエルとラミエルにいら立ちをぶつける。

ウリエルは返答に困った様子をみせる。


「……そんなつもりはない。少なくともミカエル様に関しては、第二位を殺すことは絶対にしないと思っていたが」


それはイグニスの表情をみたらわかる。

殺されることはない。

そんなことを考えていたのだろう。


「想定と違ったっていうわけか。ラミエル。お前はなんか聞いてたか?」

「全然。大体、先輩がいなくなったあとミカエルと組んでいたのはサリエルだったんだ」

「サリエルか……」


ここで、第六位の名前がでた。

そういえば、確かに豊穣国ときたときはサリエルとミカエルの二人組だった。


「法王国天使は、二人一組なのか?」


セーリスクが、ラミエルに問う。

ウリエルとラグエルも二人組だった。

だが、ラミエルは一人で行動していた気がする。


「うん、基本的にはね。先輩がいなくなってからは、その場に応じてかなー。私は、諜報が多かったし単独が基本だよ」

「……」


法王国天使は七人の集団。

ラミエルの単独行動が多いのあれば、二組が三つでそれにラミエルを足した形か。


「先ほど報告したように、サリエルと黒布の亜人は同一人物でした。もし、法王国天使第一位が、六位と行動を共にしていたのであればもう……」


ステラが、そう伝える。

ミカエルになにかを仕込んだのであればいくらでもチャンスはあっただろう。


「かなり前に手は打たれていた。ということか」


黒布の亜人と、サリエルを結びつけるのにかなり時間を使ってしまった。

致命的な遅れだ。

それも幸運によって気付くことができたのではない。

相手にとってもう隠すべきことではなくなったのだ。

今更気が付いても遅い。


「私は個別任務が多かったし。ミカエルの状態を知っていた人は限られてるんじゃないかな」

「そういうお前は、サリエルが偽物ってことを知っていたのかよ」

「いや全然」

「……お前以外とアダムから信頼されてないんだな」

「しょうがないでしょ!私だって先輩を取り戻すために必死だったんだから!」

「……おう」


あれ、こいつ思ったより使えないな?


「ミカエル様と関わる機会が意図的に減らされていた可能性はある。彼女の精神的安定を考える余裕がなかっただけともいえるが」

「……ありえるな」


イグニスとミカエルの関係はそこまでしらない。

だけど、近しいことは間違いない。

イグニスに対する執着はどことなく感じた。

それに畳みかける形で、いろんなことが連鎖的に起きた。

そのことによって、ミカエルの精神は限界に近かったのではないか。

そんな推測が骨折りのなかに形となった。

セーリスクも似たような意見を述べる。


「機兵大国では、ミカエルはリリィに対する殺意を持っていなかった。戦闘の意思はあれど、それは捕縛という形が近しいかと。だからこそ殺人にまでいたる過程は、外部の悪意があるかもしれません」

「なるほどね……」


実際にミカエルと会ってみないとわからない部分が多そうだ。

だが、錯乱していた場合中途半端な人選では確実に殺される。

人選は考えたほうがよさそうだ。


「ミカエルとの戦闘は、天使だけの面子で固めたほうがよさそうだな」

「わかりました。私には法王国の事情はわかりません。人選は貴方たちに任せます」

「防衛の手は?足りているのか?」

「獣王国の皆様がいるので。それに、アーガイルはまだ動けます」

「戦力が足りているなら、なにより。それで?」

「え?」

「どうする。セーリスク。イグニスは」

「……」


イグニスの先ほどの様子はきになる。

このまま放置もできない。

しかしこんなとき、どんな形で声をかければいいのかわからない。


「俺はこのまま戦わせるには、不賛成。中途半端な覚悟で、出てこられても迷惑だ」

「……僕もそう思います……ですが」


イグニスの戦力がないのはきつい。

大型の眼のアンデットも気になる。

蝗もこれ以上拡散されるのであれば、被害は甚大だろう。


「……私がその分働こう」

「使い潰すまで働いてもらうぜ?」

「本望だ」


ウリエルが、剣を握り部屋をでようとする。

そのとき、フラーグムがセーリスクに声をかけた。


「セっちゃん」

「どうしました?フラーグムさん」

「私に行かせて。私なら……イグニスの力になれる」

「……っ」

「ラグエル?」


フラーグムの眼には強い力があった。

それは、信頼できるには十分なほどの力強さを感じた。

むしろイグニスを説得させるには、彼女しかいない。

そう断言できるほど、セーリスクを納得させた。


「どうする?時間はない。こいつでいいのか?」


骨折りは、セーリスクに問う。

イグニスとフラーグムそしてリリィ。

その三人の繋がりをセーリスクは知っている。

だからこそ後押しした。


「大丈夫です。フラーグムさんならイグニスさんの説得ができます」

「よし、わかった。お前がそういうなら」

「私がイグニスを励ましてくる」


イグニスは、ひとつの部屋に入っていた。

ただベットが置いてある。

そんな簡素な休憩所だった。

そして、重苦しい顔でその部屋の中に入った。

兵士の口からきいたことだった。

フラーグムは扉をノックする。


「誰?」


イグニスは、ノックをした人物が誰なのか尋ねる。


「私だヨ。イグニス」


フラーグムは返事を返した。


「フラーグム……」

「イグニス」

「……どうしたんだ」


イグニスは扉を開け、顔をだす。


「でてこれそう?」

「……でるさ。でももう少し待ってほしいんだ。時間が欲しい」


深く絶望した顔で、イグニスは返答する。

イグニスは強い。

確かに時間をかければ、再び戦場にでるだろう。

でも今のままではだめだ。

今の弱い心では、イグニスは死んでしまう。

戦い挑めるほど、心は修復されていなかった。


「ミカエルを助けにいこう。きっと彼女は……」

「駄目だ……少なくとも今はまだ……」

「今じゃないと、ダメだよ。ミカエルは苦しんでいる。リリィを殺したことで絶対に悶えている。今、救わないと。彼女はずっと絶望の中で苦しむことになるよ」

「……」


フラーグムのその言葉に、イグニスはなにも返すことができなくなっていた。


「フラーグムは……強いんだよ。きっと俺なんかより」

「そんな……」

「いや、強いよ。リリィが死んだことを聞いても君は変わらない。今の戦いに集中している。俺が弱いんだ。弱かったんだ。強くなったつもりでいた」

「……」


その言葉は、イグニスの本音であった。


「きっと私は、君のことをずっと子供扱いしていた。世間を知らない。自由そのもので、いつまでも子供みたいな存在だと思っていた。正直そんな君を内心で尊敬しきれていなかった……」

「……それは少しびっくリ」

「でも、君はウリエルと向かいあった。今ここにウリエルが味方になっているのは、君の存在が大きいんだよ。私は君たちみたいになれなかった。ミカエルと仲直りできなかった……!」


イグニスは後悔する。

それは、ミカエルと最後に交わした会話。

すれ違いが起きた。

それは些細な言い合いだった。

でも彼女に言ってはいけないことを伝えた。


「全部私のせいなんだ!私があの時法王国を捨てなければ!私があのときミカエルとしっかり会話ができていれば!」


マールを救わなければ。

そんなこと口が裂けてもいえない。

でも私のせいだ。

私のせいなんだ。

ずっと後悔している。

ずっと謝りたかった。

ずっと会えなかった。

謝れなかった。

だからこの過ちがおきた。

だからリリィは死んだ。


「……そんなことはないヨ!」

「……え?」

「法王国を出てから気付いた!私が子供みたいに何も知らずにいれたのはみんなのお陰だって!みんなが前にでて戦ったから私はいつも何も考えられずにいられた!」

「……っ」

「イグニス!今ならまだ間に合うんだヨ!今ならまだミカエルと話せる!リリィとの間に起きたこと!しっかり向き合って話をしようよ!!」

「あ……あ」


涙があふれる。

まだ間に合うのか。

手遅れになったものがあっても、まだやり直せるのか。

私は、リリィを殺したあの人のことを許せるのか。

それがわからない。

考えたくない。

想像したくない。

ミカエルを許せなかった自分を。

ミカエルを罵倒する自分を思いつきたくないのだ。


「私……ミカエルにどんな顔であえばいいのかわからない」

「……イグニス」

「あの人にとっての【俺】は消したいものだったんだ。認めたくないものだったんだ」

「……違うよ」

「違くない!!じゃあなんで……あの人は俺の記憶を消したんだ……?塗りつぶしたんだ?」


震えが止まらない。

機兵大国で受けた体験は、いま思い出しても感覚が鮮明に感じる。


「じゃあ、話にいこうよ。きっと彼女なら答えてくれる」

「嫌だ……怖いんだ」


いつから自分はここまで臆病になった。

イグニスはそう思った。

きっとマールを失ったときから、自分の足場は崩れ始めた。

崩れた箇所から逃れるように走り続けた。

それがいま、止まったのだ。

崩壊に対して諦めたんだ。


「イグニスは……ミカエルと仲直りしたいの?」

「……」


その答えはずっと前からわかっている。

唇を震わせその答えを口にだす。


「……したい。謝りたいんだ。あの人と仲直りして、また昔みたいにお話したいんだ」

「……わかった」


イグニスの覚悟をフラーグムは受け止めた。

フラーグムは、鞄のなかからあるものを取り出す。


「あのね、私。リリィの声が聞こえたんだ」


そういって、ラグエルはイグニスに黄金のバングルを渡した。

それには百合の意匠が入っていた。


「これをイグちゃんに渡してほしいって」

「……これは」


それは国宝級だった。

リリィの最後の意思そのもの。

イグニスは手を震わせながら、それを受け取る。

リリィの顔が思い浮かぶ。


「なんで……っ?」


涙が止まらない。

なんでだよ。

なんで私に渡すんだよ。


「リリィが渡してって伝えてきたから」

「なんで……」


涙をこぼしながら、それを受け取る。

本当に、俺でいいのか。

それを受け取り、強く握る。


「【リリィ】と一緒に、ミカエルを止めよう」


意志は受け継がれる。


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