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ヒューマンヘイトワンダーランド  作者: L
六章海洋国編
205/231

三十話「蝗共①」


「君の命はもうわずか」

「え」


それは突然の宣告だった。

その夢は、命の終わりを知ることから始まった。

女性は謝罪をする。


「ごめんね」


ただ淡々と。

彼女は感情を押し殺し、セーリスクにそう伝える。


「どうにも……ならないのか」


赤い短髪の女性は、自分にそう語る。

限界が来ていることは理解していた。

でもこんなに早く来るとは考えていなかった。

それをなんとか覆すことはできないのか。

セーリスクは目の前の女性に尋ねる。


「うん。これは私にもどうにもできない。私はひとつの方法を知っているけどおすすめはしない」

「……そうか」


何故か自分は、目の前の女性に強い信頼を持っていた。

だから、彼女がその手段を教えないことにも不思議と納得していた。


「怒らないの?」

「うん、僕が選んだことなんだ。諦めるよ」

「……」


その言葉を聞いて、女性は悲しい顔をしていた。

涙をボロボロ零していた。

セーリスクはその姿に言葉を発することができなかった。


「ごめんね、セーリスク。私だってこんなことは望んでいなかった。でも君があの場で生き残るにはあれしかなかった。雷の魔法での損傷で、君の体は既に限界だったんだ。君は、空間を断絶するあの魔法で死ぬはずだった」


戦いの中で失った左腕を見る。

その部位は、氷の腕へと変化していた。

セーリスクは、左手を強く握る。


「生きてるのが、君のお陰だってわかってる。フラガ」

「……!」

「何度も何度も僕を救ってくれてありがとう」


セーリスクは目の前の女性が、【応剣フラガ】の元となった人物であることを見抜いていた。

たとえ初対面でも、彼女が遺したものに自分は命を救われたんだ。

そう思うと、恨み言など決してでるはずがない。

もしも自分の命が風前の灯火だとしても、それは自分の行いの結果だ。

相手に当たるようなことはしない。


「この結果は、僕の不甲斐なさが原因だ。だから謝らないで」

「……うん。ごめんね、つい気弱になった」


フラガは眼をこする。

そして深呼吸をしていた。

深い息をつく。


「この戦いもあと少しで終わる」

「そうか……」

「でも君たちが勝つのか、敵が勝つのか。それは私にもわからない」


彼女の声には確信があった。

きっと本当のことなのだろう。


「君の役割もアダムとの戦いで終わり。だけど……諦めないで。たとえどんなにつらく苦しいことがあっても、助けてくれる誰かはいる。君を認めてくれる誰かが。私が君と共に戦った時間は短いけど。……それだけはわかってるよ」


彼女は、セーリスクを真っすぐな目で見つめる。


「うん、わかってる。有難う。いってくるよ、フラガ」


この夢が最後になることはわかっている。

そうしてセーリスクは、フラガに別れを告げた。


「がんばってね、セーリスク」


君との出会いは、偶然だった。

でもその出会いを、今は幸せに思うよ。

フラガは、そんな気持ちでセーリスクの力から去った。


声が聞こえる。

それは自分を呼ぶ声だった。


「おーい。起きろ、起きろー」


めっちゃ叩くじゃないですか。

地味に痛いんですけど。

骨折りが、自分の顔を強くたたいていた。

目覚ましにしては、強くないか。


「イグニス、海水もってこい。こいつに飲ませてやる」

「えっ、いいのかっ?脱水になると思うんだが……」

「いいぞ、もっともってこい」


ふざけんな。


「……痛いんですけど!?」

「お、起きた」


骨折りは呑気にそんなことを言っている。

こっちはさっき死にかけたんだぞ。


「僕、怪我人なんですけど」


骨折りに文句を言いたかった。

骨折りは、セーリスクの怒りに対してふざけた口調を崩さなかった。


「わかってるよ、こっちだって死んだかとおもって焦った」


自分の周りには、イグニスとアラギが心配そうにみていた。

ラミエルもちらりとこちらの顔をみる。

しかし気まずそうだ。


「さっきな」


骨折りは、セーリスクの顔に体を近づける。


「イグニスとラミエルに確認してもらって、お前の体の状態はわかった」

「……」

「いますぐ死ぬって状態じゃないこともな。体、さっきより楽だろ?」

「……はい」

「二人に感謝しろよ。【天使】二人に治癒されることなんてそうそうないぞ」

「イグニスさんはともかくラミエルが?」

「……謝罪はしないよ。私は明確な意思で、君に敵対した。先輩とか関係なしにね。その……ほんの少しの返しさ」

「……まぁ」


ラミエルが素直に自分の治癒をする性格ではないことはわかっている。

イグニスからのお願いを断ることができなかっただけだろう。


「いまは?」

「神造兵器をでたばっかだ。敵も見えないが、警戒しておけ。アダムがどんな手段を使うかわからん。そんなときは、お前を庇えるわけじゃないしな」

「人使いが荒いですね……」

「しょうがねぇだろ。俺はアラギを守りながらになっちまうし」


イグニス達は、神造兵器から脱出していた。

エスプランドルを襲撃した羽根のアンデット。

ああいった種類の敵がいつ襲うのかもわからない。

確かに寝ていたままではただの足手纏いか。

納得し、体勢を整える。


「わかりましたよ」

「左腕と、眼の調子は?」


イグニスが、セーリスクに体の調子を尋ねる。

彼女は心配そうな顔で、セーリスクの顔を覗きこんでいた。


「悪くはないですね。むしろいいです」


その言葉に少し考えこみながら、イグニスは返答する。


「……もう無理しちゃだめだよ」

「わかってますよ……」

「……本当かな」


魔力の制御に、乱れは感じない。

それどころか、前より整っている感覚がある。

フラガの意思は、感じない。

自分だけの力で、制御に成功しているのだ。


「……俺は、昔言われたことがある」

「なにをですか?」

「聞きたいか?」

「はい」

「亜人の魔法の究極。極めた先にあるものは、魔法そのものになることだと」

「……魔法そのものに?」


思わず息を呑んでしまった。

それほど、冗談には聞こえなかった。

氷を纏わせ、戦うイメージ。

それらは、セーリスクがずっと体現していたことだからだ。

セーリスクは真剣に耳を傾ける。


「ああ」

「……」


だが、現状では情報が足りない。

天使たちとの戦いで、それに近しい感覚は覚えたが使いこなした自身はない。


「きっとお前はそれに近づいているんだ。剣士としての強さではなく。亜人そのものの強さに」


その冷気は、全てを凍てつかせる。

セーリスクは、そんな冷気になりかけているのだ。

それが、骨折りにとっては恐ろしく感じた。


「いや……大げさな……」

「決して大げさじゃねぇさ。その左腕と右目はなんだ?お前は、何を願ってその体になった」

「……」


言葉がでなかった。

今までの戦いで、セーリスクの体は徐々に変化していった。

体の芯からあふれ出すその氷の魔法に自分の体は耐えきれなくなっていた。

そしてその結末がこれだ。


「お前が選ぶ道を俺は絶対に否定しない。だが肯定するわけでもない。それを悲しむ人がいることを忘れるな。絶対に」

「……っ!」


骨折りは鋭い目つきで、セーリスクの身体を一瞥する。

ただ、少しその声には苛立ちがあった。

段々とその声は低くなっていた。


「骨折りさんっ?」

「……わりぃ」


アラギの声で、骨折りは怒りを沈ませる。

しかしそれは同時に哀しみだった。

共に戦った者が、そういった末路を選んだことが悲しかったのだ。

イグニスと、ラミエルもその様子には何も言うことができなかった。

それは、ただの感情の押しつけといえるものであった。

だが、その言葉に反論できないのも確かだった。

少なくともイグニスはそうだった。


「……俺がいいたいことは、わかるな。セーリスク。俺と同じような末路はたどるな。……頼む」


それは確かにセーリスクの心の奥底を刺激した。

自分の周囲にいる人たちはいつだって自分になにかを与えてくれる。

そんな気持ちを抱いた。


「……はい」

「ありがとうな」


骨折りは、セーリスクが素直にその言葉を聞き入れたことに安堵する。

船は進んでいく。


「……改めてみるとすげぇ大きさだな」

「うん、大きい」

「お前のご先祖様はすげぇなアラギ」

「うん」


骨折りは、そのサイズに感嘆の声を漏らしていた。

その巨体は、人が製造したとは思えないほどの大きさだ。

作ったのも驚きだが、動かせるのも驚きだ。


「そういや、どうやって加速させたんだ」


セーリスクが、ラミエルに尋ねる。

神造兵器の内部は、【人間】の認証が必要だった。

物を操る機関は、重要な場所のはずだ。

ラミエルがそういった知識を持っているとは思えなかった。


「えっ……」


この先輩馬鹿(ラミエル)は、神造兵器の移動速度を変えていた。

速度を加速することで、海洋国の大地にぶつけようとしていた。

とんでもないことだ。

この船が、大地にぶつかったら大きな地震が起きるだろう。

それも多くの死人がでるような。

ただ少し違和感があった。

アダムがやろうとしていたことは本当にこれなのか。

むしろ他の目的があったのではないか。

そう考える。


「……アダムに教わっただけ。止め方と進め方はあらかじめ伝えられてた。動力は……私の雷の魔法。これで充分?」


ラミエルが気まずそうに答える。

目が怪しいが。

口をとがらせるな。

不満が漏れてるぞ。


「……ふーん」

「まっ。今さら疑ってもしょうがねぇよ」


正直本当か怪しいが、今更疑っても仕方がない。

アダムが重要なことをラミエルに教えているとも思えない。

イグニスが許してほしいと言っているのだから、いま追及するわけにもいかない。


「イグニス、さっきも伝えたよな。こいつこの船暴走させたんだよ。そして海洋国にばーんってぶつけようとしてた」


神造兵器のほうを指さしながら、骨折りはラミエルに対しての悪態をつく。

相当苛立ちがこもっている。

骨折りは、ラミエルのことが大分嫌いなのだろう。


「本当にそんなことしようとしていたの?二人の言ってることは本当なの?」


イグニスが、ラミエルに対して驚きの表情をみせた。


「う、うん」


ラミエルは、より一層焦っていた。

イグニスにその事実を追求されることが彼女にとって恐ろしいことであった。


「……」


イグニスは、そのことに対して無言になる。

ラミエルからは変な汗がにじみ出ていた。


「せ……先輩……?」

「ちょっと……擁護できないかな」

「先輩っ!?」


正直一発殴りたい。

こいつのせいで、面倒事が何個も増えた。

少なくとも、イグニスの記憶の消去はなかったはずだ。

【雷霆】の能力も脅威だった。

彼女の精神の未熟さがなければ、死んでいたのは自分だろう。


「まぁ、ラミエルの起こした面倒事の責任は私がとるよ。彼女を不安定にさせたのは私のせいだ」

「……ああ、わかってるよ」


骨折りは、めんどくさそうな顔をする。

ここでラミエルを殺そうとしても、イグニスの負担を増やすだけだ。

そして、ラミエルの雷の能力もまた有能。

イグニスによってその能力が使用できるならそれに頼りたいのが現状だ。

つまり、イグニスの監視下におくという方法は間違ってはいない。


「アダムに与した時点で、俺は痛めつけてやりたいが」

「ごめんな。骨折り。それだけは許してくれないか」


そんな時、敵の気配を感じる。

それはアンデットと同じような腐臭であった。


赤い目と、白い胴体。

体長は、人一人と同じぐらいだろうか。

それは大きな羽音を鳴らし、此方に接近した。


それは蝗だった。

大きな牙をみせ、感情のこもっていない本能でイグニス達を襲う。


「敵襲っ!」


骨折りのその声で、全員に緊張が走る。

ラミエルが、放電する。


「【雷霆】っ!!!!」


蝗たちは、酷く焼かれ黒焦げになる。


「流石ッ」

「まだくるよ!先輩っ!」


イグニスは、剣を振り風の刃を発生させる。

蝗の首は、海に落下しやがて胴体も沈んでいった。

血液はなにもない。

白い粒子を散らして、その物体は消え失せる。


「なんだこれはっ!」


動揺は、その場にいた全員が持っていた。

その化け物は明らかに人を元にしたものではない。

アンデットには、死に抗うようななにかがあった。

それは、生命の鼓動に近いものだった。

だがこいつらは違う。

目的も、目に宿る知性もない。

ただそこにある。

ただそこにあるものが、なんとなくそうしている。


そんな言葉にできない気持ち悪さがあった。

ただそうしている。

目的や命令すらない。

生きるためでも、アンデット(死に抗うため)でもない

強いて言うなら、眼前のすべてを食い散らかすことが目的なのだ。

それがひたすらに気持ち悪かった。

自分たちは、何を斬っている。


蝗はさらに飛来する。

アラギは、骨折りの背中にうずくまる。


「……っ」

「アラギ隠れてろ!!!」


数が多すぎる。

一匹一匹は雑魚だが、体躯がでかすぎる。

ただの虫掃除というわけにもいかない。

最低限の威力がなければ、殺しきれない。


「!!」


蝗の斬られたはずの首が、動きだす。

その牙は、アラギを狙っていた。

イグニス、ラミエルが動きだそうとする。

しかし蝗の対応に行動が遅れる。


「ちっ……」

「ひっ……」


アラギは、恐怖に怯え動きだすことができなかった。


「っ……」


骨折りは、剣を握る。

間に合うか。

そう思った瞬間。

アラギの目の前には、壁が張られていた。


壁と蝗がぶつかる。

蝗の目的は果たされることはなかった。

その隙をつき、骨折りは蝗の頭を叩き潰す。

骨折りはアラギの姿をじっとみた。

アラギは困惑していた。

当然だ。

自分が由来の知らない能力を発動したのだから。

骨折りは、その能力を知っている。

それどころか、何度もみた。


「【拒絶】の……?いや……」


それは、シェヘラザードの使う魔法と酷似していた。

だが、周囲に彼女の気配は感じない。

そして、それは数百年前共に戦った彼女の能力と同じだった。

数百年前の人間【アラギ】と。

彼女の生き写しのアラギも同じ能力を使えて当たり前なのかもしれない。

だが、それが悪い憶測に走った。


「まさか……あいつは……お前らの……」


考えたくなかった。

シェヘラザードが自分たちの知っている人物たちの子孫だなんて。


「骨折りさん……?」


なんで今気が付いた。

殺したあとなのに。

それにすら、アダムの思惑を感じる。

そんな自分に腹がたった。


「なんでも……ないよ」


いま考えて、悩むべき事柄ではない。

シェヘラザードは自分が殺した。

ただそれだけだ。

敵対した以上それは仕方がない。

ただ、なにか心のなかに違和感を持った。

骨折りは、それを言語化することをやめた。


そんなとき、蝗とは別に飛来する何かを感じた。

それは剣で、蝗たちを切り落としていた。


「いた」


剣から熱を放ち、彼は剣を振る。


「【罰剣】」


その熱は、蝗を燃やし尽くす。

後すら残さす、蝗たちは消えていった。


「よかったです。無事だったんですね」

「お前は……」


天使第四位ウリエル。

敵だったはずの彼が、助けてくれた。


「ウリエル……なんで」

「ウリエル……君も裏切ったの?」


イグニスは疑問を持った。

少なくとも機兵大国では、彼は敵対していた。

海洋国でも法王国の戦力だったはず。

ラミエルも同様に困惑していた。

自分と同じように裏切る理由があるのなら、それはラグエルだ。

セーリスクも同じことを考えた。

彼に問う。


「……ラグエルさんのお陰か?」


お前がこの場にいて、戦ってくれるのはラグエルが関係しているのかと。

だがウリエルは首を振り、否定する。


「いや少し違う」


そして指をさす。


「あれをみれば、わかるだろう」


そらには、大きく羽ばたく何かがあった。

それは、畏怖するには十分であるほど強大で異様さを感じさせた。


「成程ね……あれを乗り越えろってわけか」


白い翼は、神聖さを感じさせた。

まさに天罰だ。

何度も何度も、抗い続け。

何度も何度も、戦い続けた。

その末路がこれか。

それは終末を感じさせた。

そらから降る白い翼は、人々を喰らっている。

その土地、その建物。

その場にあるすべてを食い散らかそうとしていた。

それは、獣だった。

終末が目の前にあった。


「……乗り越えるぞ、お前ら」


そらに浮かぶ大きな瞳は、こちらをじっとみていた。

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