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ヒューマンヘイトワンダーランド  作者: L
六章海洋国編
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二十八話「顔なしの男②」


黒布の亜人ノーフェイス。

彼は笑う。

黒い布に包まれた間から、顔を覗かせる。


「はははぁ!!!!最高だ!!!」


布が爆風によって揺れる。

壁に穴が開いていた。


「最高の気分だよ。俺はぁ!!」


そこから見える光景は、衝撃であった。

彼は高笑いを続ける。

笑いすぎて、涙を零していた。


「ステラちゃんよぉ!!」

「……そんな……」


激闘が起こっていた。

巨大な肉体を持った獣のようなアンデット。

それらが、エスプランドルを襲撃していた。

兵士たちがその体を拭き飛ばされる。

耐えきったものが、反撃する。

その繰り返しであった。

いつまでもつのか。

いやこんなことが、長く続くはずがない。

自分たちはこの状況をひっくり返す手札を持っていない。


「土産でもあった方が面白いと思ってなぁ。まぁ、別にいいだろ?お前らの命は、どうせここで終わるんだし」


今現在、この部屋にいるのは四人。

赤い髪をした亜人。

エスプランドルの長ステラ。

そのメイド。

そして【酒乱】ロホ。


この中で戦力になるのは、たった二人。

それも、二人とも負傷を負っている。

メイドは、マールとの戦闘で。

ロホは、鎖の獣人との戦闘で。

それぞれ致命傷に近いといえるほどの怪我だ。

敵にはならない。

彼らは、自分の格下。

そう判断したとき、ノーフェイスの笑みは止まらなかった。


「何笑ってんだよ……!」

「あーいやいや。笑うでしょ、これは。馬鹿だなぁ」


ロホは、目の前にいる敵を強く睨みつけていた。

敵に認識される。

己を憎まれる。

その感覚は、ノーフェイスにとって歓喜に等しいものであった。

自分を認識されること。

子供がいたずらをするように。

大人にみてもらえるように、彼は敵をからかう。


「ん?ああ……悪い。癖でなぁ……そんな怒るなよ。こえーなぁ」

「は?」

「……!」


ステラと、オキザはあることに気がつく。

しかしそれは勘違いか。

自分たちの認識の不足か。

まだ判別がつかなかった。


「酒乱、傷は癒えたのかぁ?」

「……」

「元気そうじゃないなぁ。そりゃそうだ。戦ったんだろ?あの意味わかんねぇ獣人と。ボロボロに負けてぇ……。そーんな傷が、数週間そこらで治るわけねぇ」

「……そうかよっ!」


ロホの周囲に、蝶が現れる。

それは、敵を惑わす蝶。

ノーフェイスはそれを視認し、警戒を高める。

視界が遮られた。


「……」


盲目の獣人すらもふらつかせた魔法。


アダムが選ぶ亜人には癖がある。

それは再現性がないもの。

同じ魔法を使用するものが皆無である魔法。


「両立するは、我が生命。【デュオ・アニマ】!」


焔を纏った風を、ロホの魔法にぶつける。

蝶はいくつかは消滅するが、再び発生した。


「ちっ」


ネイキッドの【不可視】の魔法。

シェヘラザードの【拒絶】の魔法。

七位ラミエルの【雷霆】の魔法。

そして自分の【模倣】の魔法。


【風】や、【水】、【炎】とは違う。

それは単なる属性で収まらない。

それは、概念に近しい。

個人の性格や特性が反映された魔法だ。

ロホの魔法は、精神に干渉するものだ。

酩酊や混乱。

それに追加される身体の平衡の異変。

強制的な能力の低下。

敵に持たせておくには厄介な能力だ。

だからこそここで始末する。

蝶と蝶の隙間から、ロホがこちらに飛び込んでくる。


「!」


回避は間に合わない。

炎の纏った拳で、ロホはノーフェイスを殴る。

「おらぁ!」


ノーフェイスの顔面に直撃する。

その顔は、銀狼の顔へと変化してした。

獣人の耐久性。

ロホの打撃では、強いダメージを与えることはでない。


「……っ」


堅い。

獣人の耐久性が、アンデットの影響により強化されているのだ。

ノーフェイスは余裕の笑みを見せる。

だがロホは、焦りをみせていなかった。


ロホの狙いは攻撃だけではない。

一撃、二撃と攻撃を与えていく。

それは毒のように蓄積するもの。

徐々に感覚を蝕んでいた。

体がふらつく。

違和感に自覚することができた。


「!」


今自分は酔っている。

そう気づいた。

平衡感覚の違和感。

酩酊しているのだ。

その酩酊感によって、自覚するのが遅れてしまった。

蝶による間接的な攻撃だけではない。

ロホの魔法は、打撃によってでも影響する。

ノーフェイスはそのことに気が付いた。


「たんと味わえよ」

「くっ」


脳の痛みとふらつきが同時に襲う。

にやりと彼女は笑っていた。


「なに笑ってんだよ」


ノーフェイスの手のひらから暴風が放たれる。

しかし想定より威力は弱い。


「ロホさん!やっぱり」

「ああ!」


口には出さない。

だがこう思う、こいつは想像より弱い。

「六位サリエル」であれば、こううまくはいかない。

蝶の魔法を、ノーフェイスに向け放つ。

しかし彼はそれを回避する。

獣人の俊敏性ではやはりよけられてしまうか。


しかし即座にオキザは石を生成する。

そしてそれを蹴り、打ち出す。


「ぐぅ……!」


ノーフェイスの腕に深くめり込む。


「目にはいったら、あぶねぇだろ。糞女ぁ!」

「そうですか。それはよかった」


更に蹴る。

更に打ち出す。

だが、ノーフェイスは獣人の動体視力によりそれらすべてを回避する。


「おらぁ!」


剣が、オキザに向かって振り下ろされる。

オキザは、あえて鎧に剣を当てる。

剣は、綺麗に流された。

しかしノーフェイスは、同時に片手で熱球をロホへと飛ばした。


「器用だなぁ!おい!」


ロホは、蝶を放ち火球とぶつけた。

小さな爆発が、その場で広がる。


「きゃっ……!」

「ごめん、お嬢!」

「させません」


オキザは、火球が放たれたその腕を蹴り飛ばす。


「クラーロ!準備しろ!」

「え」

「オキザぁ!前話したあれだぁ!持ってんだろぉ!」

「はい!!」


ロホは手のひらに、火炎を広げる。


「オキザ!」

「はいっ!!」


オキザは、なにかをノーフェイスに投げつける。


「なっ……」


それは火薬のにおいがした。

それと同時に、ロホは口に何かを含む。


「ぶっぅううう!!!」


何度も蒸留した高濃度の酒。

点火したら激しく燃えるような強い酒を、ノーフェイスに吹きかけた。


「酒……!?」


体に、酒が付着する。

アルコールの強い匂いがした。

それは、銀狼の肉体へと変化した体毛に纏わりつく。

酷い匂いだ。

ノーフェイスはそう感じる。

そして視界の中にあるものが目に入る。

それは、黒色の粉とロホの魔道具の火。


「あ」


爆発がその部屋に響く。

ノーフェイスは、部屋からはじき出され外へでた。


「あつぅう!!!」


銀狼の肉体は、その衝撃によりボロボロになっていた。

獣王国で既に、火薬が発展していることは知っていた。

大砲か。

魔道具の砲弾を手に入れたときに一緒に流入したのか。


酩酊が一気に冷めた。

痛みが全身を襲う。

あれほどの爆発だ。

あいつらも無事ではないはず。

部屋の中を観察する。


「ぐっ!」


岩石が視認できない速度で、こちらにぶつかってくる。

深く突き刺さる。

この攻撃は、獣人ですら重傷を負う。

腕に強い痛みを感じた。

皮膚そのものがボロボロになっている今では、銀狼の肉体を使っても無意味だ。

身体の損傷の回復は無理だ。

サリエルの肉体を模倣する。


どうやって、さっきの爆発を防いだ。

ステラが、クラーロに肩を貸していた。

そしてクラーロの手には魔道具があった。

なんでもありかよ。

ノーフェイスは、そう考える。

オキザが、直進してこちらにとびかかる。


「……っ」


オキザの蹴りが、腹に直撃した。


「はっ!!」

「うっ……!」


深く内蔵に突き刺さる。

亜人の体では、オキザの攻撃は耐えきれない。

口から胃液があふれだしそうになる。


「幻妖蝶!!」

「……っ」


ノーフェイスは、風の魔法により蝶を吹き飛ばす。

オキザも魔法を回避し、後ろに下がった。


「オキザ!前にですぎるな!蝶でけん制する!」

「はい!」

「……お前?【眼】はどうした?」

「……」


オキザはある仮定をしていた。

模倣したものは、想像より劣化していた。

魔法は、弱く。

筋力も、低い。

なぜだ。

それは完全な再現ができないから。

あくまで【模倣】。


「なぜ【魔眼】を使わない」

「……」


彼は、最大限模倣した人物を使いこなすことはできていない。

サリエルを模倣しても、その眼を使いこなすことはできず。

魔法と身体能力のみ。

彼が状況に応じて身体を変える理由はそれだ。

真に、【第六位】を模倣できているのなら負傷した自分たちなど容易に圧倒するだろう。

だが彼にはできない。


そのせいで、それぞれに対応できていないのだ。

身体能力では、獣人を使うしかない。

魔法では、サリエルの魔法を頼るしかない。


もし彼が強いという自覚があるのなら。

身体を混合させて魔法を撃つ必要などない。

模倣したものが劣っている。

強みで相手を押し出そうという強者の風格が彼にはないのだ。


「もう一度っ!」


自分たちの体は元々ダメージが残っている。

だがそれは彼も同じだ。

セーリスクやリリィとの戦闘で、彼も深く損傷を負ったはず。

銀狼の肉体さえ使うことができないのであれば、身体能力で圧倒できる。

そう思い、オキザは接近する。


「あーあ。これは使いたくはなかったんだが。仕方ないよな」


彼は懐から武器を取り出す。

それは円形のチャクラム。


「【月輪ルナ】」


第六位サリエルの国宝級。

【月輪ルナ】。

だが、国宝級は本人でなければ扱うことはできない。

能力も開放することはできないはずだ。

所詮はブラフ。

距離を詰める。


「能力強制開放」


アンデットの瘴気が、【月輪ルナ】に纏われる。

魔力が、開放される。

月のような丸い軌跡が、その空間に出現した。

そしてその一秒後。


「【残影】」


視覚だけの軌跡は、現実として現れ剣の斬撃を象る。

オキザの全身が斬撃に襲われれる。

鉄の鎧は砕け散り、血液がその場に散る。

オキザの髪は、空中に舞っていた。

ロホの右手も斬撃により切り落とされる。


「ははぁ……」

「ロホ!オキザ!!!」


オキザは、その場に音を立て倒れる。

血液が地面に零れ浸透する。

ロホの右手が地面に転がっていく。


「……!」


国法級の能力の開放。

彼はそれを可能にしていた。


「次はお前だ。【酒乱】ロホ・シエンシア」


国法級は、認められた本人しか扱えない。

その観点が、能力の開放を否定していた。

だが現実は違った。

彼は、サリエルの国宝級を使用できる。

なぜだ。

ロホは思案する。


アンデットの黒い瘴気を感じた。

それにここまで渋った理由。

なぜここまで使用を惜しんだ。

加えて彼が、【月輪ルナ】に認められているという可能性は少ない。

そもそも【魔眼】が使えないのだ。

サリエルと黒布の亜人が同一人物ではないことは確実。

今回使用できているのは、明らかに例外。

なんらかの方法で、武器の能力を引き出しているのだ。

ここは、能力の再使用がないことに賭けてやる。


「やってやるよ」


時間はない。

ステラも、オキザも、クラーロも全員助け出す。

ここで、こいつを道連れにしてでも三人を逃がす。

全身に魔力を纏う。

負傷した体でも、このくらいのことはやれる。


敵は一人。

タイマンだ。

一か八か。


「博打はすきか?」

「あ?」

「【フローラ・マリポッサ】!!」


ロホの体から、黒い蝶が溢れ出す。

視界が覆われる。

ステラ達の姿がみえなくなる。


「邪魔だ!」


熱風で、蝶を消し飛ばす。

その場にあったはずのオキザの肉体はなくなっていた。


「どこ……だ!」


今の一瞬で逃げたのか。

追わなくては、ロホの能力だけは野放しにしておけない。

そう考えた瞬間、酩酊が襲う。


「くっ」


強いふらつき、吐き気。

それらが一気に襲う。

蝶の羽ばたく音がやかましい。

耳に響くように羽根の音が鳴っていた。

五月蠅い。

集中が削り取られていた。

そんなとき、後ろに気配を感じる。


「そこか!!!」


気配を感じた場所に、月輪をなげつける。

しかしそこにあったのは、ロホの右腕であった。


「ここだよ」


赤い髪が大きく揺れる。

やっと訪れたタイミング。

隙はいましか存在しない。

最大火力。


「【フローラ・マリポッサ・ノーチェ】!!!」


魔道具にも、魔力を廻す。

爆発を最大限生かす。

こいつは、ここで燃やし尽くす。

ノーフェイスの体を、爆発と蝶たちが襲う。

だが、彼の肉体は既に変化していた。


「え……」


その顔は山羊の顔を持ち、その背中には大きな猛禽類の翼を生やす。

爪には金属の刃を持ち、脚は丸太より遥かに太かった。

肩からは、四つの腕を所有する。

獣人の肉体を持ち、亜人の魔力を纏い、アンデットの瘴気を放つ。

その姿は、合成された獣のような形であった。

目は鋭く、ロホを狙う。


「ああー。うざいな」

「あ……っ」

「そろそろ消すか」


圧迫感がその場に満ちる。

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