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ヒューマンヘイトワンダーランド  作者: L
六章海洋国編
202/231

二十七話「蝗王」

ウリエルは剣をふる。

剣に炎が纏う。

それは罰剣の能力。

熱が、その空気を焦がす。


皮膚が焼かれるような感触を覚え、喉が乾燥する。

息すらいつものようにできなくなっていた。


その場にいた全員に緊迫感が走る。

法王国第四位。

その力の圧に押されていた。


「……ウリエル」


フラーグムは、友人だった彼の名前をぼそりと呟く。

彼は白い仮面をしていた。

その顔は見ることができない。


「お願い!やめて!」


ただ彼と仲直りしたかった。

謝りたい。

そう思っていた。


「……っ」


しかし彼は、武器を収めない。

ウリエルは歯ぎしりをする。

法王国天使である自分にとって、上の命令は絶対だ。

それ以外の生きる術をしらない。


「とめたければ止めればいい。武力でな」


少しでも彼女に期待している自分がいる。

彼女は変わったのだ。

それを嬉しく思う自分がいた。

しかし部下の眼がある以上。

手は抜くことはできない。


「【罰剣】」


宙を舞い、190以上の巨体によって剛剣を振るう。

それは、脅威と呼ぶにふさわしいものであった。


「ひぃ!!」

「うわっ!」


ウリエルは、その剣でこちら側の戦力を弾き飛ばす。

船から落とされ、海に落ちていく。


「ちっ……!」


幸い、先ほどセーリスクが作った氷の上に退避できているようだ。

だがこのままでは、人数の不足で負ける。

アーガイルは、自分の周囲に鉄を集める。

操鉄の魔法は、熱には相性が悪い。

だがそんなこともいってられない。


「アーガイルさん!俺が前にでます!」

「フエルサ!」


フエルサとウリエルの剣がぶつかりあう。

しかし一撃。

その一撃で、フエルサの体は大きく動いた。


「くっ……」

「嘘だろ?獣人に対して力で……」


身体能力では、ウリエルよりフエルサの方が圧倒的に上だ。

それ以外の要素で負けている。


「力だけで、法王国四位にはなれない」


法王国天使にはそれぞれ特技がある。

それは最初の名を冠したものに由来するものもあれば、その個人特有のものもある。

由来するものは三つ。

五位の【終末笛】。

六位の【魔眼】。

七位の【雷霆】。

これは、その素質を持つものが選抜されている。

それとは別に、上位四位。

一位【ミカエル】、二位【ガブリエル】、三位【ラファエル】、四位【ウリエル】。

この四人は、自然現象に由来した四大属性。

火水風土。

それぞれの扱いに卓越したものが選ばれる。

これらの情報は、基本的に法王国外に漏れることはない。

エスプランドルが調査した結果だ。

だが目の前の現実はなんだ。


「……話がちげぇよ」


土の魔法を使う亜人のはずだ。

それなのに、目の前の敵は剣を振り回しこちらの敵を蹂躙している。


苦笑いしかできない。

アーガイルの操鉄の魔法も、フエルサの剣もウリエルは一切戸惑いをみせない。

それどころか適切に対処される。

四位の強みは魔法ではないことに気が付く。

完全無欠の剣技。

リリィの剣技も達人といえる部類であったが、それとはくらべものにはならない。

鉄の剣を発射し、ウリエルに当てようとする。

しかし玩具のように簡単に切り落とされる。


「うおおおお!!!」


全身に力を込め、ウリエルに全身全霊の攻撃を叩き込む。

それは、肉体どころか船すらも砕くような一撃であった。


「隙が多い」


目の前に岩石を生成し、ウリエルはその攻撃を防ぐ。


「うっ……?」


岩石が砕け、周囲の視界が遮られる。


「フエルサ!」


ウリエルは、既に剣を構えフエルサの胴体を狙っていた。

先ほどの動作の影響で、フエルサは回避に移ることはできていなかった。


「だめっ!!」


フラーグムは、終末笛を吹く。

ウリエルの動作は一度止められ、腕が止まる。


「……っ」

「【サーベル】!!」


アーガイルは多くの鉄を剣にへと変換する。

そのとき、周囲の温度はあがる。

ウリエルが、【罰剣】の能力を開放したのだ。


「【罰】っ……」


だが、その剣の能力は完全に開放しなかった。

鉄の剣のいくつかは、溶かすことに成功していたがそのほとんどはウリエルに飛来した。

ウリエルは大剣で、剣を弾き返すことを選んだ。

フエルサとアーガイルの後ろにいる女性を見る。

フラーグムだ。

彼女は【終末笛ニル】の能力を剣に向けていた。


「この剣は全てを融かす……はずだが」


アーガイルの鉄の魔法は、炎に弱い。

溶かす力で充分溶解できるものであった。

しかし強制的に、罰剣の能力が停止される。

これでは、充分に使用できないだろう。


「君がいては能力も使えないか……まぁ当然だな」


元々想定していたことだ。

終末の笛は、全ての国宝級の能力を打ち消すことが可能だ。

彼女の戦闘能力の低さから警戒にはいれてなかった。

だが、前に進む覚悟を持った彼女は前とは違う。

別に焦るような事態ではない。

こちらの想定が甘かっただけの話。

まずは彼女を気絶させるところからだ。


「なら、まず君からだな」


ウリエルは、最初の目標をフラーグムに決める。

もちろん、殺しはしない。

確保のみだ。

それ以外は、痛めつければ充分だろう。


羽根に魔力を込め、爆発的な推進力を得る。

一気にフラーグムに接近した。


「女性に向かって剣を振るとは何様だ?あぁ?」


自身の体が鉄に囲まれたことを認識する。

即座に剣をぶつける。

しかし弾かれた。

脱出には間に合わないようだ。


「流石です!アーガイルさん!」

「まだはえーよ」


アーガイルは覚えていた。

以前も同じように、自分の鉄の魔法が腕力に負ける姿を。


「……開放は無意味か」


罰剣の能力は使用できない。

魔力の無駄遣いだ。

ならやることはひとつ。


「物理でへし折る」


叩く、叩く。

ひたすら叩く。

鉄の檻は、段々変形していく。


「脳味噌まで筋肉が詰まってんなぁ……」


剣のことなど一切気にしない。

ただの腕力で、アーガイルの鉄の牢を打ち破る。


「案外脆かったな」


剣を肩に担ぎ、彼はそうため息をつく。


「おまえ実は獣人だったりしない?」

「ははっ。一滴でも入っていないよ」


ウリエルは、岩石を手元で作りだす。


「準備はできたか?」


そして発射する。

同時に剣を握り走る。

アーガイルを狙ってもフラーグムに妨害され、フラーグムを狙ってもアーガイルに妨害される。

まず人数的不利を減らさなくては。

飛来してきた岩石を、フラーグムが破壊する。

風の衝撃により、岩石は全て崩れる。


アーガイルは、即座に鉄塊をウリエルにぶつけた。

重い。

だが耐えられる。

ウリエルは鉄塊を、剣で受け止めた。

防御に集中しているウリエルに近づいたのは、フエルサであった。


「……」


【罰剣】が使用できないウリエルに対する対応策としては、最善だろう。

彼らとしては、このままフラーグムが【罰剣】の能力を停止させている状態が理想だ。

なによりウリエルが、熱の魔法を開放した途端海洋国側の戦力は壊滅するだろう。

だからこそフラーグムを守ることを最優先にしている。

ウリエルは思案する。

正直彼としては、フラーグムの確保さえできればあとはどうとでもなると思っている。

神造兵器の調査は、三位か七位がしてくれるだろう。

この国には、一位と六位もいる。

自分以外の人材で対応可能だと考えていた。


「……七位に貸しをつくったとでも考えるか」


ラミエルは、セーリスクの確保に神造兵器へ向かった。

元々自分たちの役割は、神造兵器なのだから彼女がその場所に向かうことは何の問題もない。

それにウリエルは、法王の抹殺という命令に疑問を持っていた。

調査がダメだというのなら、調査させなければいい。

一日でも一週間でも、一か月でもここにいてやろう。

ラグエルがそれで死なずにすむのなら。


フエルサと剣を交わす。

フエルサは既にウリエルの態度に疑問を持っていた。


「……貴方はそこまで熱意を持っていないな!ならば退け!!神造兵器は海洋国の問題だ!お前らにとやかく言われる筋合いはない!」


当然の言葉だ。

自分も法王国天使にここまでかかわる権利はないと思っている。


「会話ができる余裕があるのか?」


フエルサは既に剣の技量を理解している。

だからこそ、攻撃ではなく防御に徹している。

ウリエルに、果敢に攻めることはない。

常に後手に回り、獣人の身体能力でそれをカバーしている。

アーガイルとラグエルの後方支援に期待しているのだ。

膠着が続くか。

ウリエルはそう判断していた。


そんな時視界にあるものがみえる。

それは、ウリエルの動揺を誘うに十分なものであった。


「なんだ……あれは……っ」


ウリエルの異変に、気がつき他の三人も後ろを振り向く。


「……は?」


それは、巨大な目。

大きな目の周囲に、白鳥のような純白な羽根が生えていた。

それはただ宙に浮いていた。

目は瞼を開閉する。


「生きている……のか?」


それは、いままでみたどんなものより異形に思えた。

神のような神聖さを持ち、畏怖を与えた。

その場にいた全員の武器が落ちる。


「……か、神さま……?」


法王国の兵士のひとりがそんなことをつぶやく。

だが心の中では違うと叫んでいた。

あんなものが神であってたまるか。

そうとも思った。

それはあまりにも人という姿を捨てていた。


それは災いであった。

災害というに相応しいものであった。


白い純白の羽根は、拡散する。

広がり、その真ん中には人がいた。

巨大な目は依然消えない。

ウリエルは、その人物が誰かわかっていた。


「……法王さま……」


その男は笑う。

息を吹きかけ、純白のなにかは散っていく。

それはこちらに近づいていた。

生き物のように羽ばたいていた。

衝撃波のような羽音がこちらに接近する。

ウリエルだけが、その行動に敵意を感じ取っていた。


「【鉄葬】!!!!!」

「は!?」

「鉄を張れ!!あれは!!!」


その正体は蝗だった。

純白の蝗は、赤い目でこちらを睨む。

そのサイズは、人より二倍ほどの大きさをもっていた。

白い蝗は、飛来する。

全てを食い尽くそうと襲いかかる。


蝗は、鉄を食い荒らす。

鉄と衝突しはじけ飛ぶものもいた。

しかしその数は数千にも及び嵐のようであった。


「ラグエル!お願いだ!!罰剣の能力を!」

「……っ!わかった」


剣に、炎が宿る。

罰剣の能力は再び開放された。


「最大出力だ」


罰剣の火力を最大にする。

白い蝗は、炎により燃やし尽くされた。

燃えカスが海に落ちていく。

アーガイルも同様に、鉄の魔法を展開する。

それにより、多くの蝗をつぶした。


「【アロガンス・フェルム】!!!」


しかし船には、大きな穴が開いていた。

蝗が、船を食らったのだ。


「……化け物か」


男の周囲に、蝗は羽ばたいていた。

蝗はさらに数を増やす。

アーガイルはウリエルに確認する。


「お前……あいつのことを法王っていってたよな」

「ああ……見間違えるはずがない」

「……フラーグムさん。確認はできるか」

「うん、あれは本人」


法王国天使の二人の確認がとれた。

あれは、法王本人で間違いない様子だ。


「あれは、亜人の魔法の範疇を超えている。なにをした」

「……私もしらない。ただアダムの力を借り……豊穣の女王の力を奪うと……」

「めんどくさいことをしたな。お前らの頭は」

「……」


察しがついた。

法王はアンデットへと変化したのだ。

それによって、あの蝗たちを生み出す力を手に入れたのだ。


だがなぜここにいる。

豊穣の女王の力が必要なら豊穣国に真っ先に向かうだろう。

なぜこんな海にいる。

アーガイルはそんなことを考えた。


「……」


更に蝗は飛来する。

この船を確実に沈める気のようだ。


「……させない!」


終末笛の衝撃により、蝗は灰のように砕け散っていく。

耐久力はそれほど高くはない。

しかし群体ともいえるその群れは多すぎる。

広範囲での攻撃力を持たなくてはいけない。


「……お前らも狙ってみたいだけどどうすんだ?」

「……ウリエル様」


兵士たちは、ウリエルの答えを待つ。

彼らにとってもこの事態は異常だった。

ウリエルは即座に答えをだす。


「撤退だ」

「はい」

「ただし海洋国戦力に手を貸しながらだ。迷惑をかけすぎた」

「了解です!」

「ウリエル……」

「……すまない。現状は私にも読み切れない。今は君たちの力になることで許してくれ」

「……ううん、私はいいよ」

「迷惑料ちゃんと払ってくれるんだろうなぁ?」

「……把握した。私が責任を持とう」


蝗は、まだ飛んでいた。

それは海洋国にまで届いていた。


「今の現状は危険すぎる。私以外の天使。四人にも話は通す」

「おお……天使全員の力が借りられるなら助かるよ。な、フラーグムさん」


しかしその声にフラーグムは応じなかった。


「……どうしたんだ。ラグエル」

「……なんかとても嫌な予感がするんだ」

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