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ヒューマンヘイトワンダーランド  作者: L
六章海洋国編
201/231

二十六話「拒絶の怪物③」

セーリスクは、【応剣フラガ】を握る。

残った片腕で、万力を込めた。


「頼む……っ!」


機兵大国からの相棒だった剣に願いを込めた。

その間も、左腕からは出血が続いた。


「……っ」


何度も何度も救われた。

助けてくれてありがとう。

でもまだ足りない。

もっと力を貸してくれフラガ。

そう考えた瞬間。

自身の後ろから声が聞こえた。

自分の背後に確かに存在を感じた。


「これで最後だよ。……ごめんね力になれなくて。君はもう耐えきれない……限界なんだ」


その声には、哀しみがあった。

そして自分はなぜかその人物を知っているような気がした。


「え」


思わず声を出してしまう。

その現象が、あまりにも唐突すぎた。

だが自分は、その人物がだれであるか理解できた。


「……フラガ?」

「あと少し。あと少しなら大丈夫。そこからは……駄目なんだ。ごめんなさい」


その声は、優しい女性の声であった。

そして同時に強さをもつような人の声だ。

その気配は、即座に消えた。

応剣フラガの魔力が消えるのを感じ取った。

腕からの出血はなくなっていた。


「……助けて……くれた?」


冷気によって、血液は凍っていた。

左の肩から、冷気が零れる。

水滴が一滴一滴その端に付着し、形を成そうとしていた。


「腕が生えてる」


いや正確には、腕が再生しているのではない。

腕のような形をした氷が、腕から作られているのだ。


「うっ……?」


目に激痛が走る。

それは、魔眼になりかけていたはずの眼だ。

フラガを介することでしか、使用することのできなかった目。

それにいま、魔力がこもっていた。


「フラガ」


しかしもうフラガが応じることはない。

いままでは呼びかけることで、何かしらの反応があった。

もうそれを感じ取ることができなくなっていた。


胴体を起こす。

不思議と体に力が入る。

血液の出血はなくなり、体の疲労感は消えていた。

自分本来の腕は欠損している。

しかし同じ場所からは、氷の肉体が生成されていた。


「そうか」


強く願う。

強く意思を持つ。

この世界におけるその行為の意味を理解してしまった。

ペトラとの会話を思い出す。

自分の肉体の限界というものを。


「これは……いえないな」


それは、悟りに近いものであった。

フラガは、先ほど自分に教えてくれた。

もう耐えられないと。

終わりがもう来ている。

追いつかない力で、追いつこうとした代償がもうすぐそこまで来ている。


魔力の暴走と、度重なる戦闘で酷使された自分の体はもう限界だったのだ。

最後の祈り。

それは、自身の体に亀裂をいれる決定打となった。


「……ああ」


ライラックの顔がよぎる。

もうおしまいだ。

そう思った。

高揚感の中に、絶望が混じっていた。

ここから先、どうあがいても彼女を苦しめてしまう結果になる。


「……」


でも感情は不思議と、楽だった。

体は最適化されていた。

とても楽で、自然でいられた。

動きは軽く調整はいらない。

今なら自分の意思で使える。


「先輩!」

「え?」


目に宿った魔眼の能力を。

魔眼に魔力を込める。

それは【凍結】の力。

目の前の事象。

全てを凍らせ、停止させる魔力の力であった。


「【凍結】せよ」


その場にいた三人は、後ろの違和感に気がつく。

先ほどまで、倒れこんでいたはずのセーリスクから途轍もない魔力を感じたからだ。

イグニスは、彼に問う。

彼の行動が一切読めなかったからだ。


「セーリスク……!?なにを!」


そして、冷気は放たれる。

シェヘラザードの足が凍りついた。

冷気はさらに彼女の身体を凍らせ続けた。


「魔眼……っ」


骨折りは、セーリスクの魔眼をじっと見つめる。

いままで、その眼に疑問は抱いていた。

しかし彼の眼からは強い魔力を感じることはできていなかった。

それは、彼に魔眼を開放する力がないからだと勝手に解釈していた。


今彼はその能力を使いこなしている。

シェヘラザードに腕を奪われてからなにがあった。

しかし今はそんなことを問う時間はない。


「行けるんだな!セーリスク!」

「はいっ」

「ならいい!」


問う時間も、迷う時間も無意味だ。

その時間が、惜しい。

問題は、今彼が動けるかだ。

致命傷を負ったと思ったが、なにもなさそうで安心した。


「待って……待って……」


イグニスがなにかを話そうとする。

彼女は、とても混乱していた。

話したくても、口にだせない。

そんな恐れを抱いていた。

この場で彼女だけが、セーリスクの現状に気が付いていた。


「先輩?」


骨折りは彼女が喜ぶと思っていた。

しかしイグニスは、先ほどよりも大きな悲しみを持っている様子だ。

セーリスクはその様子に気づき、深く真剣な声で答えた。


「……後で話します。イグニスさん」

「……うん……」


彼女は、茫然とその受け答えをする。

セーリスクの今の現状に衝撃を抱いていた。

後悔や、恐れ。

そういった感情がイグニスの中に渦巻いていた。


「集中してよね!先輩」

「くるぞっ」


シェヘラザードは、自身の体を反発させる。

その獣のような巨大な図体は、宙に浮いた。


「自壊させてるっ」


体は、吹き飛び凍りついた肉体は、崩れていた。

崩れた肉体は、地面に落ちその破片を散らす。

再び肉体は生成される。

距離をとり、彼女は着地する。

凍りつき破壊された肉体は、既に再生を終わらせていた。


「【ハプルーン・トイコス】」

「【ラファーガ】!」


弾かれた空気の弾は、風の槍により打ち消される。

そしてイグニスは、前に出る。

身体と、剣に風を纏い剣を振る。

シェヘラザードは、それを視認し杖の先に反発の魔法を付与した。

しかしセーリスクはそれを遮った。


「何度でも凍らせてやる」


彼は再び同様に、【凍結】の能力を使用する。

シェヘラザードの腕が、凍結する。

このままでは、肉体が凍りつき再生ができない。

彼女は、そのことを理解していた。


「ううっ……ううう」


彼女はうめき声をあげる。

それは、寒さに震えていた。

よだれを垂らし、セーリスクの冷気に苦しめられていた。

再生したはずの肉体も再び凍り付き始める。

冷気が身体に損傷を与えていた。

動きが鈍った瞬間をイグニスは見逃さなかった。

斬撃が、シェヘラザードの四肢を斬る。


「あああ!!!」


胴体や腕からは血液が溢れ出し、それは冷気により凍結していく。

イグニスはさらに攻撃を与えようとした。


しかしシェヘラザードは、全身に反発の魔法を広げていく。


「……っ」


それにより、イグニスは体を弾き飛ばされた。

威力はそれほど強く感じない。

ただイグニスを引きはがすことで必死だ。

彼女は再び、強い拍手をする。

それは、拒絶の壁を作り出すときの動作。


「避けろ!」

「大丈夫です」

「え?」


骨折りは、全員に回避の指示を出す。

しかしセーリスクはそれを遮った。

直感で理解していた。

凍結の魔眼と、彼女の魔法は相性がいいことに。


「【リジェクト】」

「【凍結】せよ」


一切怯むことなく、シェヘラザードの魔法を視認する。

空気のねじ曲がるような高い音が聞こえる。

そのあと、空中でなにかがはじけた。


「!」


押しつぶされた空気の壁は、セーリスクの【凍結】により破壊された。

空気そのものの停止。

シェヘラザードの魔法は、こちらに来ることはなかった。


「お前最高だよ」

「有難うございます」


骨折りが、セーリスクに賞賛の声を送る。

二人は、シェヘラザードに攻撃を与えるために近づいた。

シェヘラザードは、【リジェクト】がもう通じないことを獣の本能として理解。

そして学習した。


「【パフルーン・トイコス】!!!」


空気の弾を連射する。

数十個に上る風弾が、発射された。

それは、地面を抉り壁に穴を開けた。


「数で攻めるか」


ラミエルは高速の速度で、それらすべてを躱した。

【リジェクト】ほどのスピードや、破壊力はない。

それを躱すのは、容易であった。

イグニスも、風を纏った剣によりそれらを切断する。


「【グラキエース・パシレウス】」


彼は、氷の王として剣を振る。

冷気が暴発する。


「【グラキエース】」


まず大地に小さな氷山を作りだす。

それにより、いくつかの風弾を防いだ。

シェヘラザードは、氷山に狙いを定めそれを破壊した。

氷粒が、散る。

崩れた後には、セーリスクが立っていた。

そして彼の攻撃の準備はすでに終わっていた。


「全て凍れ!【オムニス・ゲロ】!」


左腕に冷気を集中させる。

それは、受けたもの全て凍らせる。

氷の世界そのものであった。

冷気を直接食らったシェヘラザードは、その肉体の機能の停止を体感する。

彼女は自身の体を動かそうとした。

しかしその体は、極度の寒さにより動作していなかった。


「【グラキエース・ラミーナ】!!」


動きが停止した彼女に対し、セーリスクは氷の剣を飛来させる。

その剣は、シェヘラザードの下半身を破壊し続ける。


「【業火】よ」


骨折りは、業火を自身の剣に宿らせた。

そして、彼女の肉体を半分に両断した。

獣の形をしていたそれは、大地に肉体を散らす。


上半身だけが、地面に転がる。

シェヘラザードは、まだ足掻こうとしていた。

だが動けない。

腕は、既に凍り切っていた。

地面に落ち、それでも何かに向かっていた。


「あ……あああ」


アンデットと化したその脳は、何を考えているのだろう。

何を感じているのだろう。

骨折りは、剣を振るその直前に彼女の眼を視認してしまった。

その眼にこもった感情がなんなのか。

自分には当然知ることができなかった。


「……お前は」


ネイキッドの最後の言葉を思い出す。

死ぬ前に、シェヘラザードのことを助けてやってくれと頼まれた。

だが、もうすでに彼女はアンデットになっていた。

セーリスクの魔法は、彼女の再生を妨害していた。

このままほおっておけば、彼女は確実に死ぬだろう。


「……もう助けられないなら……」


骨折りは、優しく業火の火をシェヘラザードに点火する。

緩やかに、その火は体に広がっていく。

アンデットの肉体は、浄化されていた。

そして状態は収まっていく。


「私は……」


彼女ははっきりとした意思を取り戻した。

肉体の再生は止まっていた。

傷は当然ふさがっていない。

彼女の死という結末は変えられていない。

骨折りは、最後の猶予を無理やり生み出したに過ぎないのだ。


「シェヘラザード。お前は……」


骨折りは、彼女に今の現状を伝えようとした。

しかし、彼女は首を振る。

もうすでに、自分になにがあったのか理解していたのだ。


「……もうわかっています。自分に起こったことも、なにがあったのかも……」

「そうか」


骨折りは何も言わなかった。

ただそれに、頷いた。


「……」

「なにかいいたいことは……?」

「なにもありません。ただこの世界が憎かった。自分はこの世界では笑うことができませんでした。彼といれば、なにか……変わると思った。でも……有難う」

「ああ」


彼女は穏やかな笑みを浮かべていた。

そして彼女は灰となり、消えていった。

肉体は、跡を残さず。

感謝を残し、なくなっていく。

シェヘラザードは、死んだ。

その場にいた全員は、その光景をただ見ていた。

数秒たったとき、ラミエルが言葉を漏らす。


「……終わったの?」

「ああ。終わった……」

「やったぁ……」


全員の力が抜ける。

この場での危機はなんとか乗り越えたようだ。


ラミエルは、【雷霆】の魔法を解除し地面に降り立つ。

着地し、アラギを離した。


「……有難う」

「いいよ。別に」


アラギは、この戦闘の間自分のことを守ってくれていたラミエルに感謝を述べる。

ラミエルは別に気にしていなかった。

イグニスならそれを望むだろうと思い行動しただけだ。

それに、マールと同じ年ごろの子供だから猶更気にすると思った。


「助けたことには感謝をする。だがこれで借りは終わってない。わかってるな?」

「……いちいち指摘しないでくれる?君ほど馬鹿じゃないからさ」

「は?」

「あ?」

「二人ともちょっと黙ってて」


そんな風に喧嘩をする二人に対して、イグニスは怒りをみせる。

彼女にはひとつ、彼に対して問い詰めることがあった。


「えっ」

「先輩ごめん……怒らないでよ……ごめん……」


イグニスは、セーリスクの腕を掴む。

そして彼を睨んだ。

セーリスクは、このことに関して偽るつもりはなかった。

もうそれに意味はないと考えていた。


「これは……どういうこと」


それは、イグニスにとって明らかな違和感であった。

無くなったはずの腕は、氷に置き換わっていた。

しかし、それはただの氷ではない。

肉体そのものとして使用することのできるもの。

完全な肉体の再生に近しいものであった。

セーリスクの魔法の威力は、イグニスも認めるほどだ。

しかしこれほどの精密性は、彼は保持していなかった。


見合わないどころの話ではない。

外部からなにかを与えられた。

それも異常な存在から。

それが、イグニスの感想だ。


「……」


セーリスクはそれに答えることができなかった。

骨折りも、ラミエルも言葉を発することができなかった。

イグニスが本気で怒っていることがわかったからだ。


「答えて」

「……ともかく願ったんです。治ってくれと。早く戦いたいと。そしたら声が聞こえて」

「……え……」


イグニスはその言葉を聞いて、戸惑う。

彼の言葉の意図が理解しきなかったからだ。

いや理解したくなかったのだ。

しかし、骨折りはそれに指摘する。


「……【世界の意思】に触れたのか?」

「多分違います。あれは……【応剣フラガ】に宿る意思だと思います」

「国宝級の元になった人物か……」


骨折りは、少し安堵する。

セーリスクが、自分と同じ経験をしてなかったからだ。

【世界の意思】が禄でもないものだと身をもって思い知っている。

だからこそ、そうではないことには喜びを覚えたいが。

まだ情報が足りていない。


「そいつは……そいつとはなにを話した?」

「……もう力になれないと。僕はもう限界といわれました」

「……えっ……ああ……なんで」


イグニスがその言葉を聞いた瞬間。

涙を零す。


「先輩……!?」

「大丈夫?」


ラミエルとアラギが、泣いているイグニスを心配する。

彼女は、大粒の涙を何度も落とす。


「そ、……それは本当なの?冗談なら許すからさ……」

「いえ。自分でもわかります」

「違う……」

「僕はもう……これ以上生きることができないと」

「……っ」

「イグニスさんも……それを本当はわかってますよね」

「……そんなこと言わないで……」


頭が回らない。

言葉を話している感覚がしない。

彼の言葉が、脳から滑り落ちている感覚だ。


前々からセーリスクが、自分の魔法に耐えることのできない体だとは知っていた。

ペトラとの協力や、機兵大国で応剣フラガを手に入れることでそれを防ぐことができたと思っていた。

でももうわかる。

セーリスクは短期間で、自分を上回る強者と戦いすぎた。

これ以上、彼の体は耐えることができない。


「私は……!ライラックにどう謝ればいいの……?」

「……」

「ねぇ……?」


セーリスクは何も言うことができなかった。

イグニスが、自分のことを友人として大切に思っていることも。

ライラックとの仲を心配してくれていることも。

いままでの絆も。

わかっている。

だが、培ってきたそれらがイグニスの心を深く傷つけた。


「ねぇ!?」


行き場のない怒りをただセーリスクにイグニスはぶつける。

それが無意味であることもわかっている。

ただそれなのに、怒ることしかできなかった。

そんな自分が情けなくて、惨めだった。

なにかできないのか。

なにもできないのか。

そんな自分が、ひたすらに悲しかった。


「ごめんなさい」

「……っ。なんで……なんで」


イグニスは、体に力が入らなくなることを感じる。

そのまま体を下に落とす。


「先輩。無理しないで……」

「イグニス。落ち着け」


骨折りは、セーリスクに問う。

彼の現状がいつまで持つのか。

その確認がしたかった。


「……その体、どのくらい持つ?」

「戦いが終わるまでは……数日は大丈夫です」

「そうか……」


言葉に詰まる。

絶対に死ぬ。

そんな運命を抱えた友人に対して、どんな言葉を尽くせばいいのかわからなかった。


「……一度帰ろう」


戦いに勝ったはずなのに、虚しさだけがその場に残っていた。

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