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ヒューマンヘイトワンダーランド  作者: L
六章海洋国編
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二十五話「拒絶の怪物②」


「あああああ!!!!!」


その怪物は、叫ぶ。

ただ痛みに悶えていた。

目から血液が流れる。

それは、涙のように地面に垂れていく。


その光景はただ不愉快で、おぞましかった。

その異様の姿に、その場にいた五人は言葉を発することができなかった。


「……」

「随分と醜い姿に鳴ったもんだな。シェへラザード」


骨折りは、その怪物に対して言葉を語る。

当然シェへラザードはその言葉を理解できていない様子であった。

ただ茫然と彼女はつぶやく。


「あ……ダムさ……ま」

「……」


彼女は、いま一体どんな感情なのか。

その呟きがどんな意味を持つのか。

その場にいるものには、わからなかった。

ただ哀れだと感じた。


「……構えろ。お前ら。早めに終わらせる」

「わかった」


腐臭が、あたりに散らばる。

獣王の時と同じだ。

重度のアンデット化による影響。

元々の人の形を失う。

怪物となり果てた姿。

肉体は崩れかけている。

しかしそこから、再生は始まっていた。

再生と崩壊。

その連鎖は、醜い。

彼女は、魔法の詠唱なしに魔法を放った。

その瞬間、空間に歪みが生じる。


「ラミエル!!!」


イグニスは、即座に空気の流れの変化を読み取った。

ラミエルに指示を出す。

そしてラミエルも、即座に彼女の言葉の意図を理解した。


「うん!」

「えっ」


ラミエルは、アラギの体を掴む。

そして、雷の速度で回避する。


「ごめんっ!我慢して!」


空間が歪に歪み、風は強く弾かれた。

空気の弾丸が、いくつもこちらに接近した。

空気そのものが、弾ける音が何度も聞こえた。


「【ぺルド・フランマ】!」

「【ラファーガ】!!」

「【グラキエース・ラミーナ】!!」


三人がそれぞれ特有の魔法を発射した。

炸裂音がその場に広がる。

土煙がその場に舞う。

空弾のいくつかは、壁に大穴を開けた。


「攻めるぞ!」

「ああ!」


シェヘラザードは、空気の壁を前に生成しすべての攻撃を防いでいた。

獣王国の時もみた。

拒絶と反発の魔法だ。


シェヘラザードは、さらに大きな叫びをあげる。


「……っ!!」


鼓膜が破れそうだ。


「この子は私に任せて。先輩!」

「ああっ」


ラミエルはアラギと共に、距離を取っていた。

じっと骨折りはラミエルを見る。

彼にとっては正直不信感の方が強い。


「……あいつで本当に大丈夫か」

「速度なら私よりラミエルの方が速い。彼女の方が安心だ」

「理屈はわかる」


イグニスは、シェヘラザードの攻撃がアンデット化した獣王と同等。

もしくはそれ以上と考えていた。

骨折りがラミエルのことを信じることができないのは当然だ。

しかし速さなら彼女の方が上。

安全さを考えるなら、ラミエルに任せた方がいいと考えた。


そしてイグニスは、ラミエルのことを信じていた。


「あの子はもう私のことを裏切らないよ。大丈夫」


彼女はそう断言する。

そして骨折りもそれを信じた。


「ならお前を信じるよ、もう疑わない」

「有難う」


シェヘラザードは、獣の姿となった下半身に力をいれる。

大地を踏みしめて飛んだ。


「回避!」

「了解!」


跳躍し、その肉体は躍動する。

そして大地に着地した。

地響きがその場に広がる。

船自身が大きく沈む。


「くっ……」


平衡感覚がおかしくなりそうだ。

異形の体と化した彼女の体は相当の重量を持っていた。

その影響か、地響きはかなり大きくなっている。


こちらが混乱した一瞬。

彼女の杖は、ある人物を狙っていた。

その標的は、ラミエル。

厳密にいえば、ラミエルの守っているアラギを狙っていたのだ。


「……こいつ!アラギを狙っているのか!?」


高速で、狙いの定まらないラミエルを狙う理由はそれぐらいしかない。

骨折りはシェヘラザードに距離を近づける。


「……っ」


彼女の攻撃を妨げようとしたのだ。

シェヘラザードは、自身に接近する骨折りを視認する。

彼女は口を開く。

その口からは、眼と同じように血液が漏れていた。


「【ハプルーン・トイコス】」


かすれた声で彼女は魔法を詠唱した。

その場に破裂音がする。

骨折りめがけて空気ははじき出された。


「おらぁ!」


骨折りは、業火の剣によりそれを断ち切る。


「ラミエル!」


攻撃はまだ終わっていない。

ラミエルの方向にも、空気の弾は発射されていたのだ。

三つの球体が、彼女へ向かう。


「【雷霆】よ!!」


ラミエルは、自身の周囲数メートルに雷の膜をはる。

電撃が、激しく音を鳴らす。

そして電撃と空気の弾がぶつかり合う。


「うっ……!」


反発の魔法により、空中にいるラミエルの体は激しく揺れていた。

羽根による制御は、酷く乱れていた。


更に球体が衝突する。

ラミエルは必死に、少女を腕に抱えアラギを守る。

徐々に体のバランスは崩れだす。


「だ、大丈夫……?」

「……っ!気にしないでね!」


苦痛の顔が表れていた。

セーリスクとの戦闘で、無意味に魔力を放出した。

その結果が、いまより色濃くでていた。


「……あっ……あ」


シェヘラザードはなにかを発動しようとしていた。


「ラミエル!こっちへこい!」

「えっ……」


骨折りは、察知する。

その魔法が回避しなければいけないものであることを。

それは、拒絶の魔法。

シェヘラザードは、強く一度だけ拍手する。

その力はすさまじく爆音が船に広がる。

イグニス達の髪が揺れる。


「なっ……」


風圧は、その魔法の存在感を表していた。

シェヘラザードの手の中には、なにか薄い四角の物が完成する。

そしてそれを人一人分のサイズにした。


「【リジェクト】」


シェヘラザードは、それを突出する。

ラミエルは、それを一目みて即座に、雷を全身に纏う。

その攻撃が、自分の魔法では耐えきることのできないものだと理解した。

そして一秒にも満たない時間で移動を開始したとき。

後ろの壁は、その先が見えるほど抉りとられていた。


「……っ!」


回避だけを考えてよかった。

判断が、一瞬でも遅れたら死んでいた。

その場にいた全員がそう考えた。

【拒絶】と【反発】。

その二つを組み合わせた魔法 。

それは生命の拒絶。

不死のアンデットにすら死を与える概念であった。


「……」


骨折りは、シェヘラザードの魔法に危機を覚えた。

あの魔法を体感したら自分の命は再生できずに消えることだろうと。

発生までの動作はわかりやすいが、そのあとが早すぎる。

あの攻撃は、自分でも耐えることができない。


「……俺への対策ってことか」


威力としては、余分すぎる。

明らかに自分を意識してのことだ。


「乗ってやるよ。アダム」


アダムは、豊穣国で待つといっていた。

自分がシェヘラザードを倒すことが当たり前のように言葉を語っていた。

なぜ彼は、シェヘラザードと共に自分と戦わない。

なぜ困難を一つずつ与える。

もう答えはわかっている。

俺という玩具で遊びたいのだ。

困難を乗り越えさせて、苦しめて。

強くなった自分と争いたいのだ。

数百年前の戦いで、結果を覆されたことを彼は相当恨んでいるようだ。


過程と結果に、快楽を持たせる。

それがアダムのやり方で、楽しみ方だ。

そして恐らく、豊穣国にはもっと大きな脅威が待っている。

シェヘラザード以上の壁。

最悪の想定は、二つの脅威。

法王と豊穣の女神アーティオのアンデット化。

彼の狙いはそれだ。


「……全員聞け!」

「なんだ……?」

「手短にね!」

「アダムの目的は、アーティオと法王をアンデットにすることだ!」

「!!」


その場にいた三人の顔色が変わる。

骨折りの推測が、予想外だったようだ。


「唐突ですね……」

「……だが納得だ。方法はともかくとして、こいつと同等の脅威が二つ増えることになる」


イグニスは、それに対して疑問を感じなかった。

むしろ当然だと考えた。

獣王をアンデットとして、こちらへの対抗手段にしたアダムだ。

そういったことをしてもおかしくはない。


「あいつは、シェヘラザードを倒すことを当たり前のように語っていた。あいつにはまだ切り札があるんだ」

「……それが、法王様とデア・アーティオのアンデット化ってこと!?」

「そうだ」


アダムは、最初からこの世界を滅ぼす力など持っていた。

でも、彼はひとつひとつ手順を踏み自身の野望をかなえようとしていた。

それはなぜだ。

アーティオが彼にとっての最大の壁で。

その壁を壊す手段がもうできたのだ。

だからこそ、不要なシェヘラザードはここで使うことにしたのだろう。


「急いで倒す理由が増えた」

「……ああ」


シェヘラザードはこちらに突進してくる。

骨折りは武器を構えた。

一歩一歩。

彼女が大地を踏みしめる度に、地面は割れた。

地面に振動が響く。

彼女は、その上体を逸らし大きく杖を振る。


「くっ……」


骨折りの剣と杖がぶつかりあう。

そして杖の先端から放たれたのは、反発の魔法。

骨折りの体は大きく弾き飛ばされた。


「骨折りさん!」

「大丈夫だ!敵を見ろ!」


体を回転させ、骨折りは受け身をとる。

彼女に身体に攻撃を与えるためにはまず反発の魔法を突破するしかない。

その魔法を打ち破るための魔力が必要だ。

骨折りは剣に業火の魔法を再び宿す。

そして剣を振り、シェヘラザードに業火を放つ。


「!」


シェヘラザードは、それを察知し自身の前方に壁を張る。

業火の魔法を弾きかえそうとした。


「無駄だ」


シェヘラザードの壁の魔法は確かに一度骨折りの業火を防いだ。

しかしそれは、蝕んでいた。

端から、炎は移りだす。

そしてシェヘラザードの両腕に点火した。

浄化の炎は、不浄なる肉体を燃やし尽くそうとしたのだ。


「!!!」


シェヘラザードは絶叫する。

アンデットの身体を、その業火は燃やし尽くしていた。

明確なダメージを初めてここであたえる。

それは確かな隙であった。

イグニスとセーリスクは、それを感じ取った。


「いまだ!」


セーリスクは応剣フラガの能力を開放する。

全身に冷気を放出し、氷の剣を生成する。


「【グラキエース・ラミーナ】!!」


十本の氷剣が、空中の水分から作られた。

それは、シェヘラザードの胴体を狙う。


「【裂空】!」


イグニスも剣を振り、風の刃をシェヘラザードに発射する。

氷の剣は、シェヘラザードの異形の肉体に突き刺さり血液が噴き出す。

その血液は、体内から排出されたと思えないほど黒かった。

そして腐臭を持っていた。

思わず息を止める。

風の刃は、シェヘラザードの足を半分に断つ。

彼女は全身のバランスを崩し、前足の膝をついた。


「……」


そのとき、セーリスクの足は止まった。

彼女の正気を失った目にとらわれてしまった。

感情も正気もない。

狂気といえるものすらない。

深淵とはこれなのか。

理解できない目。

理解してはいけない目。

今の彼女には何が宿っている。


「はっ……は」


その虚無にセーリスクは何かを感じた。

呼吸が浅くなり、集中が乱れる。

深淵を覗き込んでしまった。

いやそれが怯えといえる感情なのかわからない。

ただ思考を奪われた。

イグニスはすぐにそれを理解した。

セーリスクの動きが違うことを認識する。


「足を止めるな!!」


彼女の言葉で、現実に引き戻された。

そして遅れた一秒にみたない時間は、セーリスクの一部を奪った。


「あ」


シェへラーザードは、自らの腕を【拒絶】の壁によって切断する。

そして数秒もない一瞬で、腕の機能を回復させていた。

彼女は、口からこう言葉を詠唱する。


「【リジェクト】」


先ほどと同じ壁が、生成される。

そしてその壁は、セーリスクに狙いを定めていた。

不可視の壁は、彼に迫る。

目に映り、認識した。

その刹那で、自分の命は削られていた。


「フラ……」


声よりさきに、フラガは能力を開放していた。

それでもフラガでも反応しきることができなかった。

自分の居場所が数十センチずれたと思った瞬間。

セーリスクの左腕は吹き飛んでいた。

鮮血がその場に散る。

イグニスと、骨折りは親しい人物の肉体が空間に散らばっていく様をじっと見つめてしまった。

それは、悲しみの感情ではなかった。

こんな時がきてしまった。

防ぐことのできない自分への絶望であった。


「っっ!!!!!!!」


激痛が足元から脳天に響く。

地面に血潮が零れ落ちる。


「どうしたの?」

「みちゃだめ。お願い。わかって」


ラミエルは、アラギの眼と耳を防いでいた。

それを予期していたせいか。

アラギは何も気が付いていない様子だ。


ラミエルとイグニスには、高速の移動手段がある。

骨折りには、多大な戦闘経験が。

しかしセーリスクにはこの場で生きるための手段がない。

【リジェクト】。

その魔法をみたとき、何かがあるとは思っていた。

だが恐れのせいで、それを口にだすことをためらってしまった。


「いた……っ。痛い。あれ……なんだこれ……まじか。なんだよっこれ……」


思考が混雑する。

あれ。

今はどこにいる。

シェヘラザードとの戦いで。

なにをしたっけ。

両腕をついて立ち上がろうとする。

しかし転んだ。

転んだ先で、顔を擦る。

その顔には血液が多量に付着していた。


なんで。

そうだ。

片腕がないんだった。

自分が目を向けた先には、ずっと使っていたはずの左腕が消えていた。


「セーリスク!!!!!!」


イグニスが悲鳴に近しい声をあげる。

彼を助けなくては。

たとえ命の危機になっても、彼だけは助けなくてはいけない。

使命感に近しいその感情は、強い絆であった。

あれほどセーリスクは生きて返そうと思っていたはずなのに。

そう思うと涙が零れていた。

しかし彼は大声でそれを拒絶する。


「骨折りさん!!イグニスさん!僕は!!!大丈夫です!から!!」

「……っ!」


イグニスは困惑し、なにかを必死にこらえていた。

彼女は今にもこちらにかけよりそうだ。

骨折りも複雑そうな顔をしていた。

アラギとラミエルを必ずまもらなければいけない以上。

セーリスクに回す余裕はない。

それくらい自分でもわかる。

だから助けを否定した。


「……うごけ……っ」


嫌だ。

こんな場面でまで足手纏いになりたくない。

僕は。

何のためにここにいる。

戦うためだろ。


「動けよ!」


抗うためだろ。

起きろ、セーリスク。

今までの戦いを乗り越えた意味はなんだ。


歯を食いしばった。

奥歯で何かが砕ける音がする。

砂利のような何かが、口に感じる。

それらを一切無視して、彼は強く意思を持つ。


「力をかせ!フラガ……っ!!」

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