二話「恐怖と救出」
また朝がきた。
いつの間にかに少女は寝ていたようだ。
さっきあった出来事は夢だったのか、男はどこにもいなかった。
男がいたという確実な証拠もないので、兵士たちは特に違和感を持っていないようだった。
少女も夜の出来事が夢のように思えてならない。
夢か現実か戸惑いながらも瞼をこする少女の前に
今日の分の食べ物と水を持ってくる兵士がきた。
「言葉の分からないお前にいっても意味がないとは思うが、明日お前の死刑が執行される。
…お前もこんな世界になんかいたくないだろう。せめて終わりだけは安らかに死ねよ」
例え思惑はどういったものかわからなくても、
そこには少しばかり情という暖かいものがあった。
少女はそれにも戸惑いを覚えた。
初めて触れるものが多いなか少女は遠い昔のことを思い出す。
子供のころ名も知らない兵士さんにお話をされていた。
その兵士さんはとても優しくて、
ただその人といる時間がなによりも心地よかった。
少女にとって終わりの最後の朝がきた。
少女は兵士によって処刑場に連れていかれるようだ。
歓喜のこえが沸く。
民衆はひとりの少女の処刑というものを大層喜んでいるようであった。
「【人間】を殺せ」
「この世からその種族を根絶やしにするんだ」
少女は現状が全く分からなかった。
【人間】という種族が一体何をしたのか。
少女は怯えた。
この人々は少女を憎んでいる。
少女だからではく【人間】だから。
【人間】はそれほどまでに罪を残したのだ。
無知なる一人の少女に。
少女は恐怖を生まれて初めてもった。
体の端から端まで。
腕が、手が、体の全てが震える。
肺が締め付けられ、圧迫感を感じた。
少女は生き物の恐さを恐怖を知らなかった。
「あ…あっ」
目の前の光景にただ何も言えなかった。
過去を思い出し身が震える。
恐怖心しか体の中身からでなかった。
少女は世界の恐ろしさを今再び知ったのだ。
「これよりこの世で最後の人間の死刑をおこなう。これを見よ。この卑しく、醜悪なひとの姿を。われわれの祖先を、侮辱し、軽蔑し、滅びに至らしめようとした愚かな人間の最後の一人を」
歓声があがる。
集まった群衆は豪華そうな服を着た一人のライオン男の演説に魅了されている。
まるで少女の死刑を、見世物のように楽しんでいるようだ。
「今からこの一人の人間は処刑に処される。この世から人間が一人も残らず
消えるのだ。祖先が何千年も待っていた。この瞬間がいま果たされる。喜べ同志よ」
歓声で空気が震える。
この場の人々は一人の少女の死を心から祝福していた。
自分一人の小さな力では、変えることのできない世界。
だが一人の死によって世界を変えるという願いを叶えようとしている。
「それでは、執行人よ。この人間に草を踏みちぎるような哀れさで死を与えろ。生きているのもかわいそうだ」
執行人が少女の首に大きな剣を携える。添えるように優しく剣を首に乗せる。
執行人が腕に力を込め、剣を空中に浮かせる。
少女の首がいま斬られようとしたとき
「すまないな、遅れてしまった」
颯爽と一人の骸骨の仮面を被った男が現れた。
その男は、場の空気を感じることなくあくまで自然にその場に散歩にきたかのように
少女に声をかける。
執行人は、ばたりと倒れてしまった。
いつの間にか骨折りによって意識を絶たれたようだ。
「なっ…こんな素晴らしき日に乱入するのは誰だ」
「国王よ。『骨折り』が現れました! 【骨折り】です!」
「なに骨折りだと。なぜこの国にいる!」
骨折りと呼ばれた男は大きく叫ぶ。
それは堂々とした声であった。
多数に怯えることのない、個としての強さを持つ声であった。
「人一人の命を大勢の目の目で殺してなにになる。人間がしてきたことがこの少女のしてきたことではない。お前らは憎む対象を間違えたんだよ。この長い年月で、お前たちは自分たちこそが優れていると増長してしまったんだ」
「ふん、われらの同志でありながら人間の味方をする異端者の話など誰も聞きたくはないな」
王の声にあわせ民衆が声をあげます。
「そうだそうだ!」
「人間なんか! ……殺してしまえ!」
「どうやら既に答えは出てるようだぞ。【骨折り】よ。その人間なんか見捨ててしまえばいいじゃないか。どうせお前には関係のない者の死だ。お前も我が同胞だろうになぜそやつを助ける」
「悪いがそんなことをするわけにもいかなくてな。俺は可愛い女の子一人救えないようなやつではないんだよ」
「醜い化け物の言い間違えではないのか?残念ながらお前の目は腐っているようだぞ。骨折りよ、おとなしく兵士に捕まってもらおう」
【骨折り】と呼ばれた男に、鎧と武器を携えた多くの兵士が迎え撃つ。
処刑台の上、少女と骨の男を中心に兵士がひしめき合う。
「この状況、さすがの【骨折り】でも厳しくはないのか」
「いいや、敵対するなら皆殺しにするよ」
骨の男は仮面のなかから鋭い眼光を飛びださせた。
これが本当に一人の人間から発せられる威圧なのか。
そんな疑問を持ってしまうほどだった。
骨の男の殺気に兵士たちは心から震えた。
武器も構えていない一人の男の視線だけで民衆は震えあがり、
兵士たちは思わず武器を構えてしまった。
「なんてな」
骨の男は煙玉を投げ、身を隠した。
煙によって二人の姿を視認することは困難になり、声だけが確かだ。
「ほら、行くぞ」
骨の仮面の男は、少女の腕を引っ張り煙の中を駆け抜ける。
その勢いで処刑台からも折りてしまった。
処刑台が謎の騒動で満ちたことで民衆から動揺の声があがる。
「いったい、今何が起きているんだ……?」
「人間はどうなったの?」
「はやく処刑をしろ!」
なにもしらない民衆は、兵士たちに疑問と動揺を素直に向ける。
しかし兵士たちはそれにかまうことなく、侵入者である骨折りに意識を集中していた。
「【骨折り】が逃げたぞ。追え!」
兵士たちも、【骨折り】と少女を追いかける。
「お前らの相手をしている余裕なんてない。ごめんな、ちょっとここにいてくれ」
【骨折り】は少女を抱え上げて、そのまま走る。
少女はいま起きている出来事を完璧に理解できずに、ただ骨折りにされることを素直に
受け止めていた。