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ヒューマンヘイトワンダーランド  作者: L
六章海洋国編
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二十四話「拒絶の怪物①」


「あれ……骨折り?ラミエルも?」


イグニスは、頭を抱えて起き上がる。

頭痛のせいだろうか、顔色はそれほど良くなかった。


「先輩っ!」

「わっ?ラミエルどうしたんだ?」


ラミエルが泣きながら、イグニスに抱き着く。

イグニスは、そのとっさの行動に驚きを持った。

いつもの彼女とは猶更様子が違った。

彼女は続けて言葉を話す。


「本当にっ……ほんとにごめんね。最低のことをした……っ」


イグニスはただ黙ってそれを聞いていた。


「自分勝手だけど、許してほしいんだ……」

「……」


大粒の涙を零して、ラミエルはイグニスに謝罪をする。

イグニスは、そんなラミエルを突き放すことなく優しく受け入れた。


「……話きかせて。何があったんだ」

「ええっとね……」


しかしそこから先は何を言っているのかわからない。

鼻水と、涙でいっぱいだ。

セーリスクはその様子に呆れた。


「はは……」

「落ち着けよ」

「骨折り」


このままでは埒があかない。

ラミエルの情緒不安定さでは、説明もろくにできないだろう。

骨折りは、それをみかねてイグニスに話をする。


「記憶は戻ったのか?」


まずは、イグニスの記憶がどこまで戻ったかの確認。

洗脳が解けていることは明白だ。

しかし、どこまで戻っているのかはこちらでは把握できない。

骨折りは彼女に問う。


「……うん、たぶん。機兵大国でミカエルと戦ったところまでは」


あの時の光景が、そのまま脳に思い浮かぶ。

彼女の顔が忘れられない。

彼女は必死だった。

ただ自分を取り戻そうと必死だった。

自分は、あのときされた行動を完全に否定できなかった。

突き放して一方的に距離を取ったのは自分なのだから。


「それからは?」

「洗脳を受けた後ってことだよな……」


彼女は考え込む。

正直、自分がなにをしていたのかはっきりしない。

骨折り達にそれをつたえる。


「なんだか、夢の中にいたみたいだ。あやふやかな。ごめんな」

「そうか」


骨折りはそれを聞き入れた。

しかしラミエルは納得していない様子だ。


「なんで先輩が謝るんだよ。私のせいじゃん……」


ラミエルは、さらに涙を零していた。

彼女の胸の中には、悲しみの感情であふれていた。

こうしなければいけない。

そういった責任感や願望が薄れた結果。

しなければよかったという後悔や悲しみの感情が一気にあふれ出たのだ。

だからこそイグニスの顔をみて涙を零していた。


「……ラミエルはどうしたんだ?」

「しらね」

「……僕もちょっと」


なんだか様子がおかしいとは思ったが、今回はいつもとは違うようだ。


「……反省したんだよ。先輩を無意味なことに付き合わせてしまったって」

「……えいっ」

「いたっ!?」


イグニスは、ラミエルに対してデコピンをする。

それも風の魔法をしながらだ。

おおきく頭が弾かれたが、大丈夫か。


「今更だろ?……今は、君を問い詰めることはしない」

「……」

「これからは私の味方でいてくれるんだろ?」

「うん……」

「ならいいよ。今は許す」


どうやらイグニスに、ラミエルの怒りはないようだ。

骨折りは少しの戸惑いをみせる。

ラミエルは敵だ。


「本当にそれでいいのか?こいつはアダムの味方だ」

「そうですよ、イグニスさん」

「もちろん。戦いが終わったあとは、なにかしら処罰はする。でも今は、私の手元に置くということで許してくれないかな?」


イグニスは、二人を説得しようとしていた。

骨折りとセーリスクは顔を合わせる。

正直判断に困るというのが、感想だ。

ラミエルは、アダムに与していた。

法王国天使が、彼に協力していた影響は大きいだろう。

しかしここで、ラミエルを突き放すことをして再びアダムの味方になられても厄介だ。

イグニスの心情的にも問題はあるだろう。

二人は頷く。


「わかったよ。それで一応納得はしておく。セーリスクもそれでいいな?」

「はい。二人の判断に任せます」

「おう」

「よかった」


イグニスは、安心した顔をみせる。

ラミエルは、彼女に抱き着いていた。


「今の現状が聞きたい」

「わかった」


骨折りはイグニスに対する説明をする。


「今俺たちは神造兵器の中にいる」

「【バハムート】か?なんでこんな中に」


どうやら、イグニスは【神造兵器バハムート】のことを知っているようであった。

説明が省けた。


「この馬鹿が俺らをここまで呼び込んだってこともあるが……俺の目的は、人間の遺産を調べることにあった」

「人間の遺産……」


ふと目を寄せると、骨折りの傍にはアラギが立っていた。

久しぶりに姿を見る。


「アラギか。久しぶり」

「……うん。久しぶりおねぇさん」



久しぶりにみた彼女の姿は少し大きく育っていた。

身長や、体格が育っている。

マールも同じようになっていたのかなと思った。


「なんでアラギがここに?」

「もちろんそれを調べるためにだ」

「なにか収穫はあったか?」

「それは……」


こつんと足音が響く。

全員がその場所に視線を向けた。


「……構えろ」


骨折りが、全員に目を合わせる。

彼らは、それぞれ武器の準備をした。

骨折りは一歩下がりアラギを守る。


そしてその瞬間に、寒気が走った。

こいつとは関わってはいけない。

そんな恐怖。

生物としての本能が拒否していた。

しかし彼は散歩でもするかのように、こちらに近づいていた。


「やぁやぁ。みんな久しぶりだねぇ。話は終わったかい?」


さわやかな笑顔で彼はこちらに笑いかける。

当然親近感など湧いてはでてこない。

嫌悪の感情だ。


セーリスクは、眼を見開く。

なんだこいつは。

えもしれない恐怖が身に迫る。

アラギを初めてみたときとはくらべものにならない恐怖。

呪いが纏わりついているのではない。

こいつこそが、この世界の呪いの根源だ。


「アダムっ!!」


骨折りは、敵意を全開にする。

因縁の相手が、目の前に現れたことに対する憎悪。

それらは、業火の火として体に発現していた。

しかし彼は、そんな骨折りをみても一切様子を崩さなかった。


「そういきりたつなよ。発情期の犬だってもっとまともな顔をするぜ?」

「……全員下がってろ。セーリスク。ラミエルを守れ。イグニス。その子を守ってくれ。頼む」


骨折りは、指示をだす。

絶対にここでこいつを倒す。

そう気迫にあらわれていた。


「まぁ、まちなよ。今は話をしにきたんだ」

「……」

「アラギちゃん。そしてセーリスク。はじめましてだね」

「……ひっ」

「アラギ。目を合わせるな」

「不審者みたいな態度やめなーい?傷ついちゃうよ」


アダムはなく振りをする。

しかしそれは当然嘘だ。

彼はアラギに対して関心を持っていなかった。


「いやーまさかびっくりだね。今の時代でも起動する施設があったなんて。調査不足だったよ。まあ、内容はどうせ大したことないだろう?ろくな情報を持っていないはずだ。あいつらは」


内容まではしらないはずだ。

彼はきっと憶測で話をしているのだろう。


「生みの親に対して、随分な態度じゃないか」

「生みの親だろうが、育ての親だろうが。僕にはどうでもいいよ。価値観や思想が合わない人物に拘り続けてもろくなことはないだろう?」

「お前もたまにはまともなことをいうんだな。どうだ?それを最後の遺言にするのは」

「んー。悪いけど遠慮しておくよ。せっかくだし君の墓にかいたら?」

「……」


一切アダムから攻撃の気配が読み取れない。

それが不気味に見えた。

攻撃をすることができない。


「ところでさそこの人間が生まれた理由。気にならない?骨折り」

「……なんだ?」

「まさか数百年前の道具がまともに動くとでも思ったの?」


まさかと思った。

そしてその事実は、骨折りの怒りを爆発させた。


「動かしたの僕だよぉ。馬鹿だよね。あの女も」


その顔に苛ついた。

怒りが、殺意に絡み合う。

いつの前にか、彼に剣を振っていた。

アラギがこんな世界に生まれたのも、苦しむことになったことも。

原因もいまの結果も。

全部こいつのせいではないか。


「お前は!!!!絶対!!!!絶対!!」

「ははっ、単純」


アダムは障壁を張り、その攻撃を防ぐ。

そして弾かれて宙にういた骨折りの体を何かが掴んだ。

そのまま彼を振り回し、壁に投げる。


「ぐっふ……」


そのなにかは、肉の塊だった。

ただそこには、爬虫類のような鱗がついていた。

肉の触手は、ぐねぐねとアダムに纏わりつく。


「僕また強くなったんだ。いいでしょ」


触手は、倒れた骨折りを抑え込む。

長く伸びた触手を、アダムは優しくなでる。

アダムはラミエルに対して話をする。


「ラミエル。君の大好きな先輩とは仲直りができたかい?」

「お前の言うことなんてもう従わない」

「そう。残念。まぁ、君も君のやりたいようにやるといいさ。法王様がどうなっているか。僕は知らないけど」

「なにを……っ」

「おしえない。君はもう敵でしょ?」

「……っ」

「ところでさ?リリィは危険だとは思わないかい?イグニスちゃん?セーリスクくん?」

「は?」


空気が一変する。

なんでいま彼女の名前がでてくるのだと。

頭で疑問を巡らしても答えはでてこない。

セーリスクは最後のりりィの姿を思い出す。

彼女は、海洋国の港で自分たちの帰りを待っているはずだ。

アダムは彼女になにをした。


「あ、いいよいいよ。答えてあげる」


言葉がでない。

そこから先の言葉を聞くのが恐怖だった。


「僕が、ガブリエルに対してなにも対処しないと思ったのかい?今頃言ってるよ。イグちゃんイグちゃん。助けてーってね」

「……そんな」


アダムは、リリィよく似た人形を懐から取り出す。

人形劇のように、イグニスへ見せびらかす。

彼は、その胴体を引っ張り遊んでいた。

人形を子供のように振り回し、けらけらと彼は笑う。

子供のような動作なのに、その姿にはとても苛立ちを持った。


「必死に抗って、現実と争っても。結果は空虚だ。そうは思わないかい?ミカエルに僕はなにも唆さないとでも思ったのか?馬鹿だね。君たちは」


彼は、その上半分とした半分を両手で握る。

そして拳に力をいれた。

胴体を引きちぎる。

人形の胴体からは、綿と同時に赤い血液が滴り落ちた。


「ガブリエルとこの人形が同じ結末にならないことを祈るんだったね。モノ言えない肉塊になる前に」

「……挑発にのるな」


骨折りは、傷を修復しながら胴体を起こす。

それでもそれでも、耐えきれない。

歯を食いしばる。


「ははっ。君らは揶揄うと面白いねぇ」


パチンとアダムは指を鳴らす。

そんなとき、上から何かが降ってきた。

大きな怪物のような姿をしていた。


それは、獣王のアンデットと似たような異質さを纏っていた。

実際それと同格なのだろう。

凄まじい異臭と、穢れを放っていた。

胴体は、女性。

そこから先は、獰猛な獣の姿。

顔は、白い布で隠されている。

半身は女性。

半身は、獣。

そして自分たちは、その上半身にとても見覚えがあった。


「……シェへラザードかっ!?」


それは、シェヘラザードがアンデットになった姿であった。

不浄の気配を周囲にまき散らし、彼女は息をする。

数メートルにもわたる、杖を振り回し彼女は大きな慟哭をあげる。


「ミカエル。僕は君が過去の記憶を取り戻したことを嬉しく思うよ。今なら話ができる」


アダムは、骨折りの過去の名前を呼び彼に話をする。

しかし骨折りはそれに応じる気はなかった。


「話ってなんだ。お前とは話すことなどひとつもない」

「僕は今から豊穣の女神を壊す」

「!」


全員の中に動揺が走る。


「アーティオをか……っ?」


彼は本気でこの世界を壊す気なのだ。

アーティオを殺すことができるのなら。

彼を止めることのできる存在はこの世界にないだろう。


「ああ、そうさ。いま現状において彼女だけが唯一の障害だった。なにをいいたいかわかる?彼女を壊す手段ができたということさ」

「……お前の目的はなんだ?」

「目的などないよ。ただ僕は壊したいだけだ。この世界を。それも享楽に浸りながら」


彼は自身の目的を自分たちに告げた。

それには喜びなどなく、執念もなく。

ただ彼の心の中にある存在意義であった。


「やりたいことやったもの勝ちだろ?楽しめよ。ミカエル」

「なら俺に殺される覚悟もあるってことだよな?アダム」

「はははぁ!いいよ。楽しみにしてる」


くくくと彼は笑っていた。

本心からの笑いのようだ。

そしてその瞬間。

彼の顔半分は人の姿を失っていた。

蛇のように鋭い目を持ち、そして紫色の鱗が生えていた。


「だからこそ僕はいま、君に真名をささげよう。我が名は、ダハーカ。アダム・ダハーカ。人の名を騙り、狡知にいきる獣そのものだ」


そして彼は羽ばたく。

その怪物の咆哮が響くとき、アダムの姿は消えていた。

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