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ヒューマンヘイトワンダーランド  作者: L
六章海洋国編
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二十三話「法王国第三位③」


ラファエルは剣を構える。

敵対する白い髪の亜人。

その姿がミカエルと同様の容姿を持っていることに警戒を強めた。


なぜ自分は、目の前の敵に親近感を抱いている。

なぜ自分は、敵を目の前にして安心感を抱いているのだろう。

そんな疑問を持つ。

しかしそれらすべてを振り払ってこう考える。


とりあえず切ろうと。

剣を振った。

それは再び空を斬る。

骨折りはその風の斬撃を寸前のところでかわした。


「っ……」


相変わらず凄まじい一撃だ。

今のイグニスは、前回の戦いとは違って天使の力を万全の状態で揮っている。

それに加えて自身の体もアンデットとの親和性が高まっている。


再生能力は、限りなく阻害されるだろう。

先ほど手首の再生がうまくいったのは偶然だ。

自分のことをアンデットだとは認識していなかったのだから。

骨折りは、その剣を彼女に向けて大きく振る。

しかしイグニスはそれを受け流した。

そして手のひらに魔法を展開する。

彼女は詠唱する。

突風の魔法を。


「【ラファーガ・ドロール】」


風の槍が骨折りの体を貫く。

鈍痛が体に響く。

それは体に浸透するような痛み。

再生能力は確実に落ちていた。

内臓に穴が開く。

骨折りの動きがわずかに鈍る。


「とどめ!」

「まあ、待てよ」


しかし炎で、体を燃やす。

天使の力によって、再生を阻害されていた箇所は一気に再生を開始した。

剣と剣が交差する。


「くっ」


力では、骨折りの方が勝っていた。

僅かにだが、ラファエルの体は押される・

ラファエルは、自分の体から汗が垂れるのを感じた。

熱気が、神経をひりつかせる。

本能が目の前の敵の脅威を知らせる。

業火は、燃える。

照らす太陽のように。


「この力に気づいたのは偶然だった」


骨折りが、連続で剣を振る。

ラファエルは受けに徹した。

攻撃に回った瞬間自分が、その剣に弾き飛ばされることを理解していたからだ。


「業火の魔法と、それに抗うアンデットの力。二つの力は相反していた」


更に火力が上がる。

熱が吹き上がる。


「だからこそ考えた。俺は自身の肉体を火にくべた」


肉体が灰となり燃えていく。

そして再生が繰り返される。

業火は身を焼き尽くし、そしてそれを燃料としていた。

自身の身が燃えることを恐れず。

そしてその痛みに悶えることもない。

それは狂気に近しかった。

己の肉体を削ることを骨折りは、喜びと感じてた。


「俺は俺の望む力を手に入れた」


それは、骨折りの覚悟そのものであった。


「【裂空】」

「業火よ」


風の刃は、炎に打ち消される。

再び骨折りは、炎の剣を振る。

一撃でも喰らうことはできない。

自分は悶絶し、気を失いことだろう。

ラファエルはそう考える。


「【風穴】!」


剣に風を纏い突きを放つ。

それは、胴体に大きく穴を開ける痛恨の一撃。

骨折りは、それを剣で受け止める。


「無駄だ」


骨折りの増大したその力にイグニスは耐えきれなかった。

一度後ろに下がる。

業火を纏い、骨折りはラファエルに切りかかる。

金属音が響く。

剣をつたい、熱がラファエルを襲う。


「でもお前は違うだろ。お前は戻れるだろ。イグニス」

「なにを……っ」


骨折りは、業火で体を包んだ。


「全力の魔法を撃て!イグニス!!」

「……!」


彼のやっていること言っていることすべてが理解しがたかった。

しかし体はそれに応じる。

魔力を全身に循環させる。

そして魔法を詠唱する。


「突風よ。爆撃よ。全てを壊し全てを晒せ!【ラファーガ・エスプロシオン】!!」


暴風と、爆撃が骨折りに向かう。

風はうねり、空間をえぐり穿つ。

骨折りは、それに真正面から応じた。


自らの命を一つ燃やす。

今はただ全力で、彼女から正々堂々と打ち勝ちたかった。

それで充分だと自分は思っていた。

馬鹿みたいなやりかただ。

だが、自分はそれを実行したかった。

骨折りはそう思う。


業火が、血液のように体に宿る。

そしてそれは全身に巡り。

細胞の一つ一つを燃やし尽くした。

アンデットの肉体はそれに抗う。

そこには歪な一つの力が生まれた。

骨折りはその摂理を利用していた。


それは、この世の理から逸脱した力。

そのすべてを剣に注ぎ力を込める。

彼は叫ぶ。

目の前のすべてを壊すため。


「業火よ!理想よ!我に捧げよ!【イドラ・アドラティオ】!!」


たった剣ひとつで、その嵐のような暴風は消し飛んだ。

骨折りの腕は、膨張し隆起する。

血管が浮き出て、赤くなっていた。

その場にいた骨折り以外の人物は眼を見開く。

目の前の光景を信じることができなくなっていた。


法王国天使という上位の実力者でさえも。


「ははっ……」


ラファエルはこの状況をもはや楽しんでいた。

お互いの最大威力の魔法を放った。

ここから先は、剣技の腕で決める。

お互いそう理解しあったように、真正面から突き進む。


先に一撃をいれたのは、骨折りであった。

業火を振り回し、ラファエルの鳩尾に一撃。

突きを入れる。


「ぐふっ……」


だが即座に、ラファエルは骨折りの腹を斬る。


「!」


二撃、三撃と骨折りの頬を掠める。

お互い技の鋭さは、衰えていなかった。


「お前のにやけ顔がみえるよ。イグニス」


互いの強さに、惹かれていた。

目の前の強者に喜んでいた。

やはりイグニスは変わらない。

彼女の精神には、戦いを楽しむことがある。


剣を振る。

それを躱す。

互いにそれを繰り返しあった。

骨折りの剣技はさらに早まっていく。

ラファエルの剣はさらに鋭くなっていく。


剣と剣は交差する。

炎と風が、周囲に散っていた。


「だが今回も俺の勝ちだ」

「!」


骨折りの業火は未だに消えていなかった。

炎で、ラファエルの剣を弾き飛ばす。

そしてそのまま、剣をラファエルにぶつけた。


彼女は無防備にその剣の一撃の重さを知った。

体が揺れた。

脳が震える。

地面に転がった。

体を一気に起こし、剣を掴もうとする。

しかしそれは遮られた。


「くっ……」


目の前には骨折りが立っていた。

骨折りは、ラファエルの胸倉を力づくで引っ張る。

そして彼女に怒った。


「思い出せ!!イグニス!!お前の在り方を!お前の過去を!」

「やめ……っ」

「うるせぇ!!」


骨折りは彼女に訴えかける。


「お前はイグニス・アービルだ!!!」


脳が激しく揺れる感覚に襲われる。

感情が揺れ動く。

吐き気が止まらない。

視界がぐらぐらと揺れる。

なぜ自分は、目の前の敵にこんなにも心動かされている。

なぜ思い出さなければいけない。

なぜ自分は泣きそうになっている。


「私は……っ」

「お前は誰だ!!」


骨折りは、イグニスの頭を掴んだ。

そして探り当てる。

【フランベルグ】の洗脳の魔法を。


「初めて試すが。うまくいけよ!!」


業火で、魔法を燃やし尽くす。


イグニスの心の中に過去の記憶があふれだす。

最初に思い出したのは、小さな孤児院であった。


「……ここは?」


子供たちが遊んでいる。

茫然と一人で自身はそこに立っていた。


「そうだ……私は……ここで……」


あの子と出会ったんだ。

でも。


「誰と……?」


あの子とは誰だ。

記憶が霞む。

頭を抱えた。

そんなとき、視線を感じた。

その眼は宝石のように、綺麗だった。

しかし、どこかくすんでいる。

寂しさをもった少女が立っていた。

そしてその子には、獣人の耳と尻尾がついていた。

自分と目が合ったとたん、その子はその場から逃げた。

記憶の中に住んでいる子とその子は同じ気がした。

追いかけなければいけない。

そんな気がした。


「待って……」


彼女を追いかけた。

地面が揺れる。

風景が変わっていた。

そこは、孤児院の中であった。


「ラファエル。どうしたの?」

「えっ?」


ミカエルが自分を心配そうにみている。


「……大丈夫です」

「そう……?」


ミカエルは、扉を開ける。

その先には、孤児院の院長と思われる男性と一人の少女がいた。

その少女は先ほど見た女の子であった。


「院長。その子が例の?」

「ええ。半獣の子です。私らでは対処できないので……」

「そうね……」


その女の子は怯えていた。

それは明確な恐怖だ。

しかし、異様であった。

初対面だからという理由ではなかった。

ラファエルは、その少女の異様さに気が付き彼女の服をめくる。


「あ!!おまちくださ」

「ラファエル?」

「……酷い傷……!!」

「そんな……なんてことを」


その男性を問い詰める。

よくもこんな幼い少女に、こんな仕打ちができたものだ。

そう思い、怒りがたぎる。


「お前がやったのか!?」

「いえ!私では決して……!元からそのような怪我が……!治療を依頼する資金もなく……」


こいつが嘘をついていることは一目でわかる。

この孤児院には元々臭い噂があった。

ラファエルはこの時点で院長に強い憎悪を持っていた。

しかしミカエルの放った言葉は、ラファエルの望むものではなかった。


「保留とします」

「え?」

「半獣の扱いは難しい。確認することはできました。一度法王様の指示を仰ぎましょう」

「……でもっ!」

「落ち着いて。ラファエル。大丈夫よ。優しい貴方は、抱え込んでしまうから。私がなんとかするから……ね?」


ミカエルは感情を乱した自身に、冷静になるよう諭す。

しかし院長の方を向き、冷徹な声で彼に指示を下す。


「院長……【保護】を。お願いしますね?何をいいたいのか。わかりますね?」

「……はっ。はい」

「いきましょう。ラファエル。法王様の許可を取らないと」

「……」


そうだ。

このときはじめて、姉という存在に幻滅した。


また周囲の風景が変わる。

日は既に暮れ、夜であった。

森のなか、男性と少女が歩いていた。

しかし少女には首輪がついていた。


「痛い……痛いっ」


地面を引きずるように、少女は男性に連れられていた。


「もっと……もっと早めに!こうするべきだった!」


ただでさえ【天使】に怪しまれていた。

もう自身の足場は形もない。

これ以上、怪しまれることは避けたい。


「どうせ半獣なんて忌み子なんだ!ひとり消えたってかまいやしない!」


声が届かないよう、さらに奥地を目指す。

少女が暴れるが、男性は彼女の腹に蹴りを入れる。


「……っあ」

「あいつらにはお前が逃げたとでもいっておく。心配しなくていい。だから……!!」


石を彼女の頭にぶつけようとする。

その瞬間、背後に何者かが立つ感覚がした。

呼吸をしようとする。

できない。


「はっ……はっ」


油のような汗をかく。

止まらない寒気。

今自分はどこに立っている。

感覚がなくなっている。

それほどまでに背後に立っている人物の殺意は、強かった。


「それで何をするつもりだ?」

「あ……っあああああ。すみませんすみ……」


目前の死そのものに、彼は恐怖する。

逆らってはいけない存在がすぐそばにいた。


「そうか。お前は屑だったな」


腹から血が漏れていく。

既に剣は胴体を貫いていた。


「どうでもいいだろう?お前の生死なんて」


体を引き裂き、その胴体を足で転ばす。


「……」


少女は声も出せなくなっていた。

当然だ。

自身の目の前で人が死んだのだから。

でも、ラファエルは優しい声で彼女に語る。


「……ごめんね。怖い思いをさせちゃったね」

「……」


少女は、怯えていた。

震えが止まらなくなっていた。

だがラファエルはそんな少女を優しく抱いた。


「大丈夫。もう大丈夫。私が守るから。私が守ってあげる。だから私のことを信じてくれる?」

「……う、ん」

「有難う」


白い仮面を投げ捨てた。

仮面が割れる。

満月の光に反射して、その白い欠片は輝いていた。

イグニスが、法王国三位の座を捨てたのはそんな夜だった。


再び場所は変わっていた。

自身の記憶が明瞭になるのを感じる。

思い出しているんだ。

自分は、過去を追体験している。

この場所は、海洋国でマールと住んでいた場所だ。


「大丈夫かい?イグニス」

「……はい」


目の前の老人が自身にそう問う。

そうだ、自分はイグニス。

それが自分の名前だ。

海を見ながら、彼は絵をかいていた。


「アービルさん」


パイプをふかして、落ち着いている。

その口調に心が安らぐ感覚がした。

潮のにおいが、鼻をくすぐる。

この場所が自分は好きだった。


「ならよかった。突然無口になってしまったからね」


安堵したようにその老人は、イグニスに笑みを向ける。


「あの……」

「なんだい?」

「なんで俺にイグニスという名前をつけたんですか?」


自分の名前の由来を、老人に問う。


「……イグニスという名前にはね。火という意味があるんだ」

「火?」

「ああ、人はね。火を求めるんだ。それも燈となる火を」

「燈……」

「誰もが孤独という寒さに震えている。誰もが照らしてくれる火を求めている。私はね……君が誰か照らす火のような人に成れると思っているんだ」

「……俺がそんな人になれますかね」

「なれるさ」


老人は、イグニスの頭を撫でた。


「辛いときでも、誰かのことを思える君は優しい人だ。私には決して歩くことのできない険しい道だ。それでも私は、君ならずっとそのまま歩いていけると思っている」


彼はイグニスに優しく微笑む。


「思い出すんだ。イグニス。君を待っている人が何人もいる」

「え」


こんなこと記憶の中にない。

思い出のなかで、こんなことを聞いた記憶がない。


「辛いことも、苦しいことも、何度も何度も来る。でもそれでも。私は諦めないでほしいと思う。君がその困難を打ち破ることを願っている」

「……」


なんでそんなことをいうんだ。

自分はこの場所にずっといたい。

離れたくない。

もう頑張りたくない。


「俺は……貴方にずっと謝りたくて。話したくて。つらいことも。全部。貴方に伝えたくて。あのときあのまま……」

「大丈夫。私はずっと君たちのことを信じているよ」


彼は手を振る。


「行ってらっしゃい。イグニス」

「……はい」


あれ。

いまここはどこだ。

目を瞑っていたようだ。

声が聞こえる。


「……グ……ニ……」

「あ……」


これは自分の体か。

とても重い。

疲労感を感じる。


「イグニス!」

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