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ヒューマンヘイトワンダーランド  作者: L
六章海洋国編
197/231

二十二話「法王国第三位②」


彼女の気配はいつもと違った。

まるで空っぽのように感じた。

存在自体が希薄で、いつもの圧は感じない。


「イグニスさん!」


セーリスクは思わず言葉を漏らす。

それは、彼女に会えた再会の喜びであった。


「イグニス……?」

「……っ」


彼女は自身の名前を憶えていないようすだ。

やはり彼女は、法王国に何かしらの手段を取られた。

これは虚言や嘘の類ではないだろう。

明らかに記憶そのものが消えているような発言だ。


彼女は骨折りのことをじっと見ていた。


「アンデット……?」


骨折りの肉体の再生を確認しているようだ。

失った右手からは、新たに肉体が生えていた。

セーリスクもその光景をみて、眼を見開く。

こうしてみるのは初めてだ。

骨折りがアンデットに近しいものであることは理解していたが、こうして目の前でそれをみると嫌悪感に近しいものが湧いてくる。


「……アラギ下がっていてくれ」

「うん」

「……」


ラミエルが、静かにアラギを狙う。

しかしラファエルはそれをいさめた。


「だめ。……ラミエル。相手は女の子」

「……はい」


アラギへの攻撃はないと考えていいだろう。

ラミエルは、イグニスの言葉には反論することはない。

そしてイグニスも幼い少女を攻撃するようなことはしない。


「ラミエル。イグニスに【フランベルグ】を使ったな」

「……」

「何とか言えよ」


骨折りの問いに、ラミエルは無言だった。

答える気はないらしい。


「フランベルグ?」


セーリスクは骨折りに聞く。

【フランベルグ】とはなんだろうか。

骨折りはそれに答えた。


「……国宝級【神剣フランベルグ】。能力は記憶の改ざん。イグニスの記憶が消えているのはそれが理由だ。所有者は、今のミカエルか」


リリィが話していたことはこれかと納得した。

彼女は【フランベルグ】のことを知っていたのだ。

国法級の能力による洗脳。

どうやって解除するべきか。

いや、確保しなくては話にならない。


「ラミエル。あのアンデットはなに?知り合いなのかな?」

「違うよ。敵だよ」

「……そう。会話をしていたのはなに」

「……」


ラファエルは、いたって冷静にラミエルに質問をする。

過去のことは記憶にない様子だ。


「覚えてないのか?俺たちのことも?」

「ええ……ごめんなさいね。貴方達の記憶は私にはないわ」


彼女はきっぱりと断言する。

口調までまるっきり以前とは違う。


「……ベースは、法王国にいたときの記憶か?」

「別人ですね」


これで理解した。

イグニスは、強制的に過去の記憶に戻されている。

法王国を出てからの数年間。

マールと共にいた時間を失っている。

だが。

その子のことは絶対に覚えてもらわないと困る。


「マールのことも忘れたんですか貴方は!」


マールのことを忘れただなんていわせない。

自分のことはいくら忘れてもそれでいい。

でも彼女は。

マールのことだけは忘れてはいけない。

彼女に問い詰める。

その言葉を聞いたとき、彼女の様子は変化していた。


「……まー……ル……?」

「!」


記憶の違和感が彼女にはある様子だ。


「いや……その言葉は。聞き覚えが……」


彼女は頭を抱える。

脳裏に浮かんだのは、幼い少女の姿。

しかしその姿は、亜人とは違う。

半獣の少女。

その子は、自身におねぇちゃんと笑いかける。

胸が痛い。

苦しい。

自分の記憶を占有するはずの空間がなくなっていた。

白い仮面からは涙が零れていた。


「脳が……痛い。思い出せない……なんで?嫌だ。私はあの子を……」


救わなきゃ。

助けなきゃ。

誰を。

そう自分自身に問いかける。

それでも、心の中にある虚空は何も答えない。

イグニスは、脳の痛みに苦しんでいた。

記憶の齟齬が存在するのだろう。


「……ごめん。ごめんよ。先輩」


後悔をつぶやくように、ラミエルは彼女に言葉を漏らしていた。

骨折りは、舌打ちをする。


「それが、【フランベルグ】の能力だ。お前らが消した記憶がどれだけイグニスによって重要だったか。わかるか?」

「……そんなの!思い知ってるよ!!」


骨折りは、ラミエルに問い詰める。

イグニスにとってその記憶は大事なものだったはずだ。

しかし彼女たちはそれを踏みにじった。


「なら洗脳を解け!!ミカエルはどこだ!!」

「五月蠅い!!」


大声をあげ怒りを向ける骨折りに対し、ラミエルは叫ぶ。


「わかってる!!もうわかってるんだよ!!」


涙を零しながら。

彼女は訴える。


「先輩にとって誰が一番大事か!自分がそれになれないことも!!もうとっくに思い知ってる!!」

「……」

「でもね!法王国には先輩が必要なんだよ!!法王国天使第三位ラファエルが!!これ以上先輩の不在は許されない!アダムがいる以上、先輩をあいつと戦わせるわけにはいかない!これでいいんだ!」


ラミエルは、大声で叫ぶ。

声がかすれるほどに。

おおきく息切れをする。

そして息を吸った。


「私は先輩にとって過去になった。それはわかってる。理解してる。でも諦めきれない。私もみんなも望んでいる。だからこれで……いいんだ。正しいんだ」


セーリスクと、骨折りは剣を握る。

無自覚に力が入った。

なんて身勝手で。

なんて我儘な言い分だ。


「これ以上聞いてられない」

「お前の言い分にはもう飽きてるんだよ」


ラミエルは、言葉を詰まらせた。

彼らの怒りを正当だと認めていたのだ。


「……っ。だからなんだ……!お前には……」

「ラミエル。お前は間違えているよ。それはイグニスの幸せではない」

「……ああ」

「そいつは法王国第三位じゃないんだ。そいつはな。イグニス・アービルだ。わかったら……そいつを渡せ!!」


骨折りは、ラミエルに向かい接近し剣を振る。


「っ!」


しかし、それを阻んだのはラファエルであった。

骨折りの剣と、彼女の剣が重なる。

火花が散った。


「邪魔するな!お前のためだ!」

「駄目だ……この子も守らなきゃ……」

「……ちっ」


それはラファエルの切実な心の漏れであった。

彼女にとっては、ラミエルも守る対象に入っていたのだ。


「せ……んぱい?」


ラミエルはその光景を信じられないように見ていた。

先ほどまで、彼女は乱心だったはず。

それでも、体が動くほどに自分の存在は彼女の心に残っていたのだ。

その事実に猶更心が痛んだ。


「……お前はよぉ!」


イグニスとしての、本心か。

ラミエルという人物をイグニスは好いていた。

彼女の好意に応えることのできない自分を申し訳なく思っていた。

そして言葉に出せなくても、イグニスはラミエルのことを親友だと思っていた。

それは幼い過去の記憶からそう思っていた。


「ごめん……先輩」


ラミエルは罪から涙を零す。


自分の知らないところで、二人には固い絆があるのだろう。

だからこそ、記憶の欠けている現状でもイグニスはラミエルを守る。

骨折りは、ラファエルに対して蹴りをいれる。

骨折りは怒っていた。

彼女の阿保さ加減に。


「くっ!」

「あれこれ背負いすぎた!お前は!」


なぜすべてを守ろうとする。

なぜすべての友を優しく守る。

なぜおまえは、自分を優先しない。


「……何の話……?」

「いいから黙ってろ!」


骨折りは、魔法を詠唱する。

その愚かで愚直な慈悲を。

俺が壊す。

壊してやる。


「全てを破壊せよ!【ぺルド・フランマ】!」


炎が、漏れる。

業火が、燃え盛る。

怒りと共にそれは吐き出された。


「付き合ってもらうぞ!イグニス!俺の怒りに!」


彼の言葉に困惑した。

彼の言葉の意味が全く理解ができなかった。

それでも。

体は勝手に剣を握っていた。


「……」


なんでだろうか。

意味は考えなかった。


「舞いなさい。【風剣】ウェンティ」


ラファエルも自身の持つ剣に、魔力を込めた。

戦わなければいけない。

本能がそう訴えかけていた。


天使の羽が広がる。

しかしそれは漆黒の羽根であった。

ラファエルの周囲に暴風が舞う。

風は、ラファエルの背中を押していた。


「っ!!!」


羽根を開き、風を推進力にして進む。

その剣は、骨折りの剣と再びぶつかり合った。


「はは!お前とはもう一度戦いたかったんだよ!」


炎を纏った剣と、風を舞わせる剣。

二人の周囲には、荒れ狂う炎が散っていた。

その光景をみて、ラミエルは立ち上がる。

愛しのあの人の役に立つため。

彼女は、魔法を放つ。


「先輩……」


しかし、魔法を手のひらに開放した瞬間。

敵意を感じた。


「立ち上がるな。ラミエル」


それは、セーリスクによるものであった。


「……」


獣王国で初めて会ったとき。

彼のことは、雑魚同然だと思っていた。

自身の足元以下の存在。

眼中になかった。

そういった感想が正しいだろう。

しかし今はどうだ。

この短い期間の間で。

彼は何度も戦闘を重ねた。

たとえその強者と渡り合えなくても。

彼はその強者との戦いを生き残ることで経験を蓄積した。


彼は、あと一歩でこちら側に踏み入れようとしているのだ。


「邪魔をするな」

「いやだね……」


正直、ラファエルの戦闘を見ているだけで精いっぱいだ。

でも素直に彼の言うことを聞くのも癪だ。


「先輩が戦うなら、私も戦う。どうせ私には、洗脳の解除なんてできないしね」

「開き直るなよ」

「ははっ」


正直これはただの嫌がらせだ。

アダムの言うことを聞いたから、彼と戦うのではない。

セーリスクという一人の存在に無性に腹が立つ。

だから私は、彼と戦う。

先輩が、骨折りから自分を守った瞬間。

心の中にある自分がどこか救われた。

それは、一ミリにも満たない自分だった。

でも、私は嬉しいと思ってしまった。

彼女の中に自分はいたのだ。


「私は、法王国第七位。【神の雷霆】ラミエル」


雷霆を自身に纏う。

全力からは程遠い。

しかし、今なら。

本気でやれそうだ。


「ここからはアダム配下としてではない。私個人として戦う」

「……!」


ラミエルの顔は、晴れやかでありどこか覚悟を決めたようすだ。


雷の魔法。

その極意は、自身が雷と成ること。


「最後に付き合ってもらうよ」


雷が走る。


「氷よ!!」


氷によって壁を張る。

雷が衝突する。

それは全て弾き飛ばされた。

宙に、氷の欠片は散っていった。


「先輩!」


ラファエルは、骨折りから距離を取りラミエルに傍による。

ラミエルの体力の消耗を考えたからだ。

セーリスクは、魔法を詠唱する。

応剣の能力を使用した。


「氷の剣よ!【グラキエース・ラミーナ】!」


氷の剣は、ラミエルを狙う。


「雷霆よ」


体に雷を纏う。

ラミエルは、宙を舞い旋回しこちらに突進する。

しかしそれを骨折りは、隙だととらえた。


「【ぺルド・フランマ】!」


業火の魔法を、弾として発射する。

火球が、ラミエルを襲う。


「させない」


ラファエルは、骨折りの魔法を一刀両断した。

熱風がこちらまで押し寄せた。


「イグニスさんっ」


自分はここまでつよくなりました。

貴方に一番見てもらいたかった。

セーリスクはそう考える。

だからこそ、セーリスクは彼女にこの魔法をたたきつける。


「姿を現せ氷の王よ!【グラキエース・パシレウス】!」


冷気がその場に広がる。

霜が全身に走った。


「!」


ラファエルは体感する。

この冷気を受けるのは不味い。

そう考えた。

回避しようとする。

しかし、その場には障害物はない。

そしてセーリスクは放つ。

前方数メートル。


「全て凍れ。【オムニス・ゲロ】」


冷気を放出する。

自分の前方がすべて凍り付いた。


しかしラファエルは、魔法を詠唱せずただ立っていた。


「なにを……っ」

「空を裂け」


そして剣を振る。

その流れは、美しく。

そして鋭かった。


「裂空」


空気ごとその場を切り裂く。

ラファエルのその剣は、セーリスクの冷気を断っていた。


「当然か」


思い上がりすぎたようだ。

あの人には、自分の魔法はまだ未熟のようだ。

もう一度ラファエルは剣を振る。

風を切る斬撃。

今度は自分を狙ったものだった。

セーリスクはその攻撃をじっと見据える。

今の自分ならいける。

直感で、タイミングを合わせる。

逃げるな。

打ち勝て。


「【骨折り】!」


応剣フラガにより、ラファエルの風の刃を切り裂く。

骨を折るほどの一撃は、その魔法に打ち勝った。


「!」


今の自分ではイグニスさんには勝てない。

それは理解できる。

しかし彼女の一部である魔法に打ち勝てたのは、なによりも嬉しかった。


「【グラキエース・ラミーナ】!」


氷の剣を両手に握る。

しかしそれでもまだ足りない。

宙に、五本の剣を生成する。

応剣フラガによる魔法の誘導。

能力を開放することにより、七本の剣を操ることに成功していた。

彼は冷気を纏い、氷の装備を身に着けそして、多くの剣を扱う。

数秒ごとにその氷剣は増えていく。

セーリスクは更なる覚醒を遂げる。

それは、イグニスによる憧れからきた妄信であった。

己が憧れに追いつけるという幻想。

だがそれは確実に彼の力に変化していた。

憧れに成れるという意思が、彼を後押ししていた。

その冷気はさらに洗練された。


「それがどうしたぁ!」


ラミエルは、雷を纏いこちらに襲い掛かる。

雷速による攻撃。

それは音を激しく鳴らし、燦然と輝いていた。

セーリスクは臆することなく進む。

先ほどと同じだ。

だが今度は違う。


「それはもう見切った」



たった一本。

それだけで充分であった。

狙いを定め、ラミエルが通過する場所を予測する。

そして放つ。


「氷の刃よ」


その氷剣は発射された。


「なっ!」


ラミエルの雷撃と、氷の剣は衝突し合う。

そして威力は相殺され。

弾ける。

ラミエルは、雷の速度を失った。

セーリスクはそれを見逃さなかった。

ラミエルに接近する。


「来るな!」


電撃を、彼に向けて放つ。

しかしそれは、彼の付近に浮いている剣によって弾かれた。


氷の剣による、全自動の防御。

雷の速度を、その剣は受け止めていた。

渾身の力を、剣に込める。

イメージするのは、ウリエル。

彼の剛剣であった。

二刀の剣は接着し、大剣へと変化する。


そしてたたきつける。

再び彼の技を。


「【骨折り】!!!」

「ぐっ……は」


その剣は、顔面に命中する。

ラミエルは、翼の制御を失う。

地面にたたきつけられた。

血を吐き、ラミエルは地面に這いつくばる。

頭からは、出血していた。

脳震盪を起こす。

ラミエルは、目の前の光景が揺れていることを自覚する。

そして屈辱であった。

万全ではないとはいえ、セーリスクに読み合いで負けたことに。


「くそっ……」


最大限の魔力を振り絞る。

これで魔法をだせるのは最後だ。

しかし、ラファエルはそれをよしとはしなかった。


「もうやめて。ラミエル」


ラファエルは、ラミエルの前に立つ。

彼女は、ラミエルを休ませることを選んだ。


「えっ……」

「大丈夫」

「……うん。わかったよ」


ラミエルも、ラファエルの言葉を優先するようだ。

大人しくその場に座った。


「よくやったな、セーリスク」


ラミエルの魔法は弱っていても厄介だ。

骨折りは、セーリスクがそんな彼女を打倒したことを喜んでいた。


「お前はみていてくれ。こいつは俺が倒す」

「……」


ラファエルと骨折りの戦いが始まる。

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