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ヒューマンヘイトワンダーランド  作者: L
六章海洋国編
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二十話「遺言」


無言で歩いていた。

ただ歩いていた。

なにかしらの丸い物体が、発光していた。

それが何を知らせるものなのか。

何の用途なのか。

それは自分にははっきりとわからなかった。


「なんでしょうね。この場所は」

「人間がいた時代のものだ」

「アーティオ様や、貴方が生きていた時代の話ですか?」

「そうだ」

「……そうですか」


彼は肯定した。

神造兵器【バハムート】。

この場所は、人間が造りだした。

彼は、この場所についての知識を持っているようだ。

それについて問う。


「なぜこの場所は作られたんですか?」

「その前に……人間の時代の戦争は知っているな?」

「……多少の知識なら」

「アーティオからか?」

「はい」


自分が知っている知識は、アーティオが話したものだ。

それもどこまで信憑性があるのかはわからない。

だが彼女の言葉に嘘があるとは思えない。

だが骨折りは、こう返す。


「十分だ。アーティオなら嘘はつかない」


彼はそう断言する。

しかしその言葉には自分でも不安を覚える。

セーリスクは彼のその態度に疑問を持った。


「なぜ?」


正直言って、骨折りの性格とアーティオの性格がかみ合うとはとても思えない。

彼が、アーティオのことを底まで信頼するほどの何かがあるのだろうか。


「お前だからだよ」

「僕ですか?」

「あいつが嘘をつくメリットがない。嘘をついてお前の判断力を鈍らせる必要はあいつにはない。アーティオがお前を裏切る可能性は考えなくていい」

「……」


成程。

アーティオではなく、アーティオと自分における関係性を信じているのだろう。

確かにそれならば、彼が断言するのも納得できる気がする。

彼は続けて理由を語る。


「お前。ペトラとエリーダと仲良かったろ?あ、あとプラードもお前のこと気に入ってたか」

「まあ……信頼されているかとされている方かと」

「それで充分だよ。アーティオはお前のことを身内だと考えてる」

「身内……ですか?」

「ああ、気づかなかったか?あいつは、身内か身内じゃないかで結構わけてる」


確かに。

そう思った。


「アーティオが直接アダムと面を会わせないのはそれが理由だよ。あいつならアダムに勝てる。だが戦わない。それは身内を守れないから。あいつの行動基準は、いつだって身内なんだよ」

「……そうか」


今更だ。

イグニスのことを助けようとしなかったのはなぜだ。

答えは身内じゃないから。

イグニスも元は法王国だ。

マールのことを深入りしようとしないのもそれが理由か。

いままで感じてた不自然さがすっと通るようなきがした。


「まぁ、俺ははなから深くかかわるつもりはなかった。記憶がなかったのもあるが、俺は切り捨てられる側だと感じたのも正直なとこだ。戦力と引き換えに、アラギをかくまってもらう。それだけの対等な関係だ」


骨折りは傭兵だ。

雇われることが多かったから、そういう思考なのだと考えていた。

だが彼には豊穣国という国をどこか信じ切っていないところがあった。

身内か身内ではないか。

アーティオのその思考が、骨折りの不信感の原因だろう。


「……成程」


セーリスクはそこには深く聞かないことにした。

彼自身の判断が正しい。

元々、豊穣国と関わっている経緯が違うのだ。

自分が関する部分ではない。


「それでこの場所がどこか。だったな」

「ええ、この場所は何のためにつくられたんですか」

「人間たちが、逃げようとした船。そのものだよ」

「船ですか……?」


頭のなかに、船を思い浮かべる。

しかし脳に浮かぶのは海洋国の外側に浮かんでいた木製でできた船だ。


「ああ、戦争で僅かに生き残った人間達が知識と希望を詰めて逃げ出そうとした……が。そのあとは言わなくてもわかるな」

「失敗したんですね」

「そうだ。アダムに全員殺された」

「……そうですか」


人間の生き残りがいないのは、アダムに殺された部分も大きいのだろう。

過去の人間はかなり窮地に追い込まれていたようだ。


「貴方はなぜここに?」


ふと骨折りがこの場所にまで来ている理由が気になった。

それも幼い少女を連れてまで。

戦力になることのできない彼女では、正直足手纏いだろう。

しかしそれでも彼女をここに連れていきたい理由があったはず。


「俺がここに来ている理由は、人間の遺産をより調べるためだ」

「人間の遺産?」

「アダムは人間によって作られた存在だ。もっといえば、この世界を憎む人間によって生み出された子。ここに来れば……またなにかわかると思った」


人間の遺産。

確かソムニウムが元々研究していた内容だ。

彼はそれによって、魔道具の開発を進めた。


「……まあ、あいつがそんな痕跡を見逃すはずもないが……」


そういい骨折りは、アラギをちらりと見る。


「念のためだ。あいつに勝てるならチリひとつでも見つけて見せる」

「そうですか。僕も力を貸しますよ」

「それはいいが……お前……」


骨折りは、立ち止まりセーリスクの身体をじっと見る。

その顔は、心配であった。


「なにがあった?外で何が起きてる?」

「法王国天使からの襲撃です。いま、外にはウリエルとラミエルが」

「……内輪もめしてる場合じゃねぇだろ……イグニスは?」


骨折りは、舌打ちをしながらイグニスの状況を尋ねる。

イグニスがいれば、敵対している天使たちを纏めることができるはずだ。


「イグニスさんは……その天使たちに捕まってそれから行方がわからなくて」


しかしイグニスはいない。

機兵大国で彼らに捕らえられたからだ。


「成程な。……イグニスと出会ったらすぐ俺が相手をする。なんとかできるかもしれない」

「本当ですか!?」

「まあ、俺が思ってる状況だったらな」


それでも有難い。

イグニスを元に戻せる可能性が増えたのは自分にとってうれしいことだ。

彼は、イグニスが捕まったことに驚きを持っていた。


「それにしてもイグニスが捕まったのか……意外だな」

「はい……僕の力不足です」

「そんなことはない。まあ、あいつは甘いからな。そこを突かれたんだろう」


そんな話をして歩いていた。

そうすると、アラギの様子が少し変わっていた。


「どうしたアラギ」


完全にその少女の動きが止まる。

それは動揺や混乱からくるものであった。


「骨折りさん……」

「ん?」

「私ここ……覚えている」


アラギがぽつりとそんな言葉を漏らした。

骨折りは、その言葉を聞いてただ茫然と言葉を返した。


「……そうか」


そこには、容器があった。

液体が零れ、ガラスの破片があたりに散っていた。

骨折りは、セーリスクの方へ向き彼に語る。


「……俺がここに来た理由はもう一つ」

「はい」

「なぜ。もう人間のいない世界で。人間が生まれたのか」


この世界に人間はいない。

ならアラギは。

人間の少女はどうやって生まれた。


「ここだ」


骨折りは確信をもってその発言をしていた。


「ここで、何かが起きた。その結果アラギは生まれたんだ」

「どうやって調べるつもりですか」

「なにかあるはずだ……紙や、魔道具のようなものがあるはず」

「わかりました」

「骨折りさん。ここ……」

「なんだ?」


アラギの指さす場所には、扉があった。

厳重な分厚い扉であった。

しかしそれには取っ手のようなものは見当たらない。


「開きますか」


骨折りがその扉を押す。

しかし首を振る。


「無理だな。壊せるものではないと思う」

「なら凍らせて……」

「やめとけ。なにがおこるかわからない」

「そうですか……」


自身の氷で、一度完全に凍り付かせるのはいい案だと思ったのだが。

骨折りの爆破の魔法でも破壊できない。

そうなると魔法での突破は不可能だろう。

骨折りは少し考えこむような様子をみせた。


「なにかいい案が?」

「もしかして。だけどな」


骨折りは、アラギに話かける。


「……アラギお願いできるか」

「……うん」


アラギが扉に触れる。

アラギの手のひらに紋章が浮かぶ。

その時、扉は青白い光を放つ。


「なっ」


放射線状にそれは発光していた。


「確認します。魔力の有無。年齢。性別。種族【人間】。認証しました」


扉は言葉を話し、そのまま自動的に開く。

扉の部品は、パーツに別れそのまま収縮していく。


「開いたよ」

「有難う。アラギ」


骨折りがアラギの頭を優しくなでる。

セーリスクは彼に問う。


「……知っていたんですか」

「ああ」


骨折りはそれを肯定する。

どうやら彼は、これに接したことがあるようだ。


「魔道具ですか」

「いやこれは人間にしか扱うことのできないものだ。魔道具とは少し違う」


今目の前にある扉に、魔力は感じることができない。

この世界とはまた別の法則で動いているような気がする。

当然自分には理解の及ばないものだろう。

ソムニウムの研究はこういったものも関していたのだろうか。


「この部屋を調べたい。いいか」

「はい」


人間の関わった痕跡が残っている。

ここは調べるべき場所だと、自分でも理解できる。

その部屋は、青白い光で部屋全体が照らされていた。

魔法でもない。

魔道具でもない。

自然の光とは違うその明るさに、自分は違和感を覚えた。


だが骨折りとアラギは、ひるむことなくどんどんその部屋に進んでいた。

今更かとセーリスクは諦めた。


「どういったものを探せばいいですか」

「なんでもいい。情報がとにかくほしい」


部屋の中は、質素なものであった。

自分が知っているような一般的な部屋とは変わりない。

猶更それが、違和に感じた。

生活感というものがその部屋にはあったのだ。


「……骨折りさん」

「なんだ」

「多分ありました」


ふと近くにあった机に目を向けた。

そこには手紙のようなものが書いてあった。


「手紙?」


セーリスクはそれを掴む。

インクや紙というものは、こちらとは変わらない。

やはりなにかを書く手段というのは、いつの時代でも変わらないのだろうか。


「……いやこの状況なら……。遺書だろ」

「あ」


それもそうだ。

当たり前のことに気が付かなかった。


「遺書ってなに?」


アラギが、骨折りに対して質問する。

骨折りは答えにくそうに。

しかし真っすぐとアラギの眼を見てそれに答える。


「……自分がこの世界に居なくなる前に、その心を伝える手段だよ。それが最後の言葉なんだ」

「……そうなの?」

「ああ、君はまだ知らないでいい」

「うん……」


セーリスクは、アラギに対する骨折りの態度に驚きを持っていた。

しっかりとこの人はこの子に向き合っているのだとそう思った。


「読みますか」

「ああ、知りたい」


そこにはこう書いてあった。


「私は、記録する。この世界の最後を。人間は敗北した。あの子に滅ぼされた。この世界で人間という種族は滅んだのだ。いつかこの記録が、数年後……いや数百年後の誰かに届くように。あの子を信じてはいけない。あれは、私たちが生み出した。けれど希望ではなかった。あの子のせいで戦いは起こってしまった。でもそれは決して私たちの意志ではない。あの子は、いい子だった。誰かが意図的に悪意を教えたんだ。悔しい。悔しい。なぜ。誰が。でも私はもうそれを探すことはできない」


それは、書いたものによる悲痛な叫びであった。

あの子というのは、アダムのことだろう。


「人造の子か……」


アダムという存在は、人間に作られたことは確実だ。

それは知っている。

だが、誰かがアダムに悪意を教えたのか。


「そんなこと今更知ってどうなんだよ。……あいつは敵だ」

「……ですね」


アダムが誰かに操られている存在だとしてもそれはどうでもいい。

自分たちはアダムに苦しめられた。

それで十分だ。

紙はまだ続いた。


「研究所は、亜人や獣人たちに破壊された。妖精との協力も失敗した。もう頼ることはできないだろう。この船も、もうすぐ沈む。死ぬことは怖いけれど、もう諦めるしかない。この世界で人間は生きていける存在ではない。アンデットの魔法を使いすぎた。その憎悪は、この世界が終わるまで消えることはないと思う」

「……」


手紙は、アンデットによる影響がこのまま消えないことを示唆していた。

実際そうだ。

アンデットの呪いは、今も残っている。

今も彼女に纏わりついている。

イグニスは彼女と会ったはずだ。

なぜ気が付かなかった。

アラギがそれを聞いて、ぎゅっと目を瞑る。


「大丈夫だ、な。アラギ」

「うん」

「この遺書が誰かに読まれなくても、それでいい。自己満足だ。でも君が読んでいることを願っている。私の唯一の親友。さよなら」


それで手紙は終わった。

手紙を書いた人物には、待っている人がいたのだろうか。


「……置いといてやるか」

「待ってください」


裏には文字が書いてあった。

それは意図的に隠すように。


「貴方は私たちの希望。どうかこの世界を救って。貴方をもう一度この世界に生み出す。いつか遠い未来。貴方はこの世界に生まれるんだ」


その文字は、乱れなく丁寧に重ねられていた。

セーリスクはその文字を読み、そして困惑する。

その言葉の意味が理解不明だった。


「もう一度生み出す……?どういうことでしょうか」


骨折りに問う。

骨折りも理解できない。

そう思った。

しかし彼は平然と落ち着いていた。

いやこれは、むしろ知っていたのか。

セーリスクはそう思った。


「お前はさ……同じ顔をしていて、同じ体で、同じ性格のやつがいたらどう思う?」


骨折りは、セーリスクに問う。

それは哲学のような問いだった。


「でも違う人なんですよね?」


セーリスクの答えは単純であった。

でも別の人ではないかと。

いくら似ていてもその根幹は違う。

彼がなにをいいたいのかわからなかった。

なんだか似ている話を船のたとえで聞いたことがある。


「……そうだな。違う人だ。お前の言う通りだ」

「……大丈夫ですか」

「ああ。大丈夫だ」


大丈夫そうには見えない。

彼には、まだ隠してる秘密があるのだろうか。


手紙を机に置く。

これはこのままにしておくのが一番だろう。


ふと机の端をみると、ガラスで作られた魔道具があった。


「……魔道具……?」

「セーリスク。魔力をこめてみてくれ」


魔力を込める。

その魔道具は作動した。

動く写真と音声が同時に流れる。

そこには、血だらけの成人男性が映っていた。

目と髪は黒髪であった。

眼鏡をかけ、優しそうな印象の男だ。


「私は……」


彼は言葉を発しようとしていた。

骨折りの反応はおかしかった。

動揺が彼にはあった。


「骨折りさん……?」

「なんで……お前が……」

「私は、今はいま致命傷を負った。死ぬ直前だ。回復の手段もない。だから最後にこの記録を残す」


彼は口から血を零しながらそれを語った。


「数十年前。私はこの世界に転移した。この世界には多種多様な異種族というものがいた。幸い、私はこの世界の人類と好意的に接することができた。現地の人と交流し一人の女性と親しくなり。娘も生まれた」


彼は言葉を続ける。


「この世界では、憎しみによって世界が循環している。新たに生まれた種族が過去の種族と憎しみあい奪い合い戦いが起きる。それの繰り返し。私が来る前にも何度も戦の痕跡があることを調査によって知った。この世界の者もどうやらそれを悟っていたらしい。だからこそ私はこの世界のことをこう名付けた。【ヒューマンヘイトワンダーランド】と」

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