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ヒューマンヘイトワンダーランド  作者: L
六章海洋国編
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十九話「真実」


息苦しさで、呼吸があれる。

咳をする。


「ここは……」


セーリスクは眼を覚ます。

どうやら気を失っていたようだ。

ラミエルからの攻撃だけではなく、水流に吸いこまれたことも関係していそうだ。


「ぐっ……」


脳が激痛に襲われる。

体の痺れもある。

四肢の筋肉がうまく動かない。

ただ時間がたてば回復することだろう。

服をめくる。


「……うわ……凄いな」


腕には、葉脈のような跡が残っていた。

恐らく雷の影響だろう。

痛々しい傷跡だ。

熱を持っていないのは、なぜだろう。

本能で冷やしたのか。


「これは消えないな」


先ほどの瞬間を脳内に浮かべた。

荒れ狂う海と、雷が降る空。

怒りの形相でこちらを見るラミエル。


「ははっ……奇跡だな」


雷が降った瞬間。

とっさに応剣を投げた。

そのときに剣の能力を使用した。

雷は剣に誘導されたのだ。

それでも雷が自身の目の前にいくつも降ったことは変わらない。

ダメージは体にも来ていた。



「……戻らないと」


だが彼は立ち上がる。

まだ生きている。

まだ戦える。

それだけで理由は充分であった。


ラミエルとの決着。

それが現時点の彼の目的であった。


「あいつの能力なら僕の居場所は把握される。少しでも時間を稼いで……いや逆か」


ラミエルは、認識阻害を破る探知の能力を持っていた。

今この場所は、先ほどの船の場所から離れていないはずだ。

ラミエルは先ほどの一撃で、魔力の殆どを使い果たしたはずだ。

魔力の枯渇によって肉体も限界のはず。

気絶してから時間は経っていない。

精神も肉体も限度が近い今が攻めるタイミング。

セーリスクはそう判断した。


「フラガ。ありがとうな」


あの時助かったのは、フラガのお陰だ。

この能力がなければ死んでいた。

自身の近くに転がっていた剣を拾う。

剣の意思を何度か感じたことはある。

だからこそ今回もこの剣に救われたのだとそう思った。

辺りを見渡す。

この場所がどこなのか。

それを理解することが先決だ。

見慣れないものが多くあった。

鉄で構成されたものが、水蒸気を発していた。


「……ペトラならわかるのかな。あいつがいれば」


どうもこういったものには疎い。

魔道具に近いものであることはわかる。

だがそれを補う知識は自分にはない。

機兵大国で近しいものを見たようなきがする。

だが答えがでない。


そんなことを考えていたら後ろから声がした。


「ここは、バハムートのなかだ」

「!?」


気配がしなかった。

後ろを振り返る。


「誰だ」


後ろには、ゴーレムが立っていた。

豊穣国でみたペトラの使っていた魔道具に似ているものだった。

しかしみた印象が違う。

あのときみたゴーレムはなんというか存在感がなかった。

だが、今目の前にいる存在は生きているという存在を感じさせる。


「私がだれかわかるか?」


人の放つような発音ではなかった。

まるで再現したような音声だ。


「……わからない」

「そうだろう。亜人としての肉体は、もう失ってしまった」


その言葉と口調。

セーリスクはそれで理解した。

目の前の人物がだれであるかを。


「……まさか貴方は」

「そう、私はソムニウム・マキア。久しぶりだね。セーリスク君」


機兵大国で死亡したといわれたソムニウム。

彼は魔道具となって生きていた。

声を震わせて、目の前の彼に話をする。


「ソムニウムさん……生きていたんですね」


豊穣国で死亡の知らせを聞いた時は、当然衝撃だった。

ペトラの悲しみの顔はまだ覚えている。

でも、それは嘘だったのだろうか。

ペトラは、これを知っているのだろうか。

そう考えが頭に巡る。


「生きている。その定義が、人体の維持という点では死んでいるよ」

「ん?」


彼の言っている言葉の理解がすぐさまできなかった。

再び彼に問う。


「どういうことですか」


彼は、自身の体をみせながら語る。

そこには、身体の温かみなど微塵もなかった。


「国宝級には人の意思が関わると前いっただろう?」

「……はい」


機兵大国で話されたこと。

国法級は、過去に死んだ意思そのものだと。

意思そのものが武器になったのだと。

それは、リリィの質問から知ったものだ。


「私は前々から思案していたのだよ。もしも意図的に国宝級になろうとしたらどうなるのだろうと」

「……」

「そのための肉体がこれだった。まぁ、意図するタイミングではなかったから充分な準備はできなかったが」


正直彼の言っていることが理解できなかった。

まるで、自ら望んで自身の体を捨てたような言い方だった。

死んだ後の肉体を用意した。

偶然それに入ることができた。

彼はそう言っているのか。


「そしてそれは実った。アダムに悟られなかったのは実に幸運だったよ」

「貴方は……国宝級の武器そのものになったのですか」

「ああ、【義体】とでも名付けようか。詳細は君にでも語れない。正直言うと、精神の負担が凄まじくてね」

「精神への負担ですか?」

「ああ。私のこの変化は、通常のものとはやはり違うらしい」

「そうですか」


彼のやっている行為は自分にはとても理解することはできない。

彼の体験していることは、彼にしか語ることはできないのだろう。

いまここにいるのは、ソムニウムだ。

彼の頭脳に自分が追い付いていないだけだ。

今はそう納得しよう。


「いろいろとこの体は便利でね。食事や睡眠。生命の維持に関わるそれらが必要ない。妹と接することができないのは悲しいがね……」


彼の人らしさというのは、ペトラに集約しているのだろう。

ペトラ以外のことは些末なこと。

彼はそういった価値観の持ち主だ。


「……ペトラは貴方の存在を知っているのですか」

「いや、知らない。情報が洩れることを恐れた」

「……そうですか。伝えるつもりは?」

「今のところないよ。君も伝えないでくれるとありがたい」

「わかりました」


彼の判断を信頼する。

彼が言うなと言っている。

だからペトラに伝えることは諦めた。

きっと彼の判断は正しいのだろう。


「ひとついいですか?」


ひとつ問うことがあった。

都合が良すぎると思った。

彼がこのタイミングで現れたのは。


「なんだい?」

「あの渦を起こしたのは……」

「私だ」


だろうなと思った。

偶然渦が起きて。

偶然ソムニウムと会う。

明らかに彼の意思だろう。


「そうですよね」

「戦いに関わるつもりはなかった。無視するつもりだったよ」


彼ははっきりとそう述べる。

淡々としていた。

彼らしいと思った。


「だが君があのまま死ぬのも嫌だと思ってね」

「有難うございます」

「気にすることはない。君はペトラの友人なのだから。この恩は、ペトラに返してくれ。彼女は寂しがり屋だからね」


雷の直撃で死亡しなかったのは、フラガのお陰だ。

しかしそのあと体は動かなかった。

危機から逃れることができたのは、彼のお陰ということだ。


「……はい」


この二人の兄妹には、自分は返しきれない恩がある。

戦いのなかで、返すことのできる瞬間はあるのだろうか。


「貴方はこれからどうするつもりですか」

「私は、このまま消える」

「そうですよね……」


ペトラに伝えないでくれと言っているのだからそれは当然だ。

彼は、アダムに自分の存在が露見することを恐れている。


「再び死ぬ可能性がある。今度同じことができる保証はない。私が助けることができるのはこれで最後だろう」

「……わかりました。お元気で」


少し悲しいが仕方がない。

彼には彼なりの思考がある。

そしてそれは、自分には想像もつかないことだ。

ここで、これ以上彼の足を引っ張るわけにはいかない。


「……最後にひとつアドバイスだ」

「……なんですか?」

「骨折りが来ているよ。迎えにいってやったらどうだい?」

「え……?」

「じゃあね」


そういって彼は消えた。

不可視の魔法だろうか。

体を徐々に薄くしていって、音もたてずに消えた。


「骨折りさんがここに……?」


自分は即座に、あの人を探した。

獣王国の戦いから、豊穣国を離れた彼と会ってみたかった。

そしてその出会いはすぐだった。


白髪の頭と、赤い目。

その容姿にはなれなかったが。

その立ち振る舞いや、姿には見覚えがあった。


「骨折りさ……!」


彼がこちらをみる。

しかし声が止まった。


セーリスクは、驚愕した。

直感と、本能が反応する。

応剣が震えていた。


彼女自身ではない。

彼女自身に纏わりつく黒いなにかに自身は恐怖を覚えた。

これは嫌悪感だ。

自分は彼女に対して猛烈な嫌悪感を抱いている。

そこにいたのは、人間の少女であるアラギであった。


「……やっぱりお前にはそうなるんだな」


彼は、寂しそうにそう語った。

だが納得していた。


「どういうことですか……?」


自分には当然要領をえることはできない。


「骨折りさん……」

「大丈夫だ。だから彼と話をしてくれないか。アラギ」

「……うん」


金髪の少女は、震えた体でこちらを見る。


「セーリスク。お前にはひとつ伝えるべきことがある」

「なんですか」

「……本来この世界で、アダムを倒すべき存在はお前だった」

「……そんなことわからないじゃないですか」

「いや違う。お前はそういった運命に生まれたんだ」

「貴方らしくないですよ。どうしたんですか」


骨折りの様子がおかしい。

運命とかどうとか語るような性格ではなかった気がするが。


「俺らが異物だったんだ。俺らがこの世界で邪魔だったんだよ。セーリスク。ごめんな」


彼は涙を零しそうな悔しい顔で、そう語る。

彼は嘘をついていない。

本心だ。

心からそう思っている。


「それは……貴方が戦っていた過去に関することですか?」


アーティオが語った話を思い出す。

半信半疑ではあったが、ようやく骨折りからの話もきけそうだ。

人間と、それ以外が戦ったという争いの話を。


「……アーティオか。あいつが話したのか」


彼は少し複雑そうな顔をしていた。

自分以外の口から、言葉を聞いたことを不安に思っていた。


「いえ、殆ど聞けていません」

「そうか……それならいい」


彼は後ろを振り向く。


「ついてこい。セーリスク。すべてを語る。すべてを教える」


そういって彼は足を進める。

アラギも、また彼の真後ろについていった。


ずっとずっとわけのわからないことばかりだ。

それでもやっとそのひとつの答えがわかりそうだ。

そのことに高揚感を覚えた。

しかし胸の中にある不安はまだ消えない。


なぜアダムは存在するのか。

なぜ人間の少女は、いまも生きているのか。

なぜマールは、戦いの定めの中にあるのか。

自分は知ってやる。

踏み込んでやる。

そしてこの世界を変えるんだ。


アーティオの顔が浮かぶ。


「……貴方の悲しみを知ろうと思います」


彼女は押し付けられたといっていた。

誰に。

そう思った。

それには【世界の意志】というものが関係しているのか。

それもわからない。

何もかもわからない。

でもやっとしれる。

前に進める。


小さな声で、そう覚悟を決める。

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