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ヒューマンヘイトワンダーランド  作者: L
六章海洋国編
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私の讃美歌

「……寒い」


その冬は寒かった。

まともな食料すらなくて、その国は飢えていた。


「もういや」


いつも周囲には大人たちの怒鳴り声が聞こえる。

この国の人たちは、みんなおなかがすいているんだ。

だからいらいらして。

喧嘩をするんだ。


「おなかすいたなぁ」


親に殴られた顔が痛む。

顔を見てると苛つくと強く殴られた。

お母さんが庇ってくれたけど。

庇ってくれたって痛みはやまない。


「……きえたいなぁ」


おなかがすくと、おなかが痛い。

おなかが痛くなると、なんだか辛くなって心まで痛くなってくる。

心まで痛くなると、段々体が重くなって。

何も考えたくなくなってくる。

だからそんなときは、頭を空っぽにしている。

何も考えなければ、何も考えないで済む。

心も重くなることはない。


「あ、またあばれてる」


お父さんがおかしくなってからかなりの時間がたつ。

お母さんは泣くことが増えた。

この気持ちがどんなものなのか。

自分にはわからない。

けれども、涙はどんどん零れていく。


そんなとき、声が聞こえた。


「ねぇ?君」

「え?」


自分と同じぐらいか。

少し上の少女だった。

違うのは、顔色や服。

いや、全部。

何もかもが自分とは違う。

全部自分より上だった。

その少女が、自分より恵まれた立場にあって幸せであることは容易に想像できた。


「大丈夫?」


彼女は心配そうにこちらを見る。

それは同情や哀れみではなかった。

心からこちらを心配しているのだと。

そう理解できた。

そう考えると、ふいに心が温かくなった。

この気持ちはなんだろう。

それが恥ずかしくなって、顔を逸らした。


「う、うん。大丈夫」


その子の顔が見れない。

その子は、綺麗でかわいいのに。

こんな汚いかっこをしている自分が恥ずかしかった。

でもこんなときどうやって綺麗にすればいいのか自分はしらなかった。

ただ顔を隠すことしかできなかった。


「ほんと?全然大丈夫にみえなさそうだけど」

「おなかが……すいて……」

「おなかがすいたの?」

「いや……!違う!!」


この子ともっと話がしたい。

ただそれだけだった。

ご飯が貰えるだなんてちっとも思っていなかった。

そしてそんな子におなかがすいたと子供のようにねだっている自分が恥ずかしかった。

それなのに、その子は軽くこちらにそれをみせた。


「はいこれ」

「え?えっ」

「食べる?」

「え………?」


それはパンだった。

虫が入ってなくて、砂や泥がついてなくて。

綺麗で、かわいいピカピカの。

そんな優しいパンだった。

それをみたとたん、何かが抑えきれなくなって。

その子のパンを何も言わず。

奪い取ってた。


「わっ……!」


その子はびっくりして目を大きくしていた。

そうだよね。

だれだってそうなるよね。

でも、自分はそんなあの子を一切目にしていなかった。

ただ夢中だったんだ。


「ひっ……ひぐっ。はっ……あ」


わからなかった。

自分がなにをしているのか。

数秒立って。

手の中にはなにもなくなって。

自分が何をしたのか自覚した。

貪ったのだ。

汚い顔で。

汚い動きで。

犬のように、ほおばったのだ。


「んぐっ……」


呑み込んだときに、吐き気がやってきた。

気持ちがぐちゃぐちゃになって。

嬉しさと恥ずかしさと葛藤で。

吐いた。


「うっ……うぇ……おおっう」

「あっ」


やってしまった。

いやだ。

こんな汚い自分は嫌だ。

この子に嫌われてしまう。

そう思いながら、先ほどパンだったものを吐いた。


「ご、ごめんね?水のほうがよかったよね。大丈夫。大丈夫だよ。まだあるから」

「……うぅ」


でもその子は違った。

吐いた自分を気持ち悪く思うことなく。

むしろ心配して自分の背中を撫でてくれたんだ。


「大丈夫?落ち着いた……?」

「な、なんで?」

「え?」

「なんで私にこんなことしてくれるの?」


ちょっと怖かったんだ。

その善意が。

初めての好意は、裏切りへの恐れにかわりかけていた。

どうせこの人も変わるんだ。

周囲の大人みたいにいきなり大きな声をあげて暴れだすんだ。

そう思った。


「……なんでだろう?」

「え?」


その声は、純粋だった。

ただひたすらに優しかった。


「君が辛そうで辛そうで」

「……」

「少しでも知りたいと思ったからかな。私。君とお話してみたいんだ」


答えなんてなかったんだ。

ただあの子は、私のことを知ろうとしていた。

だから私もこういったんだ。

どんなに細くても弱くても。

その子は聞いてくれた。


「……私と友達に……なってくれる?私も……貴方のこと知りたい」


顔を真っ赤にして、その子にいった。

その子は受け止めてくれた。


「え!いいの?」

「……う、うん」

「じゃあ、私たち友達ね!!」


その子は、眼を輝かしてこちらをみていた。

その時の笑顔が、まるで太陽みたいで。

まぶしくて、温かかった。


その子とは色んな話をした。

家族のこと。

辛いこと。

この国のこと。

将来の夢だったり。

そんな子供らしい色んな話をした。


「いつもね。私歌の練習しているんだ」

「歌?」

「先生に何度も怒られるけどね。おねぇちゃんが守ってくれるんだ」

「おねぇちゃんいるの?」

「うん!やさしいおねぇちゃん」


いいなと少し思った。

自分には妹も姉もいなかったから。

だからこそ、その子の存在がより一層特別に感じた。


「歌……私にも聞かせてくれる?」

「いいよ!」


言葉の意味はわからなかった。

でも、とても綺麗で。

彼女の姿が美しいと理解した。

何日かたったある日彼女が自分の生まれの話をする。


「わたし、親がわからないの」

「え?」

「親はいないけどね。先生はいるの。同じぐらいの子と勉強して、運動したりとか一緒に生活してるの」

「そうなんだ……」


ちょっといいなと思った。

この子と一緒に生活できている子がうらやましくなった。

わたしも同じ場所にいれば同じ生活ができるのかな。


「あれ?でも毎日ここにきてくれるよね?」

「うん、今は先生とみんなと一緒に神様の歌を歌いにきてるんだ」

「……あの白い服をきてる人たち?」


大人たちがいっていた。

ここから離れたところに、神様を信じる人達でできた国があると。

その国の近くの国は、その国の教えを信じているらしい。


「うん!あれが先生たち!」


最近この辺りに白い建物があった気がする。

近くにいたおじいちゃんも、あの家に入ってから性格が変わったと話題になっていた。


「うん、この世界には女神様がいるんだって。私たちが歌を歌えば神様が幸せになって色んな人を救ってくれるんだって」

「そうなんだ……」


神様とか女神様なんて難しい話はわからない。

けれど女神様が本当にいるのならきっと彼女だ。

目の前にいる彼女は、きっと私にとっての女神様なんだ。

私は彼女がいる時間が幸せでたまらなかった。

だから彼女が救いに思えたんだ。


そう思っていると、彼女は急に静かになった。


「ど、どうしたの?」


なにか変なことをしたかなと不安になった。

そうすると彼女はいきなり泣き出した。


「ごめんね。私ね。もうこの場所を離れないといけないの」

「え」


脳が揺れるような衝撃だった。

言葉がうまくでない。


「……な、なんで?離れちゃうの?一緒にはいられないの?」

「先生たちが他の場所も巡らないといけないだって……ごめんね」

「……っ」


その時は唐突にやってきた。

当たり前だ。

先ほどの話が本当であれば、彼女はここに住んでいるわけではない。

最初から、いる場所が違ったのだ。

彼女が女神様なら、こんな汚い場所にいてはいけないのだ。


「そ、そうだよね……こんな場所最初から……」

「でも私貴方と出会えたよ」

「……」

「私たち親友?」

「……うん」


彼女は最後に、強く体を抱きしめてくれた。


「私君のこと忘れないからね」

「うん」


彼女はいなくなった。

心になにか穴があいた。

けれどその穴を埋める存在は、いつでも頭に浮かんでいた。

彼女の形の隙間が空いていた。

私。

貴方に会いに行くから。

どんなにつらいことがあっても絶対貴方と。


「ふふっ。……懐かしい夢みちゃった」


ラミエルは、眼を覚ます。

ベットから起き上がる。


「先輩なら許してくれるよね。先輩なら……先輩なら私のこと……覚えててくれるよね……」

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