十八話「万雷よ」
雷が床に落ちる。
攻撃は打ち消された。
衝撃波が、船員と法王国の兵士たちを襲う。
そらには、白い翼が舞っていた。
しかしそれは稲妻を纏い。
万雷を降らしていた。
「雷!?」
雷が落ちた場所は大きな穴が開いている。
直撃したら、即死だろう。
「あいつか……っ!」
「総員警戒!!」
宙には、彼女が浮いていた。
法王国第七位【神の雷霆】。
ラミエル。
「第七位だ!!!俺から離れろ!!」
彼女の金色の短い髪が揺れる。
アーガイルは、自身の金属に放電が集中することを恐れ周囲に呼び掛ける。
「もーだめだよ。ウリエル」
彼女は軽くウリエルに笑みを浮かべる。
ウリエルは、ラミエルがここにいることに驚いていた。
彼は彼女に問う。
「ラミエル……っ!君がなぜここに?」
「君が倒れたら、私の仕事が増えるんだから。先輩との二人っきりの時間を邪魔しないでくれる?」
セーリスクは、イグニスの姿を探す。
しかし彼女の姿はなかった。
ここに来たのはラミエルだけか。
安堵と同時に落胆を感じた。
心のどこかで、イグニスと会えるのではないかと考えた自分がいた。
「そうだな……すまない。助かった」
ウリエルは、自分を助けてくれた彼女に感謝を述べる。
だが、ラミエルはそれを素直に受け取らなかった。
「ふーん」
ラミエルは、ウリエルの油断の原因を見抜いていた。
そしてそれを指摘する。
「……君らしくないなぁ。いつもの調子はどうしたの?」
「!」
フラーグムに、強い感情を抱いている。
そんなことをラミエルはわかりきっていた。
これを指摘するのは、彼を信頼していたからだ。
「そうだな……」
ウリエルはそれに対して否定の言葉を発することはできなかった。
「図星?」
「……君に指摘されたのが、ショックだっただけだ」
彼女はウリエルの心を見透かしていた。
得たいと思っていても、得られない心をラミエルは知っていた。
だからこそウリエルに対して親近感を覚えていた。
「まぁ、私は先輩に手を出さなければなんでもいいけど」
もちろん、イグニスに異性としての関心がないのもある。
「あの人に……手を出すつもりはない」
その瞬間、殺意が明確にこちらに向けられたのを感じる。
「でもお前はだめだよね??」
「……!」
だめだ。
早すぎる。
「セっちゃん!」
「セーリスク!!」
「あははは!!!」
雷がほとばしる。
船中に雷が巡った。
雷がはじけ、氷と衝突する。
彼女は危険だ。
剣を振る。
しかし全て回避される。
「遅い。遅いよ」
「総員回避!!」
「下がれ!!ラミエルが魔法を使用している!」
フエルサが、部下たちに雷を躱すように指示する。
ウリエルも同様に、自身の部下に撤退の命令を下す。
「盾に隠れろ!!」
アーガイルが、さらに指示をする。
鉄の魔法を使用し、即席で盾をつくる。
雷は全て鉄に弾かれた。
しかしラミエルは、それらの様子を一切意に介していない。
彼女の目標は、セーリスクだけであった。
宙に羽ばたき、彼女はセーリスクを見下ろす。
「お前は。君だけは苛つくんだよねぇ……」
怒りの感情がこちらにも感じ取れる。
自分は、彼女の怒りを買っていたようだ。
どうせイグニスの関係だろう。
「……ちっ。イグニスさんは、お前の近くにいるじゃないか」
「先輩にとって大事な人は私でいいの。わかる?場所とか関係ないの」
彼女と初めてあったのは、獣王国で。
あの時は、その行動を予期することすらできなかった。
成長した今、それは変わったのか。
「……」
変わっていない。
攻撃のタイミングは前より思考できる。
しかしそれは意味がない。
雷の速度で接近するその魔法は、セーリスクの対応できるものではなかった。
「【雷霆】!!」
ラミエルが、手のひらに雷を放出する。
彼女の手は、雷のように発光する。
「ぐっ!」
氷の鎧に、雷が直撃する。
氷が砕け散る。
光に反射して、氷が輝いていた。
ダメージはない。
しかしそんなことに思考を回す余裕など介在しない。
弾かれたせいで、海に落ちそうだ。
「セーリスク!!」
アーガイルが、鉄を操り自分を拾おうとする。
「邪魔させてもらう」
「くっ」
伸ばされた鉄は、ウリエルによって両断された。
彼の持つ炎の剣では、鉄を斬ることなど容易であった。
「アーガイルさん!!」
「……!」
「僕は大丈夫です!!」
「……ああ!!」
【氷の王】はまだ途切れていない。
魔力は枯渇していなかった。
「全て……凍れ!!!」
全身から冷気を大量に放出する。
海に体が接触した。
そして数秒後。
半径数十メートル。
その海は凍りついた。
船が、氷に阻まれ停止する。
「へぇ?」
ラミエルは苛つきと関心の混ざり合ったようなそんな顔をする。
「ウリエル!私はあいつを追撃する」
「把握した!行け!!」
「言われなくても!!」
彼女は、魔法を詠唱しこちらに飛び降りてくる。
「【トゥエルノ】!!」
ラミエルの周囲に雷の球体が浮上する。
球体は、セーリスクに向かい急接近する。
「フラガ!!!」
片手に氷の剣を握り、フラガを呼び寄せる。
ずっとずっと考えていた。
雷の魔法を打ち消す方法を。
船の周囲が大きく揺れる。
気候が変わる。
風が強く吹く。
まさに万雷。
雷雨が降り注ぐ。
そこに立ち向かうのは、剣。
氷の剣であった。
セーリスクは魔法の詠唱を開始する。
彼の周囲の空気は再び凍り付く。
「氷の剣よ!!【グラキエース・ラミーナ】!!」
空中の水分を凍結させ、彼は刃へと変換する。
しかし目で追うことのできない速度で動く彼女には無意味だった。
高速で彼女は移動する。
羽根に雷を纏い。
火花を散らし、空中で音を立てながら響かせる。
それは天の使いとはいえない異形の者であった。
「応じろ!!【フラガ】!」
高速で動く彼女を、フラガは捕捉する。
その瞬間、彼女の方向から外れたはずの氷の剣は彼女へと追尾する。
「その邪魔くさい剣も壊してやるよ!!」
彼女はこちらへ向かう。
セーリスクは彼女への攻撃を諦め防御に専念する。
氷の剣を彼女の手にぶつけた。
「!?」
彼女の手のひらが強く弾かれる。
彼女は、空中を飛行し時間を稼ぐ。
氷の剣は、彼女を追い貫こうとする。
しかし彼女は一瞥もせずそれらのすべてを撃ち落とした。
「……」
唐突に彼女は無言になった。
今目の前でおきた事象を理解できていない様子であった。
思考に頭を回しているのだろう。
先ほどの攻撃を防いだとき、自分はなにをした。
氷の鎧はなにをしてくれた。
衝撃を防いだだけではない。
雷が体に走っていなかった。
「……驚いた。私の雷を流しているんだ。それ」
セーリスクの氷の剣は、雷が体に通過することを防いでいた。
そしてセーリスク自身もそう言われて気が付く。
この剣が、金属ではないからかと。
「……偶然だ」
「そうだね。ただの幸運だ。人生最後のね?」
「人生最後にするかは、これからじゃないとわからないだろう?」
「そう?君の頭は私の雷でとっくにおかしくなってるみたいだけど」
「壊れてるのはお前だろ。ラミエル」
「気安くその名を呼ぶな」
一瞬、彼女が視界から消える。
次の瞬間、彼女の短剣は自身の首元に刺さる直前だった。
首と、短剣の間に小さな電流が通る。
しかしセーリスク体を下げ回避する。
そのまま、自身の氷の刃に魔力を込める。
前腕に力を込め、こう名を発する。
「【骨折り】」
ラミエルの胴体にセーリスクの剣が直撃する。
胴体が冷気により凍り付いた。
冷気による体温の低下。
剣の直撃。
「がっ……は」
「見えない攻撃なんて慣れている」
お前は、ネイキッドより確かに早い。
比較できないぐらい早いよ。
だがお前にあいつほどの技術はない。
見えない攻撃をあいつほど使いこなしていない。
それなら自分でも感じ取れる。
お前はあいつより弱いよ。
「お前に、イグニスさんを渡すか。あの人はどこだ。場所を言え」
「……っ!!!!!!」
こいつを倒す。
今の自分にならそれができるはず。
いや、するしかないんだ。
こいつを倒し、イグニスさんの元へ。
「……調子にのるなよ……雑魚が……っ!!」
彼女は歯をむき出しにして感情を一切隠そうともしなかった。
明確な殺意。
涙をこぼし、不安定な感情のまま彼女はこちらを睨みつける。
どうやらこちらを敵として認識してくれたようだ。
「お前なんか!お前なんか!!!ただの石ころだろ!!私の邪魔をするなよ!お前なんか先輩に見てもらえない!話もできない!!仲良くなんてさせないんだから!!ふざけるな!ふざけるな!消えちまえ!!」
彼女の魔力が高まっていく。
躊躇なんてないだろう。
彼女はここら辺一帯を吹き飛ばす魔法を放つはずだ。
それも感情に任せたただの暴発に近しいものを。
「……っ」
今更だが、震えがくる。
法王国天使という絶対的な格上に怯えているんだ。
だがそんな場面など何度もあった。
何度も経験しただろう。
コ・ゾラの時も。
ネイキッドのときも。
サリエルとの戦いも。
ウリエルのときも。
自分は生きてきた。
「今さらだろ」
大丈夫だと、自分に言い聞かせる。
僕はまたあの場所に帰る。
愛する彼女のいる場所へ。
そしてイグニスさんも連れて帰る。
マールと再会させるために。
「【神の雷霆】!!!」
ラミエルの雷が、辺り一帯に降り注ぐ。
黄色い稲妻が、自身の足元に落ちてくる。
それは遅れてやってきた。
音が鳴り響いた。
そう考えたとき。
海にあった氷床は。
全て砕け散っていた。
「……」
何も聞こえない。
体が何も動かない。
自分がどんなダメージを負って。
なにをされたのか。
脳が思考を停止していた。
海に落ちた。
「……ここでか」
いままで何度も死に近いものを感じ取っていた。
だからこそわかる。
ここも、それなんだと。
「……まだ。……まだ」
抗えるはず。
いやだ。
諦めたくない。
視覚の一部に、雷を迸らせながらこちらに近づいているラミエルが見える。
彼女は今まさに自分に止めを刺そうとしていた。
「……まだいけるだろ」
自身の体にそういいきかせる。
往生際が悪いのなんて今更じゃないか。
醜く、汚く足掻け。
愚かでもそれでいい。
「……グラ……キ」
手の標準を彼女に合わせる。
その瞬間。
彼女の動きの変化を感じ取った。
警戒したのだ。
セーリスクの攻撃と。
雑魚の攻撃と侮らず。
敵としての最後の一撃を恐れたのだ。
そしてその一瞬は、セーリスクの命を救った。
「え?」
体が吸い込まれていく。
渦が巻いている。
自分がなにかに吸いこまれていくのを感じた。
ラミエルは、大きく口を開きなにか叫んでいた。
「あああ!!!こんなかたちで終わってたまるか!」
そうだな。
僕も終わらない。
待ってろ。
そのまま気を失った。