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ヒューマンヘイトワンダーランド  作者: L
六章海洋国編
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十七話「決意」


ウリエルは深く目をつぶった。

彼は決して戦闘を諦めたわけではない。

ただ心を静めるため。

静かに。

淡々と。

目を瞑る。


「……」


剣を強く握る。

怒りが零れる。

それはかみしめた。

決して言葉にしなかった。

深く言葉を飲み込んだ。

彼が何かをこらえているのは、フラーグムにも理解できた。

心がざわついた。

今から彼がどんな言葉を発するのか。

それが想像できなくて怖かった。


だが彼は、フラーグムの想像するようなことは口にはしなかった。


怒りは口にしない。

恨みも持たない。

本心ではないと彼は理解していたから。

自分は彼女を守りたかった。

自分の傍にいてくれれば、いくらでも守ることができる。

なのに、なぜ。

なぜ彼女は外の世界で出ようとする。

なぜ私の傍にいてくれない。

こんなことを考えてしまう自分が苦しかった。

自分の醜いこの本心など。

燃えて消えてしまえばいい。

虚しさだけが心に残る。


「……君とはこんな形で争いたくはなかった。それは本心だ。今さら君の行動の理由など聞きはしない。咎めることも無意味だろう」

「ウリエル……」

「君の覚悟。私にきっと理解することはできない。それは私の未熟さからくるものだ」

「違うよ……君は何モ」


彼の言葉が一つひとつ重くのしかかる。

彼の言葉には思いやりに近しいものがあった。

だが、彼は自身に強制をしなかった。

これからする行動そのものが強制そのものであったから。


「私は、天使第四位【ウリエル】。今からその職務を全うする。第五位【ラグエル】。武器を構えるんだ」


心を殺せ。

彼女の夢を壊す覚悟をしろ。

罰剣に、炎を纏う。

それは、轟々と燃え盛り彼の内面を表しているようであった。


炎が風で揺れる。

彼の体は炎に包まれた。

そして叫ぶ。


「今から戦闘を開始する!目標は、第五位だ!行け!!」

「「はっ!!!」」


法王国の兵士たちが、こちらの船に接近する。

彼らは一様に翼を持っていた。

翼には魔力を纏い飛行を可能としていた。

【天使】とはまた別の機能だ。

天使の羽根は、爆発的に魔力を生み出す炉としての機能を果たしている。

しかし一般的な兵士の羽根は、飛行を能力とする魔道具であった。

彼らは、背中についている魔道具に魔力を込め更に推進する。


「来るぞ!!」


アーガイルが、周囲の人物に呼び掛ける。

船員たちも戦闘の準備は整っていた。


「頭はいねぇ!!俺たちがその分カバーするぞ!!」

「おう!!!」


フエルサが、部下を鼓舞する。

士気は下がっていなかった。

彼らも怯えなど持っていない。

法王国の天使たちが、船に降り立つ。

戦闘が始まった。


真っ先にセーリスクの元へとやってきたのはウリエルであった。

翼による飛行と炎による爆発。

生物に例えることのできない動きであった。


「青年。まずは君からだ」


自分の方が先なのか。

セーリスクはそう考えた。

いや好都合か。

フラーグムでは、ウリエルに勝てない。

アーガイルも彼の能力を考えるなら相性は悪い。

自分が、こいつを倒す。


「こい!!」

「ふっ」


ウリエルは機兵大国の戦闘を深く覚えている。

六位と自分の魔法を真っ向勝負で打ち消した能力。

その底知れなさには恐怖を覚えた。

ウリエルは明確にセーリスクのことを敵だと認識していた。

そして同時にとあることにきがついていた。

それはセーリスク自身が発展途中であること。

彼はまだ進化の途中であることに。


視認して理解した。

機兵大国での戦いから一か月も立っていない。

それなのに、彼の纏う雰囲気がまた変容していることに。


そして本能が脳へ指示をだしていた。

この戦場で真っ先に潰すべきは、【第五位】でもなく【鉄葬】でもない。

死に至るほどの冷気を放つこの青年だと。


「【グラキエース】!!」


氷の刃を、鋭く生成し彼に放つ。

空気の凍る音が耳に響く。

氷の刃が、空を斬る。

霜が点々と宙に浮いていた。


その白い軌跡を断ち切ったのは、火の剣であった。


「【罰剣】!!」


剣の名前を叫ぶ。

炎がさらに燃え上がる。

剣は円を描き、セーリスクの氷の刃を簡単に溶かす。

その温度に、皮膚が焦げるような気持ちがした。

いや実際に皮膚が焦げているのだろう。


「熱い……」


それほどまでに彼の持つ剣は熱を放っていた。

体から零れた汗は即座に蒸発していく。

体のなかの水分が一気に持っていかれそうだ。


「一度経験済みだろう」

「……わかってる」


彼には、氷の刃は通じない。

ならどうするか。

それ以上の冷気で圧倒する。


「なるほど」


周囲の空気が冷えていく。

アーガイルは寒気を感じた。

それは、身体の冷えではない。

死を感じさせるような。

そんな生命の寒さ。


「セーリスク!?」


凍死の魔法。

それは、周囲にいるものの感覚を一瞬だけ奪った。


「氷の王よ!!!」


冷気の塊を自身に纏う。

周囲の熱は、一瞬で消えた。


「【グラキエース・パシレウス】!!」


冷気が全身からほとばしる。

神経が段々と敵にだけ集中していくのを感じ取る。

氷の鎧は、セーリスクに強者としての力を与えていた。

船の一部が凍り付く。

法王国の兵士の足が凍っていた。

周囲を巻き込む形にはなるが、法王国四位に対して出し惜しみはできない。


「……愚直だな。君は」


過去の戦いから理解している。

彼はこの冷気を万全に扱いこなしている。

それは、彼の持っている武器に起因するものだ。

だがそれだけとは思えない。

彼に対しては、自身の【罰剣】で対応可能とはいえ十分に警戒が必要だ。

自分の土の魔法は、彼に通じない。

罰剣に頼り切る形となる。

能力を発動した。

周囲の氷を溶かし、前に進む。


「甘えはない。ここで切る」


彼の剣は振るわれる。

セーリスクも同時に【応剣】を彼の剣にぶつけた。

氷の剣では、能力によって溶かされてしまう。

ここで氷の魔法は使用できない。

剣は重なり合う。


「!」


衝撃は、セーリスクの体に響いていた。

体が一瞬浮いて飛ばされた。

体格の差は数十センチ以上。

体重も十キロ以上の差では収まらないだろう。

体格差負けするのは当然だ。

でもそれでも。

言葉にはださない。

だがこう思った。

重すぎる。


「……」


彼の攻撃は一切やまない。

剣の素早さは当然鋭い。

だがそれ以上にこちらの体の芯を狙ってくる。

一撃一撃が必殺の打感。

その点は、骨折りと似ている。

だが剣の速さに関しては、イグニスに近しい。

彼の剣技は、二人のいいところを取っているようだ。

鋭く、速く。

そして重い。

攻撃が重厚的だ。

自身の感覚を鋭利にとがらせる。


「……っ」


剣を受け止める。

大丈夫だ、応剣フラガが自身に協力しているのを感じる。

直感とフラガの【誘導】。

その二つが組み合わさることにより、通常では成すことのできない防御を可能にしていた。


読み取れ。

彼に狂いはない。

リズムは一定で読みやすい。

自分なら見切ることができるはずだ。

段々と攻撃を見切ることは可能だ。

セーリスクはそう考えた。


「ほう。成程。目がいいだけではないか」

「……」


たった数回。

それだけでもわかった。

この人は、イグニスよりも剣の腕を持っていると。

距離を保ち、彼は語る。


「君の剣の師は……三位ではないな。彼女の剣は感じる。だが、彼女程の繊細さは君には身についていない」


彼はイグニスのことを話していた。

まさに彼の言う通りだ。

自らのイグニスの剣技など身についていない。

彼女の剣により、高みをしった。

だが自分の剣はそれとは違う道をいったようだ。

セーリスクは彼に尋ねる。


「イグニスさんとはどんな関係なんだ?」

「先達……ではわかりにくいか。君たちの感覚でいうなら、尊敬すべき先輩だよ。私は彼女に常に憧れを持っていた」


彼の言葉に虚飾は感じなかった。

皮肉というわけでもなさそうだ。

イグニスは、目の前の彼に実際信頼されていたのだろう。

だからこそ怒りが湧いた。

なぜおまえは彼女の味方ではないのかと。


「成程ね……そんな先輩を洗脳したわけだ」

「……!」


彼は明らかに反応していた。

なにか思うことがある様子だ。


「導く立場として今はどんな気持ちだ?是非教えてくれよ」

「……事実だ。否定はしない。だがそんな暇はあるのか」


応剣が弾き飛ばされる。

手首に強い衝撃を感じた。


「!!」


まずい。

剣だけを狙われた。

自分を守ることだけに必死になりすぎた。

急いでフラガをこちらに呼び寄せる。


「応じろ!!フラ……!」

「技の一部一部をつぎはぎで補っている。君が誰から学び、誰の道筋をたどっているのか。それはしらない。だが君は、それらを纏いすぎた。それ故彼らの本質にまではたどりつけない」


はやい。

応剣をこちらに呼び寄せる前に、接近された。

神経がざわつく。

次の一撃だけは絶対に避けなくては。

氷の壁を急いで生み出そうとする。


「それでは私は勝てないよ」


突如周囲が、炎に覆われた。

視界を防ぐ目的か。

その思考に時間を奪われた。


「氷よ!!!」


冷気で、炎を打ち消す。

後ろへ下がった。

氷の壁を生成し、さらに距離を取る。


「単純さは時に武器となる。強さの押しつけは選択として正しいのだよ」


一撃。

たった一撃。

彼は剣を振り。

氷の壁に大きな穴をあけた。

氷の欠片が、周囲に飛び散る。

そしてその勢いのまま。

セーリスクは弾き飛ばされた。


「セーリスク!!!!」


アーガイルが大声をあげてこちらに近づこうとする。

しかしそれは阻止された。

彼を邪魔する法王国の兵士がいたからだ。


床にたたきつけられた。

そのまま転がり。

頭から出血をしていることを感じ取る。

なんとか持ち直す。

息が乱れる。

疲労感が一気に自身に押し寄せる。

先ほどまで保っていた集中は途切れた。

体が重い。

まるで体力がそのままもっていかれた感覚だ。

氷の壁がなければ胴体が真っ二つにされていた。

そう思ってしまうほどの一撃だった。


「……っ!!」


技量の話ではない。

力技だけでも彼は異常な腕力を持っている。

それは獣人に近しいものだった。

こいつ……マールと同じ半獣なのか。

そう考えてしまうほどに彼の力はすさまじいものであった。


「……すまないな。手加減する猶予はない。三位と親しい仲だったようだが、配慮する気にはならない。彼女はそんな言葉遣いをしないものでな」

「はっ……は」


爆炎がこちらに向かってくる。

彼はさらに追撃を加えようとしていた。

しかしそれは【打ち消される】。


「!」


彼はその動作からぴたりと止まった。

それは強制的なものであった。

彼はその原因を、じっと見つめた。


「セっちゃんをいじめるな!!!」

「……ラグエル」

「……」


涙を零しながら、彼女はウリエルに抵抗していた。

体は震えていた。


「フラーグムさん……」


ウリエルに対して攻撃する。

その覚悟が、フラーグムには決まり切っていなかった。

だが彼女はセーリスクを守るため決心して前にでたのだ。


「……武器を下げろ。ラグエル。君では私の相手はできない」

「……そんなのやってみないとわからない……」


ウリエルは頭を抱えた。

彼もまた苦悩していた。


「……そうだな。やってみないとわからないんだ……でも」

「私強くなったよ?」


声が震える。

ウリエルは、遅く彼女の声に応じる。

まっすぐとこちらを見る彼女の眼に耐えられなかった。

自分たちが何に与しているのか。

ウリエルは、知っていた。

自分たちの過ちも。

法王国はこれからなにを為そうとしているのかも。


「……うん」

「君がいなくても……」

「うん……」

「私一人でも大丈夫だからさ……」

「…………ああ」

「ウリエルお願い。私の……こと……信じてよ。私頑張ってるんだ。私ひとりで頑張れるから……大丈夫だって言ってよ」


その懇願は、フラーグムの心からの願いであった。

君の言葉さえあれば、私は強くなれた気がするんだ。

君の言葉があれば、君にだって立ち向かえる。

だからこそ言葉を願った。


「もういい……それ以上は言わないでくれ」

「ウリエル……!」

「やめてくれ」


私はもう一人で大丈夫だから。

君の力はいらない。

私は一人で戦い抜く。

かつて隣にいた。

愛する人に。

武器を向ける。


「力を貸して……【ニル】!!!」


武器が震える。

終末の笛は、確かの鼓動していた。

持ち主の心に反応していた。


「!」


フラーグムは笛を吹く。

強く魔力と意思を込め。

目の前の敵に向けた。


「【パーガートリ】!!!」


業火の剣を振る。

その衝撃で腕が震えた。


「ラグ……エル?」

「……」


彼女は涙を零していた。

それには強い意思が宿っていた。

敵であれば、倒す。

そんな強い感情が。



いつから君は、そんな強い目をするようになったんだ。

胸の中の何かが震えた。

その現実に、確かに心が怯えていた。


「君は……っ」


私なんかもういらないのではないか。

胸にあった誇りが消えていく。

失いたくなかった誇りが。

残骸を残して崩れていく。


思わず目を奪われた。

その瞬間。

行動がわずかに止まった。


「【グラキエース・ラミーナ】!!!」

「雷霆よ!!!」

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