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ヒューマンヘイトワンダーランド  作者: L
六章海洋国編
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十六話「顔なしの男①」

ロホは、エスプランドルの一時的な集会場に滞在していた。

ステラも、オキザも同様だ。


「姉さん。体は大丈夫ですか」

「ええ。ある程度は」

「もっと休んでください」

「それはできないわ……」


エリカが、オキザに対して問う。

オキザの体は、とても万全といえるものではなかった。

半獣との戦闘で、いくつかの骨は折れていた。

フラーグムの回復がなければ危うかった。


「おい、オキザ。無理すんなよ」

「いえ、アーガイル様も動いているのです。私が頑張らなくては……」

「アホ」


コツンと、ロホはオキザを殴った。

きょとんと、オキザはロホのことをみた。


「それ以上無理したら死ぬからみんな心配してんだろうが。むげにするんじゃないよ」

「……」

「大丈夫だよ。オキザ。ロホもいるんだし。一体落ち着けよ」


クラーロも、オキザのことを心配する。

彼はソファーに沈みながらこちらを見ていた。

手をこちらに振ってくる。

アーガイルと親しいこともあって、オキザ自身彼と話すこともよくあった。

彼に話をする。


「クラーロ。貴方もいたの」


オキザは、クラーロがここにいることに驚いていた。

クラーロはこくりと頷く。


「まあ、ここの方が安全だしなぁ。妹も人が多い方が安心するだろってことでここにいる」


彼には妹がいた。

それは十歳にも満たない幼い年齢だったはず。

そのことを考えれば、一人で守ることに対して不安になるのも当然だろう。

今この国は、ここだから安全というものがない。

それであれば、エスプランドルの警備がいるこの場所のほうがまだましだ。


「そうね、そっちのほうがいいわ。ところであなた」

「ん?」

「お嬢様の近くにいるのだから、もっときれいな服を着なさい」


じろりとクラーロを睨みつける。

ステラの近くにいるのだから、もっと服には気を遣ってほしい。

それに彼は、アーガイルの親友だ。

むしろそっちの方が気持ちとしては強かった。


「はいはい、わかってるよ」

「姉さん、そんな強く言わなくても……」

「こいつにはいいの」


オキザと、クラーロはそういった仲であった。

喧嘩する二人に、アーガイルが仲裁する。

三人は親友に近い間柄であった。

しかしクラーロはオキザの様子がいつもと違うことに感づく。


「……アーガイルのことが心配か?」

「当然」


きっぱりと彼女は言い放つ。

彼女の中のアーガイルという存在は大きすぎた。

彼女自身、その恋心というものを自覚していた。


「あいつは強いやつだって知ってんだろ」

「それでもだめよ。私が傍にいなきゃ」

「惚気?」

「違う」


クラーロは、その真っすぐな言葉に少しびっくりした。

惚気話でもきかされているのかと思った。

しかし、彼女は頬を赤くしながらそれを否定した。


「両想いなんだからとっとと手をだせよ」

「うるさい。蹴るよ」

「ごめんなさい」


お前に蹴られたら陥没するわ。

そんなことを思った。

だが、決して言葉にできない。


「アンデットの件数もますます増えている。今は体を休めろ。わかったかい?」

「……はい」


ロホは、いつも楽観的だ。

しかし緊急事態は違う。

彼女だって軍を率いる立場だ。

こういうとき、彼女の顔は少し硬くなる。

当然だが、警戒心というものは彼女にも備わっているのだ。


そんなとき、警備の一人がこちらに近づいてきた。


「ロホさん……少し困った客が……」


彼は困惑していた。

自身の判断では、うまくいかないと彼は理解していた。


「なんだい?客?今か?」


ロホは訝しむ。

このタイミングで客が来ること自体が、怪しい。

第一敵には、模倣できる亜人がいるそうだ。

初対面のやつを引き入れるメリットなんて。


「はい……っ。法王国です。それも……【天使】です」

「法王国天使ねぇ……」

「めんどくさい」

「ははっ。同感」


リリィのことを思い出す。

彼女の立場は、既にわかっている。

法王国第位二位ガブリエル。

彼女の居場所を探りにきたのか。

だが、今なのか。

ロホはそういった疑問を持つ。

神造兵器が動き出した今。

なぜここに来る。


「このタイミングできたのは、胡散臭いな」


クラーロも同様の感想だ。

彼も怪しいと考えていた。

今まで、海洋国のアンデットに法王国は干渉してこなかった。

そのせいで不信感が高まっているのだ。

かといって放りだすわけにもいかない。


「……判断に困りますね」

「外見は?」


ロホは、警備の男にその外見を聞く。

確か天使の男女比は、五対二。

男性か女性かぐらいはわかるだろうと思った。


「仮面をつけているのでなんとも……線の細い男ぐらいということしか」


線の細い男。

それに天使。

ならひとりだ。


「多分、六位ですね。今の代の天使は、男性が二人しかいなかったはず」

「ああ、だな」


魔眼を使う亜人。

法王国天使第六位。

四位の外見は、獣人に近い体格を持つと知っている。

なら六位で確定だ。


「お嬢を呼んでくる」


クラーロは、ステラを呼ぼうとする。

しかしステラはもうすでにこちらにいた。


「話は聞こえていました」

「どうするステラ?」


ロホは彼女に問う。

この場での決断は、全てステラの判断だ。

そしてロホは、ステラの判断というものを信じていた。

彼女の答えを待つ。


「法王国の誰かと話をするべきだとは思っていたのです。ただ警戒を。相手は法王国【天使】です。武力で押し込まれたら勝つ術が少ない」

「了解」


ここで、法王国を無視するわけにはいかない。

無視したらどんな言いがかりを言われるのか想像ができないからだ。

そして【天使】を放置するわけにもいかない。

法王国天使の動きが怪しいということはリリィから話を聞いていた。

武力でなく、天使の一人の動きを阻害できるのならリリィたちの手助けになるはずだ。

そういった考えで、ステラはサリエルと話をすることを決めた。


「では。招き入れても」

「ええ、お願い」


警備の男が、法王国の男を連れてくる。


「こちらです」

「どうも、お初にお目にかかります」


その男は、こちらに挨拶をする。

丁寧に、深く頭を下げた。

仮面で顔は、みることはできない。

しかしステラは、感じ取っていた。


「私の名前は、【サリエル】。法王国第六位を務めています」


この男の底にある泥のような感情を。

心のなかで、警戒を持つ。

この人物に気を許してはいけないと。


「……」


ロホは、サリエルをじっとみる。

リリィとは雰囲気がまるで違う。

立場は、近しいのにここまで違うものかと考えた。

装備は輪っかのような刃物の武器。

強さとはまた違う。

粘りつくような覇気。

蛇のような男だ。

ロホは、サリエルのことをそう思った。


「エスプランドル商会の長でよろしいでしょうか?」

「ええ、そうです。今回はどういったご用件でしょうか。神造兵器の件ですか?天使が介入する案件とは思えないのですが」


談笑する余裕はない。

単刀直入に彼に問う。

彼がどういった目的で、この場所にきたのか聞く必要があった。


「話が早いですね。私の要求はひとつ。神造兵器の調査を終了してください」

「なぜ?」


話に乗る道理はない。

だが、その理由だけは聞かせてもらおう。

そう思い、彼に問う。


「そういわれると弱いですねぇ」


彼らが、ここ介入してくることはわかっていた。

だが、だからといって退く理由はない。

神造兵器にアダムが関わっている以上これ以上変化を与えてはいけない。


法王国天使は強い権限を持つ。

それは、彼らがアンデット退治におけるスペシャリストだからだ。

この世界のアンデットの影響というものは大きすぎる。

それに比例して、彼らの権限というものも大きくなった。

だが、今回は違う。

彼らは、海洋国のアンデットに対しては何も触れることはなかった。

こちらのことを一切放置したのだ。

それなのに今この時点で関わりを持った。

心情そのものが許すことができなかった。

豊穣国との関係もある。

ここで、彼らの要求に頷く理由はなかった。


「我々には、神造兵器を破壊されては困る理由がある。それだけではだめですか?」

「その理由を聞いてんだろうが。話せねぇならでてけよ」

「……【酒乱】ですか。軍の長である貴方がここにいてもよろしいのですか?」

「……関係ねぇだろ」

「怖い怖い」


ロホは、彼に威圧する。

彼女もサリエルのその態度にいら立ちを持っていた。


「ロホ、やめなさい」

「わかってるよ……」


流石にそれは言いすぎた。

話は穏便に済ませたい。

正直このまま帰ってほしいが、彼の立場としてはそんなこともできないのだろう。


「申し訳ないです」

「いえいえ、お気になさらず。気にしたって、神造兵器の調査はやめないでしょう?」

「……はい」

「ははっ」


彼の調子が読めない。

彼の狙いはなんなのだろうか。

彼だって神造兵器の調査は止めることができないとわかっているはずなのに。


「折れる意志はみせない。商会の長である貴方は、特に地位や金に拘っているわけでも。人脈を欲しがっているわけでもない。さてどうしましょうか」


うーんと彼は、迷うそぶりをみせる。

話は膠着した。

ステラもどうするべきか判断に戸惑っていた。


「まぁ、いいでしょう」

「え?」

「このままでは埒が明かない。一度法王様の指示をうけます」


彼は、そのまま部屋からでようとした。

ステラは内心ほっとした。

このまま彼に居座られてもこちらの動きをみられていることに気持ち悪く思った。

しかし彼は一度立ち止まった。

そして言葉を語る。


「あ、そうだ。法王国天使としてではなく、伝えたいことがあったのです」

「……?」

「なんでしょうか」


その瞬間、サリエルの姿が黒い布に包まれた。

次に目の前に現れていたのは、セーリスクたちと戦っていたあの亜人であった。


「おまえ!?」


ロホは、彼の姿をみていた。

その変化に動揺する。

彼は笑う。


「おまえら全員詰みだ。もうおせぇよ」


酷く濁った眼で。

肉体が変化していく。

腕が伸びるように、ステラの方向へ向かっていた。

ステラは眼を見開きそれをじっと見ていた。


「お嬢!!!」


アービルが間に入る。

付き飛ばした。


「え」


クラーロの腹に腕が突き刺さる。

激痛が、全身に走った。


「貴様ぁ!!」


警備が、変化した黒布の亜人に対し武器を突き刺す。

しかしそれは、奥まで進まなかった。

まるで弾力のあるゴムに挟まれているかのように、その剣はそのまま抜くことも不可能になった。

武器を放すか迷った一瞬。


「抜けないっ……?」

「邪魔。どけよ」


警備の首が吹き飛ぶ。

腕を振っただけで、いとも簡単に警備の命は途切れた。


ステラはその場から転ぶ。

彼女はまだ戸惑っていた。


「お嬢様!」

「クラーロ!!」


オキザが、ステラの元へと行く。

ロホも、怪我をしたクラーロの体を支えた。


「あー。惜しいね、もう一回それできるか?次は心臓な」

「できるわけねぇだろ。糞が……」

「気を強くもて!クラーロ!!」

「あぁ……!」


不味い不味い不味い。

体の内部が混ざり合う感覚になった。

自分の命が、それほど持たないことを感じ取る。

戦闘なんてものには、それほど慣れていない。

これが勘違いであることを願うだけだ。

回復の力が込められた石を取り出す。

そしてそれに魔力を込めた。


「気休めだ……」

「……は?なんで。法王国の天使が……?」

「オキザ!!敵だ!!お嬢を守れ!」


オキザの思考が、停止する。

それほどまでにその状況は唐突で衝撃的だった。

なぜ法王国の天使が、アダムの配下に代わった。

いつからだ。

サリエルと黒布の亜人がどのような関係なのか。

それらのことが、一秒にみたない時間脳内に走った。


「迷うなよ」


【サリエル】の腕を模倣する。

両腕だけが、別の色に代わっていた。


「二人とも下がれ!」

「両立するは、我が生命」


そして彼は、サリエルの魔法を使用した。


「【ディオ・アニマ】」

「【フローラ・マリポッサ】!」


魔力で構成された蝶や花が炎とぶつかり合う。

爆発が起きた。

黒布の亜人は、目の前が視認できないことを感じ取る。


「なら、嗅覚だ」


即座に銀狼の姿に変形した。

アダムから指示されたこと。

それは、【酒乱】ロホの模倣。

自身の魔法は、模倣するさいその対象を殺害しなくてはいけない。

つまり自身の目標は、ロホの殺害。


「あの人も、無茶ぶりいうよな」


オキザは、ノーフェイスに対し大きく蹴りを振る。

しかしそれは容易に受け止められた。

嗅覚で、彼女の動きは見えていた。


「うーん。マールをてこずらせた亜人。身体能力は一流だが、獣人の前ではそれは霞むな」

「……狼!?」


オキザは、彼の身体の変化を視認していない。

模倣の魔法の真価というものを体感していなかった。

獣人の肉体では、彼女の攻撃は軽すぎた。


「一発どーぞ!」

「ぐっ!」


獣人の強き力で、オキザは吹き飛ばされた。

内臓が軋むのを感じ取る。

しかし彼女にとっては耐えきれるものであった。

アーガイルに身体を包む鎧を強化してもらっていた。


「オキザ!」

「大丈夫です!」


オキザはこの一発で、体感した。

模倣の違和感というものを感じ取った。

確かに、獣人に近い。

だが獣人に近いだけだ。

彼の模倣には穴があるのでは。

そう考えた。


「あーあ、俺はなんでまたこんなめんどくせぇことを。まぁいいか。ちょうどいいからお前らで憂さ晴らししてやるよ」


彼は再び、亜人の姿に戻る。


「模倣の魔法。どこか弱点があるはずです!」

「ああ!」

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