絆の密談
風呂を借りた。
個人的な住宅にしては、やはり風呂はでかい。
それに豪華ではないが、拘りぬいていることは一目でわかった。
「商人はやっぱりそういうものなのか……?」
海洋国では、風呂はある程度普及している。
やはり魔力があれば、水を生み出すことも火を生み出すことも容易だからだろう。
だからこそ内部に拘る。
国が違っても、そこは変わらないようだ。
体を拭く布を借りた。
自らの四肢を丁寧に拭いていく。
服がいつの間にかに変えられていた。
先ほどの服はボロボロになっていたからだろう。
「……有難い」
いつも自身の戦闘では、服どころか体がボロボロになる。
敵の攻撃にも基本的に真正面からいくし、自らの氷の魔法で自傷しているのだから当然なのだが。
アーガイルは寝ずの番だそうだ。
ロホは酒を飲んで寝転がっている。
ステラはなにやらまとめる書類があると籠っている。
フラーグムはいつも寝るのが早いそうだ。
そんなとき、リリィと会った。
「やぁ」
「リリィさんももう寝るんでしょう」
「勿論。じゃあ、セっちゃんまた明日ねー。しっかり休むんだよー」
「わかってますよ。リリィさんも体を休めてくださいね」
「……」
なにか彼女は違和感を抱いたようだ。
言葉が止まる。
彼女は、自分の部屋の前にそのまま立っていた。
「どうしたんですか?」
彼女の行動を不思議に思った。
そうしてしばらくたった時、彼女は口を開いた。
「……ねぇ、セっちゃん」
「?」
「少し話をしない?」
それはいつもの口調とは違った。
どちらかというと、戦闘時の口調に近い。
彼女なりに真剣ということか。
正直彼女の考えというものを読み取ることはできなかった。
しかしここは答えるべきだ。
セーリスクはそう思った。
「わかりました」
「ありがとう」
自身の気持ちを理解してくれたことに安堵したのか。
彼女はほっと息を吐いた。
「温かいものを持ってくるね」
「はい、待っていますね」
「うん」
彼女はそう言って、この場を離れた。
何もないより、飲み物があった方が彼女も話がしやすいかもしれない。
そう思い了解した。
暫くしたあと、彼女は帰ってきた。
時間はそれほどたっていなかった。
「お嬢さまに聞いてみたらいいものもらったよっ」
彼女は部屋の中に入り、椅子に座る。
その机は、二人で座るにはある程度の余裕があった。
彼女は、机の上に飲み物を置く。
「座るね」
「はい」
お互い席に着く。
目があった。
リリィは照れた感じで口を開く。
「えっと……ご趣味は」
「お見合いですか」
なんでそんなことを聞かれなきゃいけないんだ。
それに、この雰囲気はお見合いに近い気がする。
「へへっ、なんか異性と二人きりってことも初めてで」
「僕だってそうそうないですよ」
「嘘だぁ。セっちゃんモテるでしょ。女たらしのにおいがプンプンするもん」
「なんですか。女たらしのにおいって」
「私の勘がそう囁いています。こいつはぁ……女たらしのにおいがプンプンするぜぇ」
「絶対壊れてますよ。その直感と鼻」
「酷いっ」
不名誉なにおいが付いていないことを願う。
今はライラックに好かれているが、異性と二人きりになった経験なんてごくわずかだ。
そもそもそういった雰囲気に変えたのは、リリィではないか。
「これは?」
白湯とかではない。
なにかをお湯で溶かしたものだ。
「なんかねー。生姜と蜂蜜をお湯で割ったものなんだって。漬けると味が染みておいしいって聞いたよ」
「ほう……」
体が温まる。
生姜の独特な味を蜂蜜がまろやかにしてくれている。
心と体に浸透するようなそんな優しい味だ。
一口一口体に入れるたびに、体温が上がっていく感覚がする。
「美味しいねぇ」
「はい」
少し緊張がほぐれた気がする。
やはり戦闘の時間は、自身の神経をとがらせていたようだ。
さっきの状態だったなら、睡眠も中途半端になっていただろう。
これに関しては、彼女に感謝するべきなのだろう。
もしかして、彼女はこれをわかっていてこの部屋にきたのだろうか。
そう思った。
「睡眠薬とか入れてないから大丈夫だよ。いや媚薬かも……なんて」
「……信頼が薄れていくのを感じます」
くだらないことを考えた。
彼女がそんな気遣いを持っていることを期待した自分が馬鹿だった。
今すぐこの部屋からたたき出してやろうか。
「嘘っ!嘘だからね!?」
焦りの表情を彼女はみせる。
そんなに焦らなくたって自分は疑っていない。
「わかってますよ……それに僕恋人がいますからね」
「え!?誰!?どんな感じの子!?」
うわ、ミスをした。
ここは話すべきではなかった。
ライラックの話題を出したことを後悔した。
「言いませんって」
「えーー。そっちから言ってそれはないよー」
リリィはいかにも興味深々だ。
少しでも話した自分が悪いし、ここは話した方がいいのだろうか。
恋の話なんて一回もしたことがないし、それはわからない。
確かに自分にも非はあるのかもしれない。
大人しく話をしよう。
「自分より少し小柄で、……花が似合うような大人しい子です」
彼女の笑顔が、頭に浮かぶ。
花畑が似合うような。
そんな彼女だ。
それは確かに心の支えであった。
今も自分は彼女に救われている。
そう思えた。
「……」
「リリィさん?」
リリィの表情がいつもと違った。
しかしすぐにいつもと同じ雰囲気になった。
「いいなぁー。私もそんな恋をしたかったな」
寂しそうに彼女はぽつりとつぶやく。
しかしセーリスクにとってそれは疑問であった。
彼女なら、すぐにでもみつかりそうなものだが。
「したかったって……リリィさんなら簡単に見つかりますよ」
「ふふっ、お世辞?セっちゃんもそういうこというんだね」
「大丈夫ですって。みつかります」
「有難う。今度男を十人ぐらい連れてくるね」
「それはやめてください」
思わず本題を忘れそうになる。
いつも話を逸れてしまう。
「それで……話とは?」
「うん……そうだね」
彼女は一瞬の間をおいて、話をしだした。
それは、とある人物に関する事項であった。
「イグちゃんのことと……グムちゃんのこと」
「……なぜフラーグムさんも?」
セーリスクは少し予想を外したとそう思った。
「えっとね……」
イグニスだけのことならわかる。
彼女が確保されているならなにかしらの処罰を受けているだろう。
リリィなら、その処罰の内容を知っているかもしれない。
「……」
そのことを少しだけでも話ができたらと元々思っていた。
そして会話を振られるならイグニスに関することだろう。
しかし少し違った。
彼女はフラーグムに関することも話をしようとしていた。
彼女は、どのような話をするつもりだろう。
「グムちゃんは、法王国の中でも特殊な立ち位置なんだ」
その言葉を聞いて、セーリスクは納得していた。
「まあ、確かに。偏りがあるというか……精神が幼いというか」
できる限り言葉を選んだつもりだ。
知性や、知識を信仰する法王国。
その重要な地位を担う【法王国天使】の七人。
それなのに、彼女の思想や思念というものは知性が大部分を占めているとは思えない。
それが正直な感想であった。
「うん、その認識でいいよ」
彼女もそれを肯定した。
自分の考えというものは、それほど間違っていなかったようだ。
「彼女は法王国の中で意図的に【知識】を与えなかったんだ」
「……なぜ?」
それは疑問を持つものであった。
何かしらの考えがあったうえで、彼女は知識というものを教えられることがなかったのだ。
そのことに少し恐怖心を覚えた。
「それには、まず法王国五位の立場を説明する必要があるね」
彼女はそう言って、法王国天使五位の説明をする。
「法王国第五位の役割は、国宝級【終末笛】の継承」
フラーグムの持っている国宝級のことか。
セーリスクは彼女の武器のことを思い出す。
「そのために、立場は引き継がれる。よって重要なのは強さじゃない。終末笛という国宝級への適性だ」
成程とセーリスクは思った。
それぞれの法王国天使の立場は、重要な意味を持って引き継がれているのかと。
【終末笛】の能力は強力だ。
ならばそれに認められたものに重要な地位を与えるのも当然かもしれない。
「それがなぜ、彼女の知識の偏りと繋がるのですか?」
しかし、まだ納得できない話があった。
それは、彼女の知識についてだ。
「法王国は【知識】を重んじる。だが、その拘りを捨ててまで法王国は【終末笛】の存在を恐れているのさ」
「恐れている?」
「終末笛の能力は【打ち消し】。動作も、音も、魔法も。それらを相殺することができる」
「……そうですね。それは覚えています」
「だよね。君にはそれを伝えた」
改めて聞いても、恐ろしい能力だと思った。
こちらが魔法を放っても、それは打ち消される。
身体能力で圧倒しようとしても、その動作は打ち消される。
覆しようのない理不尽な性能だ。
「でもその先があるんだよ。【終末笛】の能力には」
「……その先?」
「存在そのものの【打ち消し】。即ち真の能力は破壊に近い物なんだ」
「!」
今使っている打消しの能力が、防御主体のものであるのなら。
破壊という打ち消しは攻撃的なものだろう。
対処方法が、回避しかない能力か。
いやこれはもはや即死に近いのでは。
そう考えた。
「空間そのものが捻じれ、身体に当たったとき。その部位は【打ち消される】。……考えたくないでしょう?」
「……はい」
自分ならどう戦う。
即座にそれを考えた。
いや回避に専念することしかできないはずだ。
その能力が本当であれば、防御のための壁を魔法で作っても打ち消される。
攻撃も防御も全てかき消される。
なすすべは、ないはずだ。
【打ち消し】の解釈。
それだけでもここまで違うものなのか。
「【ニル】という人物はね。聖職者に近い人物ではあるんだけど、その信仰は聖なるものとはかけ離れたものだったらしい。全てを破壊する。そうすることが可能な人と聞いている」
「それは……」
「ええ。国宝級の元となった人物のお話よ」
そんな人物に勝った人がいるのか。
国宝級になったということは、死亡しているはず。
それも強い意志を秘めての死亡だ。
その話にも興味があるが、今はフラーグムについての話だ。
聞くことはやめておこう。
「だからこそ、思想を持ち知識を兼ね備える人物が……法王国五位に付いたらそれこそ【ニル】の再来だと法王国は恐れている」
「……」
息を呑んだ。
だからこそ、法王国はフラーグムに知識を与えることを恐れたのか。
魔法は、自由だとリリィから教わった。
だからこそ知識が重要になる。
知識と解釈が合わさったとき、魔法はより進化を遂げるのだ。
だからこそ、法王国はフラーグムに知識を与えなかったのだ。
終末笛の進化を恐れた。
「でも私は、間違っていると思う。そもそも身勝手に【終末笛】の適性があるからと五位の座に座らせているのは法王国自身だ。思想や知識を意図的に与えないなんて……それは間違っている」
「……」
彼女はフラーグムが、檻のなかに飼われていると思ったのだろう。
都合のいいことばかり与えられて。
それ以外のことは排除する。
リリィは、そのことを目の前で見てきたのだ。
「私は、グムちゃんに自由になってほしい。色々な世界を見て、学びを得て……だからこそ、わたしは法王国を彼女と共にでた」
「……」
「間違いだったかもしれない。彼女は法王国にいたほうが幸せだったかもしれない」
リリィは、ウリエルの怒りを思い出す。
彼は怒っていた。
フラーグムのために真剣に怒っていた。
でもリリィの願っていたことはそうではなかった。
ならば、彼女と共にでるのは君であればよかったのに。
フラーグムの隣に立つのが君であれば。
そのことをウリエルに願っていたのだ。
だからこそ自分の決断に迷いを持っていた。
自分が法王国を出たのは、間違いだったのか。
真実を知ろうとしたのは、間違いだったのか。
フラーグムを連れ出そうとしたのは、間違いだったのか。
思考が脳内を何度も行き来した。
「それは……」
「でもよかったんだ。きっとこれで。私は君がグムちゃんの友達になったみたいで嬉しかった」
ただそれでも、法王国の立場を忘れることのできる友人ができたことがうれしかった。
フォルトゥナ君は、真面目で素直でいい子だった。
ペトラちゃんは、意地っ張りだけど心のそこのやさしさがよくわかる。
セーリスク君は、危うさはあるけど迷いを持てる子だ。
優しさを失わない限り、彼の友人たちが道を外すことを止めてくれるだろう。
みんなみんな。
素敵な子。
出会えてよかったと思える素敵な子。
だからこそ、フラーグムにはその中にこれからもいてほしい。
「……」
「私が君にお願いすることは、ひとつ。どうか一人の友人としてこれからも彼女に関わってほしい。私がお願いすることではないこともわかっている。でも……それでも……一人の友人として思ってしまうんだ。彼女には一人になってほしくないと」
「……」
彼女の願いは切実であった。
きっとこれから自分がいなくなる時がきてしまう。
戦いのなかにいるとそんな思考なんていくらでも浮き出る・
死ぬのが怖い。
誰にも言ってこなかった本心。
自分一人ならいくらでも耐えればいい。
耐えて耐えて生きればいい。
でも他者は。
どうやって守ればいい。
彼女を一人にさせてしまうのが、怖い。
私は、彼女には幸せになってほしいんだ。
「お願いね、セっちゃん」
「……そんなことを願ってしまう友人がいるだけでも彼女は幸せだと思いますよ」
「え」
それはあまりにも愚直で。
槍のように自身の心を貫いた。
「その役割は僕にはお願いしないでください」
「……」
「貴方が隣に立つべきなんですよ。立ってください」
「……うん」
ああ、なんて真っすぐで。
なんて残酷なんだろう。
わかってるんだよ。
そんなことは。
臆病な私はそれが怖いのに。
「ごめんね、さっきのことは忘れてね」
「……はい」
彼女らしくもないとセーリスクは思った。
なんでこんな話をするのだろう。
深く聞くべきではないのだろう。
彼女も、戦いのなかで精神的に不安定になっているのかもしれない。
だからこそ、不安を消すために自分にお願いごとをしているのだろう。
確かに自分も死にかけたとき、ライラックのことを考えた。
自分のことを想ってくれる優しいあの子を一人にしてはいけないと。
そう考えた。
彼女も意外と精神的に脆いところがあるのかもしれない。
いや、イグニスさんもそうだったかと思った。
誰にでも大切な存在はいるのだろう。
それを失えば自分が壊れてしまう。
そう思えるほど、親愛な存在が。
リリィにとっては、それはフラーグムだったのだ。
だからこそ自分に託そうとしている。
彼女の行く先を自分に見てもらおうとしている。
そう考えると納得ができた。
「……まあ、僕も出来る限り気を遣うようにします」
「へへ……ありがとうね」
彼女は笑った。
それは少し作り笑顔らしかった。
だがセーリスクはそれを指摘しなかった。
疲れているのだろうと思った。
「……イグニスさんのことは?」
次にイグニスのことを聞いた。
彼女はイグニスの何を話そうとしているのだろうか。
「……私はね、イグちゃんはいま記憶を消されていると思っているんだ」
「……根拠は?」
「私だけが知っている秘密だよ。あまり話さないでね」
「はい」
「ミカちゃんの【国宝級】神剣フランベルグ。その能力に洗脳の能力があると聞いたことがある。そして……ミカちゃんのあの執着を考えると確実にその能力を使っていると思う」
「……」
イグニスが洗脳か。
もしもそんな能力があるのならされているのだろう。
リリィも法王国において二位の席に座っていた。
その情報が間違っている可能性というものも少ない。
「わかりました」
「グムちゃんにイグちゃんと戦えるだけの剣の腕はない。あるとするなら、君か私か……」
自分は戦う可能性があるから伝える。
そういうことか。
たしかにいざ洗脳されていると知ったとき、動揺して戦いにならないかもしれない。
「伝えてくれてありがとうございます。いざ対面したとき動揺しないかもしれません」
「……君じゃあ無理だっていったらどうするの?君じゃあイグちゃんに勝てない」
「……」
「……」
リリィの言葉は、決して怒りとかそういうものではなかった。
そして自分もそういった感情は湧いてこなかった。
ただその言葉を言われるのは当然すぎてなんて返せばいいのかわからなかった。
「当たり前じゃないですか。イグニスさんに勝てるだなんて微塵も思ったことはありません」
「……だめだよ。昔のイグちゃんだったら任務のためなら君のことを殺すかもしれない。危ないよ」
「それでも、僕はあの人を止めなきゃいけない。みんなのために、あの人のために。……そして自分自身のために」
「……そっか」
リリィはそれ以上問い詰めるようなことはしなかった。
ただ続けて言葉を発した。
「……セっちゃんにとってイグちゃんは大事な人なんだね」
「はい。あの人は尊敬する恩人です。自分が今ここで生きることができているのはあの人のお陰です」
「……よかった。有難う」
「リリィさんもそうなんでしょう?」
「?」
「僕からみてもイグニスさんのことが大事なんだってわかります。だからこそお互い死力を尽くしましょう。責任があるとかじゃなく、あの人を取り戻したいから頑張る。それでいいじゃないですか。少なくとも僕はそう思ってます」
「……うん、そうだね。お互い頑張ろうぜ!」
拳を合わせた。
彼女との間に、さらに堅い絆が結ばれた気がした。
この先のアダムとの戦い。
彼女は大きな力となるのだろう。
自分もまた手助けできたらいいなと。
彼女の命を守りたいと考えた。