十二話「変容」
屋敷は、既に多くの兵士によって囲まれていた。
セーリスクたちは、屋敷からでたときにそれに気が付いた。
「こんなに来ていたのか……」
ざっとみただけでも二百人以上はいる。
それぞれが一定の練度を持っているのは確実だろう。
アーガイルもオキザを抱えながら、此方に来た。
「状況がまた変わったんだ」
アーガイルは、深刻な顔でこちらに話をしようとしていた。
「状況?なにがあったんですか」
「襲撃はここ以外にもあった。狙われたのは、本部だけではないんだ」
「……」
「えっ」
セーリスクは、驚きをもった。
ここだけではないのか。
そう思った。
ただ一人、リリィだけはその言葉に驚きを持っていなかった。
「……貴方は薄々わかってそうだが」
アーガイルはリリィのことをじっと見る。
睨むようにじろりと。
味方に説明しなくてどうするといいたげだ。
別にリリィが、アダムの配下だから襲撃を知っていただなんて微塵も思っていない。
だがその思考を、味方と共有しなくては話が進まない。
そう思った。
「確実に断言することはできないよ。私の憶測にすぎない。それを語ることで、状況が好転するとは思えないのだけど」
リリィも、自分の思想を完璧だとは思っていない。
今の思考が、間違いだった場合の損失。
それを、海洋国に押し付けるのは違う。
そう思っていたからこそ、セーリスクにも言葉を伝えなかった。
彼らを信頼していなかったわけではない。
ただネガティブな情報を伝えることで士気が下がることが怖かったのだ。
「当たり前だ。そんなことはわかっている」
「なら……」
「ただ今は、理屈で理解すべきだ。貴方の見解が聞きたい。どう思う。俺たちはどう行動するべきだ。これからなにが起こると思う」
アーガイルも、リリィにすべての理解を任しているわけではない。
ただ、考えの一つを聞きたかった。
リリィは、この場で一番この状況に慣れている。
自分よりも、考えが整っている。
そう思った。
だからこそ、アーガイルはリリィに尋ねる。
どうするべきか。
他者に行動を指示されるのは、時に愚かだ。
だが今回は、指令塔となるべき人が必要だ。
「……」
リリィは、暫く考えた。
どうとらえるべきだ。
アダムから生存した二人。
どちらかが敵。
そんな展開はないと考えてもいい。
「アーガイル。ここでこの子にモノを尋ねるのはまた違うじゃあないかい?」
「いや、俺はこの人に聞くべきだと思う」
「その根拠は?」
「お前ならわかってるだろ。この人は……」
アーガイルもロホも、リリィの正体には薄々気が付いている。
それを明言しないだけだ。
「……」
「リリィさん?」
「リリィどうするの?」
リリィは、頭のなかで思考を巡らせた。
今後の戦いで、アーガイルとロホの二名の力を借りずということはあり得ない。
どんなに些細なことでも共有して現時点の現状を把握することが最優先か。
ならたとえ憶測でも可能性のひとつとして語るのが最適解だ。
「話はあとでしよう。まずはオキザちゃんを置いてからだ」
「わかりました」
兵士たちのなかへ合流していく。
その中にステラがいた。
「アーガイル!ロホ!」
彼女は歓喜の顔を浮かべながら、こちらを迎えていた。
しかしオキザの顔をみて、その顔を絶望に変化させた。
「オキザ!!」
「おねぇちゃん!」
エリカも、オキザのことを心配してかけよってくる。
二人は、オキザの怪我が重傷であることをここで認識した。
即座に医者を呼ぶ。
「まずは医者を。直ぐにみせましょう」
「お嬢さま。私たちで運びます」
「お願いします」
エスプランドル所属の兵士が、オキザのことを運んでいく。
これで一安心だ。
オキザは、治療を受けることができる。
「まずは感謝を。回復魔法のお陰で命の危機というものは乗り越えていました」
「グムちゃんのお陰だね!」
「う……うん」
命を救えたこと。
フラーグムは、今になってようやく実感できた。
そして心のどこかに照れくささを感じたのだ。
「フラーグム様、助力に加えてオキザの治療まで有難う。この恩は決して忘れないわ。そしてセーリスク様、リリィ様。二人も本当にありがとう。貴方達のお陰で私の命というものは守られました。エスプランドルそのものをあなた方は守ったのです」
「えっ……」
フラーグムは、その唐突の感謝に戸惑いの心をみせた。
自分のした行動を大きいものだと感じていなかったのだ。
ステラに続いて、アーガイルも深く頭を下げる。
「俺からも感謝を。不甲斐ない俺の代わりにお嬢様を守ってくれてありがとうございます。この感謝は、言葉に表すことはできません」
「それは違いますよ。貴方がステラさんを守れなかったのは仕方のないことです」
セーリスクも感謝されることに戸惑いを持っていた。
自分たちは、協力を願われたからその場所にいった。
それによって戦闘が起きた。
ただそれだけなのだ。
恩や、感謝というものは向けられなくても命を救えるのなら充分だ。
そうとも捉えていた。
きっと、立場が違くても自分たちはステラのことを守っていたのだろう。
「いえ、セーリスクさん。私たちは商人です。商いを行う以上、損得というものは必ず生まれます。しかし貴方たちはそんなことを一切考えずに私たちのことを守ってくれたのです。この恩を忘れては私はエスプランドルの名を背負うことはできないでしょう」
「……」
この恩を決して忘れぬようにという想い。
彼女の言葉には力があった。
セーリスクはその力に何も言えなくなっていた。
「商会エスプランドル。三人の活躍を、未来永劫引き継ぐことを祖先に誓いましょう」
その姿は、まるで絵のようだった。
美しく、気品があり、誇りがあった。
その言葉に嘘偽りはない。
目には、曇りはなかった。
飾りなく、彼女は自分たちの行動に感謝しているのだ。
リリィはその言葉に対してこう返した。
「はい、私たちもその言葉に恥じぬ行動をすることを誓いましょう」
「ええ。その言葉私も一生忘れません」
夕日が、彼女たちを照らす。
風が吹き、髪が揺れた。
少女のような笑みで、彼女はそう返した。
「では皆さままずは移動しましょう」
ステラは、セーリスクたちに移動を促した。
確かに一息おきたい気持ちだ。
今すぐ倒れこみたい。
だが、どこへいくのだろうか。
「どこへ?」
「私個人の家です」
リリィは、彼女に再び問う。
「ステラちゃんの?」
「ええ。広めだとは思うので、皆様が体を休めるには十分かと」
ステラはこちらの体を気遣っていた。
だが、アダムの襲来が再び来ることが怖い。
「僕らが行って大丈夫でしょうか……」
大丈夫だろうか。
アダムは確実にこちらの三人のことを意識している。
戦力を送られる可能性は高いはずだ。
ちらりと、アーガイルのほうを見る。
「大丈夫だ。気にしないで。配下を撃退した直後なんて大した戦力なんて送れない。この状態で他所の戦力に甘えきるほど俺らの国は弱っちゃいないよ」
「頼りにしてるぜ!海洋国!」
「おう」
リリィがサムズアップでアーガイルにウィンクをする。
アーガイルもそれに軽く応じた。
「……あたしもいる。あんま気にすんな。考えすぎだ」
「……わかりました」
「あたしより年下のくせに無理すんなよ」
「ちょ……」
ロホが、髪を乱雑に触る。
「あんまりからかいすぎんなよ。ロホ」
にやりとアーガイルがこちらをみている。
あいつは楽しんでる。
やはりあの二人には、どこかどっしりとした安心感がある。
せーリスクはふとそう思った。
骨折りやプラード。
そしてイグニスを思い出す。
彼らみたいだ。
彼らは元気だろうか。
彼らなりの経験や判断が、セーリスクの精神性というものを心配したのだ。
そういった気遣いが、セーリスクの精神に安心感を与えた。
この中にイグニスさんがいれば。
彼女は、自分になんと声をかけたのだろうか。
寂しいな。
彼女の声が聞こえる気がする。
「しっかり飯食えよー。いい男になれねぇーぞー」
「ちょっと!セっちゃんであんまり遊ばないで!」
フラーグムが少しの怒りを見せる。
それをみて、ロホは彼女をからかった。
「嫉妬かよー。ほれほれ」
考え事をしているのに満面の笑みで、頭をグチャグチャにするじゃないか。
「わかった。わかりましたからっ。しっかり休みますっ」
「そうだそうだ。あとで酒でも一緒に飲もうなっ」
「お酒はちょっと……」
「なんだよ。おまえ下戸かよ。じゃジュースな」
ちぇっと、彼女は不満そうな顔をする。
「お前医者に酒飲むなって止められてただろ。青年、無視していいぞ」
「はぁ……」
「ロホ、お酒を控えなさい。前々からエリーダ様にもそう言われていたでしょう?」
アーガイルは、ロホの体の状態を知っていた。
だからこそ、そんな状態でも酒を飲むことをやめない彼女に呆れというものを持っていた。
ステラも同様だ。
「はー???こんないい気分なのに飲めないわけねぇだろ」
「エリーダ様にいいますよ」
「うっ……おばさんに言われるのはちょっと……」
ロホは、小言をいう彼に対して気分を悪くしていた。
だがさすがの彼女もエリーダという存在には怯えを持っていた。
ペトラの時といい、なにをしたんだエリーダは。
「腹に穴空いてんのによくそんな元気あるな……おれさっきの戦いでへとへとだぞ」
「あ……」
「どうした」
「手……震えて……」
「禁断症状じゃねぇか!!もうやめろ!」
アーガイルが大声で、彼女の酒に対する欲求に対して怒りを持つ。
振動が、セーリスクの頭に伝わってくる。
なんかいやだ。
「さけぇ……さけぇくれぇ」
「その振動で僕の頭撫でるのやめてくれません!?」
「さけぇ!」
「髪が抜ける!ぬける!!」
なんかの妖怪か。
髪が痛い。
強く引っ張られた。
「三人ともお話は終わりですよ。皆さんを家に案内するのですから」
「はーい」
ロホの手が離れた。
そう思った瞬間、リリィがこちらに体当たりをする。
「わーーー!楽しみだねぇ!セっちゃん」
「早く行こうヨ!!」
「は、はい」
リリィとフラーグムのテンションが一段と上がる。
やはり彼女も誰かの家に泊まるとかしたことがないのだろうか。
イグニスもペトラとお泊り会をしたといったときは珍しくテンションが上がってた気がするが。
「あのセーリスク様」
「はいどうしました?」
「彼女普段こんな感じです?」
「はい、こんな感じです」
リリィのテンションの上がり方に動揺する。
話をしていたときは、このような印象を受けなかったのだが。
ステラはますます彼女の人格というものをはかりきれていなかった。
「んっ……ではいきましょう」
エスプランドル商会の長の家。
彼女の存在というのは、商人として大成していたシャリテより上の立場だったはずだ。
だが、そんな彼女の家は、豪華絢爛というものよりも古臭さを感じた。
たてられてからの歴史を感じた。
「ここが私の家です」
「わー!素敵だねぇ!かわいい!」
「私もすき!」
「ふふっ。よかったです」
リリィとフラーグムは自身の感情を隠そうともしなかった。
その素直な感情に、ステラは笑顔を見せた。
セーリスクは、正直自身の想像していたものとは違うと思った。
「……意外だろ」
「まぁ、正直」
「俺も初めて見たときはびっくりしたね。商人の家っていうのはもっと下品なもんだと思ってたからな」
下品とまでいうか。
少し意外だ。
彼の出身は、商人の家ではないのだろうか。
「アーガイルさんは商人の家ではないのですか」
「あー。おれの家族。商売で失敗して逃げてんだ」
「……それは」
彼には、そんな過去があったようだ。
それもそうかと思った。
全員が全員うまくいくはずがない。
成功できない商人だっていて当然なのだ。
失言した。
「あーいい。きーつかうもんでもないさ」
彼は、笑ってそう軽く流した。
「身なりを整えるのはすきだが、豪華すぎるのも嫌いでな。お嬢のこの家は落ち着くんだ」
「あたしはもっと派手なのがすきだがねぇ」
「お前はもっとお淑やかにしろよ……」
「あれ……誰かいますよ」
そんな風に話をしていると知らない二人が、扉の前に立っていることに気が付いた。
「お、来た」
一人は、チーターの獣人であった。
もう一人は、赤色の髪をした青年だった。
「なぜお二人が?」
「悪いお嬢。俺らが言ったんだ。ここにこいって」
「まぁ」
ステラは、その二人のことを知っていた。
彼らがここにいるのは、アーガイルが理由らしい。
獣人は、声を震えながら涙目になってこちらに駆け寄ってくる。
「かしらぁ……待ってたんですよ。俺は心配で心配で」
「なんだい、女々しいねぇ……」
「いきなりかえってきたと思ったらまた消えるんですもん」
「あーうるさいね。ごめんごめん」
「かしらぁ……」
それは確かにロホが薄情すぎる気もする。
赤髪の亜人も、アーガイルに不満そうな顔を見せていた。
「アーガイル。お前は唐突に出るなよ。不安になっただろうが」
「悪いな、クラーロ。俺の魔法が不安定になったもんでな」
「いいけどよ……怪我は大丈夫なのか」
「ああ」
「ならいい。よく無事に帰ってきた」
「おう」
彼らは軽く会話をする。
親しい仲なのだろう。
信頼感が伝わってくる。
「三人に紹介しますね」
「いえ。俺たちから話させてください。エスプランドルの長自らなんて申し訳ないですよ」
「そうですか?」
まず獣人の男から紹介を始めた。
「俺の名前は、フエルサです。頭……ロホさんのしゃて……部下をやっています」
「あはは、いい舎弟なんだ!こいつ!」
「かしらぁ!きぃ使ってんだからやめてくださいっ!」
「あぁ?そんなこと気にするほどやわじゃねぇだろ」
なんかやたら荒々しい言葉が見え隠れした気がするが気のせいだろう。
でも二人の関係性は察した。
赤髪の男性も自己紹介をする。
「俺の名前は、クラーロ・アービル。魔道具職人と、ランプづくりをやってます。気になったら、みてくれよな」
「はっ?」
いまなんて言った?
アービル?
驚きで声がでない。
「えっ……!?」
リリィもフラーグムも目を見開く。
「セーリスクさん?皆さんどうしました?」
「アービル?」
「うん?アービルだよ?」
ここで出会うのか。
イグニスさんを助けた恩人と。
同じ時間。
彼らは、豊穣国から海洋国に向かっていた。
「まさか、お前と海洋国に行くことになるなんてな」
「それは俺のセリフだ。骨折り」
二人は、改良された馬車に乗っていた。
性能は、ペトラの操作するものより劣っているが通常の馬車よりは速度はでる。
魔力を消費することで一時的に車輪の回転速度を上げるのが、その魔道具の効果であった。
「その少女も連れていくのか」
「ああ、もうこいつは大丈夫だ。この世界でも強くいきていける」
世界樹の旅をへて、彼女はこの世界の醜さというものを再び知った。
でも今なら大丈夫。
彼女なら、これからの戦いにも耐えられるはずだ。
「アラギ。俺のことを信じてくれるか」
「うん、骨折りさんとならどこまでも一緒にいるよ」
「有難う。アラギ」
骨折り、香豚。
そして人間の少女アラギ。
三人は、海洋国に徐々に近づいていった。