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ヒューマンヘイトワンダーランド  作者: L
六章海洋国編
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十一話「合流」


「じゃあな」


ノーフェイスは、逃走していく。

血だらけになったシェヘラザードを抱えながら逃げる。

シェヘラザードの体には、氷が張りついていた。

これ以上この場に居れば、彼女の命はないとそう判断したのだ。

よって最優先を逃走と考えた。


「待て!!」


セーリスクは、それを追おうとした。

しかしロホはそれを止める。

彼女は冷静に、セーリスクを引き留めた。


「やめとけ。無理をするな」

「無理はしてない。今追えなきゃ被害が広がる」


黒布の亜人。

今のアダム配下のなかで、一番謎の多い男だ。

銀狼に使った魔法を、他の者に使ったらどうなる。

群衆に紛れた彼を見分ける根拠なんてどこにもない。


「いい男だねぇ。好みだが、無謀は嫌いだ。アダムの身内。何してくるかわかんないよ」

「でも!」

「喧嘩はやめて!!アンデットが来てる!」

「!」


羽根のアンデットが、こちらに飛翔する。

ロホは、じっと敵を見つめた。


「ちっ……くそが」


知り合いが何人かいたのだ。


「どっちにしろ、アンデットは殺さなきゃならねぇ。それは私の義務だ。あんたもあの変な奴と戦うためには、アンデットをのけなきゃいけねぇ」

「……」

「それをさばいたうえで、あいつとやりきれる体力はあんのかい?」


ない。

いまでさえ、魔力が枯渇している。

剣技は扱えるが、魔法なしで黒布の亜人に勝てるとは思えない。


「く……っ」


先ほどの一撃で、自分の限界ぎりぎりまでは魔力を使い果たした。

これ以上踏ん張ることはできる。

だがそれは、再び自傷行為となる。

これから先は、自分の魔法に身体が壊される。


「自覚はあるだろ。無理すんな」


羽根のアンデットがこちらに襲い掛かってくる。

魔法を放つ。

風が揺らぎ、風の刃がこちらに来る。


「セっちゃん!」


リリィがこちらを心配するような顔をみせる。


「大丈夫です!」


羽根を生やしたアンデットは強い部類だ。

一般的な兵士が数人集まってやっと倒せるだろう。

外見的には似たような特徴をもつが、個体それぞれの強さはばらけている。

思考能力もない。

アンデット化により身体能力は上がっているが、兵士としての練度は確実におちている。


「こっちよれ!」

「はい!」


ロホが、セーリスクたちに指示を出す。

彼女の近くに集まった。

ロホを自身の背後におき、彼女の魔法をカバーする。

先ほどシェヘラザードに放った魔法を期待したのだ。


「さぁ、散れ。幻妖蝶」


蝶がロホの手から飛び出る。

蝶が先ほどと同じように、辺りいっぺんに散る。

視界は遮られた。

それぞれは分断される。


そのうちの1体に、蝶は命中した。

爆発する。

そのアンデットの動きが停止した。


「酩酊し、酔え」


ロホは、脚に力を込め接近する。

拳につけた魔道具に、魔力を込める。

発火する。

拳には熱がこもっていた。


「魔道具【火錬】!」


拳で、アンデットを殴る。

アンデットの肉体が浮かんだ。

火によって肉体が焦げた。

何度も何度も殴打した。

肉の焦げるにおいが、辺りに広がる。


「【幻妖蝶・連羽】!!」


魔力は再び蝶をかたどる。

それは、数十を超える蝶の群れ。


魔力は物質とぶつかり合うことで、爆発と共に弾けた。

敵の体は揺らいでいく。

アンデットの肉体は、魔力によって焦げ付いた。


「……ふぅ。すっきりしないね」


魔力を元にして、蝶をかたどっている。

その外見は透き通っている。

美しい。

魔法を見てそう思ったのは、イグニスとリリィだけだ。

魔力の操作が緻密ではないとこうはならない。

見た目以上に繊細な人なのかもしれない。

これは、どんな能力なのか。

セーリスクは観察をした。


「全ては水。【オムニス・アクア】」


リリィは、水流をつくり即座に三体の首元を切断する。

音を立てて、床に転がる。

体が倒れる。

3体のアンデットは床に落ちて、凍り付く。


「……ひゅー」


ロホは、リリィの魔法を初めて視認した。

その殺傷性というものに驚きを持った。


「終わらせてあげよう。私たちの手で」


彼女は悲しい顔をしていた。

また救えなかった。

自分たちが戦うたびに犠牲は増えていく。

せめて彼らのために、シェヘラザードだけでも討つことができたなら。

リリィはそう思った。


「はっ。一番の化け物は味方だったか」

「……っ」


ロホは、リリィの魔法の精度に感心していた。

あの速度で水の魔法を自由自在に扱える技量。

そして躊躇なく攻撃できる精神。

国宝級と認識できる剣。

その3つを持っていることに驚愕した。

そして戦っていた敵のレベル。

この世界に、そんなことができるやつなんて一人しかいない。

そしてにやけた。

頭にはとある人物が浮かんだ。

だが、彼女にはそんなことはどうでもよかったのだ。

最高の味方だ。

そうとらえていた。


「最高かよ。あたしも頑張らなきゃいけねーな」


もしもそんな人物が味方にいるのなら、この戦いには勝機はある。

そしてこの青年。


「?」


彼も話以上だ。

戦いになればいいとその程度に思っていた。

掘り出し物じゃないか。


「蝶よ、花よ!!【フローラ・マリポッサ】!」


花が散り、蝶が舞う。

魔力の塊でできたそれは、アンデットたちの動きを阻害していた。

アンデットは、攻撃を避けることしかできなくなっていた。

隙はいくらでもつくれる。

なるべく早く彼らの命が終わることをロホは願っていた。


「攪乱は私がする。任せるよ」

「ああ!」


アンデットはなりふり構わずこちらに飛び込んでくる。

魔法が命中し、爆発がいくつも広がった。

それでも前に進む。

痛覚や感覚は、彼らにはなかった。


羽根のアンデットは、魔法を放つ。

風や、炎の魔法であった。

しかしこちらには最強の壁がいた。


「全ては水。【オムニス・アクア】」


水壁が、目の前に生成され魔法は打ち消される。

リリィは、いくつかの水球を自身の周囲に浮かべる。


「行け」


水弾を発射し、アンデットの脳と体に穴をあけた。

そして黄金の剣を振る。

金属が肉を削り。

肉体が地面に転がった。


「【グラキエース・ラミーナ】!」


応剣フラガの能力を開放し、氷の刃を発射する。

羽根はバラバラに裂かれた。

胴体に氷が突き刺さる。


「【骨折り】!」


敵の骨格を認識し、的確に急所を狙う。

骨の折れる音が響く。

壁にたたきつけられ、肉体が歪んだ。

身体は凍り付き、容易く砕ける。

それは致命の一撃。

シェヘラザードとの戦闘で、セーリスクはより【骨折り】の技を使いこなしていた。


「……他のやつらは逃げたか」


先ほどまでいたはずのアンデットは、消えていた。

セーリスクたちの戦闘の隙を狙ったのだ。

リリィは、戦闘態勢を解除していた。


「アンデットって逃げるんだね」


アンデットが逃げる経験など一度もなかった。

数千を超えるアンデットとの戦闘経験を持つリリィですら体験したことがなかったのだ。

ロホは、そのことに対してはそれほど驚きはなかった。

アンデットに対する先入観というものが、リリィより薄かったからだ。


「あいつらは他とは違った。変な亜人もいたし、そいつの影響もあんだろ」

「……過去の前例と比較すること自体が違うか」


リリィは頭のなかで思案する。

そもそも先ほど戦闘した羽根の生えたアンデット事態前例にないことだ。

予測できない動きをしていても、おかしくない。

アダムの手に掛かっているのは確実だ。

自分の経験したことない何かに影響させられている可能性はあるだろう。


「周囲に敵は?」

「大丈夫だ。エスプランドルの部下が固めてる」

「つまり……」

「あんたたちのお陰で、窮地を救われた。感謝している」


ロホは頭を下げた。

戦いは終わった。

セーリスクは、体にこもっていた力が緩んでいくのを感じた。


「助かったよぉ。最後の攻撃だけは、私でも防げなかった」


リリィは、ロホに感謝を述べる。

リリィもセーリスクもぎりぎりだった。

敵は脅威的だった。

アンデットの数がもっと多かったら対処することはできなかっただろう。

シェヘラザードの最後の暴走も危なかった。

彼女のあの魔法が完成していたら、自分たちの肉体は消し飛んでいた。

そう思えるだけの、破壊力を匂わせた。


「……むしろ遅れてすまないね。事情があってな」

「事情」

「そう、事情だよ」


気まずそうにしている。

話せない内容なのだろうか。

しかしリリィは気にせず突っ込みをいれた。

アーガイルが生きている可能性は感じていたが、彼女も無事だったのか。


「【酒乱】。……生きていたんだね」

「あー。ロホでいいよ。その方が呼びやすいだろ」

「なぜ今になって姿を現したんだい?」


彼女は、その問いには即座に答えた。


「生きていたが。腹に、三つぐらい穴が開いてねぇ……死んだと思われる方がよかったんだ。到底戦えるような状態じゃないしねぇ」

「腹に……?」


むしろどうして生きていたんだ。

運がよかったのかもしれないが、それは確実に致命傷だろう。


「あんたらが来る前だ。アダムの配下に襲われてね。その時に死にかけたんだ。いやーせいせいしたねぇ。ボロボロになったあの女の姿はびっくりしたよ」


あははと彼女は嗤いだした。

ロホ・シエンシアは、強い瞳を持った人物だった。

眼光は鋭く強固な意志を持っていることを認識できる。

赤い髪が揺れる。

荒々しさを感じつつも、エリーダと似たような知性を感じさせる顔つきであった。


「ところで、あんたがセーリスク?」

「はい」

「突っ走るやつがいるから、縁があったら面倒みてほしいって手紙にあってねぇ。会ったことはないけど、親近感が湧いていたんだ」


けらけらと笑いながら、彼女は語る。

どうやら自分のことをよく見るようにと彼女はエリーダからお願いされていたようだ。

ロホは、じっとセーリスクを見る。


「まあ、いいね。あんたみたいなやつもいたほうが世の中面白い。楽しくなくちゃ話にならねぇ。あたしはすきだよ。おばさんは嫌うだろうけど」

「はあ……」


これは認められたということでいいのだろうか。

彼女の判断基準というものがいまいちわからない。

エリーダさんが嫌うというのは、そのままだろう。

実際自分のとる戦法は彼女に好ましく思われていない。


そんなとき急いで、こちらに来る人物がいた。

気配を消す気もなさそうだ。

味方か。


「ロホ!」


彼は息を切らしながら、こちらに走ってきた。

なにか焦っている様子だ。


「【鉄葬】……彼も生きていたのか」


リリィは、ぼそりと呟いていた。

当初死んだと思われていた二人は、当たり前のように生きていた。


「よう、アーガイル。あんた遅いねぇ。なんかあったのかい」

「オキザが……」


アーガイルは、一度ロホと合流した。

それが、自分たちの決めたことであったからだ。

アーガイルは、自身の腕にオキザを抱いていた。

傷だらけだ。


「相当やられているね。グムちゃんは大丈夫かな」


オキザたちも戦闘をしたようだ。

アーガイルがちらりとこちらを見る。

そしてすぐ逸らした。


「……彼女なら大丈夫でしょう」


今彼の頭にあるのは、オキザのことのみらしい。

彼が大丈夫なら、フラーグムも大丈夫だとそう思いたい。

彼女の身体能力であれば、近接戦闘は避けるはずだ。

彼女ほどの重傷は負っていないと思いたい。


「オキザ。……大丈夫かい?」


ロホは眼を見開いていた。

オキザは重傷であった。

彼女がここまでの怪我をするとは。

そういった気持ちが頭でいっぱいになっていた。


「やばい。先にお前の【蝶】が欲しいと思ってな」

「ああ」


ロホは、【幻妖蝶】を生み出す。

そしてその数匹を、オキザのからだに与えた。

オキザの苦痛の顔が、少しばかり薄まったように感じる。


「これで痛覚は薄まるはずだ。比較的には楽になるだろうさ。ただ重傷なのは変わらない。とっとと医者にみせるんだね」

「助かる。有難う」


アーガイルは、ロホに礼を述べる。


「オキザの身体能力でここまで追い詰められる相手とはねぇ……敵は二人かい?」

「いや一人だ」

「は?」


彼女の損傷は、切り傷ではなかった。

殆どが打撲によるものだ。

それに魔法の影響と思われるものがあった。

つまり亜人だ。

亜人がここまで彼女を追い詰められるものなのか。

でも違う。

アーガイルたちが戦った敵は、ただ一人であった。


「半獣がいた」


彼はただ淡々とそう語る。

人間と同じく歴史に消えた種族。

その存在を語る。


「ふーん……猶更うさんくさいねぇ。私たちは一体なにとたたかっているんだか」

「知らん。おれはお嬢の敵を倒すだけだ」


ロホもアーガイルも、敵の脅威度を見誤った。

だからこそ死にかけた。

だがこの三人は明確に対峙していた。

そして自分たちが関わらずとも接戦していた。

その事実が、ロホとアーガイルの心のなにかに触れていた。


「グムちゃん!」

「リリィー!セっちゃんー!」


フラーグムも同じくリリィと合流した。

リリィは、心のなかに安堵感を覚えた。


彼女もいくつかの傷があった。

戦闘をして、勝ったのだ。


「セーリスク。ごめんね……」

「どうしたんですか?」

「半獣の女の子と……戦ったんだけど逃がしちゃった」

「!」


マールが来ていたんだ。

そう思った。

でもしょうがない。


「……っ」


マールも通常ではない力を持っていたのだろう。

戦闘の際中捕まえるのは、至難のはず。

それを彼女に強要するのは違う。

それに彼女を捕まえるのは、自分の役割だ。

イグニスのいない今、彼女の代わりをするのは自分だ。


「そうですか……しょうがないですよ」

「う……うん」


フラーグムとしては納得できない部分があるようだ。

曖昧な返事であった。


「グムちゃーん!本当に無事でよかった!」

「リリィー……やめてよー」


リリィは、フラーグムにハグをする。

彼女なりにフラーグムのことを心配していたのだ。

だが、彼女は自分の役割というものを無事に果たした。

そのことがリリィにとっては喜ぶべきものであった。


「なぁ……あの三人どう思う?」

「あの男は知らん。だが、女性二人。豊穣国じゃないな。どっかの国だろ」


ロホとアーガイルは気が付いていた。

セーリスク以外の二人が、豊穣国出身ではないことに。

気配が違う。


「いいのか?」


このことは追求するべきなのか。

そのことにアーガイルは首を振る。


「オキザとお嬢を助けられた。疑うのは筋じゃねぇ」


アーガイルは、二人を救ってくれたことに恩義を感じていた。

怪我をして間に合うことができなかったふがいない自分の代わりをしてくれたのだ。

その恩義は、大きすぎる。

疑うことは恥だ。


「まー、あたしがあれこれいうことじゃねぇな。すまん」

「いいさ」

「敵は強いな」

「ああ、でもなんとかなんだろ」


アーガイル、ロホはこれからの戦いに気を引き締めた。

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