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ヒューマンヘイトワンダーランド  作者: L
六章海洋国編
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十話「襲撃④」


セーリスクと銀狼の剣が交わる。


氷の刃と、鉄の刃が重なりあう。

高音の響きが、その部屋に鳴った。

銀狼は、叫ぶ。


「ほら!もっと!本気だせよ!!そんなもんかよ!」

「くっ……」


冷気を発している。

ずっとずっと。

部屋は凍り付き、足元も霜が走っている。


「ノーフェイス!遊ぶな!!」

「……」


シェヘラザードは、怒っている。

リリィは彼女を観察した。

彼女の体には、冷気の影響はなさそうだ。

だが、ぴしぴしっと時々変な音がする。

先ほどの弾かれた空気。

彼女の魔法は、空間に影響するなにか。

弾く力だ。

もしや限度があるのか。

リリィはそう思った。

であれば、自分よりセーリスクのほうが適任だ。

自分はなんとかして銀狼からセーリスクを離さなければいけない。

彼は自分が相手をするべきだ。

姿を変える魔法。

それが一番の不安要素。


「わかってるって!」


彼は剣を振り、セーリスクとの戦闘を続行する。

剣がぶつかり合うたびに、霜は彼の体に纏わりついている。

こいつには痛覚がないのか。

そう思った。

それに獣人としての筋力や体力が、自分にとっては厳しい。

真正面に獣人と戦って勝てるだけの技量は自分にはまだない。

冷気で、負荷をかけているのに相手に負担になっているように思えない。

焦りが心の中に、現れる。

無駄なのか。

そう思った。

だが、その不安は即座に晴れた。


「そうだ!!セっちゃんもっと相手を追い詰めろ!!私を気にするな!」


え。

そう思った。

自分の魔法を相手は嫌がっている?

相手の表情を観察する。

これは虚栄。

誤魔化しや偽り。

後ろにいるシェへラザードという亜人が怒りを持っているのはそれが理由か。


「なら……出し惜しみはしない」


体からさらに冷気を放出する。

ネイキッドと戦ったときと同じ。

命を削らず、勝てる戦いなどない。

皮膚が凍り付く。

神経の先の感覚が薄れていく。

ああ、心地よい。

命の削れていくこの過程が。

満足感が、セーリスクの心を満たしていた。


その冷気により空間が凍り付く感覚を覚える。

徐々にだ。

徐々にこいつを追い詰める。

自分の有利な環境を作ることを意識しろ。

最後に勝てば、それでいい。


「ちっ……小細工を」


流石の彼も、これを嫌がった。

銀狼の体の消耗を恐れたのだ。

距離をとり、離れる。


「いまだ!セっちゃん!【オムニス・アクア】!」


距離を取った今なら放てる。

自分の最大の武器を。

魔力を一点に集中させる。

今の自分に詠唱は必要ない。


「氷の刃よ!【グラキエース・ラミーナ】!!」

「それは知ってんだよ!」

「【ハプルーン・トイコス】!」


乱魔石を装着した剣によって、セーリスクの氷の刃が弾かれる。

正確に、ていねいに。

氷の刃をひとつひとつ見逃さずに処理される。

水の波も、シェヘラザードの魔法により反発させられあたり一帯に散る。

散った水は、床に落ち即座に凍り付いた。


「……獣人としての視力か」

「大丈夫、徐々に相手を追い詰めている。慌てずいこう」

「はい」


彼がいては、自分の冷気の攻撃は殺される。

自分のやるべきことはひとつ。

彼に致命傷を与えることだ。

追撃だ。

応剣フラガの魔力を開放し、能力を使用する。


「氷の刃……」


詠唱の間に、彼女は攻撃をいれてくる。


「させませんよ」


反発の魔法によって、彼女は直接こちらに飛び込んでくる。

避けようとした。

しかし動きが鈍った。


「!?」

「セっちゃん!」


自分を弾いたのか。

一瞬だけ、自分が強制的に移動させられた。

彼女の杖と、自分の剣がぶつかり合う。

なんだこの人は。


「……!?」


とんでもない力だ。

本当に亜人か。


「生憎力押しも得意なんですよ。貴方がたのせいで仕事が多いので」

「重い……!!」


違う。

これは反発の魔法で無理やり自分に押し込んでいるのか。

力負けする。

やばい。

歯を食いしばって耐える。

こんなところで負けるわけにいかない。

冷気を漏らせ。

相手を凍らせる。

命を奪え、殺せ。

一切のためらいなく、自分の魔力は効果を発揮した。


「……くっ」


反発の魔法にヒビが入る。

やはりだ。

彼女の空気の壁は、耐久上限がある。

そして自分の攻撃はそれを上回れる。


「生意気な!!」


さらに圧力が増していく。

耐えられるか。

いや耐えて見せる。


「セっちゃんから離れろ!!」


リリィが、セーリスクのカバーに向かおうとする。

しかしノーフェイスはそれを邪魔した。


「おいおい、俺のこと忘れんなよ」

「邪魔!!」


ノーフェイスに、聖剣を振る。

獣人であっても、この一撃簡単に受けれない。

しかしそれは、軽く躱された。


「え……」


速すぎる。

それに獣人の動き方じゃない。

リリィの認識というものは、事実とは酷く違っていた。


「勘違いするなよ。今の俺は、獣人の身体能力を持った亜人だ。魔力の身体強化もまだ使える」


彼が、魔法を使用する亜人であることは変わらない。

外側としての肉は獣人でも、中身は亜人だ。

獣人の動きを考えていては、だめだった。


「っ!」

「だからそこをどけよ」

「がっ!!」


強烈な前蹴りにより、リリィは吹き飛ばされた。

受け身をとり、即座に立ち上がる。

ダメージは少ない。

自分の体と相手の攻撃の間に水の魔法を挟み込んだ。

それで勢いは殺せた。


だが攻撃の威力が強すぎる。

どんなからくりだ。

疑問を解消しようとノーフェイスを、観察しようとする。

その足には、黒い炎が纏われている。


「……獣人の体に、魔力による強化。魔法の攻撃。ずるじゃない?」

「ずるってなんだよ。これが俺の戦いかたでな」


筋力、耐久力は獣人と同等。

しかしそこには、亜人の体の使い方。

亜人の魔力による身体強化が加わっている。

だから想定していた動きと認識がずれた。

あくまで力が強い亜人とでも思った方がよさそうだ。


「ウリちゃんかよ。……何その馬鹿力」


普通の獣人だと思って相手をすると、深手を負うことになる。

リリィは、そう思った。


「お前ちょっと強すぎるよ。手加減できねーんだ。こっちは」


ノーフェイスは、リリィのことを深く知っている。

天使のなかでも上位三人は、化け物だ。

奥の手を使うわけにはいかないが、手札をさらすことになる。

アダムも面倒な相手を任せたものだ。


「わりにあわねーな。どうも」

「……ああそう!!」


シェヘラザードの相手もしたいが、この男の相手もしたい。

心の中で、セーリスクに謝罪をする。

リリィと、銀狼は剣戟を繰り返す。

だが何度も打ち合うと徐々に差はでた。

違和感は体に現れていた。

鈍いと。

だが、ノーフェイスはそのことを気にしていなかった。

気のせいだろうと。

それは敗北につながっていた。


水を放つ。

それは、刃物のように鋭さを持った水流だった。

毛が切られ、皮膚が切れる。

血が滲み、凍りつく。

だがそれでも彼は一切躊躇しなかった。

こちらに接近し、笑みを浮かべる。


「そうこれだよ、これ。他人の体だからこそ俺は前に進める。他人の命を無駄にする感覚。最高だね」


自分の体ではない。

模倣した体だからこそ、ノーフェイスは躊躇なく進んだ。

リリィは、この発言に少しイラっとした。

その体は、銀狼の体だ。

決してお前の体ではない。


「そう。いまから、それを後悔させてあげる」


水球を放つ。

銀狼は、それを剣で真っ二つに切ろうとした。

だが切れなかった。


「なっ」

「水が凍るのは、当たり前だよ。」


リリィは、彼が魔法を斬ることに拘っていることにはとっくに気が付いていた。

他人の体だからこそ、他人のできることに執着する。

さっきから避ければいい場面や、魔法で迎え撃つことができる場面でも彼はそれに拘り続けていた。

彼の歪な自尊心というものをリリィは、理解していた。


剣に付着した水は、氷となり剣にこびりついた。

これでは、剣として扱うなんて到底むりだ。

ノーフェイスは剣を捨て、拳での接近戦を挑もうとしていた。


「そうかよ」


獣人としてのポテンシャルと魔力での強化があればいけると思ったのだろう。

彼は、余裕すらみせていた。

剣をふる。

頭部にたたきつけるイメージで振った。

そしてそれは命中した。


避けれると思った。

だが寸前顔面に命中する。

なんでだ。

なんで自分は避けられなかった。


「……!?」

「気づいてなかった?さっきから君の体は遅くなってるよ」


凍傷による動きの鈍り。

ノーフェイスの自らの体ではないという先入観は、その認識を遅らせた。


「【不滅】の剣。けして壊れぬ【不壊】の剣。とことん味わいなよ」


一振りで、体が折れる。

二振りで、内臓がつぶれる感触を覚えた。

まるで鉄塊をたたきつけるように。

何度も何度も剣で殴りつけた。

顔が歪んでいく。

体が、曲がっていく。


「【銀狼】にあの世で謝れ。君は微塵もその体を使いこなせていない」

「くっ……」


再び剣を頭部に振った。

そして。

とめられた。


「ああ、そうだな」

「っ!?」

「俺もそう思ってたところだ。本気だすよ」


彼の体からまた変色した魔力が溢れ出す。

何だこれは。

そう思った。


剣を掴まれた。

これ以上進められない。

銀狼は、こちらに牙を見せる。

そしておおきくかぶりつく。


「ああああ!!」

「リリィさん!!」

「よそ見ですか?」

「くっ」


セーリスクに助けは呼べない。

体から、水を放出する。

水圧で彼を押し出した。


「おお、あぶねぇ」

「……っ」


傷が深い。

失敗した。

油断したのは自分だったか。

今気が付いた。

彼はもうすでに。


「俺は、アンデットの力も多少使える」


彼はアンデットだ。

正確に言えば、模倣した人物がアンデットになっている。


「アンデットの力、獣人の力、亜人の力。それらすべてをミックスしてんのさ、俺は」

「……歪だね」

「ああ、歪さ。だがこれが俺の生き方さ」


傷口を水で洗浄する。

同時に回復魔法をかけた。

傷は徐々にふさがっていく。


「さぁ、第三ラウンド始めようか」


彼は再び顔を変えた。

それは、先ほどと同じ黒布の亜人のものであった。

だが、体は混ざっている。

亜人の顔に、獣人の腕や足。

キメラのようなかたちであった。


一方セーリスクは、シェヘラザードとの魔法との打ち合いを繰り返していた。


「貴方のその殺傷能力は凶悪すぎる。ここで確実に殺す」


彼女は、セーリスクという存在を危険視していた。

コ・ゾラの腕を破壊しかけたときも。

ネイキッドを一番追い詰めたときも。

ウリエルとサリエルを同時に相手取ったときも。

そして最後に、ノーフェイスに放った強烈な冷気の攻撃。

彼の魔法の底知れなさを感じた。

彼の魔法は、氷の魔法ではない。

凍死の魔法だ。

法王国一位の魔法が、ただ燃やし続けるためのものならば。

彼の魔法は、ただ凍らし続けるだけの魔法。

願望や意識が影響される魔法において、彼の魔法は殺意が強すぎる。


それは、法王国第一位の持つ【業火】の魔法と対を為せるかもしれない存在。

その可能性を今潰す。


「【ハプルーン・トイコス】」


空気を弾き、彼に向ける。

見えない。

視認できない。

それでも、彼は見えない何かを明確に視認していた。


「見える」


剣を振り、魔法に向け一振り。


「【骨折り】!!」

「!?」


完全に酷似した。

骨折りと彼が、重なるような幻覚をみる。

心の中の敗北が、微かにうずく。


「なぜ貴方が、その技を!?」

「……?」


セーリスクは、もちろん言っている意味がわからない。

だから無視した。

剣を振る。

勿論見えない。

だが認識はできる。

攻撃を全て弾き、前に進んだ。

シェヘラザードは、怯えで動きが鈍っていた。

セーリスクの攻撃というものを読み切れてなかった。


「【応剣】。能力開放」


地面に落ちた水を凍らせ、刃を形成する。

そして部屋の八方から、氷の槍を作った。

そして囲う。


魔法で、氷を生成。

応剣フラガの能力により、それを誘導する。

氷でこの空間を包む。

彼の考えたことはそれであった。


「なんだ!?この異常な魔力は」

「はっ」


リリィと、ノーフェイスは目の前で起こっていることのおかしさに即座に気が付いた。

この魔法が完成したとき、決着は確実につくだろう。

そう思ったのだ。

そしてリリィは、判断をした。

今、やるべきはノーフェイスの相手ではない。

彼の手助けをすることだ。


「水流よ。彼に応えろ!!」

「待て!なにするつもりだ!」


魔力を全て使い切り、水を生み出す。

彼の力になれるように。

彼の魔法の効果を最大限にするために。

リリィは、それのみを考えた。

氷の刃が、その空間に満ち足りる。

冷気を放ち、空間を凍らせる。


氷が発射される。

冷気は敵味方問わず放たれた。

避けることは絶対にできない。

二人はそう判断した。


応剣フラガの能力。

セーリスクの氷剣。

リリィの水の魔法。

それらすべてが合わさり新たな魔法を生み出していた。

そしてその破壊力は、異常であった。


「がはっ……はぁはぁ」


血まみれになった二人が、そこに立っていた。

肌が切れ、脚や腕には氷が刺さっている。

シェヘラザードは、眼がつぶれていた。


「……まさかここまで酷くやられるとはな」


ノーフェイスも、その場にただ立つことしかできなかった。

体が凍り付いてうまく動けなかったのだ。


シェヘラザードは、自分の体の異常にきがついていた。

呼吸がうまくできない。

体の痛みが、ズキズキと脳を刺激する。


痛い。

痛い。


弾く魔法の防御がここまで破られたのは、始めてだ。

その感覚が、シェヘラザードに強い敗北感を与えた。

この屈辱は、どうすればいい。


「舐めるなぁ!!」


感情が荒れ、魔力が乱れていく。

整えることのできない自身の感情は、魔力に現れた。

それは魔法の暴発。


「やめろ!!シェヘラザード!この一帯を吹き飛ばすつもりか!」


ノーフェイスは焦っていた。

こいつが勝手に死ぬのは構わない。

だがこのままでは自分もまきこまれて終わる。

とめようとした。

だが。


「ああああああああ」


シェヘラザードは、正気を失っている。

体の痛みで、気が狂ったようだ。


「リリィさん!」


間に合わない。

そう思った。

だが、その瞬間介入するものがいた。

【蝶】が舞う。


「酔わせてやるよ。幻妖蝶」


その場一体に、蝶と花が舞う。


「あ……あれ?」

「魔力の暴走が収まった……?」


シェヘラザードの様子がおかしい。

眼の焦点があっていない。

まるで、幻覚をみているような。


「そうだよ。あたしが酔わせたからね」

「誰……?」


赤色の長髪をした女性が、その場に入ってくる。

なんというか花の匂いがする。


「【酒乱】か」


リリィは、その正体に気が付いた。

彼女こそが【酒乱】ロホ・シエンシアだ。


「やばそうだったから介入した。見てるだけでも勝てそうだったしね」

「助かったよ」

「ああ、気にすんな。で。どうすんのお前は?」

「……」


シェヘラザードはまだ茫然と突ったっていた。

ノーフェイスは無言でこちらをみている。


「これはもう無理だな。俺の手に負えない」

「向かってくるならボコるけど」

「嫌だね」

「だろうね」


沈黙が続く。

彼はため息をついた。


「今回は俺の負けだ。次は楽しみにしてろ」


彼は、自身の体を変形させ羽根を生やす。

逃走するつもりのようだ。


「逃がすか!」

「ああ、やめとけ」


その瞬間、羽根のアンデットが外から部屋に向かって何体も入ってきた。


「逃げる準備はいくらあってもいいよな」


ノーフェイスは、シェヘラザードを掴みそのまま外へと飛んでいった。

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