八話「襲撃②」
ステラ達四人は、エスプランドル本部の中の出口を目指していた。
このような襲撃のために備えた出口があったからだ。
彼らは敵の攻撃を警戒しつつ、前に進んでいた。
「フラーグムさんっ!次はこっち!!」
「わかっタ!」
メイドの二人が、フラーグムを誘導していく。
「……っ」
フラーグムは、ふとフォルトゥナがいればと惜しく思った。
彼がいれば逃走も容易だっただろう。
いやイグニスのように剣技と魔法を持っていればどんな敵だって打倒できただろう。
自分はいつだってないものねだりをしている。
彼のような腕力があれば。
彼のような能力があれば。
頭の中に浮かべたのは、いつもそばにいてくれたウリエルの存在だった。
自分には、【国宝級】を扱えるという保証しかない。
どんな状況でも、自分の能力の低さを恨んだ。
「こ……っ」
そんなとき、彼女たちの眼の前には絶望が映っていた。
「……そんなっ」
血や、肉の池だまり。
アンデットが多数徘徊していた。
エスプランドル本部は、既にアンデットの根城へと変化している。
「……やられましたね」
オキザがぼそりと呟く。
アダムがこんな急激に攻撃を強めることを想定していなかった。
そのうえ、戦力が手薄なところを狙われた。
ここはたかが一商会だ。
戦力は既にほかの地域に回している。
狙うメリットは、一つのみ。
ステラの存在。
だが、アダムにとってステラの存在はそれほど大きいものだとは認識していなかった。
予兆がなかったのだ。
だからこそ戦力をそれほど置いていなかった。
攻めるなら海洋国王城のほうだとおもっていたから。
「お嬢さま。覚悟をしてください」
「え……っ?」
オキザの顔つきが明らかに変わる。
敵のやり方というものを認識しているのだ。
敵はあまりにも残虐で極悪という言葉では足りなかった。
屈辱を与えるやりかたでこちらを殺してくると。
ステラが捕まったら、どんな死に方をするかわからない。
そして自分の守るべき主人が、そんな死に方をしていいはずがない。
だからこそ、彼女も覚悟を決め自らの主に進言する。
「どんな手段を使っても。私たちを置き去りにして見捨てても生き残るといってください。私に死ねといってください」
「なんでそんなことを言うの」
「お嬢様」
「……」
ステラは、経営家や商人として優れた才を持っていた。
冷静な判断や、行動力を持っている天才のひとりだ。
だが、それでもここまでの状況に陥ったことは少ない。
彼女の判断力というものは、微かに鈍っていた。
「アーガイル様がいない今。私たちはあの人の代わりに貴方のことを絶対に守らなければいけないのです」
「……わかってるわよ」
自らに尽くす忠臣の言葉を、ステラは素直に受け入れた。
戦闘能力を持たない自分では、彼女たちの役には立つことはできない。
だからこそ、彼女の言う言葉を素直に受け入れた。
「おねぇちゃん……」
オキザの妹エリカは、涙ぐんでいる顔で姉を見つめた。
エリカは、最低限の戦闘訓練を積んでいるがここまでの状況には一度もなったことはない。
頼ることができるのは、自身の心ではなく傍にいる姉であった。
「エリカ。お嬢様のことお願い」
「はい……」
エリカは、ステラの手を握り。
彼女を守るという決意を固めた。
「フラーグム様。私も戦います。戦闘の際は指示を」
「……了解」
フラーグムはその様子を不思議な気持ちで見ていた。
三人の関係というものを、はたから眺めたとき。
フラーグムの心に、言葉では形容しにくい感情が生まれていた。
それは案外嫉妬だったのかもしれない。
彼女たちの中で、戦闘能力を持っているのはオキザだけ。
でもオキザは、自分だけが戦うことをなんとも思っていない。
むしろ守ることのできている自分を誇りに思っているはずだ。
そして他の二人も守られているだけなのに。
彼女たちはいつだって対等なのだ。
そんな感情が生まれた。
だが、フラーグムはそれを言葉にしなかった。
「私だって……並べる一人なんだ」
頭に浮かべたのは、イグニスやリリィたちの姿。
法王国天使七人の中で、自分が一番弱い。
でも私は対等でありたい。
彼女たちと並びたい。
自分は守るべき存在なのに、守られている。
少し心がチクチクした。
今自分は、法王国天使ではない。
でもまたウリエルと会えたら。
ウリエルと仲直りできたら。
恥じることのない自分でありたい。
私は私のやるべきことをやったと。
そのために、自分の想う友人と対等であろう。
彼女たちは、法王国天使を冠するものとして守る。
私は、私のなりたい自分のために強くなる。
「呼応しろ!終末笛!」
魔力を込め、笛を吹く。
目の前のアンデットを全て吹き飛ばす。
「行こう!」
アンデットを飛ばすことで、道をつくる。
アンデットは、国宝級の魔力によって動きを制限されていた。
「打ち消し」の能力。
それは、アンデットの機能も停止していた。
先ほどの羽根のアンデットほどの力を持っていない雑魚であれば、一撃で終わらせることができる。
「凄い……」
フラーグムたちは前に進んでいく。
目的の場所まであと少しであった。
「あと少しです!隠し扉が……」
唐突に首元に刺さる棘のような感情。
それは殺意だった。
オキザと、フラーグムは即座にそれを感じ取った。
二人は、後ろに立っているステラとエリカを押す。
「下がって!!」
「きゃっ!」
その瞬間、その二人がいた場所には大きな穴が開いた。
それは風の魔法。
穿たれた跡が、壁に残る。
危なかった。
あのまま同じ場所にいたら、二人の胴体は真っ二つに分断されていた。
捕獲とか一切考えていない。
殺すことのみを考えた風の魔法。
ギラギラと刃物のような鋭い気配。
その先には、半獣の女性がいた。
フラーグムはその姿を知っていた。
「……機兵大国にいたあの子」
それは、機兵大国から逃走する際。
黒布の亜人から自分たちを守った半獣の女性。
だが彼女は、異様な雰囲気を纏っている。
前とは違う。
こちらを殺しに来ている。
「……前と同じじゃないってことかな」
「……」
彼女は返事をしなかった。
こちらとは会話する気がないようだ。
「【終末笛】!!」
笛を吹き、空気の弾を発射する。
しかし彼女は避けない。
冷静に槍を構え。
振る。
「……」
その動作には美しさがあった。
構える、向く、振る。
そして構える。
所作がひとつひとつ整っていた。
そして斬られた。
終末笛の空気の弾は、別れ分断され二つになり壁へぶつかる。
「早いっ!」
ぎりぎり視認できる速度で彼女は移動する。
壁を走り、ステラの元へと走っていく。
「これでおしまい。貴方は」
ステラの首元に槍が迫ったとき。
オキザはそれを弾いた。
「させません」
「邪魔。そこどいてよ」
マールは連撃で、オキザを攻撃する。
しかしオキザはその攻撃全てを認識した。
弾き。弾き。弾き。弾き。
そして弾き返す。
連撃は止まらない。
だがそれには隙があった。
「呼応しろ!」
「っ!」
終末笛の攻撃を感じ取り、マールは回避に専念する。
マールの立っていた場所には、空気の弾がぶつかり地面が抉れる。
途轍もなく早い。
身体能力は、獣人と同等かそれ以上だ。
だが、それに加えて魔力を感じる。
獣人の身体能力を風の魔法によって強化しているのだろう。
「助かりました」
「二人とも邪魔。なんで邪魔するの」
じっとマールは二人を睨みつけた。
イグニスが助けたという半獣の少女。
同一人物である確証はないが、姿形は年齢以外一致している。
そのまま大きくしたような外見だ。
だが目が荒んでいる。
目の前の現実全てを諦めたようなそんな寂しい目。
髪もぼさぼさで、野生という言葉がそのまま似合う。
「……貴方のことが嫌いで、邪魔だと思っているからよ。それもわからない?」
ぎりと、歯をかみしめマールはオキザを睨む。
「貴方、意地悪。嫌い」
「ああ、そう。私も貴方のことが嫌いよ。奇遇ね」
マールもオキザも、お互いに互いを敵だと認識した。
こいつはここで潰す。
本能的にこの女とは気が合わない。
そう思ったのだろう。
「エリカ。今のうちに逃げなさい」
「え?」
「大丈夫。もう彼が来てるもの」
「……あ!わかった!」
「え!」
エリカとステラは、そのまま出口に走っていく。
幸いマールは手を出さなかった。
あっちに向かっても邪魔をされるとそう判断したのだろう。
「貴方達は倒すべきみたい。ステラって人より先に」
「そう。私もあなたが気に入らなくて殴り倒したいの」
「オキザ……?」
拳に力を込める。
魔力が巡り、筋肉が膨張する。
アーガイルの作った鉄の鎧は、オキザの意志に反応していた。
「【練石】」
「……?」
彼女は手元から石を生み出した。
その石は、とても小さかった。
少しの時間をかけ、やがて大きくなっていく。
それでも、掴めるサイズの大きさだ。
「……」
マールは警戒をする。
相手のやりたいことが不明瞭だったからだ。
今更そんな小さな石で何ができるというのだ。
だがオキザは集中していた。
彼女には、魔法がうまく扱えなかった。
魔法を生み出すことにおいて、彼女は凡人より格下であった。
生み出せるのは、一つの塊の土の弾。
だがそれで充分であった。
足りないのは、肉体。
彼女は誰よりも身体を鍛えることに固執した。
技ではなく、肉体。
積み重ねた研鑽は、彼女をひとつの極みへと連れて行った。
亜人でありながら、魔法をうまく扱えない。
だからどうした。
身体強化のみに集中した。
剣技でもなく、魔法でもなく、知識でも、魔道具でもなく。
身体強化の達人。
それがオキザ。
だからこそ身体に纏うことのできる魔道具をお願いした。
この魔道具には、条件がある。
魔力を通していない間は、ただの鎧であること。
魔力を通しても、硬くなるという効果しかないこと。
一部分だけの小型化はできない。
身体を全て包むことにより、やっと作動させるだけの魔力を得ることができる。
そしてアーガイル、アービル、オキザの三者誰かの魔力でないと動くことはできない。
そんな欠陥を持ちながらも、自身だけに最適化させた。
不完全で、不合理であり。
最適解である魔道具。
彼女はこう名付けた。
鉄鎧【鋼】と。
「……なにをしても無駄」
マールは、オキザに向かって走っていく。
距離は、短い。
数秒でたどり着く。
「オキザ!!」
しかしオキザは、集中力というものを微塵も欠いていなかった。
僅かな魔力で生み出した頭一つ分の大きさにみたない球を。
宙にあげる。
そしてそれを蹴った。
力の限り。
「……っ!!」
マールの顔面にそれが命中する。
顔面の骨にヒビが入る。
痛みと衝撃が、神経を通じて感じ取れる。
マールは動揺した。
獣人の肉体を持ち、そしてそれを魔力で強化した身体。
その体に、魔法なしのただの石で損害を与えた事実。
それを受け入れることができなかった。
「次」
三個ほど、同じ大きさのものを即座に生み出す。
そして再び、脚に最大の力を込めた。
宙を回り、回転し。
体幹を軸にして、回り続けた。
そしてその柔軟な足で連続して蹴りを出す。
蹴りは三つの弾を、マールの顔面を狙うよう放たれた。
三つの弾が、マールめがけて飛んでくる。
「痛い」
マールの頭から血が出る。
しかし目は、次の攻撃を見据えていた。
攻撃を壊そうと、槍を石の弾に向ける。
「!?」
だが動けない。
その笛の音を聞いたから。
マールはある音を聞いた。
脳の思考を止められるようなそんな音を。
「能力開放【終末笛ニル】」
動作の打ち消し。
魔法や、能力ではない分その打消しの範囲は少ない。
だが音量や衝撃によってマールの動きを一秒にみたない時間。
動作を停止させていた。
そしてこのコンマ数秒。
戦闘においては、重要であった。
「がっ!!!」
鳩尾、ふともも、顔面。
それぞれの場所に、石の弾は命中する。
「よし……」
オキザは心の中で、喜びを持った。
これほどの一撃、喰らったら身体のひとつは壊れているはずだ。
まともに動けるはずがない。
でもそうではなかった。
マールはその攻撃を耐えてきった。
「ひどいよ、貴方たち」
倒れることなく、マールは槍を投げるように構える。
「え」
そして投げる。
高速で射出された槍。
風の魔法によって強化された槍は。
その槍は、オキザの胴体を貫通していた。