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ヒューマンヘイトワンダーランド  作者: L
六章海洋国編
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七話「襲撃①」

セーリスクたちが、ステラと会話しているとき。

彼らはいた。

エスプランドル商会に歩みをすすめていく。

アダム含め四人。

その空間だけ異様な雰囲気を放っていた。


彼らの存在に気が付き逃げようとしたものは、アンデットに変化していた。

歩みは、周囲の者を異形へと変えていく。

悲鳴が、汚臭が湧いていく。

喘鳴が死の間際に聞こえた最後の音であった。


「なあ。アダム。なんで今なんだ?連中が来ることを待つ必要もなかったのに」


黒布を被った亜人は、アダムに尋ねる。

このタイミングで、エスプランドルを襲う意図というものがわからなかったのだ。

セーリスクたちが来る前に、襲撃することができればもっと簡単だったのにと。

ノーフェイスは思った。

アダムはその質問に少し考えこむ。


「んー。なんだろうね」

「は?」


ノーフェイスは驚いた。

まさか何も考えず、襲撃しているのか。

そう思ったのだ。


「ああ、ごめん。なんていえばいいのかわからなくてさ」


どうやら言語化するのに、少し時間が必要だったようだ。

再び、ノーフェイスはアダムに質問を投げかける。


「思いついたなら、教えてくれ」

「絶体絶命で諦めている状況よりさ」

「うん」

「もしかしたら。これからもっとよくなるかも!なんて……」


彼は、にやりとノーフェイスに笑顔を向ける。

それは、純粋なのに。

深く黒い汚物のような表情であった。

白い歯が、わずかに見える。


「希望から絶望へ。今喜んでいる方が落ちたとき楽しくない?」


ノーフェイスは、アダムのその返答が気に入った。

彼のこういうところがすきだ。

僧とも思った。

黒布の亜人もまたその顔に、笑顔を向ける。


「ははっ……おれもそれすきだよ。アダム」


彼も上機嫌であった。

アダムはその発言を聞いて喜んだ。

歪な感情を持つことができる同志として嬉しさを持った。


「やっぱ君とは性格があうねぇ」

「最高だな、貴方は……」


事実ノーフェイスはアダムのことを気に入っていた。

彼は屑だ。

どうしようもなく屑だ。

善意も倫理観も介在しない。

只の純粋な悪意の塊。

だからこそ何も考えずに、会話ができる。

もし唐突に自分が彼に殺されたとしても自分は納得ができる。

アダムだからこそそう思うほどに、彼は気に入っていた。


そんな風に会話をしていると兵士たちが集まってくる。


「止まれ!!」

「ああ、集まってきたよ。面倒くさいな」


ノーフェイスは、さすがにめんどくささを感じた。

彼らを相手取る余裕なんてないのに。

そう思った。

だが、アダムは上機嫌であった。

彼らのことなど一切意に介していなかった。


「おい……アダム」

「今はこれで許そう。機嫌がいいんだ」


アダムは、自身の魔法を放つ。

それは、黒く汚れた泥であった。

泥は、兵士の肉体に付着する。

兵士はその瞬間、全身に強い痛みを感じた。


「あっ……ああ」


全身が割れるような。

肉体が歪んでいくような。

兵士の肉体が異形のものへと変化していく瞬間であった。


亜人だった彼の体は、白く変化していき羽を生やす。

まるで彫像かのように兵士の皮膚は変化する。

牙が生え、眼は異質なものに変色する。


「【羽根のアンデット】。さあ、いけ」


羽根のアンデットは屋敷へと飛び込んでいった。


襲撃は起きた。

自分たちが、エスプランドルに到着した。

そのしばらく後に。

自分たちの存在を待っていたかのように。


「皆さんっ!大丈夫ですかっ!」


ステラは困惑していた。

当然だ。

いきなりの爆発は、予期できるようなものではなかった。


「襲撃だ!グムちゃん、セーリスク!構えろ!!」

「はいっ!!」

「うン!!」


リリィは、聖剣を構える。

幸い最低限の装備は揃えている。

自分もフラーグムも戦闘は行えるだろう。

だが、ステラは違う。


「お嬢様、逃げましょう!!」


オキザが大声を出して、ステラの腕を引っ張っていた。


「でも……彼らが……」


エリカやステラは、頭から血を出していた。

怯えや困惑も表情からうかがえる。

彼女は、戦闘行為など行ったことがないのだろう。

この状況に戸惑っていた。


「いい!!お嬢様逃げて!!」


だがリリィはステラを逃がすことを最優先にした。

今この場で邪魔なのは、彼女だ。

戦力を持たない彼女は足手纏いでしかない。


「……っ!」

「逃げますよ!!」


オキザとエリカが、ステラを連れて逃げようとする。

しかしかつて兵士だったアンデットは、それを見逃さない。


「……アンデット……っ!?」


彫刻のような姿をした羽根の男が、ステラに向かって飛んでいく。

腕には、魔法を纏っていた。

爆発の原因はこいつか。


リリィが彼とステラの間に入り、力の限り剣を振る。

しかしアンデットは、リリィの剣に反応していた。

その進化した牙で、リリィの聖剣を受け止めていた。


「あら……素敵な歯ね……」


腕に万力を込め、さらに押す。

しかし離れない。

このアンデットは特別だ。

そう気が付いた。


「【グラキエース・ラミーナ】!!」


セーリスクが魔法を放つ。

氷の刃が、敵に向かう。

羽根の亜人は、旋回し彼の魔法を躱した。


「応えろ!!【応剣】!!」


躱された氷の刃は、軌道を変え羽根のアンデットに突き刺さる。

羽根を破り、肉体を裂き。

血液が、その場に散った。


「……っ!」


ステラにとっては、慣れないものであった。

メイドたちが、彼女の眼を隠す。


アンデットは、セーリスクの魔法を喰らっても未だ生命を保っていた。

それどころか、魔法を自らの手に宿しステラに向ける。

だが、それより早くリリィは動いた。


「ごめんね」


水の刃で、彼の手首を切断する。

手の先が床に落ちる。

魔法は、不発に終わる。

素早く、跳ねる。

リリィは、羽根のアンデットの頭上を取った。


「不滅の剣よ」


おおきく振りかぶって。

力を込め、流れるように開放する。

重さと硬さで、羽根のアンデットの首を叩き潰す。

再生する余裕などなかった。

アンデットはその一撃で地面に伏す。

命が途絶えた。


「……」


セーリスクは、その動きに何も言えなかった。

確かにウリエルや、イグニスに比べると見劣りする。

だが、それは剣技だけの話。

戦闘技能、動きはそれに並ぶ。

これが法王国第二位ガブリエル。

法王国天使の一人。

この人も自分の目指す高みにいる。


「リリィ……」


ステラの声には動揺があらわれていた。

しかしリリィはそれに、笑顔を向ける。


「さあ、逃げて。ね?」

「は、はいっ」


リリィは、フラーグムに指示を出す。

フラーグムはその指示に即座に従う。


「グムちゃんは、お嬢様の護衛。お願いね?」

「任せテ!!」

「フラーグム様、お願いします」

「りょーかイ!!」


ステラと共に三人が部屋を出る。

リリィとセーリスクだけがその部屋に残った。

その空間には、静寂がある。

だが次の瞬間。

濃厚な違和感が、部屋に流れた。

セーリスクは直感で感じ取る。

敵が、アダム配下の一人であることを。

リリィもそれを認識していたようだ。


「セっちゃん来たよ」

「……はい」


彼らは、二人組だった。

亜人の二人。

だが彼らは、死臭と共に強烈な強者の雰囲気を漂わせていた。


「なんだよ……お嬢様。生きてんじゃん……」

「やる気を出しなさい。ノーフェイス」

「ねぇさんは、凄いなぁ。働きものだねぇ……」

「……黙りなさい」


黒色の布で、顔を巻いた男性。

透明な布で、顔を隠した褐色の女性。

明らかな敵。

セーリスクは警戒心を最大にする。

自然と剣を構える手に力が入った。

リリィは、その行為に視線を向ける。


「おいおい、セっちゃん。そんなんでどうするのさ」

「え?」

「張り切りすぎるなよ。大丈夫。私がいる……」


彼女は、セーリスクのことを励ましていた。

敵は、アダム配下二名。

死闘になるのは、確実だ。

敵意も殺意も充分。

敵はこちらを殺す気でいる。


だからこそ、彼を頼る。

この戦いの鍵。

それはセーリスクだ。


「頼りにしているぜ!相棒くん!」

「……はいっ」


互いに鼓舞する。

この戦いの終わりには、二人とも生きて居られるように。

その光景をみて、ノーフェイスはいら立ちを持った。

それは戦場には不要な感情だといわんばかりに。


「なんかムカつくなぁ。そういうの……」

「……」

「無意味だよね。無価値だよね。塵だよね。屑だよね。きっとそうなんだ。そうだよな。そうなんだよなぁ!!お前らもそう思うよなぁ!思えよ!!」

「……は?」

「セっちゃん。まともに取り合うな」

「はぁ……」


なんだこいつ。

目の前の敵が、いつもよりおかしく見えた。

こいつは異常者だ。

関わってはいけない人だ。

そう思った。

コ・ゾラとも、ネイキッドとも違う。

根拠のない狂気。

なんだこいつは。

ただ単純に頭がおかしいのか。

セーリスクはそう思った。

リリィも彼の姿には、無言になった。

だが、彼は次の瞬間乾いた笑いをしていた。


「はは、面白。何その顔。お前らつまらないよ」


その笑顔をみて、セーリスクは背中に悪寒を感じた。

やばい。

ここまで会話がかみ合わないやつとは初めてあった。

本能的な拒否感が体に現れる。


「……君。いかれてるね。思考回路とかの話じゃない。精神が根から壊れてる」


リリィがぼそっと彼につぶやいた。

シェヘラザードも同様なことを考えていたのだろう。


「ええ、同意です」

「そうだ。今日殺そう。きっとそれがいい」


ノーフェイスの殺意が高まっていく。

シェヘラザードは、それでも冷静であった。


「会話など無意味です。即座に仕事をしなさい。ノーフェイス」

「……はいはい、りょうかい」


ノーフェイスは、魔法を詠唱せず火を纏う。

それは、黒い炎であった。

濁った泥のような色。

セーリスクはその色を見て、不快感を持つ。

あれだ。

銀狼を死に至らしめ、フォルトゥナを苦しめた魔法。

継続的な痛みを与える魔法と仮定しておこう。

呪いのような魔法だ。

あれには警戒が必要だろう。


「そう警戒するなよ。解除できるんだろう。お前は」

「……」


解除できる。

彼はそういった。

もしかして魔眼が強制的に発動されたときのことを言っているのか。

あの時は、応剣フラガが勝手にやったからわからない。


「喋るな。ノーフェイス。彼が言うはずないでしょう」

「はいはい、確かにそれもそうだ」


シェヘラザードは、ノーフェイスを叱責する。

二人の相性はそれほどよくないらしい。

そんなことを考えた次の瞬間。

彼の魔法は自身に向いていた。


「お前の死体から聞くことにしよう」


黒い炎が、セーリスクに飛んでいく。

しかしリリィの剣によって遮られた。


「流石。法王国二位」

「貴方は私とでしょう?」


シェヘラザードは、リリィに反発の魔法を向ける。


「【ハプルーン・トイコス】」


しかしリリィはそれすらも捌いた。

聖剣と空気の弾がぶつかり合う音がする。


「まずは五発」


五つの弾が、空中に生成される。

ノーフェイスは、黒い炎によって剣を生成した。

空中の弾は、全てリリィに向かっていく。


「全ては、水。【オムニス・アクア】」


リリィは、水を生み出す。

それは、どんな形にでも変形可能な水の魔法。

壁をつくり、シェヘラザードの魔法を防ぐ。

空気と水壁がぶつかり合い、球の形に水が抉れる。

時間は充分に稼いだ。

あとは彼に、全力でぶち込ませる。


「セっちゃん。全力でやれ!」

「……姿を現せ氷の王よ。【グラキエース・パシレウス】」


躊躇なんてしない。

ここで、全力を相手にぶつける。

氷の鎧を全身に身に着ける。

冷気が巡る。

周囲に満ちる。

そしてその冷気を一点に集中させる。

手のひらからそれを放った。


「全て凍れ。【オムニス・ゲロ】」


「!!」


強烈な冷気が、セーリスクの前方数十メートルに走る。

空間そのものが、セーリスクの魔法によって凍り付いた。

リリィは、水を球体にして自身に纏っていた。

それによって自らの体を守っていた。


確実にその冷気の砲弾は、二人に命中した。

したはずだった。


「……すいません。リリィさん」

「相手が悪い。気にしないで」


ノーフェイスという男は、自らの体によってその冷気を全て受け切っていた。

シェヘラザードには、何の影響は見えられない。

彼の体は、凍り付いて真っ白になっていた。

霜だらけの体で、彼は彼女に主張する。


「……ねぇさん。俺を盾にするって酷くない?」

「仕方がないでしょう。私には耐えられません」

「でもさぁ!酷いよな。ごめんなさいがほしいよな。ごめんなさいが足りないよ?」

「なぜ?」

「なぜぇ???」


事実セーリスクの魔法の威力は激しかった。

反発の魔法を使ったとしても、その冷気とその魔力には耐えることができなかっただろう。

反発できなくなっては、魔法の意味はない。

冷気は、魔法と自らの体を貫通しただろう。

だからこそ、彼を盾にした。

彼には、まだ残基があるから。


「はーー、いてぇ。くそいてぇ」

「……あれ。君の魔法が命中したんだよね」

「……そのはずですが」


セーリスクは目の前の光景に目を見開く。

なぜ平然としゃべっている。

彼の体には痛覚がないのか。

そう思ってしまうほどに、自然であった。

自らの体をなんだと思っているんだ。

そう疑問におもった。

そしてその答えは、即座に帰ってきた。


「まぁ、いいや。第二ラウンドだ」


彼の体から、黒い布が離れる。

まただ。

この光景を既に二人は知っている。

黒布の亜人。

その魔法の正体は、変身。


黒い布が、その亜人の体を包む。

黒炎が、彼に纏う。

変化が、変質が起きていく。


「この体で相手してやるよ」


獣王国反乱軍リーダー銀狼。

ノーフェイスは彼の体を使いこなしていた。

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