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ヒューマンヘイトワンダーランド  作者: L
六章海洋国編
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閑話「日常」


セーリスクは、既に王城からでて城下町を歩いていた。

子供たちの声が、聞こえる。

いまは、夕方だった。

子供たちが、自宅へ帰る時間なのだろう。

兵士たちも巡回しているが、警戒心は以前より薄れている。


獣王の死亡によりに安堵した住民たちは以前より活気づいていた。


国民たちは、新たな獣王が温厚な人物であることを知っていた。

そしてこの国を愛していることも。

それらの情報は、いろいろな憶測を含みながら国中に流布された。

だが大げさな情報はやがて消えるだろう。

アーティオが、噂の類を好むとは思えない。


「……まさかな」


アーティオの話のあと起こったことを思い出す。

ペトラの兄。

ソムニウムは死亡した。


エリーダの報告を聞いた時の彼女の顔が忘れられない。

錯乱し、動揺した。

混乱した子供のようにこちらに泣きついてきた。

だがそれは、拒むことができなかった。


彼女は、親や親類というものを既に失っているらしい。

最後の近しい存在を失ったのだ。

それを無理やりに引き離すことはできなかった。

ペトラは、それ以上話すことはできず無言になった。

あの場での話は、一度解散することにした。

泣きつかれて寝た彼女の顔は印象的で今でも脳裏を離れない。


身体のほぼ半分は、欠損した状態で彼は……ソムニウムは発見されたらしい。

こちらに報告されたのは、それだけだ。

詳しい状況、その時の時間。

詳細は知ることができなかった。


「……忘れろ」


ソムニウムの顔が、頭の中に浮かんできた。

ペトラと話しているとき彼は本当に幸せそうにしていた。

ペトラも嫌がってはいたが、それは本心ではない。

彼のことを親愛していたのだろう。

親代わりの彼は、素敵な兄だったのか。

自分にはわからないが、大切な存在であることは一目瞭然であった。


だからこそ彼女はいまその別離に苦しんでいるのだ。

自分が彼女に声をかけることはできなかった。


自分は中途半端な人だから。


自分には、親も兄弟も親戚もいない。

親は、盗賊に殺されたと噂で聞いた。

物心ついたころから一人で生きていて。

孤独だった。

一人だった。


生きていたらいつのまにか、門番をする兵士になっていた。


「自分はどうやって生きていたんだろうな……」


小さい頃の記憶は覚えていない。

興味も、思いだすつもりもない。

ただ酷く退屈だったことを覚えている。

ずっと剣を振っていた。

近所の人にそう聞いた。

ただひたすらになにも話さず剣を振っているから最初は幽霊だと思ったそうだ。


でもカウェアさんと会ってからのことはよく覚えている。

あの人は、たぶん恩人だったのだ。

カウェアにいろいろ教えてもらった。

彼の奥さんにも、料理の作り方を教わった。

シャリテさんを紹介してもらって。

そうして兵士の皆と関わって、ライラックと出会って。

イグニスさんとマールと出会って。

それで……。


「あれ……いつから自分は……」


コ・ゾラの狂気に触れたとき、自分は初めて生きたいと思った。

でもカウェアが死んだとき、自分があの人の死をそれほど悲しんでいないことにきがついた。


自分は、あの狂気にのまれていると自覚した。

狂気に触れたときから自分はさらに壊れてしまった。

あいつを本気で殺したいと思った。

殺すことのできない自分を本気で憎んだ。

恨めしかった。

強さが。

あいつの狂気を羨ましく思った。


その強さへの妄信を自分は捨てることができなかったのだ。


だからこそ自分は冷たい人なのだと思っていた。

でも振り返れば、自分は温かさに触れていたとそう思った。

自分は、酷く冷たい退屈な生き物なのに周囲の人はいつだって温かさを持っていた。


「僕は一体なんなんだろうな」


何もかもが中途半端で愚か者。

普通にすら自分は成り切れていない。

自分が願ったはずのなにかは、何も叶えることができていない。


ネイキッドの言葉を思い出す。

一人でただ死ぬ。

彼の最後の言葉が、耳から離れない。

なんでなんだ。

あいつは、自分のことを同類だといった。

意味がわからない。

あいつのことは最後まで理解することができなかった。


「……少しでも……近づけているならいいか」


これ以上失うものはない。

自我を捨てろ。

そうでなければたどり着けない。


あいつらに追いつくことはできない。

意志が、心が。

彼らを超えろ。

彼らを殺せと囁いている。

気持ちが悪い。


セーリスクの内面に映っているのは、いつだって血塗れになった彼らだった。

心から消えることのない呪縛だった。

怨念を彼らから与えられていた。


望むことのない意志は、セーリスクという人物を自らの望む英雄にさせようとしていた。

だがそれを彼は気づかない。


彼の思考というものは、酷く極端になっていた。

そしてそのことをセーリスクは自覚していた。


「わぁ!!セーリスクくん!お帰りなさい!」


家に帰るとライラックがいた。

機兵大国に行く前に、彼女とした行為が頭によぎる。

少し顔が赤くなった。

だが、心にも温かさが生まれた。

ああ、これは愛情なのだろう。

目の前の彼女に愛おしさが生まれた。


意志は、頭から消えていた。


「ああ……ライラック。ただいま」


彼の声を聴いて、ライラックは鼓動を感じた。

彼女の顔もまた同様に赤くなる。


「セーリスク君だぁ!」


ライラックは、こちらに抱き着いてくる。

優しい花のような香りが、セーリスクの摩耗した精神を癒していた。


彼女といるときだけだ。

彼女といるときだけ、自分は普通になりきれる。

だがそれは愛おしい普通だった。

幸せというものの形を意識できた。

これがきっと幸せなのだろうとそう思った。


「はは……」


彼女の感触を、より近くより鮮明に感じ取る。

柔らかさが、肌に触れる。

それは、照れくさいものであった。

でも嬉しかった。


「うーん、至福ですな」

「なにがだよ」


においをかぐのをやめてほしい。

すんすんと、こちらに鼻をよせる。

なんだかくすぐったくて恥ずかしい気持ちがする。


「セーリスク君が!」


彼女は、眼をキラキラさせながらこちらに愛情を向けてくる。


そうだ、自分は普通になりたい。

彼女の傍にいられるような普通に。

なれているのだろうか。

近づけているのだろうか。

彼女がいてくれるなら大丈夫だろう。


一度ソファーに座る。


「今日帰ってくるなんて知らなかった!関所がざわざわしてるから……もしかしてっておもったんだ」


どうやら、彼女はなんとなくセーリスクの帰りを予期していたようだ。

まあ、今のごたごたしているときにペトラの馬車が来たら目立つか。


「連絡送る手段も限られているし……ごめんな」


連絡を送る余裕もなかったが、そもそも手紙を送っていたら時間がかかる。

自分の方が早くついてしまいそうだ。

ただ手紙のひとつも送らなかったのは、少し申し訳ないなと思った。


「ううん!大丈夫!」


幸いペトラはそれほど気にしていなかったようだ。

不安にさせていないならよかった。


「目は治ったの?」

「ほら、治ったよ」

「へー?」


セーリスクは、ライラックに自身の眼を近づける。

痛みも霞みもなくなっている。

視力の低下は、多少感じるが生活するうえで違和感はない。

魔力を込めれば、自身の氷の魔法が強化されるのを感じる。

魔眼としての能力は【凍結】だろうか。


「なんかすごいね。氷の結晶みたいに色が変わってる。それでも見えるんだ」

「うん、違和感は感じないよ。両目とも無事だ」


以前の自分の眼は、緑色だった。

だが、今は片方だけ魔眼によって変色しているようだ。

緑と、透き通った氷のような色。

オッドアイというらしい。


彼女に目の異常の原因を説明する。


「原因は、魔力の異常らしい。だからこれ以上悪化することもないって」

「ならよかった。セーリスク君は、怪我しやすいから心配だったんだ」


そういって彼女はこちらの頭を撫でる。

その顔は、慈愛と愛情に満ちていた。


「無理しないでね?」

「……ああ」


やっぱりこの子だけは、泣かせてはいけない。

そう思う。

今度は自分から。

彼女に抱き着く。

彼女はにやけながら、セーリスクに問いかける。


「へへ……どうしたの?」

「いや……可愛いなって思って」

「ええ!!」


顔が爆発したかのように、赤くなる。

それを見て、わらった。


「もう……やめてよ?他の子にいったら許さないんだから」


彼女もそれにつられるように、笑顔になった。


「機兵大国はどうだった?」


ライラックが、セーリスクのいった国について尋ねる。

何と答えればよいのだろうか。

天使との騒動に巻き込まれたおかげで、観光といえるものは殆どできなかった。


「うーん……凄い寒かったよ。僕以外の皆は、凍えていた」

「やっぱり寒いんだ……私苦手かも……」

「まあ、このあたりは温かいしな」


豊穣国は、かなり温暖な気候だ。

ただ植物が育つには適切な環境らしい。

適度に温かく、適度に雨が降る。

一年中凍っている機兵大国とは、対照的だろう。


「寒いところは苦手だけどさ……私も旅行ぐらいは行ってみたいな」

「うん。連れてくよ」

「……わかった。楽しみにしてるね」


彼女と生きていると、約束が増えていく。

まだ叶えることのできた約束は少ないが、これから一緒にいるなかで叶えられたらいいなと考える。


「そういえばイグニスさんと一緒にいたんだよね?またくる?」

「う……うん。また来るさ」


イグニスは行方不明になってるとはいえない。

マールが消えたときも少し不安定になっていた。

それなのにイグニスの話をしったら、もっと不安定になるだろう。


「……イグニスさんは、今忙しいんだ。しばらくそのまま国外にいるらしい」

「ふーん?どうしたんだろう?」


よし。

これでいい。

幸い彼女は、深く疑う性格ではない。

このまま、イグニスさんの話は逸らそう。


「実は、僕もまた国外に行かなきゃいけないんだ。今度は仕事で」

「そうか……仕事なら仕方ないね……」


ライラックは、先ほどとはうってかわって落ち込んでいた。

やはりセーリスクと離れている時間は寂しい様子だ。

セーリスクは彼女に対して謝罪をする。


「ごめん……」


王城からでるとき、あることを言われた。

それは、海洋国に行くこと。

まだ準備などで時間はかかるが近いうちに向かってほしいとのことだった。


「仕事終わりとか。デートしたかったのに……」

「本当にごめん……」


豊穣国であれば、仕事終わりのある程度彼女と関わる時間が取れただろう。

しかし海洋国とここではかなり距離が離れている。

往復でなんて絶対に無理だ。


「国外ってどこ?」


彼女は、気を落としながらもセーリスクに質問をする。

彼がどこにいくのか気になったようだ。


「海洋国に一度行ってみるよ」

「え!?」


やけに驚くな。

彼女は、海洋国に関わりでもあったのだろうか。

彼女のその様子にセーリスクは疑問を持った。


「どうしたんだ?」

「……シャリテさんの話覚えてる……?」

「あー。違うよ。まあ、一瞬考えたけど」

「そうなんだ……」


以前この国が獣王国に攻められたとき、シャリテは海洋国へと移住した。

セーリスクは、そのとき自身の護衛にならないかと誘われたのだ。

彼女はそのとき海洋国に行くことに賛成していた。

いまでもその話を覚えているのだろう。

自分はついさっきまで忘れていた。


「ライラック。今は、海洋国も危険なんだ。君を連れていくのは、もう少し安全になってからでもいいかい?」

「うん……」


いま、いつアンデットがあらわれるのか全く分からない。

アダムの動きが読めないからだ。

動きがわからない以上、こちらも下手に動けない。

エリーダは、ライラックが自分の大事な存在だということを知っている。


ライラックが、豊穣国の土地を離れることがないのならアーティオはきっとライラックのことを守ってくれるだろう。


「そうだよね。わかったよ」

「うん、ごめんな」

「気にしないで、セーリスクくんが私のことを考えてくれているのはわかっているからさ」

「ありがとう……」


ライラックは、理解してくれたようだ。

そのことに安堵した。

これ以上彼女のことを悲しませたくない。

以前泣かせたことをセーリスクはかなり気にしていた。

でも今は違う。

彼女も自分のことを信頼してくれているようだ。


しばらくライラックの傍にいた。

そうしていたら彼女はもじもじと自分に話をする。


「あ……でもさ」

「?」

「今日ぐらいは……甘えても……?いいんだよね?」


そのあとのことはよく覚えていない。




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