三話「衝撃」
しばらく、時間がたって彼女はアーティオに語る。
「アーティオ様。貴方は、元々人間だったのですね」
「そうじゃ。だがこの体は人間とは全く別のものになった。もう既にこの体は植物に近い」
リリィも声を震わせていた。
この世界に残る人間は、アダムとアラギ。
この二人だけだと思っていた。
だがそれは違う。
もう一人いたのだ。
遠い過去から生きている豊穣国の女王。
デア・アーティオが。
アーティオは、自らの腕をこちらに見せる。
セーリスクは思わずその腕を凝視する。
その柔肌は、まるで幼い少女のようだ。
白い肌は、傷ひとつなくまるで芸術品のような美しさを持っていた。
そしてその妖艶さは、彼女からくる精神性からだろう。
思わず見惚れていた。
「ちょ……アホリスク!アーテの肌をそんなに見るな!」
「うぐっ……!」
「ふふっ。からかいすぎたなぁ……すまんすまん」
だが彼女は、それを否定していた。
それどころか自らを植物だという。
それは、妖精と同化した影響なのだろうか。
「……これは、与えられた力。人の身を捨てた歪な力。この世界の理を破るものじゃ」
「理を破るもの……」
そういい彼女は、自らの体から木の枝をはやした。
生命を与える彼女の魔法。
枝は、成長しやがて多くの枝へと分岐していく。
少女の体に植物が生えているという異様な光景が、目の前に映っている。
「!?」
それは、この国に恵みをもたらした。
豊穣を彼女は与えた。
だがそれは、亜人としての彼女の魔法ではなかった。
自然と共にある妖精と同化したからこその能力であった。
自らの一部というべきそれを、彼女は国に与えていたのだ。
「わらわは、この力をもってこの国を繫栄させてきた。法王国が長年欲しがっている力はこれじゃ。わらわの力は、豊穣そのもの。大地に、自然に。自らの命を分け与えることができる」
そういって、自らの体から伸びている植物を更に成長させる。
枝には、花が咲いた。
色とりどりの花は、この世のものではないような美しさを纏っている。
植物は、実を実らせアーティオの手のひらにおちた。
そしてその実はあっという間に熟成を経た。
段々と枯れていく。
花は、全て散りアーティオの足元に散らばった。
「そして奪うことも……なんての」
リリィはその光景をみて、かなり動揺していた。
今までの常識が、その光景を否定する。
「私達はなにを……みているんだ?」
それは、怯え。
彼女のその冷静な判断力。
それは仇となった。
ただ冷静に、警戒心が怯えを与える。
過去の知識が、アーティオを化け物だと断定する。
アダムと同類の化け物だと。
「……そう怯えるな。悲しくなってしまう」
今目の前で起きていることは、亜人としてできることの範疇を超えている。
生命の循環。
この世の摂理を、目の前で実感した。
だが、セーリスクとペトラは違う。
二人は知っていた。
納得していたのだ。
豊穣の力。
亜人の範疇を超えた能力。
それらによって、アーティオが自分たちとは全く違う存在であることを感じ取っていた。
その様子を見たリリィは、驚きを隠しきれずに二人に質問をなげかけた。
「二人は知っていたの……かな?」
リリィが、此方をみてくる。
首を振る。
ペトラの秘密についてどこまでいえる。
彼女に確認をする。
「ペトラ……お前はこれを知っていたのか?」
「妖精のことはちょっとだけ。だけど元人間だとは知らなかった」
セーリスクは、ペトラに質問をする。
ペトラが、アーティオに胸にとある植物を与えられていたのは知っている。
妖精のこととあれは、明らかに関係を持っている。
つまりあれは、妖精の力によってペトラに植え付けられたものだったのだ。
リリィとフラーグムは、ペトラの持っているものに関しては知らない。
そこは触れることができない。
「そうか……」
「そうだよね。私たちは凄いびっくりしている」
アーティオの魔法により、与えられていることはわかっていた。
だが、ペトラも詳しく知らないようだ。
彼女が、自分に嘘をつく必要はない。
本当に聞かされていないのだろう。
彼女の胸にあるものは、アーティオの命の一部。
アーティオによって生み出された植物を身に宿している。
ペトラは、幼いとき死にかけたらしい。
だが、ソムニウムはそれを拒んだ。
一時的にでもアンデットにするか。
そこまで考えたらしい。
しかし彼は、どこかでアーティオの力を知った。
それによって彼女に救いを求めたのだ。
彼女は、アーティオの力がなくては生きることができない。
アーティオとペトラはもはや一心同体に近い状態だという。
「なに?心配してくれてるの?」
「……そうだよ」
「ふーん」
ペトラとアーティオの密接な関係。
自分は、その一部しか聞くことができていない。
だが、それはアーティオの秘密でもある。
そしてそれは、自ら聞くことではない。
ペトラを信じて話してくれることを待っていた。
「これは、命をつかさどるほどではない。ただ少し命の循環というものに関わることができる。その程度の能力じゃ」
その光景をみて、リリィとフラーグムはあることを思い出した。
それは、長年法王国が追い求めているものであった。
「まさか……こんなところで知るとは思ってなかったよ……」
法王国は長年あるものを欲しがっていた。
それは、豊穣国の肥沃な大地。
そしてその根源となる力。
その知識を法王国は持っていなかった。
だからこそアダムと手を組み、豊穣国を弱らせ手に入れるつもりだったのだろう。
アーティオもそれを知っている。
二人もそれを話すつもりだったのだろう。
「思い当たることがあるじゃろ。リリィ。フラーグム。自分から話した方が気が楽じゃよ」
「法王国は、長い間。貴方の力を欲しがっていました」
「それはわかっておる。これを見せたのも、そなたたちを信頼したいからじゃ」
「その力で、法王国を豊かにすることはできますか」
じっとアーティオは、二人を見つめる。
そして、小さく笑った。
「なぜわらわが、そなたたちに尽くす義理がある?」
「……っ」
何も言えなかった。
それは当然のことだ。
散々法王国は、豊穣国に迷惑をかけている。
アーティオが、天使や法王国をよく思っていないのはもうすでにわかっていたはずだ。
「……そう怯えるな」
「え?」
しかしアーティオはそれほど怒りをもっていなかった。
「ふっ。この力はもう手に入るものではない。どうあがこうが、そなたたちの手に余るものじゃよ」
「……」
わかっている。
目の前の光景が、人智を超えたものであることを。
法王国の知識を終結しても、目の前の現象を起こすことは絶対にできない。
いままで蓄えてきた既存の知識が、目の前にいる彼女を受け入れることができなかった。
だからこそ、心のなかに複雑な感情が渦巻いていた。
「アダムはそれを知っている。法王がアダムに騙されているのは変わらないだろう」
「そうですよね……」
やはり法王国は騙されている。
アダムが、豊穣国の女王の秘密を元に法王と交渉をしたのは知っている。
法王には、何かしらの考えがあるのかもしれない。
だがアダムと組むのは愚かすぎた。
それは自分にですらわかっている。
一体法王は何を考えているのだろう。
「まあ、わらわの死体でも一部でも法王国に埋めればなんとかなるかもしれないが……」
「……私たちはそれを望んでいません。全力を尽くしてそれを妨害します」
「ああ、そう願っているぞ」
法王国が、そこまで腐っているとは思いたくない。
だが、アーティオ一人の死で願いが叶うならとやりかねないのが怖い。
リリィは、それだけは避けなければいけないと思った。
「アーティオ様。……貴方は、アダムとはどのような関係なんですカ?」
リリィが、アーティオに質問する。
アダムもアーティオも、数百年前の過去に生きた人物だ。
もしや二人の出自というものは、近しいのではないか。
そう思った。
「わらわが妖精の力に適応したのであれば。アダムはアンデットという力に適合したもの。だがそれ以上は知らん」
「知らない……?」
アーティオは、アダムについて詳しくしらないようだ。
アーティオであれば、アダムについての情報を深く知っていると思ったのだが。
「同じ時代に生き、同じ時代に戦った。だからこそ知っているだけ。骨折りも似たようなものよ。過去の遺産の生き残り。そう思えばよい」
「骨折りさんも……?」
「骨折りもアーティオと同じ年代に生きていた?」
気になる情報がでてきた。
なんでこのタイミングで、骨折りの名前がでてくる。
四人は、頭に疑問を持った。
「……これ以上話す気はない。あやつに聞くといい」
どうやら三人は、同じ時代からずっと生きているようだ。
骨折りとはどのような関係なのか。
だが、アーティオはそれを話す気はないようだ。
「この世界は、まだ変化と進化の途中なのだ。だからこそ、アラギやマールといった存在が生まれる」
変化と進化の途中。
その言葉に少し納得している自分がいた。
この戦いは、過程なのだ。
戦いの最後にまた何か起こる。
そんな胸騒ぎを感じていた。
「変化の途中?貴方は、この戦いは、世界の変化だとでもいうのですか?」
「ある意味そうじゃろう。世界は停滞していた。だからこそ変化が起きた。事実二人の存在によって世界は揺らいでる」
しかしセーリスクは、その言葉に少し違和感を感じた。
これは、怒りだ。
「……幼い少女たちでそんなことを。世界の変化とかわけのわからないことを。……一方的に決めるのか」
「セーリスク……?どうしたの?」
ペトラは、セーリスクの様子がおかしいことに気が付いていた。
「それが……マールちゃんの生まれた意味なのか……?」
「そうじゃ。世界の変化のための礎。それが半獣の子の生まれた意味。世界の変化を与える以上の意味はない」
「……っ!」
アラギという人間の少女には一切あったことがない。
だが、マールは違う。
自分は、彼女のことを知っている。
幼くかわいらしく、イグニスに甘える彼女の姿を。
イグニスとマールは、幸せだったはずだ。
幸せに過ごせたはずだ。
なのに、それは崩された。
世界の変化という一方的な押し付けだ。
そんなことがあっていいはずがない。
マールはそんなことを望んでいなかった。
「それは違うだろう……」
だが彼女はそれを否定する。
マールの幸せに、世界は興味ないといわんばかりに。
「貴方の立場は。役割は。意味は。世界に押し付けられたものなのか。違うだろ……あまりにも理不尽じゃないか。可哀そうだ。彼女が……」
「だがこの命。この体は、押し付けられたものだ」
その瞬間、寒気が走った。
これは狂気や怒り。
あいつらと同じ。
いやそれ以上のなにか。
その瞬間、目の前の人物が何か異様なものに見えた。
「誰が好き好んでこんな体になるか……。そなたになにがわかる?わかったような。理解したふりをするな」
「……!」
「アーテ……?」
怒りがそこにある。
圧倒的な自然と相対しているような圧力を感じた。
目の前に生きているものは、生命ではない。
形容しがたい化け物だ。
この世の理から逸脱した怪物だ。
「……すまないの。怒るつもりはなかった」
「……」
何も言えない。
長い人生のなか、彼女も徐々に狂っているのかもしれない。
彼女もこの世界というものを憎んでいる一人なのだ。
理を超えた彼女だからこそ、最もこの世界の理というものに縛られていた。
「……僕もごめんなさい」
「気にするな。お互いさまじゃ。……少しそなたの言葉を真に受けすぎた」
アーティオもセーリスクもお互いに謝罪する。
彼女もあまり気にしてないようで、安心した。
だが、彼女の狂気を感じ取ったお陰であることを覚悟できた。
「わらわから話せるのは、これだけじゃ。他言無用で頼むぞ」
「はい」
「わかりました」
ペトラとリリィ、フラーグムが頷く。
彼女たちが、アーティオの秘密を口外する心配はないだろう。
そしてアーティオもここにいる人物が、秘密を漏らすような人物ではないと認識していた。
しかしセーリスクは、また何かを考えこんでいる。
どうしたのだろうか。
「どうしたセーリスク。まだなにか聞きたいことでもあるのか?」
彼は言った。
「この戦いは、どうすれば……終わるんですか」
「終わる?セーちゃん?」
「終わらせるつもりか……?そなたが」
アーティオが、その言葉を聞いて目を見開く。
その言葉は、アーティオにとって想定外だったようだ。
「はい。終わらせる。絶対に変えてみせる」
世界の変化や進化に興味はない。
それで悲しみが増えるようでは無意味だ。
全ての原因は、アダムという男だ。
骨折りさんと協力して、アダムを倒す。
この戦いを終わらせる。
そしてイグニスさんとマールちゃんを会わせるんだ。
「……」
アーティオは、なにか思うところがある様子だ。
少し考え事をしていた。
「……どうしたの?アーテ?」
「……わらわに言えることはひとつ。世界の意思を信じるな」
「世界の意志……?」
世界の意志。
彼女は、そういった。
一体なんなのだろうか。
「……世界の意志とはいったいどのようなものなのでしょうか」
リリィが、アーティオに問う。
しかしそれは明確な答えではなかった。
「あれは、この世界から元々あったものではない。外の世界から来たものだ。いつからか、この世界に干渉するようになった」
「何の話を……」
何の話をしているのか、全くわからない。
妖精の話とそれは関係しているのだろうか。
「世界の意志とはな。この世界の変化を与えるもの。世界を変えようとするものに、干渉し歪な変化を与えるもの。あれだけは、信じてはならぬ。……これがわらわの助言じゃ」
「……」
嘘はついていない。
こちらに対する真摯な気持ちで、彼女はこちらに言葉を発している。
今は、その言葉を信じるしかなさそうだ。
そんな時、扉を開けるものがいた。
「エリーダか」
「ペトラ……っ!」
「エリーダ……?」
彼女はとても慌てていた。
動揺し、焦りペトラになにか伝えようと必死だった。
「どうしたの?おちついてエリーダ」
「……はぁはぁ……」
息が乱れている。
なにかあったようだ。
「……落ち着けエリーダ。何があった」
「……ペトラ。これから言うことを落ち着いて聞いてくださいね」
「うん?どうしたの?」
「貴方の兄。ソムニウム・マキナが……死体となって発見されました」
「え……?」
ペトラは眼を見開いた。
それは、大きくペトラの心を穿っていた。