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ヒューマンヘイトワンダーランド  作者: L
六章海洋国編
171/231

一話「帰国」

「やっとついた……」

「ああ。有難うペトラ」

「ははっ……まだこれからだよ。ボクは大丈夫。フォルトゥナを心配してあげて」

「……わかった」


ペトラは、疲労困憊になりながら豊穣国にたどり着くことができた。

魔力的な意味でもある。

だが一番大きいのは、精神的な意味だ。


「……っ」


セーリスクもそれをわかっている。

肩に手をあて声をかける。

ペトラの、身体への負担を心配していた。

彼女は集中力をずっと一定に保っていた。

見た目以上に身体は疲労しているはずだ。

だが彼女は弱音を吐かなかった。

むしろフォルトゥナの心配をしろと彼女は言う。

それに対して、セーリスクは何も言うことができなかった。


フォルトゥナは、一度致命傷を負った。

セーリスクとリリィも魔力の回復に時間がかかった。

頼りになる戦力は、フラーグムただ一人。


「イグニスさんがいれば……」


ぼそっとセーリスクはつぶやいてしまう。

ペトラにしか魔道具の制御はできない。

イグニスがいれば、戦闘を完全に任せることができ防衛だけに集中ができた。

やはり自分たちはイグニスという人物に頼りすぎた。

イグニスを失ったことにより士気が下がっている。

それはセーリスクですら理解ができた。


黒布の亜人とマールとの戦闘もどうなったかわからない。

ペトラは敵からの襲来を恐れていた。

アダム配下との連戦は今最も避けるべきことだ。


ペトラにとって考慮するべき不安というものが多かったのだ。

機兵大国に行ってから、事態は急変した。

これからのことを考えるのを、ペトラは嫌に感じた。


「助かったよ。ペトラちゃん。君のお陰で、なんとか逃げることができたよ」

「……」


リリィに、ペトラは感謝された。

しかしペトラは、その感謝を素直に受け取ることができることができなかった。

無言の間で、彼女を責める。

やはり二人の間には、まだ距離感がある様子だ。


「本当にごめんね……」


謝罪など本当はどうでもいい。

ペトラは、頭のなかを切り替え情報を纏めようと考えた。

リリィに質問を投げかける。


「……君たちのなかに、マールの情報は?イグニスについていた少女の名前だ」

「イグニスについていた女の子の名前カ?」

「そうだ」

「ああ……半獣の子については、ある程度だね。それでも君たちが思っているほど知らない」

「知らない?」


それは意外な答えだった。

半獣の子マールが、一番最初いた国は法王国のはずだ。

だからこそイグニスと出会った。

しかしその法王国が、マールについて知らないとはどういうことなのだろう。


「ミカエルのせいだゾー」


フラーグムは、第一位の名前を挙げる。

なぜ彼女の名前がでてくるのだろうか。

ペトラは不思議に思った。

そしてそれを聞いた。


「ミカエルがなにに関わっている?」

「これ以上追求するな。って」

「単純明快で、わかりやすい指示だ。……イグニスがぬけたからかい?」

「ああ、そうだよ」


ミカエルが、半獣について調べようとしていたのかはわからない。

だが、自分以外の天使に半獣に関することを調べるなといったのは確実にイグニスのせいだろう。


「三位に任せようと当時に言われたんだ。私たちもそれ以降調べるのをやめたからさ。それに……」

「それに?」

「ミカエルは当時イグちゃんのことで相当憔悴していたからさ。その指示に逆らう気は起きなかったんだ」

「……そうか」

「イグニスさんが連れ去って、そのまま法王国を出たんですよね?」


セーリスクも同様に疑問に思ったことを問う。

イグニスの話では、マールを連れ去って勢いのままだと言っていた。

だが詳細な話を彼女はしてくれなかった。


「うん、そうだよ」

「その時の様子は?」


イグニスからは、マールとの出会いを聞けていない。

彼女は、なぜマールを連れて行ったのか。


「ごめんね。私たちもその場にいたわけじゃないから……ミカエルとイグイグがその時の担当なんだ」

「……」


それは、セーリスクの望む答えではなかった。

イグニスからは、マールに関わる詳しい話をそこまで聞くことはできていない。


それはマールがさらわれてしまって、彼女が憔悴していたという理由もある。

そしてマールがアダムとの戦いに深くかかわることはないだろうと考えていた。

イグニス自身が自ら話すことを待っていたのだ。


「もっと……イグニスさんから話を聞いておけばよかった」

「君が気にすることじゃないよ。セっちゃん。悪いのは私たちなんだ。もう少し私たちも半獣について知っておくべきだった」

「そうだゾ。セっちゃん」


セーリスクは、そのことを悔やんでいた。

まさかイグニスが、自分たちから離れることがあるなんて思ってもいなかった。

そしてマールが、アダムの配下と関わっていることも。


「マールはアダムにとって……何かしらの利用価値があると考えている。それについてなにか?」

「半獣の子は、人間の子と対を成す存在だとは聞いていたよ」

「アラギと?」

「詳細は私も知らない。けど……それはこの世界に関わることだと思う」

「世界に関わるだって?そんなに……」

「君ももう気付いているだろう?……あいつはこの世界を終わらせる存在だ」

「大げさじゃ……なくなってきているね。事実、彼は二つの国を半壊に近い状況まで追い込んだ」


否定できない。

アダムの存在によってこの世界は変化を遂げている。

もしも本当にアダムがこの世界の意思によるものであれば。

この戦いはもっと大きな渦となる。

そしてそれはきっとアラギとマールの二人どちらも必要なのだ。


「アダムの目的はきっと二人を使ってこの世界を終わらせること。この世界が滅ぶだけの変化を与えること」

「……っ」


声がでなかった。

これからの戦いの未来を考えることができなかった。

これ以上の戦いはどうなる。

豊穣国と獣王国だけの戦いのはずだった。

しかしそれは、機兵大国と法王国も巻き込み始めている。

いや最初から始まっていたんだとペトラは考えた。

この世界を変える【変化】は、もう始まっている。

そしてそれはアダムという一つの一石から始まっていたのだと。

その石によって、世界という海に大きな波が起きた。


マールとアラギがなにかしらの関わりを持っていることは知っている。

だが、対を成すとはなんなのだろうか。

アラギとマールが、この世界に与える影響がなんなのか想像がつかなかった。


「……最初は、人間の少女と同じようにいつの間にかに生まれていていつのまにかに確保されていた。それ以降は知っているだろう?イグちゃんと旅をしていた。はずだった」

「ああ」


マールもアラギも。

この世界にいつの間にかに生まれていた。

それを産み落とした母親の存在は知らない。

死んでいるかもしれない。

生きているかもしれない。

だがマールは、イグニスと出会えた。

そこで幸せになれれば、よかったのだが。

そうはならなかった。


「……アダムと一緒にいたことは知っていたが。まさかああなっているなんてね……」

「あれは、僕たちも予想外だ。イグニスがあれをみたら気を失う」

「半獣の女の子は、人間の少女と同じ年なんだロ?」

「ああ、そうだよ。そうだったんだ……」


銀狼を模倣した黒布の亜人との戦闘。

そんなとき彼女は助けにきた。

彼女にどういった意図があったのか、こちらにはわからない。

だが助けられた。

あの時は、こちらの体力も限界に近かった。

それを、半獣の女性のお陰で逃げ切れた。

ペトラは、セーリスクのことをちらりと見る。


「マール……」


セーリスクは、あれのことをマールだと言い切っていた。

まさかそんなはずはない。

そう思いたかった。

でも自分もあれはマールだと思う。


「アホリスク。考えすぎるな。きっとマールは洗脳されているんだ。僕たちで取り返そう」


マールの年齢は、まだ十歳にも満たない。

あの女性は確実に、二十歳に近かった。

年齢としては、自分たちに近いぐらいだろう。

身体も精神も急成長していた。


アダムの力で成長したのか。

そしてその成長に何の意味があるのか。

ペトラには理解ができなかった。


「彼女に一体なにが起きたんだろうね」

「ああ」


そんな時彼はこちらを見て言う。


「恐らくだけど、マールはもうイグニスさんじゃないと止められない」

「……止められない?その確信はなんだ?」


彼は、確信をもってその言葉を発していた。

なぜだ。

なぜそう断言できる。

洗脳されているかもしれない。

一時的にでもアダムとマールを分断できれば治せるかもしれない。

でもその可能性を彼は否定していた。


「マールはきっともう覚悟を決めている。何かはわからない。けどあれはもう違う。別人だ。精神の完成度が違う」


セーリスクは、マールをあの一瞬で観察していた。

あの眼は、洗脳されている眼ではない。

明確な自意識をもって、彼女はアダムの下にいる。

そう察することができた。


「僕たちじゃ無理だ。イグニスさんがいないと……マールは」


自分たちでは無理だ。

マールを取り返すことができない。

そして取り返すことができるイグニスは今ここにはいない。


ペトラはその言葉に納得してしまった。

言い返すことができなかった。

苛つきが自分の根底にあった。

何もできていない自分に腹が立った。


「……これ以上のことは、アーティオに報告してから進めよう」


五人は、王城の中へ入ることを決めた。

馬車と荷台を、王城付近に止めた。

フォルトゥナは、セーリスクの肩を借りて足を前に運ぶ。


「大丈夫か?」

「……はい」


フォルトゥナの体は、リリィの回復魔法によって改善されていた。

表面上の傷はふさがり、出血も収まっていた。

しかしそれでも、体の奥底にある痛みというものは消えない。

フォルトゥナは、燃えるような痛みに苦しんでいた。


「……っ」

「早くエリーダに見せたい。急ごう」


ペトラも焦っている。


「ああ」


黒布の亜人によって投げられた剣には毒物が塗り込まれていたのか?

コ・ゾラの毒物を所有しているなら厄介だ。

長時間身体が形を保っているから、あの毒ではないと思うが怖い。


他の要因があるのか。

原因がなんなのか。

セーリスクには全く分からなかった。

そんなとき自身にあるひとつの異変が起きた。


「いたっ」

「え?セーリスクさん……?」


眼に激痛が走る。

一瞬だけだ。

魔力が目の周囲に回ったのを感じた。

その様子をみて、元気のない彼女はセーリスクを心配する。

だが痛みは消えている。


「……?いや、なんでもない」


氷の魔眼が、能力を使用したのか。

なんだ?

【応剣フラガ】の影響だろうかと剣をちらりと見る。

自身の心を疑いたくなった。

直感でなんとなくわかる。

こいつだ。

こいつが勝手に能力を使ったんだとわかった。


「こいつが……勝手に?」


魔眼を【誘導】された。

フラガが、【誘導】の能力によってセーリスクの魔眼を無理やり引き出した。

それしかありえない。

彼はそう思った。


武器が意思を持っている。

そんなまさかがあり得るのだろうか。

セーリスクは脳内で混乱した。

でもなんで。

こいつはなにに魔眼の能力を使ったんだ。

セーリスクが思案にふけているとペトラに頭をたたかれた。


「アホリスク。フォルは、エリーダに預ける。いいね?」

「ああ、そっちの方がいい」

「君も体の影響は大丈夫かい?」

「僕は大丈夫だ」


ともかくフォルトゥナは一度休ませるほうがいい。

フォルトゥナの能力は、貴重だ。

今は、回復を優先させよう。


「いや……私はまだ……」

「無理しない。口を閉じて」


ペトラが、フォルトゥナの言葉を無視する。

それは優しさからくるものであった。


ペトラたちは王城の奥へと進んでいく。

歩みを進めるなか、ちらちらと視線を感じた。


王城内では、当然疑問の声が聞こえた。

なぜイグニスがいないのかとか。

リリィと、フラーグムのことを誰だと怪しむ人物もいた。

しかしそれらは無視した。

真っ先に報告すべき人物がいた。


「ペトラっ!」


エリーダが、ペトラの元へ駆け寄ってくる。

ペトラも、彼女の顔をみて心のなかにゆるみが生まれた。


「エリーダ!」

「どうしたんですかっ。何がありました」


ペトラは、エリーダの胸元に飛び込んでいく。

その唐突な行動にエリーダは驚きを持つ。

ペトラの声は微かに震えをもっている。

精神が不安定になっていることを察することができた。


「イグニスが……」

「イグニスさんが……?」


ペトラと共に来た四人を見る。

セーリスクとフォルトゥナがいる。

しかし二人知らない人物が見える。

彼女たちの素性を知りたいが、それより知るべきことがある。

この場で信頼できて、平静を保っているのは彼だけだった。

エリーダは、彼の眼をじっと見つめる。

彼もそれに即座に答えた。


「セーリスクさん。報告を」

「法王国天使四人とアダム配下。機兵大国で二つの勢力との戦闘がありました」


エリーダは、頭の中で思考を集めた。

彼らには伝えていない事項と、それらのタイミングはかみ合っていた。

いや狙われたことだったのだ。

彼はさらにこちらに情報を与える。


「その結果イグニスさんと分断されて……合流することはできませんでした」

「……成程」


彼らは、機兵大国で戦闘をすることになったようだ。

機兵大国なら大丈夫だろうと思ったが、それは甘い考えだったか。

それに、法王国の天使との戦闘。

アダム配下との戦闘は予見していた。

だが、法王国がこのタイミングで仕掛けてくることは全く頭に入っていなかった。

これは大きな損失だ。

イグニスというカードをあちらに取られてしまったのだ。

此方の主力である骨折り、イグニス。

片方が失われてしまった。

プラードは、獣王国の王となったためもう気軽には動けない。

二人でなんとか天使を凌ぐのが、計画だった。


エリーダは冷静に現状を観察する。

セーリスクの報告が正しければ、彼らは戦闘をしたはず。

重傷者がいないか。

それとも身体になにかしらの異常が存在しないか。

彼らの身体を視認した。

浅い傷はあるが、重傷ではない。

心のなかで安堵した。

だが一人だけ呼吸が安定していない。


「フォルトゥナさんの様子だけおかしいですね」

「はい。毒物かもしれません」


フォルトゥナだけは身体に異常を持っていると判断できた。

顔色が明らかに悪く、身体は弛緩している。

体に力を入れることができなくなっていた。


「まずはフォルトゥナさんをこちらへ」

「はい」


エリーダの部下である医者が、フォルトゥナを担架によって運んでいく。

フォルトゥナも大人しくその指示に従った。

これで少しでも体調がよくなればいいのだが。


エリーダは、ペトラを優しく抱く。

まるで実の娘を、いたわるかのように。


「落ち着いてくださいね」

「う……うん」


ペトラの精神は先ほどより安定していた。

なじみ深い人物と会話できたお陰で、良い方向に働いたのだろう。


「私には、ひとつ知りたいことがあります」


イグニスのことも大事だ。

しかしそれ以上に聞くべきことがある。


「貴方がたは?」


ペトラがこの状況で連れてきた二人。

重要人物でないはずがない。

イグニスの離脱に関係しているのだろう。


リリィは、エリーダの質問に答えようとする。

今は身分を明かすのが先決かと彼女は考えた。

怪しまれたままでは、話が進まない。


「……私たちは」

「いえやめましょう。話は、アーティオ様の前で」


周囲を見渡し、こちらに彼女は近づいてくる。

そして小声でこう伝える。


「ここでは誰が聞いているか。わからない」


敵である可能性あるが、敵意は感じない。

だが、この状況。

身元はわからない。

だがここまで連れてきたペトラを信じよう。

エリーダは、二人を迎え入れる覚悟をした。

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