十四話「回想の中で」
「ではイグニス様。マール様。客室にご案内致しますね」
アカンサスは、イグニス達をまた別の部屋に案内した。
その部屋は、食事した部屋からはそれほど離れていなく客の負担を考えた場所にあった。
豪華とは言えないが、しっかりした作りとなっており
旅の途中にある宿と比較できないほどの綺麗さだった。
その部屋には、屋敷の廊下と同じように何かしらのお香が炊いており、
イグニス達の鼻腔をくすぐった。
ただ先ほどとは違う匂いのようで少し違和感を感じた。
「これはどんな匂いなんですか?」
「安眠に関するものです。うちの商会でも人気の商品ですよ。気が向いたら是非お買いになってくださいね」
この匂いは安眠に関するもののようだ。
なるほど確かに落ち着くにおいだとイグニスは感じた。
「いい匂いだね」
その匂いにマールは気持ちがよくなっていた。
いまにも眠りにつきそうだ。
「これは眠りにつくのもはやそうですね。私はこれで失礼します。なにかしら必要なものがあればいつでもお呼びください」
そういいアカンサスは部屋からでていった。
長旅で疲れているイグニス達のことを気遣っているようにも感じた。
「じゃあ、マール。そろそろ寝る支度をしよう……」
言葉を言いきる前に、マールは疲れ切っていって布団に倒れこむように寝ていた。
緊張することなく、完璧に安心しきっているのだろう。
その顔は安堵に満ちていた。
「疲れていただろうしな。俺も甘えて、休むか……」
イグニスは、倒れこんでいるマールをしっかりとベットにねかせ、布団をかけてあげた。
「こうしてみると、やっぱりかわいいな」
まだ子供を持ったことのないイグニスだが、
その心には母性本能のようなものが渦巻いていた。
実際マールと出会ってから、イグニスは自身の事柄よりマールを優先してきた。
現時点の幸福はマールに優先してきた全てが報われてきたようにも感じた。
「君のこともっと幸せにしてあげたいんだけどな」
イグニスはそんなことを呟き、自身もベットに入っていった。
それは遠い記憶。
法皇国の日々であった。
その時は、誰もが自身に頭をさげた。
頭を下げることがないのは自身と同じ立場の者だけだった。
神に仕えるものとして、剣術も魔法も手を抜いたことはなかった。
どうやら自分は他のものより魔法の技術も剣も優れていたようで負けることはなかった。
ある人を除いて。
その人は自分が憧れる全てをもっていた。
人々に対する態度も、言葉遣いも、日々の所作ですら何もかもが美しかった。
自身の言葉遣いを恥じて、治したこともあった。
そんな私をみてあの人は笑っていた。
光に当たり輝く白い長い髪、赤い紅玉のように美しい目。
あの人の纏う白い鎧はその美しさは際立てていた。
私はあの人に恋をしていたのだ。
ただ見捨てられたくなかった。
でもある日その人より救いたいと思ってしまう存在ができてしまった。
その子は、たまたま視察で訪れた施設であった。
それはおそらく山猫の半獣の少女。
その髪と体は、酷く汚れており傷ついていた。
水で濡らされた体は、酷く震えていた。
同情の気持ちなど微塵も沸いていなかった。
そのものを確実に見下していたから。
半獣というのが、この国ではいてはいけないということをしっていた。
本来生まれるべきものではないから。神の創造に反しているのだ。
話を聞くに、母親は既に刑にかけられて、父親は見つからないということだったらしい。
ただその子の声を聞いた瞬間、自分の運命が変わったような気がした。
そこからは、自分でもよく覚えていない。
自分の所属している場所を抜けだし、身分を隠してその少女がいた施設を潰した。
それからは逃亡の日々だった。
髪を切り、顔を傷つけ人相を悪くし誰にもきづかれないように試行した。
幸い多くの人に顔を出すことはなかったので、民衆に紛れてからは探されることも少なくなった。
少女を守るために、言葉遣いを元のものに戻す努力もした。
ただ少女には、純白のあの人のように綺麗な優しい言葉遣いでいたかった。
最初は、警戒していた少女もだんだんと信頼してきてくれた。
最終的には甘えてきてくれるようなったのは嬉しかった。
逃亡のなかで、中立国という国の話を聞いた。
差別もなく、多くの難民を受け入れてくれる夢のような国だと。
半獣の少女をこれから幸せにするためには、この国に行かなければならない。
そう自分は確信したのだった。