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ヒューマンヘイトワンダーランド  作者: L
五章 機兵大国編
169/231

閑話「予兆」


そこは海の上であった。

青い海の中、一つの船がポツンと漂っていた。

空は、薄暗く天気はよくない。

その船に乗っている船員たちも心の底で不安を感じていた。


「今日は怖いな」

「ああ。何か起こりそうだ」


こういった日の勘は、悪いことに良く当たる。

天気がこれから荒れるかもしれない。

そしてその最中になにかしら起こるのだ。

言語化できない不安が、心の中で生まれた瞬間。


「あははははぁぁあ」


ある人物の大笑いが聞こえる。

船員たちは、またかと呆れた。

それは、いつものことであった。

その人物は、時と状況を考えない。

船員の一人が、その人物のいる部屋に向かった。

強くその部屋の扉を開ける。

船員の苛立ちもピークであった。


「お頭ぁ!」

「なんだいなんだい!落ち着いて酒も飲めない!」

「くそでけぇ声が聞こえましたよっ!」

「ああ?あんだってぇ?」


鮮血のように赤い髪を持った女性が、多くのガラス瓶を地面に転がしていた。

その部屋は、強いアルコール臭が漂っている。

女性の顔は、赤くなっていた。

眼も座っている。


「またかよ……」


彼女は、相当飲んでいる。

目の前にいる女性が、激しく酔っていることが理解できた。

そしてそれは恒例のことであった。


「お頭。仕事中に酒飲むのやめてくださいっていったじゃないですか……」

「ああ……?飲まなきゃやってられないだろ」


船員は、彼女に文句をいう。

この船において彼女は一番上の立場であった。

彼女はこの船の中心人物だ。

そんな人物が、仕事を管理してくれないと他の船員たちが何を起こすかわからない。

彼女が、現場にたっていることは重要なことであった。


彼女は面倒くさそうに話を聞きながら、瓶の残りを確認する。

もう酒は、その瓶に入っていなかった。


「あれ?」


瓶を逆さにして、一滴でもないかと確かめてみる。

しかしでてこない。


「あれぇ……?」


でてこない。

そのことを理解するのに、数秒の合間があく。

そして理解したとき。

彼女は盛大に舌打ちをする。


「ちっ!しょうがない……」


ぽいっと、今持っている瓶も地面に捨てる。

彼女は、あくびをした。

大きく口を開けて、息を吸う。


「仕事にでも集中するかね」


コートを羽織る。

自身の武器である魔道具のグローブをはめる。

葉巻の収納箱をコートの内にいれ、彼女は立ち上がる。


「待たせたね。いこうか」

「よかったです……お頭」


なんとか仕事に集中してくれそうでよかった。

船員は、心から安堵する。

そんなとき、甲板から声がした。

何人もの人物が、走りまわっている。

そんな音が聞こえる。

武器の音も聞こえてきた。


「なんだ?」


急いで、その場所に向かう。

二人は、焦りを持っていた。

なにかしらの問題が起きたのか。

どれほどのものなのか、それを考えた。


「五月蠅いねぇ!お前らは!」

「幽霊船です!お頭!」


船員の一人が、その女性の質問に答えた。

その指さした先には、ボロボロの船があった。

到底人の乗れるものではない。

しかしその船は、広い海のなか航海をしていた。


「どこだい……?風景が揺れててよくわからないんだが」


酔っている頭では、どこにその船がいるのか判別ができなかった。

ひとりの船員は頭を抱え、もうひとりの船員は驚きを持ちつつも女性を心配した。


「飲みすぎですってお頭!!」

「飲みすぎだって!?」


自身の部下にそう指摘されたことを驚きつつ、彼女はさらに酒を飲む。

喉を通る音が、周囲に響き渡る。

もちろんその音を聞いている部下たちは、心のそこから彼女というものに驚いていた。

まだ飲むのかと。


「はぁ!すっきりした!」

「そういいながら、酒飲むのやめてくださいっ!」


酒での苦痛は、酒で消す。

そう言いたげに、彼女は多くの酒を消費していた。

そして飲み切った酒の入れ物を地面に置く。

彼女は、手にグローブ型の魔道具をつけていた。

魔道具に魔力を込める。

その指さきからは、小さな火がでた。

そして彼女は懐から、葉巻を出す。

葉巻に火をつける。

大きく息を吸い、その香りを楽しんだ。


「目標は発見した!仕事だ。お前ら!!」

「あい!お頭ぁ!」


指示を部下たちに与える。

自分たちが今回航海していたのは、あの船を探すためであった。

最近、この辺りにアンデットの乗る船が見つかっていた。


海上にいるアンデット。

明らかに人の手が加えられている。

わざわざアンデットを生み出す馬鹿がいるとは聞いていたが、狂っている。


そして同時期に、行方不明になる船が増えていることも情報として挙がっていた。

自分たちの上は、こう判断したのだ。

行方不明になっている船は、アンデットの乗る幽霊船と出会ったのだと。

ともかく痕跡が一切残らないというものおかしい。

略奪品されたものであってもある程度市場に出回る。

しかしそれはなかった。

行方不明になった人物に関わるものは一切でてこない。

金品や人身売買目的でもない。

そして幽霊船。

彼らは、あの船をつぶさないとまずい。

そう考えていた。


「今回の報酬で、何買おうかなぁ」


その女性。

【酒乱】と呼ばれる亜人。

ロホ・シエンシアは、そんなことを考えていた。


アンデットといっても、ある程度の戦力があれば殲滅は可能だ。

そのある程度集めるのが、苦労するのだがこの船の戦力は充分に足りている。

もちろん法王国に借りを作ることは一切考えていない。

最近の天使の動きはきな臭すぎる。

頼るとろくなことがなさそうだ。


上も真剣にこの依頼について考えているがわかった。

戦力のために自分と、【彼】が派遣されたのだから。


「呑気だな。この船はいつもこんな感じなのか?」

「へぇ……そうです。アーガイルさん」


眼鏡をかけた理知的な男性が、船員の一人に話をする。

彼は落ち着いた雰囲気で、現状を観察していた。

【鉄葬】アーガイル。

彼もまた船に乗っていた。

後ろに、顔を隠したメイドの二人が立っていた。

一切の肌の露出が、みえない。

その二人のメイドは異様な雰囲気を持っていた。

ロホはその女性の正体を知っていた。


「あんたも女連れで、こんなところにお疲れ様。どうだい一杯やるかい?」

「馬鹿なのか、アホなのか。どっちがいい?」


彼はそう淡々と吐き捨てる。

彼女の調子に付き合っていると頭がおかしくなる。

しかし彼は、ロホのその様子に慣れているようだ。

ロホもアーガイルの対応はわかり切っていたようで大して怒りをもっていなかった。


「はぁ。つれないねぇ。いい男は酒を飲むもんだ」

「状況があるだろう」


時と場合を考えろ。

彼はそう言いたかった。

しかしそんなことを言っても無駄だと理解している。

彼はそう以上彼女を注意することを諦めた。


「……ロホ。今回はお嬢もかかわっている。仕事をやりきれよ」

「わかってるさ。うちらだって普段は国防もしてんだ。へまはしねぇよ」


ロホの集団は、国における海軍に属していた。

海賊船の撃退。

海洋の管理。

不審船の発見。

国防の一部を担っていた。

そしてそのひとつとして、今回の任務を任された。


「……」

「どうしたんだ?考え込んで」


だが今回の任務はいろいろと不自然なところがあった。

先ほど話にでた【お嬢】。

お嬢は、商会を持っている。

アーガイルの所属している商会だ。

そしてその商会は今回の依頼に大きくかかわっている。

不自然なほど大きくだ。

それほど異常な事案なのか。


「なぁ……今回の任務。一体どういうことなんだい?なんであんたらの商会がここまで踏み込んでくる?」


今回は、自分たちの部隊だけで対応可能な事態だと思っていた。

しかし上は明らかに何かに対して警戒をしている。

自分とアーガイルは、海洋国でも上澄みだ。

強さは、天使とでも張れる自信はある。

だが今回は、二人で協力してくれと念押しされた。

なにかあるのだ。

この仕事には。


「……獣王国の悲劇は知っているか?」

「ああ、革命の終わりに起こった大量のアンデットの出現だろう?新しい獣王も結構動き回る羽目になったとか」

「それを起こしたやつが……人間の男が、今回の幽霊船の原因らしい」

「へぇ……」

「焦ってるんだよ。こっちもそっちも。その人間の対処に」


ここ最近やけに、おかしい事が頻発している。

豊穣国、獣王国におけるアンデットの出現。

法王国では、天使たちの動きが違和感を感じる。

機兵大国も、今までにないくらい活動の情報を流すことがなくなってしまった。

そして自分は、アダムと名乗る男と半獣の女性に会った。

経験で感じ取っていた。

この先世界は大きく動くことになると。


「まぁ……情報の真偽の確証は得られていない。俺らは、この仕事を全うするだけだ」

「そうだねぇ。色々考えるのは私も性に合わない」


アダムと名乗る男の顔がちらつく。

あの男の底が知れなかった。

心の底から湧きたつ嫌悪感。

自分の人生の経験でわかっていることがある。

あれは一端でもかかわってはいけないタイプだ。

自分の命は終わる。

そう思って全力で逃げた。

恐らく彼は、この事件の対処に自分が対応することを知っていたのだろう。


「攻撃開始します!」


船員が、団結し武器を構える。

幽霊船に、魔力による迎撃が行われる。


「豊穣国からこーそり仕入れた魔道具だ。威力は段違い。燃費は悪いが、いい音だろう」


普通魔法道具の火力というものは、その魔法を鍛えた人物を超えることはない。

しかし今回の魔道具は、そういった制限を無くしていた。

魔力を消費することには変わりはないが、属性の制限がないことは有難い。

獣人のメンバーも標準を定めるだけで、既に込められた魔力を使うことでその魔道具を使用することができていた。


「金がかかっただろう?」

「今回だけはいいってさ。私も叔母さんの手伝いをすることになったし」

「あー。エリーダさんか」


今回このような武器を用意できたのは、自身の叔母であるエリーダ・シエンシアの助力も大きかった。

ペトラを育てた彼女は、ペトラの開発した魔道具の管理も許されていた。

デア・アーティオも今回の幽霊船の件も知っている。

遠慮なく借りることにしよう。


「……目標沈没しました」

「終わったみたいだ」

「……おかしい」

「ああ。あっさりすぎる」


魔力の弾は、幽霊船に直撃した。

反撃は一切なかった。

一撃、二撃と攻撃が入るたびに、その船は原型を保つことができなくなっていた。

大きな飛沫が、空中に舞う。

幽霊船の一部が、海に落ちた。

このまま終わってくれれば、船員たちはそうおもった。

そして終わったのだ。

恐怖を覚えるほどあっさりと。


「……」


船員たちもなにか不安そうにしている。

あのような異様な雰囲気を持っていた船が、こんなあっさりと沈むのかと。

そういった疑問だった。

ロホは、そういった雰囲気を好んでいなかった。


「仕事は終わった!とっとと帰るぞ!」

「……はいっ!」

「いいのか?」


せめてしばらくここにいるべきではないのか。

アーガイルはそう思った。

もしものこともある、現状を少しでも観察すべきだ。

しかしロホはそれを断った。

それは彼女の経験からくる推測であった。


「いい。今が引き時だ。嫌な感覚がする」


まだ何か控えている。

ロホはそう考えていた。

もしもあの幽霊船が、撒き餌だったら。

あの船を警戒し、準備して戦闘を挑むもの。

それを待っている。

あれは、おとりでありこちらは釣られた。

そんな獲物として見られている感覚をロホは、知っている。

葉巻を胸から取り出して、彼女はそう言う。


「お前がいうなら、わかった。お嬢にも……」


そんなとき、海が割れた。

何者かが、海底から出てきたのだ。

大きな水の音が、船に響いた。

そしてそのものは、船に着地した。

船の木の板は、折れていた。

幸い、船員はその人物の着地を躱していた。

あれを体で受けて居たら、体は原型を保つことなど絶対にできない。

体重は、200キロ以上。

身長は二メートルを大きく超えていた。

眼を、布で隠した虎の獣人がそこに立っていた。

盲目の獣人であった。


「……っ!?」

「こいついままでどこに……?」

「……海で待ってたんだろ」


彼が、どこにいたのか。

それが一瞬わからなかった。

だが少し考えてわかった。

彼は、海中の奥深くで待機していたのだ。

自分たちが幽霊船を攻撃する瞬間を。

しかし脳が理解を拒否した。

あの時間を生身でずっと待っていたのか。

どうやって。

息もできない体も不自由な水中で。

彼は待っていたのだ。


「おい、なんだこいつ……」

「俺が知るかよ……っ」


豊穣国にも、獣王国にも、機兵大国にも。

こんな獣人の情報はなかった。

盲目の虎の獣人。

彼は、体に鎖を纏っていた。

自分たちは、彼の存在を知らない。

彼は口を開く。

その声は、酷く低く絶望に包まれていた。



「この世界は……汚れている」

「っ!全員回避しろ!!」


彼は、身を大きく捩らせる。

全身に力を入れているのだ。

体は盛り上がり、前腕は膨張していた。

攻撃がくる。


「【周破】!!」


周囲全体に、伸びた鎖が暴れだす。

回避できなかったものは、首が飛んだ。

何人かの肉体がはじけ飛ぶ。

自身の肉体を守れたものも、骨が粉々に折れていた。

何人かが、四肢の欠損によりうめき声をあげた。

ロホとアーガイルと、その他十数名。

万全の状態で回避できたのは、それだけだ。


「不遜な鉄よ。【アロガンス・フェッルム】!」


アーガイルは、鉄の魔法を使用する。

手のひらから鉄が、多く生成される。

鉄は、伸び盲目の獣人を覆った。


「あああぁ!!」


盲目の獣人は、自身を囲う鉄を何度も殴打する。

たった一撃でも、鉄は変形しきっていた。

これでは、何度も耐えることはできない。

時間稼ぎをすることで精いっぱいだろう。

拘束なんてできやしない。


「今のうちだ!逃げれるものは、海に飛び込むか、ボートを用意しろ!」

「アーガイルの兄貴は!!」

「俺たちは時間を稼ぐ!!とっとと逃げろ!!」


その指示に従って、船員たちは即座に行動を起こした。

迷いや躊躇はなかった。

自分より上のものが、そういった指示を下している。

それだけで、彼らは迷いというものを一切捨てきることができた。

海の上に、小さな船が落ちる音がする。

彼らも流石だ。

僅か数秒の内に的確な行動を実行できている。

アーガイルは口にはしなかったが、彼らのその素早さに感心した。


「ロホ!!頼むぞ!」

「花が散り、蝶が舞う!【フロール・マリポッサ】!!」

「……」

「よし、効いてる」


周囲に魔力によって生成された蝶や、花があたりに飛んでいた。

それは、現実的なものではなかった。

魔力によって作られた偽物。

それが、ロホの魔法。


ロホ・シエンシアの魔法は、幻覚、幻聴の魔法。

盲目の獣人の思考回路を遅らせる。

判断が鈍ったのか、彼の体には数秒力が入っていなかった。

しかし彼には、眼がない。

幻覚の能力は意味がなかった。

数秒の合間によって行動を再開する。


「【周破・波打】!!!」

「【アロガンシア・フェッルム】!」


波打ってこちらを的確に狙ってくる。

眼が見えないのではないか。

それなのに、此方を正確に狙えるのはなぜだ。

そう考えた。

だがこの悩み一切無意味だ。

わからないことに思考を使う余裕はない。


両腕にまかれた鎖が一直線に、二人を狙う。

アーガイルの鉄の魔法により、その攻撃は塞がれた。


「【サーベル】!」

「【幻妖蝶】!!」


鉄を剣の形に生成する。

ロホは、自身の魔力を蝶にかたどり敵に向ける。


「ロホ!こいつは危険だ!ここで仕留める」

「ああ!」

「救わなければいけない。この世界を。命を。」


アーガイルと、ロホは覚悟を決めた。

こいつを野放しにするのは、危険だと。

どのような影響が、海洋国に与えられるのか。

それがわからない。


敵は、鎖を構えこちらの動きを待っていた。

アーガイルは、鉄の剣を盲目の獣人に飛ばした。

盲目の獣人は、鎖を振り回すことによりそれを全て弾き返した。


「こっちがお留守だぜ!!」


その直後、魔力により作られた蝶は獣人の全身に直撃する。

痛みは少ない。

それによって与えられた影響。


「……っ!?」


全身の倦怠感。

平衡感覚の喪失。

ロホ・シエンシアの魔法は、相手を【酔わせる】ことであった。

そのあまりの異変に、獣人は膝をついた。


ロホはその隙を見逃さない。

その間、数十センチ。

超接近戦。

それこそが、ロホの本領発揮できる空間であった。


「【幻妖蝶・連羽】」


【蝶】を何度も獣人の体にぶつける。

ダメージは少ない。

だがこれで時間を稼げる。

そして次の攻撃を仕掛ける。


「魔道具【火錬】。【連打】」


手に装備しているグローブ型の魔道具に魔力を込めた。

その魔道具は、発火する。

火を纏い、彼女は獣人を何度も何度も強く殴打した。


「……」


獣人は、その攻撃の連続に防御するしかなかった。

だがそれは防御ではなかった。

彼は、自身の次の行動の準備をしていたのだ。


「ロホ!下がれ!」


大きく息を吸い、咆哮をする。

まずい。

耳を塞いだ。

しかしそれでもだめだった。

至近距離にいたロホは、失神しかけた。


「【王者の咆哮】!?」


そして次の瞬間。

獣人は大きく腕を振り、その腕をロホにぶつけた。

ロホは、激しく吹き飛ばされ船の一部に体を沈めた。


「……しくったぁ」


口から血があふれる。

内臓と胸骨がやられた。

再び、盲目の獣人がロホを襲い掛かる。

牙をむきだしに、殺意を向ける。


「【サーベル】!!」


巨大な鉄の刃が、獣人を大きく切り裂いた。

出血が見られる。

しかし次の瞬間、その鉄を折り曲げた。


ロホは立ち上がる。

咆哮により一瞬気を失ったが、まだなんとか戦うことができる。

そしてアーガイルも自分が戦線離脱することは考えていない様子だ。


「ロホ!気をつけろ!」


アーガイルの能力により、自身の痛めた箇所に鉄が覆われていく。

これで、その場しのぎの防御にはなるはずだ。

そして先ほど生み出した【蝶】を自分の体に近づけ触れさせる。


「はぁ……効くぜ」


感覚を鈍くさせる作用によって鎮痛効果を無理やり生み出していた。

当然これは今だけの応急処置だ。

時間がたてば、再び痛むことだろう。

ロホは、再び拳を構える。

痛覚は自分の魔法によりなくしていた。


「鎖が……!?」


アーガイルの体に鎖が巻き付く。

そしてそれを理解したとき、体は宙に浮いていた。


「【天地】」

「アーガイル!!」

「【鉄鎧】!」


床にたたきつけられる。

脳天にまで、衝撃が響いた。

意識を失いそうになる。

しかし鉄を纏ったお陰で、その衝撃は緩和されていた。


「と、……とっとと離せ」


鉄を膨張させ、鎖を無理やり離す。


「くっ……」


強い。

強すぎる。

自分とロホ。

その二人でも、この獣人に勝てる未来が見えない。

しかしなんとかここを離れなくては。


「今はこれで我慢しろ」

「助かる」


ロホが【蝶】により、自分の痛みを遮断してくれる。

体力の消費もこれでごまかせそうだ。

腕の骨が折れた。

恐らく足も限界に近い。

先ほどの損傷は軽減しきれなかった。

次の一撃は、耐えきれない。


「全力をぶち込む。頼むぞ。ロホ」

「ああ!!」


お互い、死力を尽くさなければこいつに負ける。

ロホに相手の時間稼ぎを任せる。

アーガイルとロホは強い絆で結ばれていた。


「酔わせてやるよ。【幻妖蝶】」


ロホの周囲に、蝶が舞う。

花が咲いて、そして散る。

魔力によりそれらは蠱惑的に輝いていた。

薄暗い海の中。

それは、光を持っていた。


「花が散り、蝶は舞う。千の夜も、いずれは覚める」


ロホの魔力が最大まで高まっていく。

ロホは踊っていた。

魔力を纏い、身体を強化し。

そして多くの花と蝶を生み出していた。


「ならば、死ぬまで酔おう。死ぬまで舞おう」


彼女は詠唱を完成させる。


「【フロール・マリポッサ・ノーチェ】」


千を超える蝶がその場に生まれた。

魔力で構成されたそれは、群れとなって獣人を襲う。


「【周破】」


蝶を鎖が、吹き飛ばす。

しかしかけたのは一部だけであった。

消し飛ばされなかった蝶は、獣人と強くぶつかり合った。

魔力の炸裂音がその場に広がる。

光輝き魔力と肉体はぶつかった。

血がその場に散った。


「く……」


獣人は、平衡感覚を無くしていた。

同時に強烈な吐き気を持つ。

幻聴が聞こえる。

高い音で、周囲の音がかき消される。

今の彼は、隙だらけであった。


「いまだ!!」

「憎悪の鉄。【オーディオ・フェッルム】」

「!?」


獣人の体に、鉄球がいくつもぶつかり合う。

獣人はそれに耐えきった。

しかしその魔法はそれで終わりではなかった。


「鉄球は、膨張し棘を持つ」


鉄球は、大きく膨らんだ。

そして何百本の棘を変形し生成した。

盲目の獣人の体を貫いた。


「終わりだ」


獣人が膝をつく。

相手は、内臓を貫かれこれで終わったかと。

そう思った。


「……世界は。すくわ……なければ」

「!?」

「まだかよ……もう魔力なんてねぇよ」


獣人は、内臓や筋肉の損傷を与えてもまだ生きていた。

しかし二人にはもう体力は存在しない。

力を使い果たしていた。


「起きろよ、ロホ……これからが踏ん張りどころだ」


そういった瞬間。

背後にとある亜人が立っていた。


「だ、誰だ」


アーガイルは、血まみれの体でその女性に質問をする。

その女性は答えた。


「はい、ええ。私の名前は、シェヘラザード」


つまらなそうに彼女は自身の名前を告げる。

そしてその瞬間。

魔力が展開された。


「とりあえず、あなた方には消えてもらおうかなと」


反発の魔法によって、ロホの胴体には丸い穴が開く。

ロホは、自身の体の欠損をみて眼を見開いた。


「え」

「ロホ!!」


ロホは、体の力を失い崩れた船から海に落ちた。

海の底に沈む音が聞こえた。

アーガイルは、その光景をみて頭に血が上ることを感じた。


「てめぇ!」

「貴方もですよ」


アーガイルの胴体、腕、脚に合計七つの穴が開く。

それぞれ小さいものだが、激痛を感じるには十分だった。


「……っあ」

「この船もいりませんね」


獣人が、全力を込めて自身の足元を強打する。

そして船は揺れ、徐々に崩壊していく。

アーガイルが最後に見た光景は、盲目の獣人とシェヘラザードが宙にういて崩壊から免れる姿であった。


「まあ、邪魔する存在がいることは理解していました」

「お疲れさま、シェヘラザード」

「アダム様」

「これで、僕らの目的は果たせる。さあ、探そう。【神造兵器バハムート】を」

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