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ヒューマンヘイトワンダーランド  作者: L
五章 機兵大国編
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三十話「氷の王」

ウリエルはそう判断していた。

セーリスクは守る存在が二つある。

フォルトゥナとリリィだ。

彼らを庇いながら、サリエルと戦うのは困難。

サリエルも一切手を抜かず、セーリスクに対し攻撃を仕掛けるだろう。

これでおしまいだ。

彼らにはもう手段はない。

降参という札しか残っていない。


「さあ、セーリスク君。足手まとい二人を抱えて何ができる。充分頑張った。もう抗うことはない。諦めなさい」


まだできる。

まだなにか抗えるはずだ。

戦力では不均等。

だがなにか。

そう考えている間に決断は迫っていた。


「大人しく二位をこちらに渡しなさい。そしたら君たちに一切手を出さないと誓える。少し話は聞くことになるが……私も干渉する。心配することがない」

「……っ」


どうするべきだ。

ラグエルもウリエルの警戒によって大きな動きはできない。

ラグエルが、戦闘に加わろうとしたときウリエルは、即座にこちらに切りかかる。

あくまで彼女が動いていないから、彼も動かないのだ。

ウリエルがこの戦闘に加わったら確実に負ける。


「セーリスクさんどうします……」

「……」

「私はまだ戦えます。なんとかセーリスクさんは回復を」

「だめだ。僕が前にでる」

「……はいっ」


フォルトゥナはこちらをみている。

彼もまだ判断に困っていた。

余裕があれば、自身の魔法で逃げれる。

この場にはラミエルはいない。

逃げ切れる。

だが、その一瞬の余裕がない。

こちらがなにかしらの動きを見せた瞬間。

ウリエルとサリエルはこちらの首を刈り取りにくるだろう。

それほどまでに実力の差というものは開いている。

彼らに隙などみせることはできない。

警戒だけでも精いっぱいだ。


「もういいんだよ」


リリィは、セーリスクにそう話しかける。

しかしセーリスクは否定した。


「そんなっ!まだ……まだ僕は戦えます!ここを乗り切って……」

「セーリスク」

「……っ」


彼女の言葉は強かった。

それは優しさからくる強さであった。


「私は諦める。イグちゃんが捕まらなければ、それでいいんだ。充分に役目は……」


リリィは、諦めていた。

大人しく法王国に帰れば、話はそれで終わる。

自分たちの知りたいことは知れた。

豊穣国の戦力に成れなかったことは、悔しいがこれ以上の戦いのほうがもっと不味い。

リリィはそう判断していた。

フォルトゥナも同様だ。

これ以上の激しい戦闘は命に係わる。

セーリスクが死ぬようなことは避けたかった。


ミカエルがイグニスのもとに行ってしまったのは不味い。

しかし彼女ならなんとかしてくれるはずだ。

リリィは、イグニスのことを信頼していのだ。

だがそれに納得しないものがいた。


「せっちゃん?」


いいのか。

本当にこれで。

これでいいわけがあるのか。


「だめだ……」


イグニスさんは捕まって。

リリィも、フラーグムも振り出しに戻って。

法王国は幸せで。

それでいいのか。


「いいはずがない」


そのとき、苛つきと嫌悪感の湧くある男の顔が浮かんだ。

なんでだ。

なんでいま彼が脳裏にあらわれる。


「諦めんのか。セーリスク。俺に抗ったやつがこの程度でへばんのか」

「五月蠅い」


あいつの声が聞こえる。

幻聴か。


「セーリスク……さん?」


なぜ今になって聞こえる。

馬鹿バカしいな。


「くだらないな」


それでもいい。

あいつにあおられて、素直にはいそうですかと引き下がるわけにはいかないんだ。

僕は諦めない。

絶対にあきらめない。

この世界に抗い続ける。


「そうだよ。てめぇはそれでいいんだ」


彼が歯をみせて笑っていた。


「黙ってろ」


僕は僕の意思で前に進む。

フォルトゥナに指示を出す。


「フォル。リリィさんを頼む。フラーグムさんも連れて三人で」


三人は驚愕の顔を見せた。


「せっちゃん!?」

「え……セーリスクさんはっ!?一緒に逃げましょう」

「いや……僕はいい」


今ここでするのは、足止めだ。

先ほど指示されたことに変わりはない。

フォルたちを逃がす。

それだけは、やり遂げる。

嫌な予感がする。

直感が三人だけでも逃がせと告げている。

三人を逃がすことができなければ、事態は悪化する。


セーリスクの意を素直にフォルトゥナは汲み取る。

彼は間違っていない。

彼が、三人で逃げろと言っているのだから三人で逃げる。

フォルトゥナは、フラーグムへと声をかける。


「ラグエルさんこっちへ!」

「……わかっタ!」

「ラグエル!?」


彼女のその唐突な動きに動揺する。

ウリエルが、ラグエルを追おうとする。

しかしセーリスクはその邪魔をした。


「応えろ。【応剣フラガ】」


再び【グラキエース・ラミーナ】を空中に生成する。

そして、応剣の能力により強化しそれをウリエルの元へと誘導し射出した。

ウリエルは剣を振り回し、それを弾き返す。


「【グラキエース・ラミーナ】!!」

「くっ!!!」


しかしその場から動けない。

動きながら、剣を振る余裕はない様子だ。


高い金属音と、氷が地面とぶつかる音が聞こえる。


「サリエル!!!」

「わかってますよ!!」


ラグエルとフォルトゥナの手が触れる。

その瞬間、三人は消えた。

【認識阻害】の能力が、発動されたのだ。


「……っ。三人がいないっ!どこへ消えたっ!」

「中々舐めたことをやりますね。君は……」


ウリエルは混乱する。

これでは、二人を確保するのは困難だ。


「まずいっ……」


ラミエルもいない。

確保する手段はない。

自分たちに追跡の能力はない。

捜索は困難だろう。

サリエルは、初めてセーリスクに明確な苛立ちを覚えた。


「ふざけたことをやりますね。君は。中々諦めがわるいようだ」

「……手段を選ばない。立派な戦術だろう」

「はぁ……ものはいいようだ。これで拗れた」

「ラグエルっ!!くそっ!!」


サリエルは、その言葉をきいて作戦を変更する。

彼を人質にすることに決めたのだ。

ウリエルは動揺していた。

彼女に逃げられるのはまずい。

彼女だけはなんとかしてでも捕まえなければいけなかったのにと。

自身の行いを後悔した。

腕のひとつでも折って彼女の行動を制限すべきだったのだ。

自分の甘さというものを自覚していた。


「ウリエル。彼は絶対に確保する。彼を人質にして引きずりだすしか方法はない」

「ああ。わかっているさ!わかっている!」


ウリエルとサリエルは、二人でセーリスクを囲む。

他の一般兵は、三人の捜索に躍起になっていた。


「なんとしてでも探せ!!」

「はいっ!!」


二対一。

圧倒的不利だが、心は踊っていた。

この状況を楽しんでいた。


「貫け。氷の槍よ!【グラキエース・ハスタ】!」

「高威力の魔法!まだそんな余力があったか」

「避けなさい!ウリエル!」


地面から氷によって生成された槍が生まれてくる。

セーリスクは、魔法の解釈を変えていた。

氷の剣だけに固執することはないと。

自分は全ての武器をかたどることができると。


「両立するは、我が生命!【イモータル・ペイン】!」

「【グラキエース・ラミーナ】!」


サリエルの炎を纏った風の魔法をセーリスクの魔法は打ち破った。

氷の刃は、二人に向かっていく。

だがそれほど強くはない。

簡単に弾かれた。

サリエルは、彼の魔法をじっと観察する。


「先ほどより出力が上がっている?」

「……サリエル。少しは本気をだせ。あっちも本気で来ている」

「ああ。わかっていますよ。舐めすぎたようだ」


創り出す。

生み出す。

氷の刃以外の。

自分の魔法を。

変われ。

変化を恐れるな。


「姿を現せ。氷の王よ。【グラキエース・パシレウス】」


氷を自身に纏う。

魔力を纏った身体強化。

冷気による空間の変化。

氷の自在な生成。

一つの魔法でセーリスクは、様々な能力を生み出していた。

ラミエル自身が雷であるように。

自分自身がその魔法と同化する。


「……不思議だ。なぜだが心地いい」


それは、亜人としての魔法使いとしての極致だ。

セーリスクの魔法は、氷と同化すること。

眼を見開く。

視力の低下は、なくなっていた。

息が白くなる。

体には霜が走っていた。

体の一部は、凍結していた。

しかしなぜだか。

心は、楽しかった。


応剣の能力は【誘導】。

それが功を奏して魔力の安定につながっていた。

暴走する魔力も能力使用によって消費されていく。


「土壇場で化けましたか。やはり窮地とは人を変化させる」

「……所詮付け焼刃だ。だが警戒をおろそかにするな。サリエル」


冷気を開放する。

動くだけでそれが攻撃となった。

剣を振るとその軌道には、氷の山ができていく。


「【烈凍】」


空間を裂く氷は、サリエルとウリエルの元へと誘導されていく。

避けることはできない。

二人はそう判断した。


「罰剣【パーガートリー】。能力開放」


ウリエルが大剣を抜く。

そしてその剣に、大きな魔力を込めた。

セーリスクの魔法を最大限警戒して、短時間で終わらせる決断をしていた。


羽根にも魔力を込める。

自身の身体能力を向上させていた。

そして振られた渾身の一撃は、セーリスクの氷を全てを融かした。


「……っ!」

「この剣は、全てを融かす。すべてを裁く。だから罰剣」


その剣は、炎を纏っていた。

その火は、酷く熱く。

見るだけで眼を焦がしてしまうようなそんな圧を感じる。


「熱や温度など関係ない。ただ眼前の全てを融かし尽くす」

「だからなんだ。僕は全てを凍らす」

「……相性が最悪なんだ。君は」


ウリエルは、さらにその温度を上げた。


「それを体に叩き込もう」


岩石を地面から生成する。

そしてその岩石も溶けていく。

それは溶岩だった。

ウリエルは、自身の土の魔法と国宝級の能力の組み合わせによって新たな魔法を生み出していた。


「溶岩というものを知っているか」

「……」

「それは全てを飲み込む。灰をばらまき。溶岩は流れゆく」


セーリスクの【氷の王】と、ウリエルの溶岩はぶつかり合っていた。

溶岩が凍るが、即座に融かされ再び溶岩となる。


彼の剣の熱が上がっていく。


「……!」


大地に重なっていた雪や氷は、彼の熱によって溶かされていた。

そしてセーリスクはこの時点で気が付く。

自分の冷気より遥かに。



「君の実力を認めよう。だがそれ故に……君は負けるんだ」


二人の力は拮抗していた。

彼は魔法を詠唱していた。

サリエルも同様だ。

ココが決め手だ。


「燃え上がれ、火山よ!!【モンテ・ウルカニウス・ウーロ】!」

「右手に風。左手に炎。両立するは、我が生命。【イモータル・ペイン】!」


熱が。

風が。

溶岩が。

セーリスクに向かって襲ってくる。

しかし心は冷静だった。

いたって平然で、心は凍っていた。


「全て凍る。【オムニス・ゲロ】」


強烈な冷気と、強烈な熱はぶつかり合った。

威力は同等。

熱風と冷気は、その温度を失っていた。

しかし岩石は、セーリスクに向かってぶつかっていく。

剣で岩石を弾く。


その直後にウリエルは接近戦をしかけていた。

大剣がセーリスクに向かってくる。

そしてその同時に、サリエルは月輪をセーリスクめがけて投げていた。

月輪は、セーリスクの腹と足を深く切り込んだ。

防御しようと、後ろに下がった。

しかしそこはまだウリエルの攻撃範囲内だ。

剛腕が振られた。

剣に叩き潰されるような感覚を覚えた。

腕がまがる。


「え」


内臓がへこむような。

体は宙に浮いて、地面の感触を何度も味わった。


僕は。

僕はいまどうなった。


「あ……あっ?」


体にうまく力が入らない。

氷の鎧も、水に変わっていた。

何が起きた。

それが判断できなかった。

力が入らない。

二人が、警戒しながら近寄ってくる。


「……てこずりました。手を抜きすぎたというのが本音だが」

「君のそれは魔力切れだ。」

「……ぐっ」


力が入らない。

骨のいくつかが折れている感触がする。


「よく立ち上がろうとするな」


剣がこちらに向けられた。


「天使二人の全力の魔法。それを打ち消したのは見事だ。完敗と言わざるを得ない」

「まさか君程度にここまで疲労させられるとはおもわなかった」

「だが勝負は私たちの勝ちだ」

「負け……?負け?」

「ああ、君の負けだ」


言葉が理解できない。

嫌だ。

また負けるのか。

そう思ったとき、再び全身から魔力が漏れていた。


「ああああ」


地面が。

空間が凍り付いていた。

冷気が全身から漏れる。


肌が、血管が、脳が凍り付いていく。

イヤダ。


しかしそれは無駄だった。


「【罰剣】。能力を忘れたか?」

「悪あがきがすぎる。ウリエル、手を抜きましたね?」

「まさか」


セーリスクの魔法は、再び融かされる。

彼は、セーリスクの天敵であった。

セーリスクの魔力がいかに強くても、それを融かすのがその剣の能力であった。


自身の体に纏わりついていた氷が、全て水に変化していくのを体で感じた。

無理だ。

彼の能力に自分の氷の魔法は勝つことができない。


「君の魔法は、完封された。諦めなさい。よくここまで戦った。賞賛する」


周囲に法王国の兵士が寄ってくる。


「彼を運びなさい。丁寧に。彼は、重要人物だ」

「や、めろ……」


心のなかでフォルトゥナとイグニスに謝罪をした。

ごめんなさいと。

彼らに負けたことが悔しかった。

力強く振り払おうとするが、もうすでに体には力は入らなかった。

そしてその光景はある人物によって監視されていた。


「セーリスクさん……」


フォルトゥナは、既にリリィとフラーグムを機兵大国の外に逃がしていた。

ペトラとの合流も済んでいるだろう。

フォルトゥナは、魔法を詠唱していた。

近づこうとする。

しかしこれ以上は近づけない。

フォルトゥナの魔法は近ければ近いほど、認識しやすくなってしまう。

透明になっているわけではないのだ。

あそこまで囲まれていると、自分の魔法は看破されてしまう。


「なにか……なにかできないっ」


それでも彼を助けたかった。

彼を助けることで彼に感謝されたかった。


「お兄ちゃん……お願い……今だけ今だけでもいいから……力を貸してください」


彼女は願った。

自身の兄に願いが届くようにと。

そしてそれは届いた。


「フォルトゥナ。違うんだ」

「……お兄ちゃん……?」


姿は見えない。

只声だけが聞こえる。

耳が認識していないのに、声だけが自身の脳に届いていた。

剣に違和感を感じる。

その剣は自ら魔力を発していた。


「その魔法は……使い方が違う。もっと世界に入り込むように。世界に溶けて消えるように」

「……?」

「お前は誰にもとらえることはできない。誰にも見られない。誰にもお前は認識されない」


フォルトゥナの魔法【プレックス・コル】は新たな進化を遂げていた。

魔法の詠唱は自然とわかった。

その剣が教えてくれた。


「そうだ。それでいいんだ。フォルトゥナ。お前はこの世界で誰よりも自由になる」

「忘却の剣。狙い撃つは、王の心臓。【オブリーディオ・レウス・コル】」


不可視の魔法を自身に付与する。

身体を強化する。

風を纏い、速度は上がっていた。

急速に接近する。

背後に回る。

透明になった剣は。

そして自身の体は、認識することができなかった。

その剣は、静かに静かに彼を囲むひとりの心臓を穿っていた。

しかしそのことにその兵士は気が付いていない。

周囲に指摘されてやっと気が付く。

声を震えさせて、心臓がなくなった彼に話しかける。


「……お前……それ」

「え……え?」


彼は動揺していた。

眼の前の事態を認識したが、心が受け入れることができなかった。

脳が混乱を起こす。


「俺……」


しかし即座に血を吐いて倒れた。


「一人」


不可視の剣は、絶対に誰にも認識されなかった。

死が訪れたときに、その人物は認識する。

自身の死を認識する。


「二人」


首元にすっと線が入った。

声を上げることすらできずに首が落ちた。

頭部を失い、体は地面に倒れた。


「三人」


もはや、時間差すらなくばたりと倒れた。

どこを傷つけられたのか。

どこが致命傷になったのかすらわからない。


「先ほど逃げた少年か!」


ウリエルは今の危機的状況に気が付く。

そしてサリエルに呼び掛けた。

この状況を打開することができる彼に。


「サリエル!魔眼は!」

「視認できなきゃ意味がない!彼はそもそも消えている」


しかし魔眼の能力は発動できない。

そもそも視認ができていない。

透明となった彼のことをみなければ、能力使用はできないのだ。


「私は彼のためならいくらでも手を汚す。とっくに汚れ切った手なんだ」


声が聞こえる。

姿は見えない。

そして告げられたのは警告だった。


「彼は連れ去る。これ以上踏み込むな」


彼女は優しく、セーリスクのことを抱いていた。

やっと彼を救えた。

彼の力になれた。

この力は彼のために。

フォルトゥナはそう考えていた。


「……下がれ。逃がしたほうがいい」


そしてセーリスクの姿まで消えた。

不可視の亜人は、再び産声を上げた。

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