二十九話「決着」
「アダムの配下になれだと……?」
「ええ。貴方は素晴らしい。狂気も才能も十分に満たされている」
サリエルは、セーリスクという人物に好感を持っていた。
ネイキッド、コ・ゾラの二名が死亡した。
アダムは自身の部下を欲していたのだ。
「……セーリスクさん。こんな奴の話を……」
「いつの間に……子鼠は逃げるのもお得意なのですね」
フォルトゥナは、サリエルから既に距離を取っていた。
彼から離れるとき、彼はそのことに気がついていなかった。
先ほどサリエルに与えられた負傷はまだ痛んでいた。
彼は、少し苦しそうだ。
「大丈夫か。フォル」
「ええ。気にしないでください。むしろごめんなさい。足手まといで」
彼は、セーリスクに対して申し訳なさを感じていた。
先ほどのセーリスクは、じゅうぶんにウリエルとサリエルの行動に対応していた。
対応できていないのは、自分だけだ。
自分だけがこの場で足手纏いだ。
「気にしていない。むしろありがたいさ」
「なるほど、不可視の魔法。またはそれに近しいもの。中々に厄介だ」
ふむふむと顎に手を当て彼は考え込む。
彼は、フォルトゥナの魔法について思案していた。
フォルトゥナの魔法についても警戒心を高めているのだろう。
「豊穣国は、まともな戦力を持っていないと考えていましたが、それは認識の誤りでした。訂正しましょう。未来が有望だ」
「お前に褒められてもうれしくないな」
「それは残念だ。しかし悲しいですねぇ」
「なにがだ?」
「どうせ、豊穣国は滅びる。アダムの手によってね」
「……口が達者だな。お前は」
「おやおや。怖いなあ。君は」
流石のセーリスクもこの言葉には苛ついた。
豊穣国が滅びる。
そんなはずはないだろう。
自分たちは絶対に豊穣国を守る。
今までの努力が否定されたようでムカついた。
「返答はノーということでよろしいですか?」
アダムの配下になるかの誘いは、はなから乗る気はない。
眼を鋭くし、にらみつけながら返答をする。
「ああ」
「そうか……ならここで潰したほうがよさそうだ」
彼の敵意が高まっていく。
セーリスクは、彼に対して再び剣を向けた。
「……ねえウリエル」
「なんだ」
「私このままデ……」
「いいんだ、私たちは二つの戦闘の決着で未来を決める」
リリィは、ミカエルとの剣戟を繰り返す。
何度も何度も剣はぶつかり合い。
火花が散る。
「はっ」
「ミカちゃん怖いよー」
再び散る。
鎬を削り合った。
剣技ではお互いの技量に差はそれほどない。
剣による戦いは膠着していた。
本来であれば、魔法による物量で彼女を押し流したい。
だがそれはできない。
その点について、ミカエルも同じことを考えていたようだ。
「貴方もわかっているでしょう?私たちはお互いに本気を出せない」
「ええ」
そう、自分もミカエルも本気はだせない。
なぜなら味方にまでその攻撃は影響してしまう。
それは魔法による攻撃のせいだった。
「お互いの全力の魔法がぶつかれば、水蒸気が発生する。その水蒸気は……」
「容易に皆を巻き込んでしまうでしょう」
リリィは、フラーグムたちの方をちらりと見る。
フラーグムは、なにをしている。
ウリエルもなにもしていない。
戦闘をみているのか。
フォルトゥナとセーリスクがサリエルと戦っている。
あの場所の戦闘は、二人にかかっているのか。
フラーグムとウリエルが、戦闘に関わっていない理由はなんとなくわかる。
「それに天使同士の戦闘は、そもそもメリットがない。お互いに情もあるでしょうしね」
そう、今は一時的に敵対している。
だが戦闘している理由はなにか。
それは、確保することと逃走することだ。
命を削りあう意味は微塵もない。
加えてある二人の例外がいる。
ウリエルとラグエルにはまだ情が残っている。
二人が本気で争うことは絶対にない。
彼らが戦闘行為を傍観しているのも納得できた。
「……ならその剣を下ろそうよ。ミカちゃん」
「その提案は、愚かですね。ガブリエル。貴方らしくもない」
「……っ。剣を下ろすんだ!ミカちゃん!君は利用されている」
「利用されている……それは昔からずっとでしょう?」
ミカエルの鋭い一閃は、ガブリエルの剣を強くたたいた。
自身の腕にしびれが走るのを感じる。
何度も何度も、ミカエルはリリィの聖剣を強打する。
鋭く早く重い。
決して達人といえるほどの熟練度ではなくとも。
剣技としての基礎が完成している。
彼女の剣士としての努力が垣間見える。
中途半端に突っ込むと怪我するのはこちらだろう。
不滅の剣であれば、何度でもどんな攻撃でも耐えられる。
いま攻めに転ずるのは、得策ではない。
リリィはそう判断する。
「くっ。馬鹿力ちゃんめ」
「天使という立場は、消耗品だ。アンデットと戦い続け、人々を救い。争いを収める」
「ああ、そうだよ」
「私にとっては今も昔も変わらない。変わったのは貴方だ」
「それは違っ……」
ミカエルは既に魔法を後ろに配置していた。
狙いはリリィ。
炎の槍は、リリィを的確に狙っていた。
だが、リリィは魔法の準備ができていない。
こちらが防御に回ると判断しての、この魔法か。
リリィは即座に判断をする。
しかしこちらが魔法を準備する時間はもう用意されていない。
「【テネブロエ・ウーロ】!!」
炎の槍は、発射されていく。
魔法の詠唱が間に合わない。
剣で弾くしかない。
「きゃっ……」
いくつかの槍が、リリィの頬や肉を掠める。
怪我から、血が零れる。
痛みはそれほどない。
皮膚は焼き切れていた。
詠唱はない。
威力もそこまでない。
だが、傷や出血が気になる。
何度も喰らうべきではないだろう。
自身の魔法によって水球を生み出し、そして傷をいやしていく。
「次は確実に足を狙います」
「……っ」
彼女の声はいたって冷静であった。
先ほど取り乱していた感情は短時間で整えられていた。
流石というべきだろう。
第一位ミカエルとして、持つべき意識が高いのだ。
「もう逃げられないように。話はそれからききましょう」
「もう……この頑固ちゃんが……」
魔法という技術において、第一位ミカエルの完成度は高すぎる。
攻撃性という点において、殲滅能力や威力において無類の強さを発揮する。
そもそも自分の魔法は、防御やサポートしか考えていない。
攻撃に生かすという部分において、彼女の方が一日の長がある。
「……いつまで持つかな」
リリィは、【オムニス・アクア】を展開する。
自身の周囲に漂うように広げていく。
攻撃は一切考えていない。
ミカエルを攻撃する気もないが、負ける気もない。
彼女とは一度話合わなければいけない。
それが終わるまでこちらは攻撃しない。
それはリリィの覚悟であった。
「……貴方の本気はここでは見られなさそうですね……」
ミカエルは少し残念そうな雰囲気をだす。
事実、少しリリィと戦い合えることを楽しみにしていたのだ。
しかし今のリリィにはこちらを攻撃することはない。
大人しく任務を果たすか、ミカエルはそう考える。
イグニスが逃げるための時間稼ぎと考えても、ミカエルを倒すということを考えてもこのままでは状況が悪化する。
リリィはそう判断していた。
サリエルとセーリスクの戦闘もよいとはいいがたい。
ここで強気に出るべきか。
そう考えたとき、ある報告が耳に入る。
「報告します!ミカエル様!」
「なんですか」
「……?」
なんだ。
法王国の兵士は焦っている。
順当に考えれば、ペトラかイグニスか。
どちらだ。
「第七位様が、第三位様との戦闘を開始しましたっ」
「イグちゃんっ!?捕まったか……」
イグニスに関する報告だったようだ。
やはりラミエルからの追跡を逃れることはできなかったようだ。
戦闘はまだ始まったばかりのようだ。
イグニスが負ける心配はしていないが、どうにかしてこのまま時間を稼ぎたい。
そう考えていると、ミカエルの様子がおかしいことに気が付いた。
「……っ!!」
なにかしら彼女の計画にはそぐわない様子だったようだ。
「あー、彼女はやはりこうなりましたか……めんどくさいことになりますねぇ」
彼はため息を深くつく。
それをみたセーリスクは、彼を問い詰めた。
「どういうことだ!サリエル!イグニスさんになにがあった」
「セーリスク。君には関係ないでしょう」
サリエルが報告を聞き、ぼそりとつぶやく。
そして再び、セーリスクとの戦闘を開始する。
どういうことだ。
追跡の能力を考えるなら、彼女を選ぶ選択は最適なはずだが。
「状況が変わりました。ガブリエル。貴方を相手にしていられない」
「どういうことだ!ミカちゃんっ!」
「……ラミエルでは、ラファエルに絶対に勝てない。ただそれだけですよ」
そういうことか。
本来、ラミエルは追跡だけが任務だった。
イグニスなら戦闘行為は行うが、優しい彼女は余程のことがない限り自ら始めることはないだろう。
つまりラミエルが先走って戦闘を始めた。
そしてラミエルではイグニスに勝てない。
これはリリィも同意だ。
イグニスはそれほどまでに強い。
ラミエルが敗北したら、イグニスを追うことのできる人材は、法王国にはいない。
彼女たちの最優先事項は果たすことができないのだ。
「ミカちゃんなにをするつもりだ」
「……なにも。ただ貴方を全力で打ちのめす」
彼女の体内の魔力が高まっていく。
天使の羽根を、広げてそれを更に拡大させていく。
羽根に炎が纏う。
次の一撃が強力であることが推測できる。
「ミカエル様っ?」
「ミカエル?」
ウリエルとフラーグムが本気で戸惑う。
彼女は本気だ。
一切手加減なくリリィに魔法をぶつけるつもりだ。
ここまでやるとは二人も考えていなかった。
二人は、同時に国宝級を取り出す。
「【罰剣パーガトリー】!」
「【終末笛ニル】ッ!」
「それは闇を照らすもの。太陽のように輝くもの。【テネブロエ・ソル・ウーロ】!!」
「全ては水。湧き上がるは生命の水!【オムニス・アクア・ヴィテ】!!」
太陽のように大きな火は、辺りを広く照らした。
その火球は、地面に墜ちていく。
このままでは、危険だ。
そう思い、リリィも魔法を詠唱した。
それは、みなを守るための優しい魔法だった。
防御しか防御だけ考えろ。
リリィは、魔法の制御に集中しその場にいたすべてを守った。
「……流石ですね。ガブリエル」
ミカエルは、優しくうなずいた。
ガブリエルは、無言でその場にたたずんでいた。
外傷は一切ない。
彼女は、手傷を負うことなくミカエルの魔法に対応しきったのだ。
「耐えきったうえに、周囲のことまで考えるとは」
彼女がここまでやるのは想定内だった。
自分の魔法に反応できていたのは、数名。
ウリエル、ラグエル、サリエル。
そして氷の青年。
それ以外は、防御の態勢をとれていなかった。
リリィが、自分の防御だけを考えていたら他の一般兵は炎に身を焦がされていただろう。
ラグエルもウリエルも周辺のことを考えていた。
しかしその二人の負担を減らしたのは、まぎれもなく彼女だ。
「君が考えなしな……だけだよ」
体内の魔力が殆ど持っていかれた。
気を保つので精いっぱいだ。
そしてその隙をミカエルは見逃さなかった。
「余力はあと少しですかね。サリエル」
「はっ」
サリエルが、リリィに対して月輪を投げる。
体力の疲弊したリリィでは回避することはできない。
しかしそれは邪魔された。
「させるか!」
「また君か。邪魔くさいなあ」
フォルトゥナによって、サリエルの攻撃は弾き返される。
月輪は、サリエルの手元に戻る。
フォルは、敵を攻撃することではなく行動を予測し妨害することに集中していた。
現に、サリエルはフォルトゥナの動きというものを認識できていなかった。
「いいぞ!フォル」
「はいっ」
「私はラファエルの確保に専念します。後は頼みますよ。サリエル」
「はい、ミカエル様」
ミカエルは羽根を広げ、空を羽ばたいた。
イグニスの元へと向かおうとしていた。
「いかせな……」
セーリスクはミカエルを狙おうとしていた。
しかしそれはできない。
ウリエルとサリエルの強いプレッシャーを感じた。
それだけはさせないぞと、圧を感じたのだ。
「……それより大事なものがあるんじゃないですかね」
サリエルは再び、月輪を構える。
リリィを庇うためセーリスクは、彼女の傍にかけよる。
「ごめんね……せっちゃん……私の作戦は思い通りにいかなかったみたいだ」
疲労した体では、うまくたつことすら困難になっていた。
彼女は、疲れた声で彼に話す。
「貴方のせいじゃ、ありません……」
自分のせいだ。
そういいたかった。
自分がサリエルを抑えきることのできる実力であれば。
ミカエルとリリィの戦いに干渉できる存在であれば。
そう考えた。
無茶だ。
自分ですらそう考えた。
「勝負はきまったか……」




