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ヒューマンヘイトワンダーランド  作者: L
五章 機兵大国編
162/231

二十七話「飢えと狂気」


「ふむ。それは国宝級ですか」

「ああ……」


セーリスクの構えている剣が、国宝級であること。

二人は即座に感づいていた。

恐らく二人とも国宝級の気配というものに慣れているのだ。

この武器は普通の武器とは全く別の雰囲気を放っていることを即座に見抜いた。


「国宝級を持っているなんて猶更知らなかった。だが北の賢者がなにかしたんでしょう」

「だろうな」


セーリスクが、なぜ国宝級を持っているのか。

二人は疑問を持つ。

しかしソムニウムがなにかしらの国宝級を与えたのだろうと推測できた。

彼ならば一つ二つ渡すことは可能だろう。


国宝級であれば、根本的な戦力の上昇が可能だ。

もうひとつ自分に合う魔法や能力を得ることができたようなものなのだから。


「面倒くさいことをしますねぇ。彼も」


ソムニウム・マキアがそういうことをする人物だとは思っていなかった。

そもそも感情的な一面を持っているのかそれすら不透明だ。

だからこそそういう手助けはしないと。

そう思っていた。


「……?」


だが目の前の青年は、国宝級を持っている。

彼が国宝級を持っていること含めて想定外だ。

しかしソムニウムはこの流れを読んでいた?

まさか、ただの偶然だろう。

サリエルはそう結論付けた。




「さあ、ウリエル。ラグエルを頼みますよ」

「ああ」

「やりましょうか。青年二人。」

「ああ無論だ!フォルトゥナ。援護を頼むぞ」

「はいっ」


彼は、最初に魔法を詠唱する。

サリエルもまた同様にそれを迎えうった。


「氷の刃よ!【グラキエース・ラミーナ】!」

「両立するは我が生命!【イモータル・ペイン】!」


氷の剣と、熱風が、ぶつかり合う。

風は、氷の剣の勢いを殺す。

しかしすべてを消し去ることができなかった。

いくつかの氷の剣が、サリエルに向かっていく。

しかし彼はそのことに対して動揺していなかった。


「威力はまぁまぁといったところでしょう。殺意に満ちている」


彼は少し歪な雰囲気だなとウリエルは感じた。

誠実的で普遍的な雰囲気を感じる。

だがどこか危うさと狂気を孕んでいる。

強烈な二面性。

火をつけたら今にも弾けそうな火薬のような。

彼は巧妙に擬態しているのだ。

それに、サリエルが気づいているか。


「……イグニスさんが見込むだけはある」


サリエルは自身のチャクラムに風の魔力を纏いそれを振ることで弾きかえす。

彼は、魔法の攻撃の扱いというものに慣れている様子であった。

一切の躊躇がない。

判断の取捨選択が早い。


セーリスクもその動きを予測していた。

即座に次の魔法を用意する。

しかし別の人物は動き出していた。

彼は任務を遂行するために動いていた。


「ですが。それでラグエルが守れますか?ウリエルっ」

「ああっ!!」

「!?」

「ラグエル……すまないな」

「……っ」


ウリエルは、大剣を振りラグエルに走っていた。

目の前の彼は、自分が相手をする。

だがウリエルは。

ラグエルとフォルトゥナでは彼に勝てない。

どうするべきか。

行動は既に決まっていた。


「ラグエルさん!」

「フォルトゥナ!いい。その場で待機だ!!」

「どうする君は。そのまま見逃しますか?」

「黙ってろ!」


フォルトゥナが、フラーグムの危機を感じ彼女の元へといこうとする。

しかしセーリスクは、それをやめさせた。

彼が、ラグエルの元へといかなくても。

その行動はカバーができる。

そう直感が告げていた。


「逃げて!ラグエルさん!」


当然その指示には戸惑う。

だがフォルトゥナはセーリスクの指示に従っていた。

彼を信じたかったのだ。

彼はある行動をしていた。

自身の剣に魔力を込めていたのだ。


「【応剣フラガ】よ!」


彼は再び氷の刃を生成する。

そしてその刃に応剣の能力を付与した。

【誘導】の能力を。

通常の魔法よりも早く。

そして威力は強く。

応剣は応える。


「ウリエルを狙え!!」


【グラキエース・ラミーナ】は、ウリエルを攻撃する。

速い。

ウリエルはそう感じた。

このまま、ラグエルに接近することはできない。

巻き込んでしまうかもしれない。

彼はそう考え停止する。

ウリエルは、大剣を盾にした。

その攻撃を全て弾いたのだ。


「セッちゃん!」

「ほう。中々侮れないじゃないか」

「ウリエル。油断しているのは、貴方じゃないですか」

「……すまないな」


しかしそれによってラグエルへの攻撃が遅くなった。

ラグエルは、ウリエルと距離を取る。

そして国宝級の能力を開放する。


「【終末笛ニル】!」


爆音による衝撃波。

音は容易に地面をえぐった。

二人はそれを回避する。

しかしサリエルとウリエルの鼓膜に痛みを与えた。

その爆音は指定した人物のみに影響を与えることのできる特殊なものであった。

そう大きなものではない。

現に二人は痛みに悶えることはなかった。


これは精々嫌悪感を与えるものだ。

だが二人はラグエルに対してこれ以上接近することができなくなっていた。


ラグエルのみを狙うことはできず。

セーリスクを倒すことでしか、その接近する時間が与えられない。

彼ら二人は、セーリスクを倒すことでしかラグエルを確保できない。

そんな構図が生まれる。

そしてそれは、セーリスクの意図するものであった。


「これだから嫌なんですよね。ラグエルの能力は」

「ああ、時間稼ぎにはぴったりだろう」

「それに氷の青年。彼が思った以上に邪魔すぎる」

「ああ、それは私も思う」

「手っ取り早く終わらせますか」

「頼むぞ」

「はいはい。そちらも見張りは頼みますよ」


サリエルは、セーリスクにさらに接近していく。

それをみて、フラーグムは【終末笛】を構える。

しかしウリエルは、その行動を制した。


「ラグエル。君は何もするな。私はなにもしない」

「……はっ?」


サリエルが、ウリエルの発言に戸惑い後ろを振り返る。

しかし彼は既に罰剣を地面に突き刺している。

戦闘の意思は彼にはない。


「まあ、聞いてくれ」


ウリエルはそうサリエルを制する。

彼もしぶしぶ話を聞く。


「私は君とは争いたくない。君もそうだろう。そもそも天使間での争い。それはこのましくないものだ」

「それはそうでしょうが……」

「うん……私も……ウリエルと戦いなくなイ……」

「安心しろ。私は君を絶対に裏切らない。信じてくれ。サリエルも私の判断を信じろ」

「はぁー」


フラーグムもうなずいた。

ウリエルはそのことに少し安堵を持っていた。

もしも彼女に争う意思があったらと。

そう考えたが、それは余計な心配だったようだ。

そして彼女に提案をする。


「君を守るガブリエル。そしてそこの二人の青年。その三人が負けたら諦めろ。君は大人しく国に帰るんだ」

「……」


何も言うことができなくなった。

ウリエルには敵対の意思はない。

あくまで国の方針に従っているだけだ。

そして自分を取り戻すことに必死になっているだけ。

そんな彼に対して、フラーグムは強く当たることができなかった。

彼女は、ウリエルと仲直りがしたかった。

先ほどのまでの彼はとても怖かった。

話しかけるのがためわられるほどに。

だけど、今は。

そう考え、話しかける勇気を持った。


「あのね……ウリエル」

「ラグエル……なんだ」

「……私……初めて普通になれた……」


彼女は法王国以外の世界を知らなかった。

いや見たことはあった。

歩いたことも。

感じたことも。

だが、それは法王国天使五位【ラグエル】としてだ。

自分は、【フラーグム】は。

そんなことなかった。


「私このまま世界を見て歩きたい……イグニスみたいに……」

「だめだ……それは許せない」


自身に芽生えた願望は、まだ小さな雛であった。

だが、ウリエルは苦しい声でそれを握りつぶした。


「だよね……わかってた……」

「あー。はいはい。痴話げんかはそこまでにしてください」

「サリエル」


彼は、どうでもよさそうだった。

事実どうでもよかった。

ミカエルも、ウリエルも、ラグエルも。

どうでもいいことにとらわれすぎだ。

彼はそう考えていた。

言葉にはださないが、彼はみなを見下していた。

法王国天使として彼はあまりにも正しすぎた。


「要するに私は彼を徹底的にたたけばいい。それで終わりでしょう。ミカエル様が、ガブリエルに負けるはずがない。そしてラミエルはイグニスを逃がすはずがない」


彼は淡々と事実を述べる。

ミカエルが魔法において、ガブリエルに負けたことは一度もない。

そしてラミエルは、イグニスを逃がすことは絶対にない。

我らの任務は。

我らの責任は。

絶対に果たされる。

そしてこんなことに時間を浪費する余裕はない。


「いちいちくだらないんですよね。なぜこんなにも時間を使うのか。全く持って面倒くさい」

「……」


セーリスクは敏感に感じ取っていた。

途轍もないプレッシャーを感じる。

わかっている。

目の前にいる強者は、敵だと。

命を脅かすほどの敵だと。

理解していた。

それなのに。

それなのに。

自らの顔は、微かに笑みを持っていた。


「だからとっとと終わらせましょうよ。時間が惜しい」


月輪がセーリスクの腕のほうに飛んでいく。

セーリスクはそれを剣によって弾きかえす。

その時間の間に、サリエルはセーリスクに接近していた。

セーリスクは剣を振る。

しかしサリエルは、それを軽やかに躱す。

セーリスクの鳩尾狙って蹴りをした。

剣を使ってそれを防いだ。


「君以外と劣等感とか感じるタイプでしょう」

「何の話だ」

「いやぁ。私にはわかるんですよね。普通ではない気持ちというのが。いや違うなぁ」

「何が違う」

「普通にすらなれない異常者。なんてのはどうです?」


剣戟が重なりあう。

彼は、羽をつかい宙を舞いながら剣を躱した。

普通にすらなれない異常者。

彼は何を言いたい。

彼の意図が理解できなかった。


フォルトゥナは彼に向けて短剣を投げる。

しかし認識がないはずのそれもいとも簡単に弾かれた。


「普通にすら及ばない。普通にすら成れない劣等人。君は天才にも凡人にも普通にもなれない。どれがいいですか?」

「お前に言われることじゃないっ!」


応剣の能力を開放し、氷の刃をサリエルに誘導する。

しかし彼は、再びそれを風を扱い周囲に散らしていく。

風が収まり、彼はセーリスクに語る。

お前は異常だと。


「単なる異常者。そういう点では、親近感がわきますねえ」

「お前の話はよくわからない。端的に話せ」


構えをサリエルに向ける。

大丈夫。

これはただの揺さぶりだ。

気にすることはない。

そう思ってた。

でも自分の心は揺れていた。

彼の言葉に。

呑まれていた。


「選ばれた傑物というのは本当にいる。貴方と違って異常者ではない。取りつかれたように前に進む貴方と違って。」

「異常者……?セーリスクさんが?」

「ええ。気づかないんですか。こいつはもうすでに狂っている。止まれないほどに真っすぐに」


心のなかにある歪んだ感情のみが心身を蝕んでいた。

戦うのが、苦しむのが、苦しめるのが好きだった。

敵を倒すことに快感を覚えた。

敵を乗り越えることに。

何かしらの達成感を覚えた。

狂気は、セーリスクに一種の感情を与えていた。


「ミカエルもラファエルも。案外それを知らない。狂気のなかでしか生きれないやつの気持ちなんて微塵も考えたことはない。生まれというのは残酷ですよね」


頭のなかに、ネイキッドを思い出す。

あいつはそうだった。

狂って、強くなって。

そして殺して。

ずっと殺して。

それでもまだ苦しんでいた。

自らの狂いというものに、吞み込まれていた。

そして思った。

世の中あいつの気持ちが理解できない人の方が多いと。

理解できないことの方が自然なのだと。


「……何が言いたい」

「もがいて幾度吐いても。助けてくれと嗚咽を漏らしても。まだ足りない。まだ願望に届かない。そんな狂気に満ちた感覚を」

「……」

「そんな感覚を覚えたことはありますか?氷剣くん」

「あるさ」

「ほう。あるんですね」


剣を振る。

一振り、二振りと振るがサリエルにそれは容易に避けられた。

彼もチャクラムを使ってセーリスクに切りかかる。


「だがまだ足りない」

「ぐっ」


サリエルは苦悩していた。

なぜ彼らに追いつけない。

なぜこの体は悶えている。

なぜこの体は苦しんでいる。

そしてなぜこんなにも悔しいのだと。

それは明確な【狂い】であった。


「痛みが私を強くしてくれた。貴方もそうあるべきだ。そうおもいません?」

「そんなこと!知るかっ!」

「ああそうですか。残念です」


両者ともに魔法を詠唱する。

感情と魔力を全力で込めた。


「両立するは、我が生命【イモータルペイン】」

「氷の刃よっ!【グラキエース・ラミーナ】!」


魔法は双方ぶつかりあう。

しかし今度は、セーリスクの魔法が全て消えていた。

熱風がセーリスクを襲う。


「ぐっ……」


熱い風は、セーリスクの皮膚を焼く。

体が軽いやけどになるのを感じる。

それは即座に冷やした。

後遺症はないだろう。

だが相手の魔法の威力が強すぎる。

これ以上いくとこちらもより強力な魔法を放たなければならない。


「ガブリエルも、ウリエルも、ミカエルも恵まれた。恵まれている。さて、君はどうなのか。じっくり見させてもらいますよ」


サリエルは、セーリスクを観察していた。

事実、セーリスクがどんな人物なのか。

今後戦いにどうかかわるのか。

それを観察していたのだ。

この戦いにおけるセーリスクの価値は、いまだ読めなかった。

しかしその行動に怒りを持つものがいた。


「セーリスクさんにっ!変なことをっ吹き込むな!」


フォルトゥナは、先ほどまで気配を消していた。

しかしいくら距離が近くとも、サリエルはそれに簡単に対応する。


「おっと子ネズミはまだいましたか」

「がっ」


蹴りは、見事にフォルトゥナの顔面に当たっていた。

二撃目は、腹。

三撃目は、脚。

フォルトゥナは痛みに悶えることになる。

膝をその地面に落とす。

サリエルは、フォルトゥナから目を離しセーリスクのほうへと振り返る。


「フォル……っ」

「ああ……」

「君も中々味があるが、戦いを加わるのは時期尚早に感じますね。下がりなさい。愚か者でないことはわかっています。君にこの戦場は早い」


サリエルは、フォルトゥナには手を出す気はなかった。

実際彼のことをそれほど脅威に感じていなかった。

魔法も攻撃に使えるものではない。

ただ持っている短剣のひとつに、何かしらの違和感を感じる。

だがそれは国宝級ではないとはわかる。

彼に注意を向ける理由はそれほどなかった。

それよりセーリスクの興味関心が強すぎた。


「私知っているんですよね」

「なにがだ!」

「君みたいに試合や喧嘩ではこれぽっちも勝てないくせに。殺し合いになったら目の色が変わる。そんな目を」

「……っ」


初めて指摘された。

その唐突な言動に、セーリスクは戸惑いを持つ。


「さっきから目が輝いてますよ。楽しい。殺したいって。常人のふりをするのはやめろよ。セーリスク」

「サリエル……?」


先ほどからサリエルの様子がおかしい。

ウリエルも、フラーグムもそんなことに気が付いていた。

だが彼らは何も言うことができなかった。

彼の異様な雰囲気にのまれていた。


「さっきからなんなんだお前は……」


こいつはおかしい。

こいつはやばい。

本能が、直感が全力で告げている。

しかし目を離せない何かがあった。

深い海溝に沈むような。

海の底のような。

恐怖心と好奇心を煽る存在がそこにあった。

知りたかったその正体を。


「……なあ、私はお前のことが気にいったんですよ。セーリスク」


明らかに声色が違う。

彼は一体なにものだ。


「アダムの配下になりましょうよ。お前はそういう存在だ」

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