二十五話「不滅の剣」
イグニス達は、ソムニウムの館の裏口から外にでていた。
外は変わらず相当の寒さだった。
リリィが、イグニスに対して謝罪をする。
「イグちゃん……本当にごめん!」
「……今更ですかっ!」
今更謝られても既に事態には巻き込まれている。
こうなってしまったからには、逃走を確実にしないと自分たちはゲームオーバーだ。
ウリエルの他に、恐らくラミエルもいる。
こちらには、ラグエルとガブリエルがいるから戦力面では大丈夫だろう。
だが、目立つような真似は避けたい。
戦闘行為は望むものではなかった。
リリィとフラーグムも同じ気持ちだろう。
「まさか、ウリウリも来るとは思ってなかったんだよぉ」
「それは……俺もそう思ってました」
イグニスはリリィの意見を肯定する。
実際ウリエルはこないだろうと高をくくっていた。
フォルトゥナはそのことを聞いて疑問に思う。
「ウリエル……さんっていうのは、あまり前に出るタイプではないんですか?」
「そうじゃない」
「むしろゴリゴリの武闘派だよねぇ。ウリウリは」
「?」
猶更わからない。
では二人はなぜウリエルが来ないと思っていたのか。
「どちらかというと俺らの味方になってくれるような性格なんだ。むしろこちらに来るような。サリエルとラミエルの妨害をしてくれると思ってた」
「なるほど、人格的な話ね」
「そう」
彼は、きっと自分たちの味方になってくれる。
そんな希望的観測が、判断を鈍らせた。
今の彼は、ラグエルから離れたせいか不安定だ。
精神に成長があると持っていたのは間違いか。
「ウリウリが敵に回ったのが一番不味い。剣技で彼に勝つのは困難なんだ」
リリィは、彼の長所は剣技だと考えていた。
七人いる法王国の天使の中でも、彼の剣技は抜きんでていた。
それは、ミカエルや自分を上回るほどに。
彼は、大剣という大きな武器を生かす体格と力を持っていた。
そこに技量を併せ持つ。
彼に勝つことのできる剣士は数すくないだろう。
「剣技ならイグニスさんも……」
セーリスクはそう思った。
イグニスであれば、それと同等の剣技が可能だ。
彼女であれば、彼に勝てる。
そう考えたのだ。
しかし彼女は否定する。
「いや剣技において俺はあいつの一歩遅れを取る。近接戦闘のみであいつに勝てるのは、プラードか骨折りぐらいだろうな」
「……そんな」
そんなあいてに自分が時間稼ぎできる自信はない。
セーリスクは、少し歯ぎしりをした。
【応剣】も察してくれたのか、微かに震える。
「ウリエル……」
「……」
フラーグムが落ち込んでいる。
めんどくさい状況になったものだとイグニスは思った。
はあとため息をつく。
こうなってしまったのはどうしようもない。
可能性として頭にいれていたことだ。
そんなときソムニウムがイグニスに声をかける。
「なら私が相手をしようか?」
「ソムニウムさん」
なるほど、ペトラ以上のゴーレム作成能力。
防御のみに指示を集中させれば、たとえウリエルといえど時間を稼ぐことは可能のはずだ。
しかし別のことが頭によぎる。
「……いえ、貴方はあくまで後方にいてください。機兵大国の賢者が天使と戦ったなんて話が広まれば立場が危うくなる」
「……今の状況も相当不味いんだがねえ。まぁ、わかった。これ以上の悪化は避けるよ」
いま、ソムニウムを社会的にも身体的にも危機的な状況にするわけにはいかない。
彼は、最後の手段としてとっておくべきだ。
手札として彼がいるだけでもありがたい。
「……いま、この状況を私の部下も把握しているはずだ。こんな時のために脱出の準備はしてある」
「流石お兄ちゃんっ!」
「ははは、もっと褒めたまえ」
彼は常に、そういった準備を整えているようで彼には一切の焦りはみえなかった。
ペトラもそんな頼もしい彼に対して、ハグをする。
彼も嬉しそうに頬を赤くした。
「私がついていくのは、この都市の入り口まで。住民も今は隠れるように指示を出されていると思う。早急にたどり着こう」
「わかりました。ご迷惑をおかけします」
「迷惑なら最初からかけられている。気にすることはない」
「はは……」
彼は、歯に衣着せぬせいかくのようだ。
自分としては、有難いが少し戸惑ってしまう。
「大通りにでれば、そこから先は最短だ。目立つかもしれないが……仕方ない」
彼の案内に従って道を歩いた。
何人か、法王国の制服を着たものが歩いているがこちらには気が付いていない。
「本当に大丈夫だよね??怖いよぉ」
「怖いゾー」
「ちょっと騒がないでくださいよ……」
リリィとフラーグムが声をだすせいでばれないかひやひやする。
しかし彼女の魔法なら心配はいらない。
「……ただ静かに、震えるのみ。蚤の心臓【プルーシス・コル】」
それはフォルトゥナの魔法の影響によってだった。
ほうと、リリィとソムニウムは感嘆の声を漏らす。
「中々見ない魔法だ。なるほど見事というべきか」
「フォル君凄いよぉー。これなら脱出もできるねぇ!」
【認識阻害】。
彼女の魔法は、法王国の兵士にも十分に通用していた。
しかし一つの懸念点が存在した。
それはラミエルの存在だ。
「ただ、法王国の七位ラミエルには……この魔法は」
「……それはしょうがないね。索敵と速度。彼女の魔法はそれを両立できるから」
リリィもそれを肯定する。
ラミエルならこの魔法を看破すると理解できたのだろう。
それほどまでに、彼女の魔法は強力であった。
「でもここまでバレずにこれたのは君のお陰だよ。堂々と胸をはりなさいっ」
「……は、はい」
満面の笑みで、そう語るリリィにフォルトゥナは思わず照れてしまった。
実際自分の魔法が褒められることは嬉しかったのだ。
そんなとき、空気が切り替わる。
「……談笑のところわるいんだが。ここから先の戦闘は避けられなさそうだ」
「……!」
そのとき、濃密な魔力の流れが集中しているのが感じ取れた。
いる。
確実に。
彼らは集合している。
何人かはわからない。
けれど、待ち構えている。
「……ぺトちゃん。ここから先は別行動だ」
「……え?」
リリィの唐突の発言は、ペトラを困惑させた。
なぜだ。
自分だって力になれる。
けれど、それは言葉にできなかった。
「天使の力は、君たちの力及ぶものではない」
彼女は厳しくも優しく。
そう断言した。
自分たちの力の根源には絶望しつつも、その誇りというものを彼女はうしなっていなかった。
「ソムニウムさん。あとは頼んだよー」
「ああ、無論だ」
リリィの言いたいことをソムニウムは即座に察した。
そしてそれに頷いた。
ソムニウムは、ペトラの体を引っ張りながら別の場所へと移動する。
「さあ、ペトラいくぞ」
「なんでっ。なんでっ」
「君では足手まといになる。まあ、私もそうなのだが」
「でも……っ」
「いざというときは私も出る。まあ、心配するな」
ここから先は、戦闘に重きを置いたものでしか立ち入れない。
自分のような学者では、邪魔になる。
ソムニウムはそう考えていた。
そしてペトラも同様だ。
ペトラは、身体の怪我が一切治っていない。
ここでさらに悪化でもしたらと考えると寒気が止まらなかった。
「フォル君は、セーリスク君の援護を頼む。君の魔法はここぞというときの切り札だ。頼むよ?」
「はい」
リリィは、フォルトゥナに指示をだす。
フォルトゥナの魔法は、ラミエル以外には十分に通じると判断した。
だからこそ、彼女とは別行動はとれない。
戦力では不十分だが、それ以外の要素では彼は必要だ。
「セーリスク君。君は時間稼ぎだけを考えてくれ。君の実力は、あと少しで天使に届きうるものだ。だからこそ今は我慢を覚えてくれ」
リリィはわかっていた。
ただでさえ高い実力。
それが、先ほど国宝級を得てからさらに高まっている。
彼の実力は天使に近い。
でもそれは完全ではない。
まだ時間が足りないのだ。
「……わかりました」
「君の実力を発揮するのはいまではない。わかったね?」
「はい」
セーリスクには時間稼ぎの指示をする。
彼では、天使撃破までの実力はない。
だが時間稼ぎさえできれば自分とイグニスがどうにかできる。
天使を複数相手にする以上、一体一の状況を作りたい。
「イグちゃん」
「はい」
「ここが正念場だ。君を巻き込んで……本当にごめんね」
「いいんですよ」
「有難う」
覚悟は決まった。
息を大きく吸う。
彼らはあの場所から一切動いていない。
この国をでるには、あそこを通るとわかっているのだろう。
ラミエルがいる時点で、どのみち戦闘は避けられない。
「じゃあ、いこうか」
彼らの目の前まで進んだ。
雪の音が、やけに大きく聞こえる。
一歩一歩進むほど、降り積もった雪に自身の足跡は残っていく。
降り積もっても、消えないほど深くに。
まるでこの場所に誰かいたことを忘れないように。
「来ました」
白い仮面をつけている黒髪と白髪が混ざった男性がそう白髪の女性に告げる。
その女性もまた白い仮面をつけていた。
「待っていました。貴方達が来ることを」
彼女は冷徹に、そして感情のない声でこうつげる。
否応に、現実を見せつけるために。
最初に一人が告げた。
「法王国天使第一位。神の近似【ミカエル】」
続いて三人も、それに倣って自らの名前を告げる。
その声は、酷く重く耳に浸透した。
「法王国天使第四位。神の炎【ウリエル】」
「法王国天使第六位。神の指示【サリエル】」
「法王国天使第七位。神の雷霆【ラミエル】」
先頭に、ミカエルを置き。
その後ろに三人が並ぶ。
そして彼女は指令する。
目標を明確に。
ある人物を指さす。
「これより任務を開始します」
「最優先事項。直ちに、天使第三位……【ラファエル】を確保しなさい」
「「「はっ」」」
それは絶望であった。
立ちふさがったのは、超えることのできない大きな壁。
それは、イグニスの胸のなかに苦しみを与えた。
「なんで……今。なんで今なんだよ」
会いたくなかった。
こんな形で。
もっと他の形があったはずだ。
でも出会ってしまった。
戦いは避けられない。
彼女たちは本気で自分たちを捕まえるつもりだ。
「……久しぶりですね。ラファエル」
ミカエルは、イグニスにそう語る。
その言葉は少し寂しそうであった。
言い表すことのできない感情が、イグニスを包んだ。
申し訳なさもあった。
後悔も、嬉しさも、怒りもあった。
そんな気持ちは、目の前の出来事に散っていった。
「なぜ今なんだ!ミカエル!」
イグニスは問う。
なぜいま自分を追い詰めるのか。
誰から指示されたものなのか。
それとも彼女の独断なのか。
それを問い詰めたかった。
しかし彼女はその質問に答えることはなかった。
「……まさか貴方が、豊穣国にいただなんて思いもしなかった」
「……っ!」
彼女は知ったのだ。
イグニスが豊穣国で行動していたことを。
遅かれ早かれいつか気づいてしまうとは思っていた。
だが、それでもタイミングが最悪だ。
「けど……今の貴方は天使をやめた身。武力行使で、確保します」
「ああ……くそっ」
そういって彼女は剣を構えた。
敵意がイグニス達に向けられる。
イグニス自身も剣を構えた。
その行動に、後ろの三人の天使も警戒を高めていく。
そんな時、フォルトゥナから声をかけられた、
「イグニスさん……」
「フォル……」
彼女は、怯えというものを明確に表していた。
震えていた。
それほどまでに【天使】という格が大きかった。
「魔法は使えるか?」
逃走に関しては、彼女の魔法が最も重要だ。
恐怖で使えないといったら不味い。
「……時間が欲しいです。今度は絶対にばれないように」
「わかった」
少し安堵した。
だが相手にはラミエルがいる。
中途半端に【認識阻害】の魔法を使っても看破されるだろう。
完璧にその魔法を完成させなければならない。
そんな風にじっとラミエルをみるとふりふりと手を振ってきた。
余裕だな。
彼女もいつもの服装とは違い正式な法王国の服装で白い仮面をかぶっていた。
無機質でいつもの彼女より怖く感じた。
「第二位。第五位」
「……なんだい?」
「あなた達にも問うべきことがあります。ついてきてくれますね?」
ミカエルの声には、冷静さがあった。
だが同時に苛つきもあった。
なぜこのタイミングで、再び二人も離反者がでるのか。
それがわからなかった。
彼女にはそういった心情を把握することができなかった。
「嫌だ」
「同意だナ」
「……っ。貴方達もですか!」
彼女は、その時初めて声を荒げた。
イグニスがぬけたことで、彼女の精神というものはぎりぎりだった。
そんなときに自分の右腕である二位がぬけた。
もう彼女は限界だったのだ。
「正直今の法王国はきな臭いよ。そんなこともわからないの?」
「私たちが使えているのは、知識神そのもの。国は関係がないとはおもいますが」
「そこだね。意見の不一致だ。そこすら理解できないのなら話はしたくない」
リリィは、ミカエルの言葉を聞いたうえで突き放す判断をする。
リリィにとって法王国は信じるに値するものではなかった。
だがそれでもまだ信じるというのなら言葉を交わす意味はない。
そういった思いがあった。
「……いや、あなたの言っていることはわかります」
ミカエルも、現状の法王国の怪しさというものは感じ取っているのだ。
しかし捨て去ることはできなかった。
法王国一位にとって、法王国とは疑いをもつものではなく、守り切るものであった。
彼女の思考というものはそこで停止していた。
だからこそ彼女は法王国を離れるという決断ができなかった。
「けどもう……私はなにも疑いたくはない」
「ミカエル……」
そこの声には、疲労感があった。
彼女も法王国一位という立場ではなく、一人の人物であった。
立場と、感情。
その二つに板挟みになった一人だった。
イグニスはそんな彼女をみて、心配した。
しかしなにもいえなかった。
ここまで彼女を追い詰めたのは自分のせいでもある。
彼女の傍に自分がいれば、こうはならなかった。
「そう……つかれちゃったんだね。君も」
「ええ……」
リリィは、悔しく思った。
ミカエルにすらこんな思いをさせる法王国を少し憎く思った。
でも今この場で法王国に戻ったら、前と状況は変わらない。
むしろ悪化する。
法王国をよい方向に変えるためにも、今自分は自分の意思を貫く。
目の前には、天使が四人。
イグニスと自分で抑えるには、相手が悪すぎる。
それに周りには、法王国の兵士がいる。
人数としても戦力としても少しばかり偏りすぎだ。
なんとか雑魚だけでも減らさなければ。
「セーちゃん」
「は、はい」
「私の魔法は、水の魔法だ。タイミングを合わせて君の氷の魔法を放ってくれ」
「僕の魔法を?」
「ああ。……全力でいい。あとのカバーは私に任せろ。大丈夫、なんとかする」
「わかりました」
どうやらリリィには何か策がある様子だ。
今この状況では、彼女の指示に従うしか方法はない。
セーリスクは素直に頷いた。
リリィは剣を取りだす。
それは、黄金の色をもった絢爛な直剣であった。
彼女はその名を告げる。
「【聖剣デュランダル】!」
「っ!!【神剣】よっ」
「遅いっ!!」
リリィの剣をみて、ミカエルも自身の武器の能力を開放しようとする。
しかしリリィのほうが数秒早い。
なぜなら、デュランダルは武器の特性がそのまま能力だったからだ。
魔力を込める隙すらミカエルに与えることはなかった。
「不滅の剣よ!【地砕き】!!」
ガブリエルは、地面に自身の剣を強くたたきつけた。
その力で、地面にはヒビが入る。
そしてその威力は地面を砕き割った。
絶対に壊れることのない剣は。
身体能力をいくら強化しても。
地面にぶつけても。
それでも絶対に壊れない。
壊れず、忘れられず、なくならない。
それは不滅の剣。
武器の特性は、【不滅】。
決して破壊することのできない武器は、地面を容易に破壊した。




