二十四話「脱出」
イグニスは、先ほどの機械的な部屋からでてもみんなのいる場所へと戻っていた。
「……おや、どうやら話は終わったようだね」
「……?イグニスさん!早かったですね」
最初にイグニスに気が付いたのは、ソムニウムだった。
セーリスクもイグニスのほうへと視線を向ける。
しかしいま不思議な言葉を言われた。
早かった?
なぜだ。
「どれぐらい俺はあそこにいた?」
「それほど長くはないね。数分程度かな」
「数分……?」
あの会話が数分なはずがない。
最低でも、20分は話していたと思う。
「あの場所だけ、この世界とは分離しているんだ。時間軸のズレはあるかもしれない」
ソムニウムがそう説明する。
なるほど、多眼の竜の力の影響か。
イグニスはそう思った。
やはり多眼の竜は、世界の理とは少し違う存在のようだ。
彼女だけこの世界で、浮いているような。
別の世界の存在に感じたのは、間違っていないようだ。
「ソムニウム。なぜあの人はあの場所にいるんだ?」
「彼女は……あの場所から離れることができないらしい。干渉できる空間があそこだけ。だそうだ」
「なるほど……」
【世界の意思】に抗ったとも言っていたし、元々いま生きている存在とは別のものなのだ。
そういったこともあるかと納得する。
「イグちゃんは誰と話してきたの?」
「えっと……」
リリィがそんなことを疑問に思う。
イグニスが不思議なことを話しているなあとリリィは思ったのだ。
多眼の竜といっても、リリィには伝わらない。
イグニスは、どのように説明すればいいのか迷った。
正直に全部伝えるべきなのか。
シオンの意思をあれこれ勝手に話すわけにもいかない。
「過去の遺産さ。イグニス君以外にはかかわる気がないらしいからそこまで気にすることではないよ。君が……知ることではない」
「……そうか」
一瞬ぴりついた空気が流れるが気のせいではないだろう。
ソムニウムは、お前には伝える気はないと言っているようなものだ。
リリィも、そこで下がった。
イグニス自身が自ら話すことを望んでいた。
やはりソムニウムは、法王国のことはあまりよくは思っていないようだ。
「さて、イグニス君の話も終わったことだし。セーリスク君の話をしようか」
「……セーリスクくんの?」
「どこか悪いのカー?」
リリィとフラーグムは、セーリスクの体の状態のことをよくは知らない。
だが、フラーグムはなにかしら感じ取っていたようだ。
「はい……」
「君の状態は、自身の魔力に体が耐えきれていないから起きるものだ」
「……それは通常ではありえないんですよね」
「ああ、もちろん。君は、異常なほど魔法が強すぎる」
「……」
ソムニウムにすら異常と言わしめるほどの魔法。
リリィと、フラーグムの顔も硬くなっていた。
異常事態がどのようなものなのか察したようだ。
「君は体感しているから既に分かっているだろうけど、改めて君に伝える。君はこのままでは自らの魔法によって死ぬ」
「……はい」
「今回は、その【魔眼】も含めて改善していこうという話だ」
「……【魔眼】!君魔眼の持ち主なのかいっ?」
リリィが驚いたように、セーリスクの肩を掴む。
そして彼の右目をじっとみて、納得したようにうなずく。
「本当だ……眼そのものに強い魔力が込められている」
「凄いナー。サリエル以外で初めて会っタ」
二人にとってもセーリスクが魔眼を保持していることは驚きのようだ。
そしてサリエル以外持っている人物を知らないという。
「そのサリエルが魔眼を使う時は一体どうしているんだい?」
ペトラが、二人に対して聞く。
いまのセーリスクは、魔眼を持っているせいで視力の低下がみられる。
うまく扱うためにはその前例がどのように扱っていたのか知りたい。
しかし帰ってきたのは、望む答えではなかった。
「うーん。ごめんね……実はサリエルが魔眼を使うところを見たことがないんだ」
「私もだナー」
「えっ?」
その答えに、一番の驚きを持ったのはイグニスであった。
リリィとフラーグムは、サリエルの魔眼の使用をみたことがないだと。
そんなことはありえない。
自分にですら見せてくれた。
「いや……俺と知り合ってしばらくの時は能力をみせてくれましたよ?」
「えー?頼んでも嫌そうな顔で断られたんだけどなあ」
話が少しかみ合わない。
なぜだ。
なにか飲み込めない違和感がある。
「すまないね。話を戻してもいいかい?」
「あ、ごめんね」
「君の暴走を抑制する方法は二つある」
「二つ?」
「ああ、ひとつは魔法道具による強制的な出力低下。または貯蔵」
その方法は既に試している。
ペトラの渡してくれた魔法道具はそんな能力であった。
つまりその方法では、結局同じことの繰り返しということだ。
それはセーリスクの求めるものではなかった。
「それはもうすでに……」
「ああ、そうだね。ペトラがとろうとしていた手段はそれだ」
ソムニウムもそれを肯定する。
彼女がその方法を試していたことを彼はしっていたようだ。
「そして、私が君に提供する方法はこれ」
彼は、後ろからある箱を取り出した。
豪華なつくりで、重厚感のある箱であった。
そしてその箱からは、なぜかある強烈な威圧を感じた。
そのプレッシャーというものをセーリスクは知っていた。
イグニスも、リリィも同じものを感じ取っているようだ。
「国宝級による強制的な魔力の放出」
そういって、彼は箱を開けた。
そこには剣が入っていた。
強烈な魔力の込められた剣。
装飾はそこまで派手なものではなく、剣の真ん中に水晶のようなものが埋め込まれていた。
彼は、その剣の名前を告げる。
「【応剣フラガ】。それがこの剣の名前だ」
「……っ!」
セーリスクは、その時【直感】で感じ取った。
この武器は、自分の手によって扱えると。
香豚の国宝級を見たときに感じなかった感覚が今では味わえた。
これは自分に応えてくれると。
そう思えた。
「この国宝級は、持ち主の思いに全て応えてくれる」
「……?」
「魔力量も、剣の向きも速さも、全て武器が汲み取って動いてくれるのさ。そしてそれは、君の魔法にも及ぶ」
「魔法や剣の行動を全てあとから変えれるということですか?」
「そうまとめていうのなら【誘導】。それがこの武器の能力だ」
【応剣フラガ】。
その能力は、【誘導】であった。
魔法におけるコントロール。
魔力量。
方向。
全て意図的に操ることができる。
そして同様の行動を剣そのものも行うことができる。
敵の追尾。
または攻撃の防御。
それを剣自身が自ら行ってくれる武器だった。
「君の体は、君の能力に見合っていない。不思議だね。成長に体が追い付いていないんだ」
「……」
わかっている。
今の自分は、おかしいぐらいに良くなりすぎた。
魔法や体の動きに、感覚や頭が追い付かないのだ。
常に体のどこかにずれがあるような感覚。
セーリスクは、コ・ゾラとの戦いのときに狂気を実感してからそのような感覚を保っていた。
そしてそれに苦しみというものを持っていた。
もがいているのに、前に進めていないような。
そんな気持ち。
「今後のことを考えると決定的な手段を用いないと君は必ず死ぬ」
「そこまで僕の体は悪化しているんですか」
「いや自覚はしているだろう?そこまで察しが悪いとは思ってないが」
「……」
ネイキッドとの二度の戦い。
二度の敗北でも、自分は生き延びた。
次がある、次は絶対に死んでも勝つと何度も言い聞かせた。
でも心のどこかで終わりがくるのだろうと。
戦いではないどこかで、ふっと消える瞬間が来るのだろうと。
それはもうすでに察していた。
「ああ、もちろん。後天的な【魔眼】なんて滅多にない。何度も自らの魔法によって死にかけた君だからこそ起きている状況だ。前例はある。だがそれは君に当てはまるものではない。これは、君だからこそ起きているものだ」
「……はい」
セーリスクは、ごくりと息をのんだ。
相当自分は危険だと自覚していたつもりだったが、それでもまだ自覚がたりなかったようだ。
「でもこの武器があれば、きっと改善する。それだけの力がこの武器にはある」
彼は応剣を指さす。
心の中が、踊っていることを自覚する。
まるで子供が、手の届かない玩具をじっとみているような。
その時の心情と同じような気持ちになった。
決して追いつけないものに、やっと追いつけたような感動。
セーリスクはこう感じていた。
やっと並べると。
「握ってくれ。この武器もきっとそれを求めている」
「わかりました」
剣を握る。
その時、体のなかにスッと何かが入った。
何かが馴染む感覚を覚えた。
体に魔力がほとばしる。
この武器自身が教えてくれる。
使い方を。
そしてセーリスクは武器の使い方を理解した。
「おめでとう。君は、その武器に認められた」
「はい。わかります」
今自分は、【応剣フラガ】に認められた。
理解より先に脳が認識していた。
不思議な感覚だ。
「その武器は君に渡そう。大事に扱ってくれたまえよ」
勿論だ。
この武器は一生の相棒だと自分は理解していた。
「お兄ちゃん有難う」
ペトラは、自分一人の意見で兄が国宝級を手放してくれたことに感謝していた。
しかしソムニウムは首を横に振る。
「国宝級は持ち主を選ぶ。今私が渡さなくてもきっと彼の手には国宝級が握られている」
なるほど、そういうものかとセーリスクは国宝級を持つことによって理解できた。
「イグちゃんも、国宝級を取り戻さないとね」
「はい……法王国に置いたままだったので……」
イグニスは、自身の国宝級をそのまま置いて出て行った。
風を纏う剣の国宝級であった。
旅のなかで、いろいろな剣を持っていたがあれに勝るものは一度も見たことがない。
「真面目だナー。リリィと私は、そのまま持ってきちゃっタ」
「それでもいいんだけどさ……」
国宝級は、その適応する本人しか持てない。
イグニスが自身の国宝級を置いてきたことには何の意味もない。
だけど、なぜかミカエルに申し訳なさを感じたのを今でも覚えている。
そんなことを話していると、ソムニウムがばっと立ち上がった。
「どうしたの?おに……」
ソムニウムがペトラの口を抑える。
彼の眼つきは、先ほどと変わって鋭くなっていた。
「……誰か来ている」
誰だ。
その場にいた全員が思った。
そして全員が戦闘態勢を整える。
念のため、玄関にあった防衛用の魔法道具についてイグニスは問う。
「魔法道具は?」
「……多分全て壊されている。それも即座に反応ができないほどに。馬鹿な。速すぎる」
「……誰かわかった」
「ああ、奇遇だね。私もひとり思いだせる子がいるよ……」
敵はソムニウムの魔法道具を壊していた。
それも、魔法道具が反応できないほどのスピードで。
リリィとイグニスは、ある人物を頭の中に思い浮かべていた。
二人とも思わず苦笑いをしていた。
「もうだめだ、目前まで来ている」
ソムニウムが家の奥へと入っていく。
こっちへこいと合図をしていた。
「全員、家の奥に……っ」
その時、入口は斬られた。
先ほどまで扉の形を保っていたはずのものは、無残にも残骸になり果てた。
その扉を切ったのは、体格のいい男性であった。
顔には、白い仮面をつけた。
筋骨隆々の男性。
大剣を背負った彼は、こちらをじっと見つめていた。
「見つけた。探したぞ。ラグエル。早くこっちにこい」
「エ……」
フラーグムのことを指さして彼はそう言った。
そこには、普段の彼の様子はなかった。
剣呑な雰囲気だけ彼は持っていた。
「ウリエルもッ!?」
「てっきりラミラミだけかと……」
ソムニウムは、その男性を視認し法王国四位であることを確認する。
即座に、魔力を身体に込める。
ソムニウムは、ウリエルに対し戦闘準備を始めていた。
同様に、ウリエルもソムニウムに敵意を向ける。
今にも戦闘は始まりそうであった。
「話を聞かせてもらおうか。【北の賢者】よ。生憎私は……今切れている」
「君の都合なんて知ったことではないんだが……即刻お帰り頂けないかな?ここに君の席はない」
「……ああ、そうか。話は通じないな。元から武力行使するつもりだ。どうでもいい」
「おっと。野蛮だなあ。いつから法王国は武力だけの腐った脳味噌になったんだい?知識の名がなくなあ」
「話の通じない相手に、どう知識を語れと?それすら理解できないとは。賢者という名前は所詮偽りの飾りだったか」
殺意と敵意が入り混じった感情が、彼から向けられた。
それには焦りもあるのだろう。
彼は、ラグエルが法王国を抜けたことに神経質になっている。
「ああ……もういい。この武器を使わせてもらう」
そういって、ウリエルは大剣を大きく振る。
そしてそこに魔力を込めた。
「【罰剣パーガートリー】っ!!能力をかいほ……」
自らの武器に魔力を込め能力を使用する。
能力が開放される直前、ウリエルは時が止まるような感覚を覚える。
能力の開放が遮られたのだ。
ある人物によって遮られた。
その直後に聞こえたのは笛の音であった。
「解放ができない……?」
自らの武器を見つめ彼は動揺する。
しかし即座にその原因を思い出す。
こんなことができるのは、彼女しかいない。
「ラグエル!!!」
「ひっ……」
彼は、大声を出しフラーグムを威嚇する。
彼は本当に怒っている。
ラグエルがぬけたことで、相当精神に負担がかかっているようだ。
フラーグムも普段みることがないウリエルの様子にかなり怯えていた。
「なぜだ!ラグエル!!なぜ邪魔をするっ!」
「ウリエルお願いッ!ここは見逃してッ!」
ウリエルから顔を隠しながら、フラーグムは懇願をする。
やはり彼が相当怖いようだ。
怒りをにじませ、歯を食いしばりながら零すように彼は否定する。
彼は、ラグエルに厳しく対応しきれてないようだ。
「できるか……っ。そんなことがっ!君が……戻ってくれれば。話は終わるんだ」
「でもっ……でモ」
「でもじゃないっ!!戻れ!ラグエルっ!!」
ウリエルは必死だった。
彼の様子を知っている三人は初めて見たのだ。
彼がここまで取り乱している様子を。
それをみてリリィは二人の間に入った。
「……ウリちゃん。ダメよ。そんなこといっちゃ。グムちゃんが怖がってるじゃない」
しかしリリィをみて、ウリエルは怒りを持つ。
こんなことになったのは彼女のせいではないか。
ウリエルはそう思っていた。
「もとはと言えば、あなたが彼女を誘うからだ!ぬけたければ、一人でぬければいい!!それであれば私もここまで怒っていないっ!!なぜラグエルを誘ったんだ!」
ラグエルが法王国にいてくれるなら、自分は何の文句はなかった。
けどそうはならなかった。
彼女はガブリエルについていく判断をした。
きっとガブリエルが言葉巧みに彼女を誘ったのだ。
「……法王国を抜ける判断をしたのは、彼女。ラグエルよ」
「だがっ……彼女は」
「彼女はなに?確かに彼女の思想は幼い。けど一人だちさせてないのは。子供扱いして手元に置こうとしているのは。一体誰?それは貴方の身勝手なエゴではないの?」
「……っ!!」
リリィの言う通りだ。
決断そのものは、フラーグムのもの。
しかしウリエルは、前々からフラーグムを自分の手元にいるものだと勘違いしている節がある。
それは彼が、ラグエルのことを守りたいという善性からくるものだろう。
だが今回においては、それは余計だ。
彼自身自覚しているようで、そのことを指摘された彼には絶望が浮かんでいる。
「そんな……私は……っ。ラグエルのことを……ただ心配して」
「ウリエル……」
「やめろ……やめてくれラグエル。そんな目で……私を」
彼は子供扱いしてないとそう思いたがっていた。
しかし今の彼は、余計なところが目立つ。
お灸を据えよう。
「ウリエル」
イグニスは、ウリエルに近づく。
ウリエルは少し目を明るくしていた。
イグニスがこちらに近づいてくれたことがうれしかったのだろう。
だが先ほどと変わって声に覇気がなくなっていた。
「イグニス……さん。今、貴方にも手加減ができない状況になっています。お願いです……私の言うことを」
「いいからそこをどけっ!!」
イグニスはある程度手加減しつつも、かなり強めに風の魔法によって彼を吹き飛ばした。
壁に強打した彼は、頭から血を出していた。
彼は、いきなりイグニスに吹き飛ばされたことに困惑していた。
精神的に不安定になっている彼にここまでするのは少し可哀そうだったかもしれない。
しかし今彼にかまっている余裕はない。
「え……えっ?」
「よしっ!!セーリスク!フォルトゥナ!ペトラ!ここから逃げるぞ!」
「「はいっ!」」
「ああ!わかったよっ!」
セーリスクとフォルトゥナはイグニスの判断に元気よく答える。
ペトラも全くしょうがないなあとため息をつきながらその判断に付き合った。
ここにはウリエルとラミエルがいる。
とれるのは逃走の一手だけだ。
「……イグニス……さん?なんで……」
今彼の言うことを聞くわけにはいかない。
ココから離れよう。
「さあ、いくぞ!みんな!!」