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ヒューマンヘイトワンダーランド  作者: L
五章 機兵大国編
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二十三話「時を超えた願い」

イグニスには、彼女に聞きたいことがあった。

それは、過去の人間との戦い。

ミカエルが骨折りへと変化する原因を知ろうとしていた。


「過去の戦いに一体なにがあったんだ」


イグニスをそれを知らなければいけないと感じていた。

今しか聞くことができない。

過去の戦い何が起きたのか。


「……」

「教えてくれ【サリエル】。なぜミカエルは【骨折り】を名乗っている。あいつはなにをして骨折りになったんだ」


彼女は少しの間沈黙を保っていた。

彼女にとっては思い出したくないものなのだろう。

しかし彼女はそれを話さなければならない。


しばらくたって彼女は口を開く。

そして、過去を振り払うように絞り出す。


「過去の戦い……ミカエルはアダムの配下である【骨喰】という男と戦いました」

「【骨喰】……?」


初めて聞く名前だ。

骨折りからそんな名前は聞いたことがない。

法王国の本にもそんな人物はいなかったはずだ。

やはり法王国は意図的に記録を残していない。


「ええ、【骨喰】はある鎧をもっていました。それは全ての傷、全ての痛みを無効化する呪いを持った鎧。彼はそれによってすべての戦いに勝利を収めていました。当然法王国の一員も彼によって敗北を喫しました」

「それって……」


知っている。

それは、骨折りの鎧の能力そのままだ。

骨折りの持っている鎧は、【骨喰】のものだったのか。


「はい。今の骨折りが持っている鎧と同じものです。能力も今と変わりないでしょう」


彼女もまたそれを肯定する。

骨喰は、骨折りの鎧の過去の持ち主のようだ。

だが疑問はある。

そんな鎧一体どのように作ったのだろうか。

でも頭のなかで、その作り方はなんとなく察しができてしまった。

誰かを犠牲にしたのだろう。


「骨折りは……【ミカエル】は私と一緒にその男と戦いました。死闘を繰り広げた結果。私たちはぎりぎりのところでその男を殺すことに成功したのです。ですが」


どうやら二人は、その男を倒すことはできたようだ。

しかしそのあとに何かが起きたのだろう。


彼女は、眼の奥底に明確な怒りや殺意を現した。

それは執念という言葉では足りないなにかであった。

彼女もまた復讐という感情を持っていたのだ。


「そんな時にあいつは現れました。アダムは」

「……あいつなら待つだろうな。疲弊したところを」

「ええ。そのタイミングを待っていたかのように、骨喰を倒した直後彼は笑いながらこちらによってきたのです。その顔は今でも忘れることができません」


アダムの性格はわかっている。

彼は陰湿で狡猾だ。

利害より、ともかく相手の嫌がることをする。

子供のように楽しんでいることが一番苛つかせる。


「当然私たちは、逃げようとしました。だけど彼はそれを許しませんでした」

「……」

「必死に逃げようとしました。戦おうだなんて頭になかった。けど……ミカエルは私のことを血まみれで守ってくれた」


疲弊しきって、魔力を使いきったあとでは戦えるはずはない。

そして身体能力の殆どを魔力に頼り切っている亜人では、逃走能力ももうなくなっているだろう。

アダムは決して弱くない。

彼の存在は理不尽そのものだ。

その時の二人は絶望を感じただろう。


「そんな時ミカエルは言ったのです。時間を稼いでくれと」

「……あいつはその時間で何をしたんだ」

「彼は【骨喰】の鎧を一部分着ていたのです。脱いでくれと懇願しても、彼はそれを拒み前に進みました」

「あいつはそのときに……鎧を」


彼が、あの鎧を手にしたときはそんな絶対絶命な状況だったのか。


「彼は……そのとき正気を失いました」


即座に理解した。

その時彼は、その再生能力を受け入れることができなかったのだ。

肉体を殆ど再生するほどのアンデットの能力。

今は順応できても、それには大きな時間がかかったはずだ。

由来が同じでも、能力は真逆。

それに即座に適応しようとした時点で骨折りの神経は耐えきれなかったのだ。


「暴走した彼によって。アラギも、マールも、アダムも……そして私も。全て彼によって破壊されました。彼を止めることができるものはいなかったのです」

「……っ」


骨折りは自意識を無くした結果、相当大きな事態を起こしたようだ。

骨折りは王手をかけられていた。

しかし彼は盤面をそのままひっくり返したのだ。

後にも影響を残すほどに盛大にひっくり返した。


イグニスもその時は言葉がでなかった。


「その時世界の因果が壊れました」

「因果が……?」


骨折りが、暴走したことで何が起きた。

世界の因果とはなんだ。

先ほど言っていたアラギとマールが関係していそうだが。


「この世界を変える存在の二人。その二人がほぼ同時に絶命した。それによって世界の変化が中途半端に起きてしまった。【世界の意思】にとっても二人が死ぬということは運命から逸れる異常だったのです」

「……」


骨折りは異常では収まらない事態を起こしたのではないか。

イグニスはそう考えた。


「だからこそ、【世界の意思】はやり直しをしている。【人間】か【半獣】か。この世界の未来で変化を選びとるものをどちらか決めるために」

「やり直しなのか。今のこの結果は」


先ほどの話が本当なのであれば、アラギとマールのどちらかは生き残らなければならない。

しかしそうはなっていないのだろう。

どちらとも死んで、世界の変化は与えられなかった。


「そして私の願いもまた……【世界の意思】に届いてしまった。私は……確かにその願いを強く願ったけれど……こんなことは一切願っていなかった」


そのうえ、彼女は願ったのだ。

骨折りが、アダムを倒す未来を願った。

だがその願いの代償は彼女の想定以上なのだろう。

もはや彼女は止まることはできない。

ここまで進めてしまった。

そういった思いが、彼女の根底にきっとある。


そしてそれは止めることができない。

彼女は傍観者として、骨折りとアダムの戦いの決着を見届けることしかできないのだ。


「……今の流れは、貴方達二人が原因なのか」


今までの自分たちの不幸は、アダムに起こされたものだと思っていた。

でもそれは少し違った。

骨折りとサリエルの行動によって未来が変化した。

人間の少女と異物の少女の戦いは決着がつかなかった。

アダムも骨折りも、不完全燃焼なのだ。

燃え尽きることができず、結末を歪めてしまった。

彼らは亡霊なのだ。

過去の亡霊は、現代まで生き延びて今に影響させた。


そのことに少し恨みを持った。

もしかしたら、二人がなにもしなくても同じことは起きたかもしれない。

けれど、それでも言葉にできない思いがもどかしい。


「はい。私たちを原因とする部分も大きいでしょう」


彼女は、それを認めていた。

罪を自覚して、それを受け入れていた。


「しかし、それほどまでにアダムという存在は確実に殺さなくてはいけない。私たちという過去の介入があってもなくても彼は明確にこの世界に牙をむく。彼は、人間を憎むもの。人間によって発展してきたこの世界を彼は決して認めない」

「……」


それは否定できない。

十年後の戦いといっても、被害はほとんど変わりはないのだろう。

彼らが絶対に悪いと非難することはできない。

本来悪意を為しているのは、アダムなのだから。


そして彼は、


「アダムが……この世界を変えようとする理由はなんなんだ。この世界を壊そうとする理由は」

「……それはわかりません。彼の過去というものを私も伝えられていないので。ただ彼は、自分を生み出した存在に絶対的な嫌悪感を持っている。アラギに対する敵意もそれに近しいものでしょう。しかし彼は、アラギを殺すことができない」


アダムは、アラギを殺すことができない。

それはなんでだろうか。

イグニスは疑問に思った。


「……なぜだ?」

「それはルール違反だからです」

「ルール違反?【世界の意思】に抗うことになるのか?」

「ええ、そうです。【世界の意思】による争いは、必ずマールとアラギで決着をつける必要がある。異物の少女と人間の少女以外がかかわっても結果は変わらない。やり直しという答えがでるだけです」

「……なるほど……くそっ」


イグニスは納得をした。

今まで、アダムがアラギのことを狙おうとしなかったのはこれが理由だったのか。

アダムが、アラギを殺しても意味がないのだ。

それでは世界の変化は起きない。

分岐点を選ぶ存在である二人が、決着をつけなければいけない。


どちらが一方を殺す。

この戦いの終着点はそこだ。

自分は、骨折りとアダムの戦い。

アラギとマールの戦い。

どちらにも干渉をしなくてはいけない。


自分はマールに争ってほしくない。

マールにも死んでほしくない。

アラギにも死んでほしくない。

自分はどちらも必要だと考えている。

なにか方法はないのか。

どちらも殺せたように、どちらも生かすことができる方法はないのか。

思考した。


「しかし……」

「まだなにかあるのか」


彼女はまだ何かを語ろうとしていた。

それは、イグニスにとって喜ばしいものであった。


「私が多眼の竜に干渉してもらったように、世界の理を一時的に壊すものはあるはずです」

「本当か!」


そういえばそうだ。

その例外が、骨折りとサリエルだった。

この二人は【世界の意思】に抗った。

同じ方法を取れれば、何か手段はあるはずだ。

世界を壊すほどの力が、どこかにあればの話だが。


「……私にとってのミカエルであったように。貴方にとってのマールは特別なものでしょう」

「ああ……そうだ。私は、マールに幸せになってほしい。私はあのこを救いたい」

「……はい、私もそう思った」


【世界の意思】や、【ピースキーパー】だなんてどうでもいい。

自分はマールを救いたい。

あの子とまた旅がしたい。

宿命というものから解放してあげたい。


たとえ世界を歪めることになっても。

私はそれを実現しなければいけない。


「あの子を……っ。まだ救えるのか?」

「はい。必ず方法はあるはずです」

「そうか……ならよかった」


また新たに目標ができた。

マールとアダムが手を組むことはどうしようもない。

だからこそだ。

マールを生かしたまま、アダムを殺す。

彼女を運命から解放する。

それが自分の役割だ。

それでこの世界の変化は起こる。

心の中がどこか引き締まる気がした。


「……貴方と話すことができてよかったです。イグニス・アービル」

「……【サリエル】」

「もう時間は少ない。多眼の竜の体をこれ以上借りるのも申し訳ないですしね」

「そうか……」


彼女との会話はここで終わりのようだ。

名残惜しいがしょうがない。

彼女も【世界の意思】に抗ったことで多眼の竜の力を借りることでしか肉体を保てない。


「一つ覚えていてほしいことがあるのです」

「なんだ?」

「私の名前はシオン。貴方はこの名前を憶えてくれますか?」


彼女は、自分の名前を語った。

それは、彼女にとって大切な名前であった。

かつて愛した彼が付けてくれた大事な名前。

彼女が今唯一愛せる宝物であった。


「ああ、勿論だ。シオン」

「有難う、イグニス」


【天使】でも、【多眼の竜】でもなく。

やっと一人の人物としてイグニスと関わることができた。

彼女はそう思えた。

そんなことを考えたとき何かが漏れた。

心の中の栓が緩んでいた。


「今思えば、私は彼のことを想っていたのです。大切に大切に……想っていました」

「……うん」

「愛して……いたんですよ。気づくのが……遅いですよね」

「そんなことはない」


コップの淵から零れるように漏れていた。

その思いは。

数百年の思いは、いまだ枯れていなかった。

自分が彼を残させてしまった。

その後悔は、その愛は呪いであった。


涙はこぼれない。

でも思いはこぼれた。

彼のことを愛して、ずっと一緒にいたかった。

けどもうそれはかなわない。


「……」

「私は……彼に幸せになってほしい。けど……彼の魂の奥底にはアダムを殺すことしかない。人間の少女を一度殺してしまった後悔。あの時の決断は彼をまだ苦しめているのです」

「……ああ、そうだな」


骨折りは、亡霊なのだ。

死ぬことができず、今も生きている。

この世界を救おうともがいている。

彼はいまだにおぼれているのだ。

彼の役割を果たすことができるのは自分だけだ。


「どうか彼の……この宿命を終わらせて……。お願いイグニス」

「わかったよ。シオン」


自分にできることは少ない。

でもしよう。

彼女の願いをかなえよう。

そう思った。

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