十九話「天使第二位④」
セーリスクは、目の前の二人に正直引いていた。
警戒すべき人物なのかあやふやになっていた。
ペトラとのやり取りを見ると確実に警戒する方が正しい。
しかし彼女たちの性格のギャップというものが、心に動揺を生み出していた。
「しょうがないじゃないカっ」
「そうだそうだーっ!」
フラーグムは焦りながらセーリスクに反論する。
リリィもそれに息を合わせる。
イグニスはその二人の様子をみて、ため息をつく。
「おおぅ……」
「だってすごーい分厚いんだよ!あれ!ウリエルなんて全部覚えるまで徹夜だっていうシ!!」
フラーグムは頭に指を立てて鬼を表す。
その眼は涙眼だった。
同格の四位にすら怒られているのかこの人は。
「ミカミカも真面目だからねえ……」
「ミカミカ……?」
「ああ、一位のこと」
法王国のトップをいまミカミカっていったのかこの人。
セーリスクは、その発言に動揺する。
ペトラも、ドン引きしていた。
二人で苦笑いをする。
「偶に経典を暗唱もできる人もいるんだよぉ」
「ちなみにイグニスさんは……?」
「あー……流石に覚えていないな……読んだのも結構昔だしな」
まあ、イグニスが覚えていないのは当然のことだろうとセーリスクは納得をする。
しかし結局ある答えは述べていない。
ペトラはそれを指摘する。
「結局教義ってなんなの?」
「イグちゃんかーるーく答えてさしあげなさいっ!」
びっしとリリィは、イグニスのことを指さす。
あははと苦笑いしながらイグニスはペトラたちに教義を教えることにした。
ペトラたちもじっとイグニスを見つめる。
「はい……法王国の崇拝対象は知識の神なんだ。信じる者に知識を与え。そしてあたえられたものがさらに広める。自分の与えられ得られた知識を発展し、それを信じる。その繰り返し。それが法王国の教義だ」
法王国の宗教は、知識信仰だ。
知識というものを神にして、それを信じるものがさらに知識を与える。
上の立場になればなるほど、与えられる知識というものは増えていく。
そういった仕組みであった。
「結果的には知識を独占することができているということか。法王国の優位性はそれだね」
「ともかく、教義を守ることがこの世のすべてに役に立つ。だからこそ、信者は協議を守ろうとするんだ」
「で?今は?」
それは昔の話だろうとペトラは指摘をする。
現在の法王国と過去の知識信仰。
その差は一体どこにあるのか。
ペトラはそこを疑問に思っていた。
「うーん。アンデットが生まれてからはそれから身を守るための技術や知識を教えるものに変わったんだ」
「時代背景を考えれば、当然かな。争いの中で継承されない知識もあっただろうし、アンデットに襲われる被害が大きいときはどうしようもなかったんだろ」
クルリとペトラは、セーリスクとフォルトゥナの二人を見る。
「で?そこのアホ二人?聞いてた」
唐突に話を振られて二人は驚きを持った。
「は、はい」
「……まあ、知識を成り立ちにするのはよくわかった。……でもなんでそこに【天使】っていう武力が加わったんですか?戦力としては過剰すぎる気がするんですが」
「それは簡単だよー」
セーリスクの疑問にリリィは答える。
「法王国や当時残っている国だけでは、もう知識を守り切れないと判断したからなんだ」
「知識を守り切れない……」
あまり想像ができないが、大きな戦いが起きたのではないか。
セーリスクはそう推測する。
「確かにアンデットから守るものだけど他の国との闘いもある。【人間】がいたころから法王国の前身である知識の神を信仰する者たちは存在したからね。法王国にとっては【天使】は武器であり守るべき知識なんだ」
なるほど。
【天使】を守るためにまた【天使】は存在するということか。
【天使】という秘密は、明かすべきではない大きな知識なのだろう。
守るべきものは強いものに持たせればいい。
【天使】という仕組みがうまくいっているのはそういう理由もあるのだろう。
ペトラは、その仕組みに納得していた。
「なるほど」
「で、近隣国家から厳選された戦力を集める。そしてイグちゃんにもついているこれ。これには正式名称はない」
リリィがそういって肩甲骨を指さす。
これとは【天使の羽】のことだろう。
魔力を込めることで、大きく肥大する天使だけについた魔力器官だ。
ペトラは、イグニスと骨折りの戦闘で。
セーリスクとフォルトゥナは、ラミエルとの戦闘でそれを視認している。
一人の人物が、決して持つことのできない膨大な魔力量。
【天使の羽】は、それを生み出すことを可能にしていた。
天使たちは、奇跡を身に纏っていた。
「知識と知恵と技術と技能。そして武器。集めた人材にすべてを与えた存在が七人の【天使】達ってこと」
「……道理で強いわけだ」
知識を守るための組織がなぜつよいのか。
その知識の恩恵を全て搭載しているのだ。
結果強さを得た。
「うん、正直他の国にもし勝てる存在がいるのなら。一、二人いれば十分ってぐらいだよ。法王国の【天使】っていうのはそれぐらいの戦力を有する」
そう。
【天使】という存在が優れている理由。
それは七人という数に絞ってその資源をつぎ込んでいるからである。
適応するものに国宝級を持たせ、知識を守る戦力とする。
法王国の周辺にも小さな国家というのは存在する。
そのような法王国近隣がすべて一丸となっているのだ。
そんな個体が弱いはずがない。
「他の国も強い存在がいるっていうのは聞いているけど、七人いるとは聞いてないナ」
ペトラはひとつ気になることがあった。
本筋とはずれるがそれを質問する。
優先するべき事項と考えたからだ。
「……ちなみに他の国の存在っていうのは?法王国はどこまで把握している?」
ペトラは質問をする。
それは、法王国が他の国の戦力をどこまで把握しているかの質問。
情報提供には当然これも含まれるだろう。
リリィも拒否はせず、その質問に答える。
「そうだね……獣王国なら【獣王】と【銀狼】。【破戒僧】や【獣殺し】。豊穣国は君……と。あとそこの【氷剣】君かな」
最初の二つと【獣殺し】は知っている。
しかし二つ知らない名前が出てきたなとイグニスは考える。
「【氷剣】……?」
「……!!」
「セーリスクが?」
リリィは、セーリスクの戦闘能力のことを知っていたのか。
【氷剣】か。
彼に相応しい二つ名だろう。
セーリスクは、認識されていることに驚きを持っていた。
だがどこか喜びというものを感じる。
実際嬉しいのだろう。
「……僕が……!」
リリィの挙げた名前に、自分が含まれていることに反応する。
しかし続く言葉に落胆をする。
「セーリスクはそんな有名なの?」
「いいや別に?」
「あれ?」
そこまで有名ではないのに、なぜ法王国は彼に注目しているのか。
そう思ったときに、リリィは答えを述べた。
「私が個人的に注目しているだけの話だよ。他の国も何人かは君のことを知っているだろうね。それに……君は【破戒僧】と【獣殺し】相手に生き残ったでしょ?その評価は大きい」
「……あの二人か……」
【破戒僧】とは一体誰だろうか。
僧で考えられる強者があいつしかないない。
しかし【獣殺し】と同等に並べられると考えると一人だろう。
「【破戒僧】ってコ・ゾラのことか」
「へー。彼ってそんな名前なんだー」
リリィは流石に名前までは知らなかった様子だ。
実力あるものとして、口調と二つ名が広がっていたのだろう。
「なんであいつのことを知っているんだ?」
「こっちも何十人かやられてるからナ。他の国でも、話は聞ク」
コ・ゾラは、豊穣国以外でも相当暴れた様子だ。
確かに彼を止めることのできる実力の持ち主は少ないだろう。
最低でも【天使】と同等の戦力を持たなければ彼の相手はできない。
「機兵大国は勿論君の兄。【北の賢者】ソムニウム・マキア」
「当然だろうね」
「彼は、天使複数人相当の実力を持っていてもおかしくはないだろうねー」
ペトラの兄も、高い実力を持つ様子だ。
ペトラと同じゴーレム作成能力を持つのなら、確かに脅威かもしれない。
人数の負担を考えることがないのは大きなメリットだろう。
「海洋国は?」
「海洋国には、【酒乱】ロホ・シエンシア。【鉄葬】アーガイル。二人とも組織を纏める人だから正直部下たちも怖いかなあ」
今度は知らない名前が続いた。
一体誰なのだろうか。
「ああ、エリーダの姪か……」
「ペトラは会ったことあるんだっけ?」
「ああ」
【酒乱】とはエリーダの姪のことらしい。
彼女とはエリーダの繋がりもあるし、仲間にできそうだ。
しかし【鉄葬】はよく知らない。
シャリテが間に入ってなんとか仲良くすることはできないだろうか。
シャリテは元気だろうか。
「……獣王国をのぞけば、他の国は三人にも満たないか」
その獣王国ですら、三人は既に死んでいる。
二人が、アダムの配下になってしまったことが痛いなと考える。
アダムも戦力の把握というものを行っているのだろう。
だからこそ獣王国であの二人を部下にしたのか。
「天使が七人……」
それぞれが一騎当千の実力者。
生半可な実力ではただ潰されるだけだろう。
相応の戦力を彼らに当てなくては勝つことはできない。
だが今は、二位【ガブリエル】と五位【ラグエル】が味方になった。
イグニスと骨折りがいれば、天使の相手は心配することはないだろう。
「教義と、戦力の話で話がずれてしまったね。戻そうか」
リリィは、本来の話である派閥の話をする。
「次に法王派」
「これは、ラミエルとサリエルが所属しているヨ」
「内容は?」
「これは簡単。教義よりその時代の法王の指示に従うことが多い人だね」
「なるほど……解釈の不一致か」
「正解。当時の本も少ないからね。本でなくて、実際に生きている人の言葉に従おうという人物も多くて当然なんだ」
「なるほど」
この説明には特に違和感はなかった。
確かに現在の体制の組織のトップの言葉に従おうとするのは当たり前のことだろう。
知識というあやふやなものを信じる中で明確な言葉があって安心するのは無論だ。
「残りは……君たち三人か」
ペトラは、イグニスやリリィ、フラーグムを見る。
「俺は、そんなに……心残りもないし」
イグニスは、そんなに法王国というものに対しては思い入れはない様子だ。
思想というほどの思考も持ってはいないだろう。
「うんそうだね。私たちの主義主張というものはあまり変わりはないよ。けど……イグちゃんの派閥はイグちゃんとは関わりはないかなー」
「そうかい」
三人とも法王国を抜けている。
現在の法王国の体制に異議を唱えた時点で、多少なりとも似ているのは当然のことだろう。
イグニスの思想はともかく、現在の法王国の主義とは不一致だった点で共通している。
「私が、考えているのは改革派」
「……君は意外と過激なんだな」
彼女が自分たちが語った内容は、かなり棘があるものであった。
少なくとも彼女は現在の状況にいい思いをしていないのだろう。
少し彼女には二面性がある様子だ。
「そんなに大層なものでもないよー」
「まあ、さっきの話から考えると君の思想は、法王国の教義が国や種族関係なく多くの人に広められる状態になることを願っているのかな?」
「そんな認識で大丈夫かなー」
リリィは、今の法王国は間違っているという話をした。
彼女と法王国のズレが生じたのだ。
法王国を間違っていると認識したからこそ抜けることでなんとか変えようとしているのだろう。
「イグニスの派閥っていうのは一体何だい?」
「あー、それはややこしいんダ」
「ややこしい?」
ややこしいとはいったいどういうことなのだろうか。
イグニス以外の三人は疑問を持った。
「ほら、イグちゃんって結構唐突に消えたよね?法王国の中では、自ら立場と名誉を捨てて人を救っていると思っている人も多いみたいだよ?イグちゃんはどの立場からも信頼されていたし」
「……なるほど」
法王国天使第三位の威光ということか。
イグニスが天使の立場を捨てたことを好意的に考えている人も多いようだ。
案外法王国を妄信せずに、こちらの味方になってくれそうな人材もいるかもしれない。
「だってさ、イグニス」
「……俺は何もしらない」
聖人君子みたいな扱いをされているが、自分はそんなものでは決してない。
ペトラはにやにやしているが、セーリスクとフォルトゥナが輝かしい眼で見てくる。
頼む、やめてくれ。
「あれ、そこの五位が属しているのは?」
「グムちゃんはちょっと不思議でねえ」
「私は全部っ」
「全部って……」
「内包派とでもいえばいいのか……彼女自身がふわふわしてるからねぇ」
「その時の判断で考えるヨ!」
ぐっと親指をたててサムズアップをする。
信じているのは己自身ということか。
「三つの派閥を行き来きできるのは、彼女だけだねぇ」
「けどサリエルだけは怖かったナー」
「サリーは……ちょっとラミちゃんとも違うよね。結構トゲトゲしてる。正直私も怖いよー」
「……貴方は二位なんですから怯えないでくださいよ……」
「彼は基本的にミカミカのいうことしか聞かないからねぇ……」
どうやらリリィですら、六位サリエルの扱いには手を焼いていた様子だ。
「あいつは……俺がぬける前から様子がおかしいです……」
「……まあ、昔彼を見ていたイグちゃんがいうならそうなんだろうねえ」
「なんでだろうナー」
どうやらサリエルというのは、何かしらの変化があったようだ。
三人の意見が一致するあたり警戒の必要はあるだろう。
アダムがきっと彼に何かしらの影響を与えたのだ。
魔眼を持っているのも彼だ。
警戒して損はないだろう。
「なるほど……サリエルか」
「ちなみ三つの比率は、4・3・2。あとはその他例外。イグちゃんはそれぞれの派閥に味方がいると考えていいよ」
「法王派より教義派のほうが勝っていると考えていいのかな?」
「そうだねぇ。今代は、ミカミカのカリスマ性も凄いからねえ」
「いまの法王国の柱は、ミカエルってことでいいのかな?」
「ええ。ミカミカさえ味方にできれば、こちらの……豊穣国の勝ちは揺るがない。争うことなく、勝つことができる。彼女が味方にできるだけの根拠が欲しい」
彼女は、そう断言した。
天使の製造法。
リリィが、ソムニウムに聞きたいことはそれであった。
天使という知識の本質を、ミカエルに渡すことができればミカエルは法王国を見限ることができる。
そしてアダムとの関わりを断たせる。
それがリリィの最終的な行動であった。
「ミカエルのことは……」
「おっとストップー」
「?」
しーと、イグニスの口に指を押し付ける。
今、イグニスはミカエルに対する思いを吐露しようと思った。
しかしそれはリリィによって遮られた。
「今は、あんまり余計なことを考えないようにねぇ。君は背負いすぎるからさー」
「はい……」
リリィは、イグニスのことを心配していた。
彼女とミカエルは、とても深い仲であった。
優しい繋がりがあった。
見ているこっちが安心するような。
そんな光景であった。
だが、二人はこれから争うかもしれない。
リリィは、イグニスに重荷を背負わせたくはなかった。
ミカエルとの戦闘になったときも、イグニスではなく自分が戦うつもりだ。
きっと彼女は、相手に対して情を持ちすぎる。
彼女は優しすぎるのだ。
どんな外道でも、どんな相手でも。
彼女は相手の裏を知ろうとする。
知ろうとしてしまう。
それは、戦いにおいて持ってはいけないものだ。
それは、彼女の強さであり弱さであった。
「……私が、今話せることはこれくらいかな?」
「他にはあるの?」
リリィの情報提供は、一体終わりのようだ。
ペトラとしても現段階で知りたい情報はない。
国宝級の情報等もあるが、それは今知ることではない。
武器の情報はそれほどの強みではない。
この状態で戦いになることが、そもそも詰みだ。
今は相手にメリットを与えて、時間をもってから情報を得たほうが得られるものが多いだろう。
「あるにはあるけど、私も情報を整理したいしね。余計な話は、混乱の元だよ」
「うん、それには納得だ」
リリィもペトラも情報交換には、満足の様子だ。
「じゃあ、賢者の元へといくのカ?」
「ああ、そうだね」
ペトラは、リリィとフラーグムを兄の元へと連れていくことを決めた。
席を立とうとする。
しかしリリィは、イグニスのことをじっと見つめていた。
「ひとつだけ聞いていい?イグちゃん」
「どうしました?」
「貴方は……この数年間で何を得た?」
「……」
「故郷を離れ、仲間を捨て。自らの力のみで生き抜いてきた。守ってきたものも多くあるでしょう」
「はい」
「貴方はね……ずっと変わってる。今も昔も。変化を恐れない」
その言葉は、イグニスの胸に深くなじんだ。
ああ、今自分はこの言葉に納得しているのだと。
即座に理解した。
心がその言葉を否定していなかった。
「私はね……今のあなたも好きよ。イグニス。強くなったね。今、あなたと話せてよかった」
「……有難うございます」
空っぽだったカップは満たされていた。
いつしか空いていたその空白は、既に満たされ塞がれていたのだ。
その穴はこちらを見ていなかった。
幸せだけが渦巻いていた。




